減速せずに
時間軸が少し戻り、出流たちが出て行ってから少し経った頃。
真紘は、話し相手との通信を切り……狼たちがいる部屋へと向かった。
「……俺が考えたこれからの作戦は以上だ。先に俺と左京と誠がこれから目標地点に向かう。黒樹たちに異論がなければ、手筈通りに動いてくれ」
真紘がそう声を掛けると、居間に集まっていた狼たちが静かに頷いてきた。
これからの事を話終えたのなら、後は動くのみだ。
「左京、誠、行くぞ」
真紘が名前を呼んで声を掛けると、二人が真剣な表情で頷き後ろについてきた。
今のところ、敵と接触したという連絡は来ていないが、出流たちが雨生と合流する最大の目的はnil計画について詳細が添付されているデータを受け取るためだ。
といっても、そのデータは豊たちを釣り上げるための餌にもなっている。
出流たちが雨生たちと落ち合うのは浮島町の倉庫群の一画だ。
そこに到着するまでに、敵と接触しない可能性は低いとも言えない。なにせ、向こうもこちらの動向には注視しているはずだ。
滑らかに感じさせる走行をしながら、左京がBMWi8の速度を上げて行く。上手くルートを使い分け、出来るだけ停まらずに済む道を選択しているらしい。
そしてETCゲートを抜けると、一気に左京が車の速度を一気に加速させた。
丁度、その時に誠の元に操生からの短い通信が入り、敵らしき人物を捕捉という内容のメールと座標化されている地図を添付してきた。
「やはり、敵も動いてきたようです」
「そうか。……急がなければな。左京、これから速度は出来るだけ落とすな」
「畏まりました」
真紘の言葉に左京がバックミラー越しに頷いて来た。
操生から送られて来た座標地点はここから20キロほどの地点だ。今左京が出している車の速度が160キロを越えている。このままの速度を維持すれば、座標地点まで12分弱といった所だ。
しかし、ここは都内を走る首都高速。一般の車や荷物を積んだトラックなどが走っている。この先で出流たちが騒動を起こせば、必然的に渋滞となるはずだ。
だが、渋滞などで足を取られている訳にはいかない。
「左京、先にもう一度言っておくが……何があっても座標地点までは速度を緩めるな」
「ええ、勿論です」
真紘の意図を汲んだ様子で、左京が口許に笑みを浮かべて来た。助手席に座っている誠も真剣の表情を崩さぬまま、異論を唱えようとはしてない。
そして言葉通りに、左京が車の速度を減速させることはなかった。案の定、目の前に車の渋滞を見ても、だ。やる事は分かっている。
そのために、左京の因子が車内を満たし始めている。
真紘もそれに合わせて、因子を放出し始めた。
因子は、戦うためだけにあるわけではない。
時にこんな使い方もあるのだ。
加速した車が道路に転がっている小石を踏んだ。本来ならば、小石程度で車体に影響などは出ない。けれど、真紘たちが乗る車は小石を踏んだだけで、その車体を宙に浮かせた。
そして、そのまま渋滞で詰まっている車の頭上を何事もないように滑り抜けて行く。
左京の因子が車に掛かる重力を消し去り、真紘の因子で操作した風が車を前へと進めているのだ。そしてその速度は、真紘の言葉の通り地面を走っていた時と変わりはない。
むしろ、速度をぐんぐんと加速させている。
唖然とする車の頭上を過ぎ去って行く様は、状況にそぐわず真紘の気持ちをくすぐって来た。けれど今はそんな愉悦に浸っている場合でもない。
中央環状線から湾岸線へと入り、そのまま走っていると、
「座標地点が見えました……何かが蠢いている?」
誠が訝しげな声を上げながら、目を凝らして先を見る。
「あれは、大量の蛇のようですね」
「そこに見えるのは、杜若とチェルノヴォークの二名だけのようです。出流とヴァレンティーネ様は、先に行ったと思われます。どうなさいますか?」
左京に続いて誠が真紘へと視線を向けて来た。
「では、左京と誠はここに残り、杜若教官たちの援護を。俺はこのまま目標地点まで向かう」
「畏まり……と思いましたが、我々二名がここに残ってはこの車はどうなさるおつもりですか?」
自分の言葉に頷きかけた誠が、疑問を口にして来た。
