伝えるべき言葉
マヒロがどこにいるのか、分かっているのだろうか?
フィデリオは自分たちを先導するように、歩く忠紘の背を見ながらそんな疑問を抱いていた。先を歩く忠紘は、どこか寄り道するわけでもなく先に進んでいる。
どこへ、向かおとしているのか?
フィデリオがそれを忠紘に訊こうとした瞬間、予想外に向こうから口を開いて来た。
「貴様たちは、真紘の友人だと言っていたな?」
「はい。そうです。といっても、俺自身は宿敵に近い気持ちもありますけど」
「……そうか。では真紘を宿敵だと思っている貴様から見て、彼奴はどう見える?」
忠紘からの質問に、フィデリオはすぐに答えることはできなかった。
自分に映る真紘は、自分を倒した相手という認識以外にも、大事な事を学べる相手だと思っている。真紘が備えている冷静な高潔さ。そして周りを前へと導く先導力。
けれど、自分は残念ながらそれらを手にすることは出来ていない。
いや、だからこそ自分は真紘という人間を強く意識し、反発したくなるのだろう。
「正直に話すと、幼稚な嫉妬の対象です。きっと俺の父が求めていたものを持っている彼に対して。けど俺は今の遣り方を変えることができないんです。それは俺という人間の行動指針に基づいているものだから。父が求める姿も分かっているのに、自分の遣り方は帰られない。矛盾していると自分でも分かってます。そう、分かってるんですけど……やっぱり、俺は、自分は自分でしかないって、父たちに反発してるだと思います」
曲がり形にも忠紘の質問に答えて、フィデリオは苦笑を零した。
フィデリオの話を聞いていた忠紘が今度は、顔を微かに後ろに向け、セツナの方へと向いて来た。
「では、君は?」
「私は……」
話し始めた言葉をセツナがすぐに切り、考えるように顔を俯かせてきた。フィデリオも横目で押し黙ったセツナを見る。
セツナは自分よりも真紘と関わっている時間が多い。それに、セツナは少なからず真紘に特別な感情も抱いている。
そんなセツナがどんな言葉を紡ぐのか? フィデリオは忠紘と同じ様に口を閉じたまま、セツナからの言葉を待った。
「私にはマヒロが、眩しく見えます。厳しい所もあるけど、親切で優しくて。けど時々、その存在が遠いとも感じてもいます。だから近づきたいとも思ってます」
忠紘にそう答えたセツナは、やや気恥しそうにしている。さっきの言葉はセツナの素直な言葉だ。
ずっと、セツナを見てきたからこそ分かる。そして、そこに自分が知らない間に培った真紘とセツナの関係性が垣間見えて、寂しさを感じてしまう。
ただそこに、怒りを感じたなかった事にフィデリオは心から安堵した。
二人の話を聞いていた忠紘が、足を止めフィデリオたちの方へと顔を向けてきた。
「私は真紘が幼き頃から、上に立つ者としての戒律を学ばせてきた。奴の意思とは関係なしに。懐柔と言われても否定はしない。そしてそれをしなければ、家に押し潰され、殺される。だからこそ真紘は、それを必死にこなしている。ただそれだけに過ぎない」
批判的に聞こえる忠紘の言葉に、フィデリオが思わず眉を潜める。しかしそんなフィデリオの表情を受けても、忠紘は顔色を変えずそれ以上言葉を返して来なかった。
そしてそのまま、再び足を進めた忠紘はフィデリオたちを、一つの部屋へと招き入れてきた。
部屋に入った瞬間、フィデリオたちは、思わず手で耳を塞いだ。塞がずにはいられなかった。今まで微かにしか聞こえてこなかった雑音が、表情を歪めたくなるほど、大きな音で鮮明に聞こえてきたからだ。
『真紘様は若すぎる』『何故、あんな子供に当主の座を……』『忠紘様が生きておられれば……』『輝崎が衰退するのも時間の問題だろう』『輝崎の当主があんな子供に務まるはずない』『輝崎の恥だ』『あんな子供に頭を下げるなど、馬鹿馬鹿しい』など様々な真紘に対する罵詈雑言が、耳を塞いでも聴こえてくる。
勝手な言い草に、フィデリオが怒りで歯を食いしばる。
けれどそんな悪態の言葉よりも、フィデリオの胸を突いてきたのは……
『あの子なら大丈夫でしょう。なにせ、忠紘様の御子息なのですから』『輝崎の当主に年齢など関係ない。きっと立派に当主としての責務を全うするさ』『若いのに……さすが、輝崎の血筋を引いてることはありますね』
真紘に対する無責任で過度な期待の声だった。
勿論、フィデリオもこれに似た言葉を言われたことはある。その重圧に嫌気が差し、逃げ出したくなったこともある。けれど、フィデリオには父のゲオルクがいて、近くに同じ境遇のセツナがいた。
だから、自分はそんな虫図が走る無責任な言葉を気にせずに聞き流せた。
しかし、真紘には……?
