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彼女の成長

 フィデリオは、威圧に流されないように顔を引き締めさせた。

「俺はフィデリオ・ハーゲン。貴方を倒しに来た」

 かなりの手練(てだ)れであることは、相手から放たれる気配から重々に伝わってくる。しかし、それで臆しているわけにはいかない。

 フィデリオは、烏丸へと剣を構える。

「愚直だな。だが嫌いではない」

 低く唸るような声音で烏山が目を眇めてきた。そして、綺麗な乱刀の波紋が特徴の刃をフィデリオへと構え、間合いを取る。

 二人が黙ったまま、相手の動きを値踏みするかのように動かない。

 相手に隙などない。なら作るしかない。

 しかし……フィデリオがそれを考えている間に烏山が一気に自分の元へと踏み込んできた。上段からの一閃。フィデリオがその一閃を受け止める。重い。

 受け止めた一撃がフィデリオの両腕の骨を軋ませる。フィデリオは歯を喰いしばって、その一撃に押し潰されまいと、力を込め、身体へ、剣身へ因子を注ぐ。

「ほう……」

 フィデリオの因子の熱を感じた烏山が、少しだけ意外そうな声を上げてきた。そして剣身に注がれたフィデリオの因子が、上から押し込まれる烏丸の刃を弾き返す。

 その瞬間、フィデリオが後ろへと跳躍し距離を稼ぐ。

 因子の熱は十分に上がっている。

 聖剣四技 破壊(ツァシュテールング)

 距離を取ったフィデリオも、烏山と同じく上段の構えから相手へと重力を纏った斬撃を放つ。普通の者ならば、まず受け止めようとはする者はいない。

 受け止めようとすれば、斬撃に含まれる圧力の餌食になってしまう。それは自らに襲い来る斬撃が板張りの床を歪に撓ませているのを見れば分かるはずだ。

 しかし、烏山は避けるような仕草は見せない。むしろ、自分へと向かってくる攻撃を脅威として見ていないかのようだ。

 フィデリオは、次なる攻撃のために準備を始める。けれどそれでは間に合わなかった。

「なるほど、やはりか」

 烏山がそう言って、自分に向かってきた斬撃を下段から右斜め上に振り上げて、軽々しくフィデリオの斬撃を真上へと跳ね返してしまった。

 変刀技 重風

 同時にフィデリオへと、先ほどのフィデリオと同じ重力系の斬撃を放ってきた。自分への挑発だろうか?

 しかし、この挑発に乗るわけにはいかない。危険すぎる。

 フィデリオは瞬時に跳躍し自分に襲い来る攻撃をかわそうとした。けれど、それは許されなかった。

 跳躍した瞬間、こちらに放たれた斬撃が強く光り出し、そこから気性の荒い強い風が巻き起こったのだ。そして、その風がフィデリオの足を掴んだ。

「クソ、しまった!(フェアダムト)」

 自分の足に纏わりついた風は、さらにその強さを増してきた。このまま、フィデリオを逃がさず、あの重力を纏った斬劇へと自分を引きずり込もうとしているのだろう。

 あれをまともに喰らえば、致命的だ。相手の手に乗って、攻撃を受けるわけにはいかない。

 フィデリオが因子を放出し、荒い風の流れを自分の物にする。

 おかげで、フィデリオは烏山の攻撃を受けずに済んだ。足下に斬撃が通り過ぎて行く。フィデリオの背後の壁が、切り刻まれ、押し潰され、瓦礫も残らないほど、粉々にされている。

 風に煽られた汗がひどく冷たく感じる。

 けれど、フィデリオは先ほどの攻撃で相手がどういうタイプなのか判明した。

 そして向こうも、分かったはずだ。

 自分たちが同じタイプであることを。

 しかも、向こうは自分よりも熟練した技巧を持っている。

 けれど、しかし……それがどうした?

 フィデリオの闘志が先ほどよりも強くなる。例え幻術世界だろうと、この強さは本物に近い。なら、その強さを自分が踏破してみせる。

 自分だったら、できる。

 いや、出来なければドイツの代表になる者になれるはずがない。

 床に着地したフィデリオが烏山へと肉薄した。一気に迫ってきたフィデリオに、烏山からの容赦ない横薙ぎの一閃。フィデリオはそのを受け止める。純粋な刀の一太刀。切り返された刃が今度は、フィデリオの首元を狙う刺突。

 フィデリオは僅かの時間でその身体を微妙にずらし、かわした。そしてその身体の動きはフィデリオの次なる攻撃に変化する。

「えっ?」

 驚愕の声がセツナから漏れる。

 烏山の目が瞬く。

 フィデリオの姿は、烏山の背後に回っていた。けれど、烏山は自身の驚愕に溺死することはなかった。背後に回って来たフィデリオに振り向かぬまま、刀を逆手に持ちフィデリオを刺突してきた。

 しかもただ刃をフィデリオに突き付けたわけではない。

 刃の穂先から炎弾が放たれていた。フィデリオが向かってきた炎弾を剣で斬り裂く。灼熱の熱が剣身を赤く染め上げる。

 フィデリオが躊躇うことなく、その剣に自分の因子を流す。二つの高熱により、剣が甲高い悲鳴を上げ始める。

 第三世代型といえど、汎用型だ。特化型より耐久性は低い。だからこそ、自分の容量以上の因子を注ぎ込まれ、剣身にガタが来てしまうのは当然だ。

 とはいえ、止めることはできない。

 BRVが壊れる事を気にしながら、勝てる相手ではないのだから。

 聖剣四技 青い不死鳥(ブラウフェニックス)

