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前哨戦2

 けれど、驚いている暇などなかった。幽鬼のようにゆらりと身体を揺らし、狼たちに怒りの矛先を向けるⅠの眼は本気だ。

「よくも、子供の分際であたしをぉぉぉぉ! はぁっ!」

 Ⅰが大ぶりな動作で手を振る。すると、それまで狼たちの動きを封じていただけの黒い影の面積がどんどん増幅し、大きな柱にも見える手が三本。床から突き出すように出てきた。その手の前には、鋏を執拗に並行するウサギの人形が立っている。

「あの子、いえ、あの人……キレると厄介になる季凛タイプだったのね……」

「あはっ。ちょっと、アレと季凛を一緒にしないでくれない? むしろ、早く逃げないとヤバくない?」

「あの手に捕まったら最後……」

「あはは。当たり前でしょ? 完全に動きを封じた餓鬼から私の子が腸を切り裂くの。そして全部の中身を掻き出してから、剥製にでもしてあげる」

「ちょっと、それじゃあ、あたしの楽しみが減るじゃん。するならあたしが満足してからにしてよ」

「ヤダ。こいつ等、むかつくもん」

 そんなⅠの駄々っ子のような言葉に、5thがうんざり気に溜息を吐いている。

 狼が二人の視線が一瞬、自分たちから逸れた瞬間に名莉たちに目配せをした。

 向こうは、狼たちの動きを制限仕切っていると油断している。反撃に動くなら今だ。狼が床に突き刺したイザナギに因子を流す。

 その瞬間に、狼へ伸びていた影に白い亀裂が走り、鏡が割れるように黒い影が弾け跳ぶ。

「なっ!」

 狼が黒い影を打ち砕いたことに、Ⅰの眼が見開かれる。

「僕たちだってずっと守備に回ってばかりもいられないんだ」

 狼が驚くⅠを見ながら、言葉を吐き捨てる。

「ふっふー! そうこなくっちゃっ!」

 動きを見せた狼に気分を高揚させた5thが、狼に向かって砲弾を連射してきた。花火の様な音を上げ、自分へと向かってくる砲撃を狼がイザナギで弾き返し、他の砲撃も跳躍しながら避ける。

 数十発の砲撃が次から次へと狼へと襲いかかる。けれど注意すべきは5thによる砲撃だけではない。

「あたしの捕縛技から脱け出す奴なんて、今まで居なかったのに。こんなの可笑しいっ! あり得ない!」

 相当、自分の技が破られたのが癪に障ったのか、目元に涙を浮かべたⅠが巨大な手で狼へと襲いかかって来た。それに合わせて、ウサギの人形が手に持っていた大きい鋏を狼へと突き出し襲いかかってきた。

 狼がその鋏をイザナギで弾き返すものの、すぐに軌道を修正して間髪入れずに再び狼へと刺突の攻撃を連続的に繰り出して来た。その速さは秒速で10手も繰り出される速さだ。

 しかも、狙って来たのは首や、目玉や、心臓などの部位を狙ってくる。

 使い手と同じく加虐的で必殺を目的としている。たかが人形と油断をすればすぐに致命的なダメージを負う事になるだろう。

 けれど、ここで時間を割かれている場合ではない。今この間にも、5thがまだ身動きの取れない名莉たちへと猛攻を続けているのだから。

「はぁあっ」

 自分を鼓舞するように声を張り上げ、鋏による刺突を繰り出していた人形に横蹴りを入れ、ほんの数秒の間を作り出す。

 ウサギの人形は、先ほどと同じ動作を繰り返し、クルクルと身を回転し体勢を整える。けれどその僅かな時間が狼にとって反撃するための間になっていた。

 狼の因子を含んで蒼く輝くイザナギから紡がれる斬撃が、こちらへと突貫してくるウサギの人形へと直撃する。斬線が触れた瞬間に人形がただの炭化し、斬撃の余波により空中で散って行く。

 しかし、それだけで終わりではない。狼の頭上にはⅠが操る黒い手が迫り来ているからだ。狼は避けるのをやめ、そのまま勢いよく床を蹴り真上へと跳躍した。

 狼がイザナギを自分に向かってくる黒い手に突き出す。

 丁度、黒い手の平辺りをイザナギの穂先が貫く。狼を握り潰さんとしていた手からすると、その穴は小さい。けれどその穴が一つの綻びとなり、あっという間に黒い巨大な手が崩壊した。

 狼は崩壊した黒い手の方には目もくれず、季凛、名莉、根津の足元に伸びている黒い影を斬っていく。

「ヒュー。Ⅰの技をあっさり斬っちゃうなんて……相当因子の質が高いみたいね。あっ、だから最初に脱け出した時も地面に突き刺してるフリして、Ⅰの因子を相殺してたわけね。通りで大人しかったわけだ」

 Ⅰの捕縛技を無効化していく狼を見て、5thが口笛を吹きながら感嘆している。

 黒い影の捕縛が溶けた根津たちも、BRVを構え直し5thとⅠへ反撃を開始した。

 まず初めに動いたのは、青龍偃月刀を頭上へ振り上げた根津だ。

「行くわよっ!」

 月刀技 火炎(かえん)(えい)(げつ)