「あそこにいるのって、マヒロ……?」
フィデリオの思考を裂くように、驚愕を滲ませたセツナの声が届いた。フィデリオがセツナと同じ所に視線を向ける。すると自分たちの正面。その奥の部屋にある上段の間に、こちらを鋭い視線で睥睨する真紘の姿があった。
凄まじい殺気がフィデリオたちに注がれている。
何故?
驚きのあまり、フィデリオたちが絶句していると横にいた忠紘が口を開いた。
「あそこにいる真紘は重圧に臆し、己の恐怖心に駆られている。そしてその恐怖に食い潰されまいと、こちらに牙を向けているのだ」
忠紘が部屋中に響き渡る声とこちらを睥睨している真紘に、厳しい表情を浮かべていた。けれど、その表情には厳しさだけでなく、どこか悲愴感が滲んでいる。
真紘に目を向ける忠紘の横顔を見て、フィデリオははっとした。
「貴方は……後悔してるんですね?」
思わずそんな言葉を漏らしたフィデリオへと、忠紘が顔を向けてきた。
「後悔しないはずがない。息子を斯様な場所に残してしまったのは、私にとって最大の失態だ」
そう言い切った忠紘の表情は、苦悶の表情を浮かべていた。息子の事を按じて、嘆く父親の顔をしていた。
きっと、この人は誰よりも真紘を大切にしていた。父親として出来る事をしていた。
そして、さっき自分が批判的に捉えた言葉は……この人なりに息子の本質を自分たちに伝えて来ようとしていたに違いない。
無意識の内に、真紘に対して引き目を感じていた自分たちに真紘も自分たちと同じであるという事を。
「俺が、マヒロに伝えます。貴方の意思を。だから安心して下さい」
フィデリオが忠紘にそう告げる。
すると、苦悶の表情を浮かべていた忠紘が、少し目を見開いてから小さく頷いてきた。そして、その忠紘が刀を抜刀し、こちらにやってくる真紘を再度見てから、
「私が教えられたなかったことを、貴様たちが教えてやって欲しい」
静かに消えてしまった。
忠紘という存在が消えたのと同時に、幻術世界が大きく歪み、崩壊してきた。まるで、ここに存在していた世界の意義を失ったかのように。
そして気づけば、フィデリオたちと真紘は空母艦の広い滑走路の上に立っていた。
幻術が消えたからといって、自分たちを威圧している真紘の態度に変化はない。
「やっぱり、マヒロ自身に掛かってる洗脳を解かないと駄目みたいだね」
フィデリオがそう言って、左斜下にイザナミを構えた真紘が勢いよく突貫してきた。フィデリオは右手でセツナを突き飛ばし、左手で真紘が振り払ってきた刃を受け止める。
キンッ。という鉄と鉄が衝突し合う音。それが辺りに響き渡る。
「いきなりだね。マヒロ?」
眉を潜めて、フィデリオが口許に皮肉な笑みを浮かべる。けれど真紘は無言のまま刃を斬り返してきた。
そんな真紘の態度にフィデリオが眉を寄せる。
しかしそれも束の間。イザナミの刃がフィデリオの眼前に突き出される。フィデリオが瞬時に後ろに跳躍しかわす。
後ろに跳躍しながら、フィデリオが真紘へと斬撃を放ち、自身も真紘へと肉薄する。斬撃は真紘に斬りかわされてしまうだろう。
思った通り、真紘がフィデリオの放った斬撃をイザナミでフィデリオへと弾き返してきた。自身の斬撃をかわし、真紘へと刺突を繰り出す。真紘が冷めたフィデリオの刺突をみきってきた。そんな真紘に、フィデリオが蹴りを繰り出す。
真紘が身を低くして、自分の蹴りをかわしてきた。