 振り払った剣から、青い炎が不死鳥の姿を象り、相手へと衝突する。けれど、フィデリオが技を放った瞬間、烏山が無数の鋭い氷の杭をフィデリオの身体へと穿っていた。

 大半の氷杭は、フィデリオの放った不死鳥の炎に焼かれ白い煙を上げ蒸発してしまったが、炎から逃れた何本かが、フィデリオの身体を貫いてきた。

 一瞬の冷たさの後、激痛にフィデリオが奥歯を噛みしめる。剣を握る手は反射的に動かしている。自分へと襲ってくる刃を受け止める。

 それが始まりの合図かのように、激しい剣戟戦へ(もつ)れ込む。

 フィデリオの剣が相手の腕を斬り落とさんと動けば、相手の刃はフィデリオの腸を斬り裂く斬線を描いて来る。息つく暇もないまま、剣と刀を衝突させ、火花を散らす。

 散らした火花を見ながら、フィデリオは相手が見せる次の動きを集中して読み取ることに意識を傾ける。

 ずっとこの激しい剣戟戦を続けてはいないだろう。フィデリオが因子の熱を上げ、決定的な一撃を与えることを狙っているように、相手もフィデリオの隙を虎視眈々と狙っている。

 敵と刃を交える者として、当然のことだ。

 だからこそ、この剣戟戦で油断は許されない。しかし時間稼ぎでしかない。いや、今のフィデリオにとって、目の前にいる烏山との戦いは序章に過ぎない。

 今のフィデリオにとって、一番の目的はここには居ない真紘を見つけ出すこと。そしてそれをするには、目の前にいる敵を薙ぎ倒すしかない。

先に動いたのはフィデリオだ。

 声を張り上げ、フィデリオは辺りに因子を放出しながら、床を蹴るように跳躍した。

 烏山の目の前から因子持ちですら、目を剥く高速移動で後ろに後退する。そして後退するのと同時に、熱を放出する剣身から二つの斬撃に時間差を付けて放つ。

 烏山が訝しげに眉を顰めさせる。

 フィデリオが繰り出したこの二つの斬撃をどのように捉えたのかは分からない。いや、そもそもこの相手に意志などはあるのだろうか?

 フィデリオがほんの一瞬だけ、そんな事を考えていると……先に放った斬撃が烏山の刃の前に、消滅させられる。

 そして烏山が二手目の攻撃に見向きもせず、フィデリオへと接近せんと床を蹴り破り疾駆してきた。

 しかしその瞬間、フィデリオが張っていた伏線が効果を発揮する。

 フィデリオが後ろへと距離を取る前、この場に放出していた因子。その因子が一気に上昇気流を作り出した。

 そしてその上昇気流がフィデリオの放った二手目の斬撃を瞬時に天井へと押し上げた。押し上げられた斬撃が、天井を破り、その瓦礫が真下へと落下する。

 そうそれは、丁度こちらに向かっていた烏山の頭上へと勢いよく落下したのだ。

 天井の崩落によって、動きを止められるのは精々五秒が良い所だ。しかしこの五秒は失ってはいけない五秒だ。

「はぁあっ!」

 声を張り上げ、フィデリオが天井に埋もれている烏山へと剣を揮った。

 聖剣四技 軍功の(バルムンク)

 神々しいまでの光を放つ斬撃が、動きを止めた敵を乱斬にする。鋭い刃の斬線でありとあらゆるものを切り刻み、熱で燃え滓すら残さず焼失してしまう。

 斬撃による乱舞が治まると、そこに在った物が全て失われ、残ったのは空虚さだけだ。

 フィデリオはそれを見て、一気に身体に溜めこまれていた息を静かに吐き出した。そこへ戦いを見ていたセツナが駆け寄って来た。

「フィデリオ、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。このくらい」

 血が滲んでいる自分の身体を見て、眉を顰めるセツナに頷き返す。

 しかし、セツナの表情は曇ったままだ。

「ごめんね……私、見てるだけしかできなくて」

 自分に謝ってきたセツナの声音は震えていて、それを押さえるようにセツナが苦い顔で唇を噛みしめている。

「セツナ……」

 今、セツナは自分を不甲斐ないと感じて悲しんでいる……いや悔しがっているのだとフィデリオは思った。

 それは、歪められた瞳を見れば分かる。

 見ているだけしか、できなかった自分自身にセツナは怒っている。今思えば、ただ見ているだけという状況は、セツナにしては珍しい。

 いつものセツナなら、自分が出来る事が少しでもあれば動く。それがフィデリオの知るセツナだ。

 けれど、セツナは動かなかった。

 フィデリオは微かに心苦しくなる。

 けれど、嬉しくもある。

「自分を責める必要は無いよ。これはフランツさんからの受け売りだけど……セツナにしかできない戦い方で見せれば良いんだ。そしたら俺も、きっとマヒロも嬉しいよ」

 少しはっとしたように顔を上げたセツナに、フィデリオは優しく微笑んだ。

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