 根津が半回転身体を捻りながら、青龍偃月刀を揮う。円形の炎が一気に吹き出し、恨めしげに睨むⅠへと襲いかかる。

「脱け出したくらいで良い気になるなっ!」

 根津の火炎盈月と再びⅠの足元から伸びた黒い影が部屋の壁をガリガリと削りながら、激しく衝突し始める。そんな根津の横では季凛が5thとの攻防戦を始めていた。

 季凛がクロスボウから矢を投擲するのと同時に、5thがヨタヨタとふらつき始める。まるで足下が定まっていない。

「敵が上手く季凛の幻術に掛けることに成功したみたい」

 狼の横にやってきた名莉が5thの動きを見ながらそう言ってきた。

 ここに来てから季凛は幻術を用いて戦っていない。だからこそ、5thたちは、季凛が幻術を使えることを見越していなかったのだろう。

 いや、きっと狼たちにここまで押されるとは思っていなかったに違いない。

 だからこそ、根津に押されているⅠも季凛による幻術の矢に翻弄されている5thの表情に動揺が走っている。

「狼、名莉! 今の内よ!」

 5thへと更なる追撃を加えようと、因子の炎を燃やす根津が叫んで来た。

「狼、ここは季凛たちに任せて私たちは……」

「うん、先に行こう」

 名莉の言葉に頷いて、狼たちは壊れた扉から脱け出しエレベーターの扉を開く。目指すは地下8階にあたる場所にある実験室。

 そこにいる、フォーガン・ドレットたちだ。

 エレベーターの扉を閉める瞬間、先ほどの部屋から巨大な爆発音と火柱が上がったのが見えた。

 一瞬、狼と名莉の息が詰まる。けれど、その瞬間にエレベーターの扉は完全に閉まり静かに降下していく。

 狼と名莉が眉を寄せたまま、鳩子に通信を入れる。

 けれど返ってくる反応は、ザザザ……というテレビの砂嵐のようなノイズ音が聞こえてくるだけだ。

 さっきまで、鳩子との通信が何の支障もなく出来ていたのを考えると、慶吾による妨害処置の可能性が大いに考えられる。

 先ほどの巨大な爆発による影響も考えられるが、鳩子の実力からすると爆発による通信障害が起きる可能性は0に近い。

 二人の安否を確認できない以上、狼たちの脳裏に嫌な想像が浮かんでくる。しかし狼はそれをすぐに振り払った。

「メイ、大丈夫だよ。ネズミたちを信じよう。あの二人なら大丈夫だって」

 自分と同じく口を噤んでいた名莉に狼が言葉をかける。

「狼……。うん、私もそう思う」

 名莉が小さく微笑んで頷いてきた。

 エレベーターの回数を示す針が地下3階を指す。するとその瞬間、エレベーターが鈍く揺れた。

 狼と名莉が顔を見合い、それからイザナギと二丁銃を構える。

 エレベーターの扉が開く。

 開いたエレベーターの前には、紅い眼をした化物たちが狼たちへと牙を向けていた。狼たちを認識した途端、勢いよくエレベーターの中へと数体の化物たちが傾れ込んできた。

 しかも全長が長いイザナギを狭いエレベーターの中で振り回すと、返って名莉の邪魔になってしまう。

 エレベーターの壁に背中を付けながら、狼が名莉を横目で見た。

「メイ、少し道を作ってくれないか?」

「任せて」

 名莉がそう言って、化物たちの頭部に銃弾を数発ずつ撃ち込み、外へと出る道を造った。狼がそこから脱け出し、エレベーターの前に蔓延っている化物たちへと斬撃を与える。

 狼の斬撃により、エレベーター前を占領していた化物たちが一掃される。

 しかし、エレベーターから見て右側にある通路から、再び化物たちが狼たちへと猛進してきた。

「メイ、こっち!」

 狼が声を上げ、エレベーターから出た名莉の腕を掴んで左側の通路を走る。名莉が先ほどのように、化物の頭部を狙って、弾丸を飛ばしている。

 狼はそれらの動きを見ながら、タイミングを見て一つの部屋に名莉と共に入る。そしてすぐさま、通路側の部屋を切り裂いた。切り裂いた壁が狼たちを追って来ていた怪物たちを押し潰し、生き埋め状態にする。

「これで暫くは足止め出来るよな?」

 瓦礫となった壁の下敷きになっている化物たちを見ながら、狼が一息を吐く。するとその瞬間、視界が回った。頭がグラグラする。

 いきなり身体に込められていた力が吸い取られたかのように、足から力が抜ける。

 思わず狼が床に片膝をついて、座り込む。

「狼、大丈夫? どうかしたの?」

 いきなり座り込んだ狼へと、名莉が心配そうに顔を顰めてきた。

「いや、平気だよ。少し力が抜けただけだから。ごめん。心配掛けて」

 狼がすぐに立ち上がり笑みを浮かべると、名莉がほっと安堵したように胸を撫で下ろしてきた。

 立ち上がった狼の視界は、正常に戻っている。頭もふらつかない。力も入る。

 さっきのは、何だったんだ?

「狼、向こうに誰かいる」

 首を傾げていた狼に名莉がそう呼び掛けてきた。

 名莉が見ている方向は、部屋続きとなった隣の部屋の方だ。

「行ってみるしかないよな? 多分、向こうも僕たちに気づいてるだろうし」

 狼がイザナギに因子を流し込む。

 その瞬間、狼たちの元に二つの手手裏剣が投げ込まれた。


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