正義の味方みたいなこと、言ってんじゃねー
「どういうつもりだ?」
霧散した斬撃を見ながら、誠が怪訝そうに眉を潜めている。イレブンスはそんな誠の問いに答えず、ゆっくりと誠に近づく。
すると誠はさらに眉を寄せ
「どういうつもりかは分からないが、敵に情けを受けるつもりなどない。・・・同じ姉弟として貴様を遺憾に思う。こんな腑抜けた組織に入って・・・それでも貴様は佐々倉の者か!?」
と立ち上がりながら叫んでいる。
だがそんな誠の言葉など、イレブンスにとってどうでもよかった。
自分自身、無意識に誠を庇うように銃弾を放っていたためだ。
本当、ありえねぇ。
内心でそう思いながら、刀を構えている誠へと歩みを進める。そこに戦いの意思はない。あるとすれば、それは自分の想いに決着をつけること。
誠はイレブンスから戦いの意思が伝わってこないことに、少しばかり狼狽えている。
そんな誠を無視して、イレブンスは誠へと近づいた。そして誠の腕を掴み、自分へと引き寄せる。
「なっ」
驚愕の声を上げている誠を、イレブンスはそのまま抱き締めた。
手から誠の体温が伝わる。大切にしたい。だができない。
そして誠が自分を受け入れる事はないだろう。そんな事は昔から薄々気づいている。
だからこそ。
「俺はおまえの弟なんかじゃない・・・」
そう言って、困惑した誠の顔へと顔を近づけ唇を重ねた。
一瞬、誠が目を見開いているのが分かった。だがそんなことどうでもいい。
相手の事を考えて前に進めないのであれば、それを無視して前に進むしかない。
誠が力いっぱいに自分の身体を押し、離れる。
その表情は困惑そのものだ。
誠が自分を見て、一瞬息を詰まらせたような表情を作っている。
何故、そんな顔をするのか?
そんな疑問が浮かび上がったが、すぐに自分の中で納得した。
誠にそんな顔をさせてしまうくらい、自分はみっともない顔をしているのだろう。
すると、誠が振り絞るような声で
「出流、貴様が何をしようと、私と貴様は姉弟だ。変わらない」
そしてイレブンスへと目線を合わせた誠がはっきりと言い放った。
「私は、私は真紘様の物だ」
しばしの沈黙。
だがそれを破ったのは、イレブンスだった。
「はは。そんな事いちいち公言すんなよ。・・・そんなこと昔から知ってんだよ」
乾いた笑い声を上げながら、イレブンスが答える。
そして
「これから先は、もう俺とおまえは他人だ。敵味方だ」
と誠に向け言い放つ。
丁度その時、甲高い警報が鳴り響く。
ナンバーズに発信される退避命令。それを聞いたイレブンはすぐに気絶しているファーストの元へと駆け、その場を離脱した。
極力誠たちがいる方へと視線を向けない様にしながら。
上へと進んでいた真紘はふと足を止めた。
「貴様、そこで何をしている?」
声を掛けた相手は自分と同じ制服を身に纏っている女子生徒だ。制服にエンブレムがないのを見ると、二軍生だろう。しかもよく見れば、狼と一緒にサマー・スノウ宣戦に出ていた者だ。だが、そんな彼女が何故ここにいる?
そんな疑問を真紘が浮かべていると
「あはっ、これはこれは輝崎くんだねぇ。もう、ここまで来たんだ!感心、感心。私は蜂須賀季凛って言うの。よろしくね。・・・あとここで何をしてたかっていうと、狼くんたちと真紘くんたちの手助けに来てたんだ」
と言いながら、茫然としていた女子生徒はころっと表情を変え、この場に不釣り合いな笑みを浮かべている。
「だが、黒樹たちの姿は見当たらないようだが?」
「あはっ、狼くんたち間抜けだから逸れちゃったみたい」
またも笑顔で季凛がそう答える。
真紘は一息吐いてから、静かに問い掛けた。
「貴様に訊こう。・・・黒樹たちに何をした?」
真紘が厳しい眼差しで、季凛を射抜く。
すると季凛の表情から笑顔が消え、代わりに冷めた表情に変わった。
「別になにも。あたしはここに連れて来いって言われただけだし。・・・それにしても本当にあいつ等間抜けなんだよねぇ。仲間とか、人を傷つけられないとか抜かしちゃってさっ」
季凛はケラケラと笑いながら、そんな事を言っている。
「では、貴様はトゥレイターの者だったのか。黒樹たちをここに連れてきて、何をする気だ?」
「さぁ。季凛が知るわけないじゃん。今頃、ここの下で間抜け面でもしてるんじゃない?」
足で床をトントンと叩きながら、軽口で季凛が答えている。
そんな季凛を真紘は黙って見ていたが、やがて口を開いた。
「貴様は本当にそれで良いのか?」
そんな真紘の問いに、季凛が怪訝そうな表情を浮かべている。
「どういう意味?」
「そのままの意味だ。貴様はこの状況に満足しているのか?」
「・・・当たり前だ」
そう答えながら、季凛が真紘に向け自身のBRVを復元し、矢先を真紘に向けてきた。だが、真紘は刃を向けることも、ましてや構えることもしない。
「おまえ、あたしを馬鹿にしてるのかっ!」
真紘の態度に怒りを露にして、季凛が叫ぶ。
だが真紘はまったく動じず、静かに口を開いた。
「貴様と決着をつけるべき者たちは、他にいるからな。わざわざ俺が手を下す必要もない」
「はぁ?なに言ってんの?生きてるかもわかんないのに」
「そうか。ならば俺は断言しよう。黒樹たちは生きている」
真紘はまっすぐに季凛の目を見ながら、そう言いきった。
言いきられた季凛は、目を見開きながら唖然としている。真紘はそんな季凛から視線を外すと、ゆっくりと歩みを進め始めた。
季凛が動く気配はない。
そして真紘は季凛の前から立ち去る手前で少し足を止め、投げかけるように口を開いた。
「貴様は、本当にしたいことをした方がいい。それをして、貴様を責める者はいない。もし、いるとするなら・・・その時は俺がそいつを討つとしよう」
そう言って真紘は、戦闘のため電気系統がやられたのか、照明が消えた薄暗い方へと疾走した。
それを沈黙したまま見ていた季凛は、悔しそうに唇を噛みながら
「正義の味方みたいなこと、言ってんじゃねー」
と呟いた。
暗い。なんだここ?
