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第一世

 目の前にいる化物は、粘着質な唾液を垂らしながら狼へとゆっくり近づいてくる。狼もそのまま後ろに後退しながら距離を取る。

 狼は化物を見つめながら、ちらりと空いた壁の向こう側を見る。壁の向こう側は暗くてどうなっているかは、分からないが、どうやらどこかに続いているらしい。

 この化物を上手く撒ければ、ここから出られるかもしれない。

 狼はそう考え、化物へと疾駆する。

 そんな狼の動きを見て、今までゆっくりと動いていた化物が変貌し、機敏な動きを見せ始めた。狼が化物を斬りつけようと、イザナギで薙ぐが、化物は俊敏に横へと移動し、狼の攻撃を躱す。そして攻撃を躱したと思ったら、鋭く尖った爪で狼に襲いかかってくる。

「うわっ!!」

 そんな声を上げながら、狼はイザナギでその攻撃を受け止める。化物は弾かれるように、壁へと離れて行くが、後ろ脚で壁を蹴り、再び狼へと肉薄してくる。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 そんな咆哮を上げながら。

 なんか、物凄く強そう。

 狼は素直にそう思った。目の前にいるのは、小さい頃テレビで見た怪獣たちとは違う。テレビの中の怪獣よりも、獰猛で野生的だ。

 だからこそだ。

 だからこそ、恐怖がより一層倍増する。

 自分へと肉薄してくる化物は、今度は爪ではなく口を大きく開き、狼を噛み潰そうとしている。

 そんな化け物を目の前に、気後れしそうになるが狼は、短く頭を振り、イザナギから斬撃を放つ。狼が放った斬撃は化物の身体に直撃し、赤い血が噴き出す。

「よしっ!」

 狼が短い歓喜の言葉を漏すが、化物の傷口が見る見る内に閉じ始め、再生している。

「う、ええええええええええええ?」

 そんな驚きな声を上げる狼を余所に、化物は何事もなかったように咆哮を上げ狼を威嚇している。

 まさか、すぐに傷口が塞がれるとは思ってもいなかった。というか、そんなの狡い。しかも、これは自分の見間違えだと思いたいのだが、自分の攻撃を受けた化物が、少しばかり大きくなったような、そんなふうに見える。

「いや、見間違え、見間違え。絶対僕の見間違え!!」

 狼は自分に言い聞かせるように、呟く。

 それにしても・・・

 攻撃が効かないとなると、目の前で威嚇してくる化物にどう対処しよう?むしろ、ここは化物が空けた壁に逃げ込んだ方がいいのではないか?そう思う。

 脳内で狼はそんな考えを巡らせてから、すぐに行動へと移すことにした。だがその場所には化物が四つん這いになりながら、陣を取っている。

 もしかして、狙ってるのか?

 そう思ってしまうほど、見事に化物は壁に空いた穴を塞いでいる。とても恨めしい。

 やはり自分で新たな穴を作るしかない。

 あんなすぐに身体を再生させてしまう化物相手では、不毛すぎる消耗戦にしかならない。

 そんなのは御免だ。

 狼はすぐに気持ちを切り替え、少しゲッシュ因子の量を増やした斬撃を別の壁へと向け、放つ。すると、目の前にいる化物が急に反応を見せ始めた。

「いっ」

 真っ直ぐに自分に向かってくる化物を見て、そんな声を上げたが、化物は狼に向かうことはなかった。代わりに化物が向かった場所は、狼が放った斬撃の方だ。

「へ?」

 予想もしなかった化物の動きに、狼は思わず驚きの声を上げる。

 化物はまるで自ら狼の放った斬撃へと当たりに行っているようにも見える。化物がとる不可解な行動は気になるが、今はそれどころではない。

 狼はすぐさまがら空きになった、壁の穴へと駆ける。

 そして、壁の向こう側に出ると、そこはここに落とされる前に歩いたのと同じ廊下が続いていた。

 よし、これで上まで行ける。

 狼がそんな事を考えていると・・・

「きゃあああああ、ちょっ、もう嘘でしょ?」

「そんなこと言ってないで、ネズミちゃん早くなんとかしてよ!」

「うるさいわね。鳩子に言われなくても分かってるわよ。でもあいつ何度攻撃当てても再生するんだから、仕方ないでしょ?そんなに言うんだったら、早く、あんたもあの臭い化物の急所でも何でも調べなさいよ!!」