「どうするも何もこのまま乗って行くつもりだ」
真紘がけろっとした表情で答えると、誠だけではなく左京の顔もぎょっとしてきた。そんな二人が何を言わんとしているのかは分かる。
けれど、今の状況でそんな事は言っていられない。
「安心しろ。実践したことはないが……車の基本操作の知識くらい持っている」
「いえ、あの……そんな、やんちゃボーイが言うような屁理屈を言われましても……」
意外な真紘の言葉に、左京が明らかに狼狽した声を出してきた。
「たまには……な。俺も、無茶な事がしたいときくらいある。それに、普通の地面を走るよりも安全ではあるだろ? 左京、左京の因子は影響下から外れてもどのくらい継続できる?」
「そうですね……継続時間で言うと15分〜20分という所でしょうか」
「十分だ。では頼んだぞ」
真紘が口許に笑みを浮かべて、運転席の方へと前のめりに出る。
すると左京たちも観念したように、
「こちらが片付きましたら、そちらに向かわせて頂きますので……」
「御武運を」
と左京と誠が声をかけてきた。
「ああ、勿論だ」
真紘が二人に頷き答えると、二人がシートベルトを外し、瞬時にドアの外へと飛び下りた。
飛び下りた左京に変わり、真紘が運転席へと移る。
この車が障害物など気にせず走行できるタイムリミットのリミットが切られる。
真紘がさらに身体から放出する因子を強め、車の速度をさらに加速させた。タイヤが通常の地面を走行していない以上、速度を上げるにはこれしかない。
「おや、まぁーー。まさか映画のワンシーンを見てるかのように空飛ぶ車を見たと思ったら……そこから左京君と誠君が下りてくるなんて、驚きの連続だね」
半裸の男と衝突している操生からの驚きの声が真紘の耳にも微かに届いた。
けれど、すぐにその声は衝突音に掻き消されてしまう。
真紘は、出流たちがいる地点が示しているナビを目視しながら車を走らせる。
車を走らせながら、真紘はナビと連動させた情報端末を操作し出流に文字だけの通信を入れた。自分が後どのくらいで目標地点に着くのかを記した通信だ。
『あと7分』
たったそれだけだ。
他に主語も何も入れていない。
けれど、それだけで大凡の意味が出流に伝わるはずだ。
しかし、風景を切るように車を走らせながら真紘は微かなじれったさを感じていた。
戦いに於いて、この7分がどれほど長いものか。それを真紘は知っている。たかが7分とは言い切れない。その7分が絶対的な命運を分ける7分にもなってしまうこともある。
豊が現れたのかの連絡は入っていない。
しかし、嫌な予感が空気を伝うように真紘の身体にまとわりついているのも事実だ。
マーフィーの法則ではないが、こういう時の予感ほどよく当たってしまうものだ。
そして、出流に通信を入れた通り……真紘は7分後倉庫群の一画に無事に辿り着いた。到着した真紘の視界に巨大貨物船の上で豊たちと交戦している出流たちの姿が見える。
やはり、嫌な予感は当たってしまうものだ。
そう思いながら真紘はイザナミを復元し、因子を練り上げる。
そんな真紘に攻撃の余波で起きた爆風で宙へと放り投げ出された出流が気づいたのが分かった。
視線があったのは一瞬のみだ。
けれど、出流と自分がやろうとしていることは同じ。
なら確認せずとも、自分たちがやるべきことは一つだ。
出流がヴァレンティーネを攻撃範囲から遠ざけるように上空へと放り投げ、弓を豊へと放っていた。けれど真紘はまだ攻撃を放たない。
狙うは……
豊が出流の攻撃を躱した瞬間。
真紘がタイミングを計り、イザナミを振り払う。振り払ったイザナミから低空で飛んで行く斬撃が放たれる。
豊が言葉を呟き、真紘へと目を細める。
そして自分が放った斬撃を、豊が右手に持っていた刀で足を切り落とされる事を防ぐ。
「やはり、そう簡単に足は取らせないようだな?」
「はは。勿論だとも。足がなくなったら私としても凄く困るからね。もしやこれから第二陣の始まりって感じかな?」
「ああ。そう言う事になる」
「勿論、お前も覚悟出来てるよな?」
体勢を整え上空から落下して来たヴァレンティーネをキャッチした出流と共に真紘が頷いた。