下段からの斬り払い。フィデリオが勢いよく上半身を後ろへと倒し、足を上げ真紘の斬線から逃れる。
甲板に手を付け、身体をバク転させて体勢を戻す。けれどそんなフィデリオに、真紘からの攻撃が放たれていた。
大神刀技 鎌鼬
「喰らうかっ!」
半ば自分の意地を張って叫んだ。直感的に剣を揮う。剣身に伝わる衝撃がフィデリオの表情を歪ませる。歯を喰いしばり、腕力と剣を揮うという惰力で弾き返す。
次にフィデリオが前へと出る。
一方的にやられてはいられない。少しの隙あらばそこに自分の一撃を叩きこむ。
聖剣四技 戦剣
自分と一定の距離を保っている真紘に向かう蒼い炎。甲板に強く吹き付ける海風に煽られ、不規則な動きで、真紘を捕縛せんと動く。
不規則な動きで軌道が読みにくい斬撃が、真紘の腕を捕縛した。炎が真紘の左腕を焼く。海風に混ざって肉を焼く臭いがフィデリオの鼻につく。
けれど、感情を殺している真紘の顔は変わらない。すぐさま自分の腕を焼く炎をイザナミの一閃で断ち切ってきた。
そんな真紘へとフィデリオが肉薄し斬り込む。風の轟音と激しい剣戟の音が耳に痛いほど響く。後ろへと押しても、すぐに押し返される。跳躍して、空中で斬り合う。風に煽られ着地位置が変わる。むしろ、変わったのはそれほどでぶつかり合う剣の激しさは変わらない。
真紘がフィデリオの首元を斬りかかる。剣で受け止める。けれど変わりにフィデリオの鳩尾に真紘が左拳で殴打してきた。
息が詰まった次の瞬間に、激しく咳き込む。けれど手を止めるわけにはいかない。
真紘の胸を貫く軌道で刺突を繰り出す。真紘が反射的に身体を横へと移動させた。返り血がフィデリオの顔を染めた。フィデリオの剣が真紘の肩を裂いたのだ。
しかしどちらも相手の動きを止めるほどの、致命傷を与えたわけではない。
ただ、微かに真紘の表情に焦りのようなものが見え始めた。因子の流れも微かにだが乱れている。真紘らしくない。
WVAで真紘に負けてから、再戦をしたいとずっと考えていた。自分たちドイツの精鋭者を一人で倒した真紘に、負けたままでは終われない。
しかも、今の真紘は自分らしさを欠いた真紘だ。
「マヒロ、悪いけど今回は勝たせてもらうよ。正直、負ける気がしないんだ」
「……俺が負けるだと? ふざけた戯言を抜かすな!」
怒りで真紘の因子の熱が弾けた。辺りに満ちるフィデリオの因子に反発し、空中で幾つもの爆発が起きる。
その爆風と衝撃で、空母艦が大きく揺れた。
微かに真紘とフィデリオの体勢が崩れる。お互いがそこを突くように剣を揮い、弾き、後ろへと跳躍し、距離をあけ、体勢を整える。因子の流れを整える。
口の中に、海の潮が入り微かにヒリヒリと痛む。唾で飲み込むのも不快だ。しかも、こういう時に限って、外は晴天で容赦ない太陽が自分たちのことを照らしてくる。汗と血と塩水で湿った服も、不快感を助長している。
浅くなった息を整えながら、フィデリオも因子を練る。
空気に流れて、真紘も同じように因子を練っているのが伝わってくる。
斬り合いで仕留められないのならば、自分の技巧を相手に叩きこむ。
聖剣四技 氷結
フィデリオの揮った剣から放たれた冷気が、空母艦、その界隈の海面を瞬時に凍らせる。けれどそれは攻撃の余波によるものだ。
その斬撃は真紘に飛来する。
大神刀技 颶風
正面から向かってくる氷の斬撃を、豪風が空中で押し止めるように衝突した。凄まじい冷気を孕んだ衝突風が、濃霧を発生させた。