「だから、今調べてるんじゃん!!あんなの、初見なんだから、調べるまで時間が必要なんですぅ」

 と言い争う、根津と鳩子の声が聞こえてきた。

 こんな時に喧嘩をしている場合じゃないのに。まったく呑気な二人だ。

 そしてそんな二人の言葉の後に銃声も聞こえてくる。

 どうやら、名莉も一緒らしい。

 狼は声がした方へと急いで向かう。

「みんな、無事!?」

「あ、狼!!」

 そう声を上げたのは、鳩子だ。

 そして、そんな鳩子たちの少し離れた真正面には、狼の前に現れた化物と同じ姿をした化物が立っている。

 狼もあんな化物がまだいるということに、内心驚いたが、それよりもデンのメンバーに会えた、安堵感の方が強い。

 鳩子の声で、狼に気づいた根津と名莉が狼の方を向いてきた。

「まぁ、なんとかね・・・」

 狼の言葉に少し遅れて、根津が答える。名莉は両手に持っている銃を降ろし、狼の方へと近づいてきた。そして心配そうな表情をして狼の顔を窺っている。

「狼は大丈夫?」

「僕もなんとか大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 狼は軽く名莉の頭を軽く撫で、へらりと笑った。

 すると名莉は顔に安堵の色が浮かべ、満足そうに頷いている。

「ちょっと、そんな話はあとあと。早くあの変な化物、なんとかしないと」

「あ、そうだった」

「まったく」

 鳩子が呆れたように、肩を上下させてから、首を動かし「行け」というのを訴えてくる。

 そんなに急かされても。とも思うが、今はうだうだとしている暇はない。先ほど狼が出てきた所からも化物が、やってきて、同じ姿をした化物が二体に増えてしまったからだ。

「でもなぁ・・・」

 奔りながら狼は困ったように呟く。

 なんせ、あの化物はさっき戦って、攻撃が効かないということを知っている。だから、何の策もなしに飛び込むというのは、少し気が引ける。それは同じく化物二体と対峙している根津や名莉も同じだろう。名莉は黙々と銃で化物の動きを止めているが、その顔は晴れていない。根津も青龍偃月刀で、攻撃を与えているものの、すぐに塞がってしまう様子を見て舌打ちしている。

 だが、本当にこのままでは埒が明かない。

「メイ、ネズミ、少し下がって!!」

 前にいる名莉たちにそう叫ぶと、狼はイザナギの刃先を化物へと向け、放つ。

 大神刀技 千光白夜

 イザナギから放たれる凄まじい熱エネルギーを持つ、光の斬撃が化物を丸ごと覆うよう放たれる。

 すると、さすがの化物二体が跡形もなく消滅し、残ったのは大きく削られ、もう廊下とは言えない崩壊寸前の光景だけだ。

「ふぅー、よかったぁ。この技まで効かなかったらどうしようかと思った」

「たしかに。でもあんな技受けて、それでも死なないんじゃ、まさに不死身よね」

「狼、すごい」

 一息ついている狼に、根津や名莉が賞賛の声を上げる。

 安堵感を顔に浮かべた三人に、慌ただしい鳩子の声がかかった。

「ちょっと、そこで喜んでる場合じゃないよ!!ひぃふぅみぃ・・・げっ、さっきのと同じ奴が奥から十五体くらいの群れで、こっちに来てるみたい!!」

「十五!?」

 鳩子の言葉を聞いて、狼が思わず聞き返す。

 二体でも嫌気が指すっていうのに、それが十五体もいるなんて。最悪すぎるにも程がある。

 そんなことを考えていると、千光白夜を放った方から、ザッザッザッという地面を蹴るような音が無数に聞こえてくる。そして音と共に見えるのは、暗闇に光る三十個もの赤い目。