床の底へと落とされた狼は意識を取り戻し、寝そべっていた身体を起こした。
だんだん部屋の暗さに、目が慣れてくると部屋の全体が見えてきた。
狼がいる部屋は五角形のような形をした部屋だ。
狼はちょうどその真ん中にいるらしい。
「・・・みんなはどこだろ?」
辺りを見回しながら、一緒に落ちたメンバーの姿を探す。だが見回しても姿はない。
「はぁ。これかれどうしよう?」
頭は少し痛むが、それ以外目立った怪我をしている様子はない。
それは良いとしても、これからどうするべきか?
うーん。
狼は痛む頭を捻りながら考える。部屋を見渡したところ出入口のような物は見当たらなし、自分が落ちてきたと思われる天井も塞がっている。まさに密室だ。
昔脱出ゲームが子供たちの間で流行っていたような気もするが・・・
「僕、やったことないんだよなぁ」
狼は脱力しながら、そう呟き遠い天井の方へと顔を上げる。
開いたんだから、意外に開けられたりして。
狼はそう思い、イザナギを復元し高く跳躍する。
そしてイザナギを振り、斬撃を放つが狼の期待を裏切るように天井は傷一つつかない。それでも狼は諦めず、斬撃を繰り返すが結果は変わらない。狼は跳躍を止め地面に着地すると、大きくため息を吐いた。
「やっぱり、威力強くしないと無理なのかな?」
けれど、だからと言ってここで千光白夜を放つ気にもなれない。
あんな技を放ったら上にいる人に、何らかの被害が出かないからだ。
「やっぱり、僕って甘いのかな?」
狼は少し俯きながら呟いた。
ここに落ちる前に見た季凛の視線を思い出す。とても冷たくて、突き放されるような目だった。思い返すだけで、胸が痛むし、怒りも感じる。だがその怒りも不思議と少ししか感じない。
それよりも、どうして季凛がこんなことをしたのか?という疑問の方が強い。
「僕たちをここに落としたってことは、やっぱり季凛はトゥレイターのメンバーってことだよなぁ」
そう呟いて、狼はしばし沈黙する。
季凛がトゥレイターということは、いつかは本当に戦うことになるということなのか。以前戦ったトゥレイターのように。
でも自分は少なからず、季凛との時間を過ごした。そんな相手と割り切って戦えるほど、自分の精神は強くない。
それは狼自身、重々承知している。
それに狼の頭の片隅に、廊下で倒れている戦闘動員を見ていた季凛の姿が思い浮かぶ。
あの時の姿がとても、寂しそうに見えたのだ。
まるで何かとあの戦闘動員を重ねているような、そんな感じがしたのだ。
「よしっ」
狼は自分の頬を両手で叩き、自分を揮い立たせる。
早く季凛の元へと行かなければいけない。そんな気がする。
だからこそ、一刻も早くここから出る。
狼がイザナギを構え直し、再び抜け出そうと決意した瞬間。
バアアァァァァァン。
狼のすぐ近くの壁が砂埃を巻き上げながら、崩壊した。
「いきなり、なんなんだ?」
狼が目を見開きながら、突然破壊された壁の方を見ると、砂埃の中から人間とはまったく異なる形をした影が見える。
薄気味悪く、光る二つの目玉も見える。その色は濁った赤色をしている。
そして砂埃が止み、その姿が露わになる。
「うえぇ。ちょっと、嘘だろ?」
狼はそう呟いて、目の前にいる化物に目を向けた。
目の前にいる化物は、赤い目玉を持ち、鋭い爪を持った人間の手にも似つかない、手と足で床に立ち、腐臭を漂わせている。
口元は裂け、鋭い牙が剥き出しとなっている。
まるで物語に出てくる鬼のようだ。
「ありえないだろ・・・」
狼は思わず口をあんぐりとさせた。




