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小物の男の野望

 生徒会室を後にした真紘は、小さく息を吐き出した。

 周は豊の側についている綾芽を止めて欲しいと言ってきた。できれば、彼女に生きる道を残したまま。

『俺がそれを出来れば良かったんだが……』

 唇を噛みながら、周がそう言ってきた。

 いつでも、周は綾芽の側にいた。綾芽側についていた。

 周の中でどんな戦いがあったのかは知らない。けれど、今の綾芽は彼女の側から離れ、ここにいる。

 そして、自分に綾芽を止めてくれ、と頭を下げてきたのだ。

 頭を深く下げる周の姿を思い起こすと、心が居た堪れなくなる。きっと、綾芽の事をこんな風に思っているのは、彼だけだ。

 真紘は胸の中にあるプライドを捨てて、頭を下げる周を見ながらそう思った。

 だからこそ、自分は綾芽を止めなければいけない。

 真紘は下げた手を強く握りしめた。




 出流は明蘭学園近くにある海浜公園のベンチに座り、ドイツにいる雨生たちの事を考えていた。

 そういえば……カリンと雨生はそれなりに親密だった気がする。

 断定できないのは、二人の間にある空気を微かに感じただけに過ぎないからだ。しかもそれは靄みたいなもので、二人の口から聞いたわけではない。

 しかし、今の状況にも関わらず死んだカリンの元に行くのだから、それこそが二人の親密性を露わしているのかもしれない。

 出流の中に取りとめない沈黙が降って来た。言葉で言い表せない何かが漂い流れている。

 すると、そんな出流の視界に顔を上げて、星を見上げるヴァレンティーネの姿が入った。

 ただ星を見上げているだけなのに、どこか寂しそうに見える。

「ティーネ? おまえ、そんな浮かない顔してどうした?」

 出流が声を掛けると、ヴァレンティーネが静かに微笑み返してきた。

「浮かない顔に見えたかしら?」

「見えたから、訊いたんだろ?」

「ふふ。それもそうね」

「それで、どうかしたのか?」

 ヴァレンティーネが顔を俯かせ、少し考えてから口を開いてきた。

「私、ずっと考えてるの。自分の力を使ってこの世界から因子を消すことについて」

「この世界から因子を消す? それって……」

「ロウにも話したんだけど、お兄様たちが本当にしたいのは、それなの。この世界から因子を消すこと……正しい判断よね。きっとそれは……」

 静かでしっかりとしたヴァレンティーネの声。しかしその声は迷っている。

 自分はとんでもないミスを侵そうとしているんじゃないのか?

 暗にそう投げ掛けている。

 自分自身に。そして彼女自身に。

 出流がそんなヴァレンティーネの手を握る。強く握りしめる。

「俺は、おまえに偉そうに言える立場じゃない。正直、俺も何回も何回も馬鹿な選択した。それこそ、感情に任せて、後先考えずに……。けど、だからって今が嫌いってわけじゃない。きっと、もしおまえがこの世界から因子を消したらって考えると、怖くなる」

 因子がない世界を想像する。

 正直、背筋が凍りつくほど怖くなった。

 ゲッシュ因子がなくなったら、自分という人間に何が残るというのだろう?

 最初に浮かんだ言葉がこれだった。自分でも飛んだ悲劇のヒーローを演じていると思う。これからのことにどこかで尻込みしている自分がいるのに気づいて、自分自身に嫌気が差してくる。