 やばい、間違いなくあの化物だ。

 だがしかし、こんなところで、何回も千光白夜を撃っていられない。

「一先ず、ここは逃げよう」

「「「賛成」」」

 狼の言葉にデンのメンバーが賛同し、反対方向へと奔る。

 狼たちは一心不乱に、施設内を奔り抜けるが、化物の数はどんどん増えて行く。

「ちょっと、ありえないんですけど!」

「僕に言うなよ」

 何故か鳩子が狼に不満の声を上げている。上げたいのは狼だって同じだ。

「もう、嫌だ!あんな気色悪いのゾンビゲームじゃないと相手にしたくないっ!早く、狼、倒してよ!鳩子ちゃん、もう無理」

「まだ、そんなしゃべれるんだから大丈夫だろ」

「あー、このままあんな化物に掴まって、触手プレイを受けるのか・・・」

「なに、意味わかんない事言ってるんだよ?てか、そもそも、そんな触手プレイ?やられるまえに、捕まったら喰われるだろ。あきらか」

 奔りながら狼が鳩子にツッコんでいると

「・・・あんたたち、そんなしゃべる元気があるんだったら、もっと別のことに使いなさいよ」

 ともっともらしい意見を根津に言われてしまった。

 もっともな意見なため、狼と鳩子は何も言い返せない。

 バアァァアァァン。

「うわああ」

 後ろから物が破壊される音と共に、砂埃が舞う。狼は後ろを向き、思わず叫んでいた。

 狼が見た光景は丁度、奔り抜けた廊下の壁を突き破り、狼たちを凝視している化物の姿だった。

 いったい、何匹増えるんだよ?

 狼がそんなことを思っていると、前からゲッシュ因子の塊が飛び込んでくる。

「狼、避けてっ!!」

 鳩子が叫ぶ。

「え、うわぁ」

 と言いながら、狼は身を捩じり、間一髪その攻撃を避ける。

 狼の前を通り過ぎた攻撃は化物へと命中し、烈火の炎を上げている。

 化物はすぐに消滅することなく、咆哮を上げ、暴れている。そのおかげで少しの時間稼ぎはできるだろう。

「ほう・・・黒樹か。貴様も来ていたとはな。・・・どうだ戦地は?まさに愉悦その物であろう?」

 狼にそう問いかけて来たのは、着物を肌蹴させながら、戦闘動員の一人の首根っこを掴んでいる綾芽だ。

 綾芽の周りには、倒れ込んだ戦闘動員たちが山のように積まれ、人間ピラミッドのようになっている。そして、そんな人間ピラミッドを作った本人は、とても楽しそうに笑みを浮かべている。返り血で汚れている顔で微笑んでいるためか、どこか背筋をぞくりとさせる笑みだ。

「そんな意味わかんないこと、言っている場合じゃなくて、少しは・・・」

 気を付けてくださいと狼が言おうとした瞬間、その場に異変が起きた。

 狼たちが立っている地面が、突起物でも生えるかのように、膨れ上がり、床が膨張していく。

「ちょっと、なに?」

 根津の困惑した声が聞こえる。

 そして、その数秒後に床が破裂した。

 狼たちはその勢いで、斜め上の方へと吹き飛ばされる。

 そしてその時。

 見えた。

 とてもとてもとても、楽しそうに愉快そうに笑う綾芽と、顎先に髭を生やし大剣を片手に担いで、笑っている男の姿が。

「・・・・父さん?」

 狼は遠くなる二人の、男の姿を見ながら、茫然と呟いた。

 そしてそのまま爆風に押されるがままに、もう一つの建物の中へと転がり込む。

「ぐへっ」

 隣で倒れ込んでいる鳩子がそんな声を上げながら、蹲っている。

 狼はさっきの光景を、頭で思い返しながら頭を振った。

 他人の空似?

 うん、きっとそうだ。

 だって、父さんがこんな場所にいるはずがない。父さんは島で小世美といるはずだ。そうだ。そうだとも。しかも、ハリウッド映画でもあるまいし、自分の父親が敵でした。なんてオチが現実に存在するはずがない。絶対に。

 狼はそう思いながら、周りで身体を起こしているデンメンバーの方へと視線を向ける。

 隣で変な声を上げていた鳩子は、口に変な物でも入ったのか、舌を出しながら微妙な表情をしている。名莉は手で埃を払いながら、立ち上がっている。根津は綾芽の方が少し気になるのか、自分たちが飛んできた方へと視線を向けている。

 確かに、少し気になるかも・・・

 狼はそう思い、立ち上がろうとした瞬間

「・・・あはっ。・・・狼くんたち生きてたんだぁ・・・・」

 心臓が跳ねた。

 それは狼だけではない。ここにいるデンメンバー全員だ。

 狼たちは声がした方向に、視線を向ける。

 やはり、そこには冷めた笑みを浮かべた季凛が立っていた。

「蜂須賀さん・・・」

 思わず狼は声を掛けていた。

 声を掛けた季凛は少し眉を動かしただけで、表情を変えずにいる。

 そんな狼の傍らで、根津が声を上げた。

「早くも再開よ?ちゃーんと、アンタを部の部長として、叱ってやらないとね・・・」

 そう言っている根津の表情には、怒りなどはなく、むしろ落ち着いている。鳩子や名莉も似たような表情を浮かべ、季凛を見ている。

 みんな、まだちゃんと季凛のことを部員として扱っている。

 何故かそのことが狼の心を温かくさせる。

「そうだね。僕もあんな所に落とされて、あんな化物に襲われたんだから、怒る権利あるよね」

「当然」

 狼の言葉に根津が笑みを浮かべながら答える。

「な、なに馬鹿なこと言ってんだよ?あたしはお前らの仲間になったつもりねぇーんだよ!勝手に仲間ごっこに付き合わせんなっ」

 少し動揺したかのように、季凛が怒鳴る。

 だがそれに動じず、根津が短い溜息を吐いた。

「そう言われてもねぇ、もう学校にもあんたの入部届け出しちゃったし、アンタからも退部届けもらってないのよねぇ」

「はぁ?」

「だから、アンタはまだこの部の部員なの。異論は一切受け付けないから。覚悟しなさい」

 そう言って、根津が青龍偃月頭を構えた。

「ふっざけんなっ!意味わかんないこと抜かしやがって。お前らなんて、あの化物に襲われて死んじまえば、よかったんだ!!」

 憤怒の声を上げ、季凛がクロスボウから矢を投擲してくる。しかも最初から幻術を混ぜ、どれが本物かを分からなくさせている。

「あたしにも、お前らにも、居場所なんてないんだ!!ふざけんな!あたしはお前らとは違う!見せかけの居場所なんかに心を預けたりしない!あたしは自分の有能性を見せつけてやるんだ!あたしを組み敷いてきた奴らに。あたしを汚した奴らに。あたしをゴミみたいに扱って捨てた奴らに!!」

 憎悪に満ちた声を、雄叫びを、そんな声を上げながら、感情の溢れるままに季凛が次々に投擲する。投擲された矢は幻の矢と共に狼たちに襲いかかって来る。どれが本物なのか?そんなことを悠長に考えている時間はない。そのため、狼たちは見極めることなく自分たちへと飛んでくる矢を薙ぎ払って行く。狼は攻撃が出来ない鳩子の前に立ち、矢を薙ぎ払う。ふと狼が隣にいる名莉に視線を向けて、目を見開いてしまった。