「俺は正直、自分っていう人間に自信がない。自分の良い所はって聞かれても返答に困る」

「そんなことないわ。イズルは素敵よ? そうじゃなかったら私は貴方に惹かれたりしないわ」

 ヴァレンティーネの言葉に出流は思わず苦笑を零した。

 こうも直球に言われると、本当にそうなのかもしれないと信じたくなる。

「慢性的な病気かもな、それこそ……。けど、昔よりは随分マシになったと思う」

「本当に? それなら良かったわ」

 手を握り返してくるヴァレンティーネが優しげな笑みを浮かべてきた。

 心が温かくなるような笑みだ。

「きっと、お前も怖いんだろ? もし世界からゲッシュ因子を消したとき、自分が一人取り残されるような気がして」

 ヴァレンティーネが自分の兄であるキリウスたちの考えを頭の片隅で肯定しつつも、踏み出せないのは、彼女が抱えるパラドックスによるものだ。

 ヴァレンティーネの因子は、他者の因子を消すことができる。

 けれど、自分の因子を消すことはできない。

 もし世界からゲッシュ因子を消し去れば、人間の皮を被った化物は自分一人になってしまう。

 ヴァレンティーネが苦悶の表情で言葉を詰まらせてきた。

 そんなヴァレンティーネを安心させるように、優しい声音で言葉をかける。

「でも、それは大きな間違いだ。例え俺から因子が無くなったとしても、俺はお前を嫌ったりなんかしない。マイアだってそうだ。他の連中だってそうだ。誰もおまえを嫌ったりなんてしない」

「……今はそうかもしれないわ。けど、私は不安で堪らない。この先、どんどん皆の見る目が変わったら? どんどん私の事が気持ち悪くなったら?」

 綺麗な紅い目の瞳から涙が零れ落ちる。

「お前を気持ち悪がる奴がいたら……俺がそいつに生まれてきた事を後悔させてやる。だから何も心配するなよ」

 ヴァレンティーネがぎゅっと手を握りながら、コクコクと頷く。

 全ての不安が拭えたわけではないだろう。でも、それでも……

 少しでも拭う事が出来たなら良い。出流はまだ暫く泣きやみそうもないヴァレンティーネを見ながらそう思った。



 相模湾を巡航している一隻のイージス艦の甲板に、豊の姿があった。イージス艦には豊以外の人間は載っていない。

 今までこの艦内にいた乗組員たちは息絶えている。

 暗い海面をゆっくりと巡航しながら、豊は昔の記憶に想いを馳せていた。

 自分自身でも、一風変わった人間だとは分かっている。

 けれど、そんな自分にも大切な友人がいた。この海でふざけた輩に晴人が見殺しにされた。

 今の自分がやろうとしていることは、狼や真紘には理解されなかった。豊からするとそれが不思議で堪らない。

 最初に牙を向いてきたのは、向こうだ。それなら自分だって牙を向く。

 そしてその牙で相手の喉笛を掻き切れれば、別の誰かに命を取られても構わない。

「黒樹君たちも、ただ静観しながら、自分たちの牙を磨いた方が利口なのにね」

『……そしたら、この連鎖は終わらないよ』

 呟きのような豊の問いに、通信越しの慶吾が少し間を空けてから答えてきた。

「慶吾、連鎖というくらいなんだから……そう簡単に終わりにすることはできないんだよ。残念なことに。私も止める気がない。そして黒樹君たちもそうだ」

『はは。それはどうかな? きっとその考えに凝り固まっているのは貴方だけだと思うよ」

「言ってくれるね。さすが私の息子だ」

 空笑いをした豊に、モニターに映る慶吾が微かに目を細めてきた。けれど、すぐに表情を戻してきた。

『直に米国でも騒ぎが起きて、黒樹君たちの協力者も動くよ』

「そうかい。私の気持ち的にはすぐにでもヴァレンティーネ・フラウエンフェルトの命を取りに行きたいんだけどね……仕方ないから、各国にいる同志たちを私も召喚しとこうかな? 彼女の命を取るのはその後だ」

 豊が頭の中でそんな事を考えながら、頭に何かが過った。

 思わずその考えに豊が蠱惑的な笑みを浮かべる。

「慶吾、君は黒樹君たちの様子をずっと観察していただろ?」

『うん、見てたよ』

「なら、一つ訊きたいんだけど、彼らの中で何か変化はあったかな? 些細なことでも構わないんだ」

『また、何かを企んでるね? しかも小物で碌でもないことだ』

「そうだね、小物だよ。けれど、別に良いんだ。小物でも。私の大きな、大きな野望を成し遂げるための道になるのなら、私はどんな小物にでも、どんな悪者にでもなるさ」

 自分でも本当に、どう仕様もない奴だと思う。

 けれど、そう思いながら豊は慶吾からの言葉を、耳を凝らして聴いた。

 自分は本当に……お節介で大馬鹿者だと思いながら。

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