 そこで狼が見たのは、矢を撃墜している名莉のすごさだ。

 狼と根津のように、幅の広い技が出せない名莉は、物凄い速さと的確さで、自分に向かってくる矢を撃ち落としている。しかも名莉の場合、狼と違って、ちゃんと本物と虚像の物を見極めて撃っている。

 やっぱり、メイはすごい。狼は改めて名莉の強さを身に沁みて感じだ。

 それでも、季凛の攻撃は止まない。

「ちょっと、頑張りすぎなんじゃないの?」

 根津が矢を払い避けながら、怪訝そうな顔を浮かべている。

 狼はそんな根津の声を聞きながら、目の前で叫んでいる季凛を見る。

「パパもママも嫌いだ。兄妹も嫌いだ。アイツらみんなして、あたしを白い目で見る。ふざけんなっ!ふざけんなっ!ふざけんなっ!そんな目であたしを見るなああああああ!」

 金切り声を上げ、叫んでいる声は、泣いていた。

 季凛は自分の感情を抑えることもないまま、泣いていた。

 何故、泣いているのか分からない。

 でも泣いている。なら自分たちがやるべきことは決まっている。

 何かに躓いて立ち止まっているのなら、自分たちがその手を引いてあげるしかない。

「みんな、季凛を迎えに行こう」

「うん」

「手間の掛かる部員を引き受けちゃったもんだよね、ネズミちゃん?」

「鳩子も人の事言えないでしょうが。でも、引き受けたからには、しっかり面倒みるしかないでしょ」

 自分たちへと投擲される矢を払い、狼たちは季凛へと足を進める。

 季凛はまたも新たな矢を投擲しようとするが、その手が震えている。

「燃料切れって感じかな・・・」

 鳩子が後ろから、そんな事を呟いている。

 やはりあれだけの攻撃を放っていたのなら、ゲッシュ因子が底を尽き、体力も限界のようだ。

 季凛はそのまま床に膝を突き、床へと座り込んでしまっている。

「もう、終わりにしようよ・・・」

 座り込んでいる季凛に向け、狼が静かに声を掛ける。

 だが、季凛からの返事はない。そのかわりに・・・

「小娘はやはり、役に立たないな。これでは千引を出しぬけないではないか。まったく」

 そう言いながらコツコツと足音を立て、誰かが近づいて来た。ゆっくりとした足取りで。

「おまえは・・・あたしに命令した奴・・・そうだ、あたしとした約束は?あたしをナンバーズに入れるっていう」

「ああ、あの下らない約束の事か。そんなものは知らんな。おまえのようなクズと交わした約束を私が守るとでも?しかも、まんまと逃げられているではないか」

「なん、だと?」

 歯軋りをしながら、季凛が男を睨みつけている。だが、男はそれを鼻で笑った。

「なんだその目は?やはり、家柄もなく突然変異で生まれただけのクズでは目上に対する、教養もないのか?」

「黙れ!」

「はっ!だからおまえは使えないナンバーズ付き以下のクズなのだ。それともお得意なのは男を慰めることだけか?」

 男は座り込む季凛をあざ笑うかのように、顔を歪めている。まるで醜い物を見るような目で。

「黙れ!」

「だから貴様は家族にも捨てられたんだ!このクズ!!」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れえええええ」

「貴様の母親も不運だった。貴様のような化物を生んでしまったばかりに、気を病んで精神患者に成り果てたのだからな」

「違う。あたしの所為じゃない。アイツらなんてあたしに関係ない」

 自分の手で耳を塞ぎながら、頭を埋めている。

 男はそんな季凛を見ながら、卑下な笑みをうかべている。

「なんなのよ?あの男。意味わかんないことベラベラしゃべって」

 根津が苛ついた声を上げながら、男を睨む。

「まっ、要するにあたしたちをここまで連れてくるように、仕向けたのがあいつってことでしょ?・・・しかも、季凛は第一世みたいだね」

 鳩子はそう説明しながら、険しい表情をしている。

 第一世。

 狼はその言葉をアストライヤーに関する授業で習っていた。第一世とはつまりゲッシュ因子を持たない者から生まれた因子を持つ者の事を指す言葉だ。

 今は、因子を持つ者同士が結婚し、その子供というのが多いらしいが、それでも稀に生まれてくる者がいるらしい。そして、それが目の間にいる季凛ということだ。

「でも、今はそんなことはどうでもいいよ。・・・僕はあいつを許したくない」

 素直にそう思った。今目の前で高笑いしている男だけは、許したくない。

 狼がイザナギを持つ手に力を入れながら、そう言う。

「そうね。元あといえば、あいつがあたしたちを陥れようとした元凶なんだし。そんな元凶に力を貸すあの子も大馬鹿者だけど」

 根津もそう言いながら、青龍偃月刀にゲッシュ因子を流し込み、いつでも戦闘を行える準備を進めている。

「でも、まだ攻撃するのは早い。きっと、あの人は何か策を持ってここに来てる」

 名莉も銃を構えながら、周囲を警戒。

「メイっちの予想は正しかったみたいよ・・・」

 鳩子が何かを捕らえたのか、苦笑いを浮かべた。

 そして次の瞬間。

「どれ、ゴミ処理と行こう・・・」

 男は舌をなめずりながら、徐に手を上げた。そして、男の後ろから壁を破壊して、狼たちが今まで見ていた化物よりも、数倍以上大きい体格をした化物が、獰猛な息を上げながら近づいて来た。体の後ろから伸びる尾は、先が鋭利の刃物のように尖り、不気味な光沢を出している。

「貴様は用済みだ。残りの奴らは此奴が片付ける。そうだな、貴様はせいぜい此奴の餌として栄養にでもなれ」

 そう言いながら、男は季凛の方へと手を下ろす。それを合図としていたのか、化物が地響きをも引き起こす雄叫びを上げ、鋭い爪を季凛へと振りかざす。

 季凛は涙を流しながら、自分へと襲い掛かってくる化物の手をただ茫然と見ているしかない。さっきの狼たちとの戦闘により、身体が疲弊して、もう動かないのだろう。

「ふざけるなっ!」

 狼はそう叫びながら、イザナギで化物の手を受け止める。

「こんな理不尽なことで、蜂須賀さんを・・・・季凛を死なせるわけには行かない」

「ふん、武器に遊ばれているような軟弱者が何を言っている?まぁ、そのイザナギとか言っていたな?それは研究資料として十分に意味のある代物だ。それさえ、手に入れば貴様など不必要だからな」

「あんたみたいな最低な奴と、その悪趣味の化物にあたしたちが負けるわけないでしょ」

 根津がそう言いながら、化物へと肉薄し、青龍偃月刀から攻撃を繰り出す。

 月刀技 三日月鋏

 二つの重なり合う斬撃が化物へと重なり合う。

 身体を二つに切り裂く。

 火炎爆技 桜花千舞

 まるで花吹雪のように銃弾が化物の頭上から舞い散り、起爆し、化物の身体に風穴を空ける。

 根津と名莉の連続攻撃に合い、身悶えするように頭を振り大きな腕と尾を無造作に振り回す。

 長い尾が振り回されているせいか、部屋のあちらこちらが切断され、部屋が瓦礫の山とかしていく。狼たちもその尾に気をつけながら、跳躍し躱す。男はそれを愉快そうな表情を浮かべながら観察してくる。

 暴れ回っている化物の身体は回復力は、小さいサイズのよりも遅いが、攻撃威力が生半可の物ではない。あんな強力な尾からの攻撃がまともに直撃したら、粉砕されてしまいそうだ。

 けれど、だからと言ってここで怯むわけにも行かない。自分たちがここにいる理由。それは季凛をデンのメンバーとして叱るためだ。友達の手を引くためだ。

 そして自分自身が、変わるためだ。

 そんな狼に答えるように、イザナギが青く光り出した。

 狼はまだゲッシュ因子をイザナギに流しているわけではない。だがイザナギは何かに反応し光っている。

 だがそんなイザナギに疑問を感じないまま、狼は自然とイザナギから攻撃を放っていた。

 大神刀技 黄泉醜女(よもつしこめ)

 技が放たれた刹那、光が部屋全体に満ちる。その光の熱で部屋が歪む。だがそれ以外なにも変化がない。誰かが倒れたわけでもない。

「なんだ、ただのはったりか・・・」

 男が苦笑いを浮かべた次の瞬間、後ろに立っていた化物の身体が粉々に粉砕した。

「なっ」

 男が引きつった声を漏らす。

 さきほどまで、自分の後ろに構えていた巨大な化物が、まるで最初からいなかったかのように、いなくなっている。跡形もなく。

「嘘だ・・・これは何かの間違いだ」

 男は信じられないように、後ろに後ずさりながら狼狽している。足取りも覚束ない。

 そんな男の背に声がかかる。

「貴様があの化物を仕掛けた主犯か?」

 そう問いかける真紘の声は、ひどく冷徹さを混じらせた声だ。

 真紘はイザナミを構えながら、鋭い目線で男を見る。

 男はその威圧で言葉を忘れたかのように、絶句していた。

「貴様のような醜悪な者に、情けをかけることもないな・・・散れ」

 真紘は一言、そう言いきり男をあっさりと切り捨てた。

 男は自信に何が起きたのかさえ、わからないまま真っ二つに切り裂かれた。

 その光景を黙ったまま、狼が見つめる。

「もうじき、ここは爆破される。撤退するぞ」

 淡々とした声で真紘がそう伝えてきた。だがその声に、男に向けたような冷徹さはない。

 いつもの勇ましい真紘だ。

「うん、わかった」

 狼が真紘に答え、座り込んでいる季凛へと近づく。そして、季凛の身体を立たせようとすると、季凛は大きく首を振って、狼の手を払いのけた。

「いい。あたしはここにいる」

「なに言ってるんだよ?さっきの真紘の言葉聞いただろ?もうじきここは爆破されるんだから逃げないと」

「別にいい。あたしはここで、こんな下らない奴と死ぬの。だって、あたしにはもうどこにも帰る場所なんて、ないんだから」

 俯きながらそう言う、季凛へと根津がむすっとした表情で近づき、一発。季凛の頬に平手打ちをした。

「ちょっと、アンタが死んだら、あたしたちの苦労が無駄になるでしょ?そんな能書き言ってるんだったら、最初からこんなことしてんじゃないわよ」

 そう怒鳴る根津を、季凛が頬を手で押さえながら唖然とした表情で見ている。

 そしてそこに

「大丈夫。あたなはもう寂しくない。私たちがいるから」

 そう言って名莉が、優しく包み込むように季凛を抱きしめた。

「貴様が死んで、悲しむ者たちがここにいる。・・・そうだろ?」

 続けて真紘が真摯な目で、季凛に訊ねかける。

 根津に叩かれ、名莉に抱擁され、真紘に訊ねられた季凛は、大きな声を上げ再び泣いた。

 その表情には、なんの偽りもなく、ただただ嗚咽を漏らし全てを吐き出していた。

「私、いていいのかな?」

「うん」

「もう一人でいるのは、嫌」

 名莉は頷きながら、季凛の頭を撫でる。

「怖いよ・・・」

 最後に漏らした季凛の言葉が、今の季凛の全てだと狼は感じた。季凛は今まで一人で何かと戦っていたのだろう。だがそれはいつまでも続くものではない。どこかで修正が効かないくらい壊れてしまうことだってある。疲れてしまうことだってある。

 けれど、そこに誰かがいて、間違いを間違いだと叱り、受け入れてくれれば、何かが変わるのだ。

 確かに季凛は、間違えをした。だがそれも、少しずつ変わっていけばいい。

 名莉と季凛の姿を見ながら、狼はそう思った。


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