選択ミス
飛んできた斬撃が容赦なく、フィデリオたちの背後にあった壁を吹き飛ばす。
斬撃から感じる因子の気配は本物。即ち、自分たち以外でも、ここに誰かが潜んでいる可能性がある。
「私と佐々倉が先兵を務めます!」
左京と誠が、斬撃が飛んできた方へと奔る。フィデリオたちもそれに続く。灯りがなく、薄暗い部屋を走り抜ける。
けれど、いくら部屋を抜けてもそこに人の気配は感じない。
飛んでくるのは、自分たちの動きに合わせて飛んでくる斬撃のみだ。しかも、因子の気配がバラバラで、敵がどのくらい潜んでいるのか把握できない。
フィデリオが、ツヴァイヘンダー型の剣に、因子を流し……奥へと広がる暗闇へと青い不死鳥を放つ。青く輝く炎で部屋が照らしだされる。
尊厳な造りをした和室が幾つも連なっている空間。けれどそこに、敵の人影などない。
「際限がない……」
フィデリオが眉を寄せる。
「おかしい。あの一瞬であの二人はどこへ行った?」
眉を寄せていたフィデリオの近くで、マイアが顔を顰めさせる。マイアの言葉で、フィデリオを含める三人も、状況の変化に気づいた。
さっきまで自分たちの前にいたはずの、左京と誠の姿がなくなっている。
前方から目を逸らしたのは、自分の放った攻撃で部屋が明るくなった一瞬だ。
「どういうこと?」
セツナが動揺の声を上げた。けれど、その声も衝撃音で掻き消される。
床が一気に破裂した。爆発ではない。上昇気流かのような凄まじい風が、下方から襲って来たのだ。猛烈な風が刃となって、フィデリオたちに襲い狂う。
けれど、これくらいならまだいい。
問題なのは……
凄まじく部屋を荒らした風の刃が過ぎ去った後、フィデリオたちを苦しめたのは、身体を蝕む息苦しさだ。
どんどん、自分たちがいる場所から酸素が奪われて行く。このままでは、直にこの空間が真空状態となり、後は自分たちが風船のように破裂する末路だ。
そんな自分たちを確かめるように、今まで感じなかった人の気配を、視線を感じる。息を顰めて、じっとこちらを注意深く見ている。
まるで、自分たちの死期を自分の眼に刻みつけようとしているようだ。
ふざけるなっ!
身を隠しながら、こっちを冷たい視線を送る敵に怒りを感じる。
おまえの思うように、なってたまるか!!
フィデリオが、剣身に注いでいた因子を爆発させた。
聖剣四技 風の女神
まるで剣舞を振る舞うように、フィデリオが剣を揮う。奪われた空気を自分たちの元に掻き集めるように……剣を振り払う。
最初は細い糸のような空気の流れが、どんどん大きくなる。フィデリオたちの髪先が揺れた。服がはためく。
風の流れに乗って、張りつめた気配がフィデリオに伝わって来た。
「そこにいるのは、誰だっ!?」
誰何の声を張り上げ、そのまま集めた風を操る。フィデリオの眼前に、五つの風弾が生まれ、それが砲撃のように、濃い暗闇が広がる奥へと飛翔して行く。
甲高い五つの咆哮が轟いた。
もう、フィデリオたちを締め付けていた息苦しさはない。しかし、見えない敵を仕留めた感触もない。そして、さっきまで感じた気配を消えている。
フィデリオが顔を顰める。先ほど敵の初手によって大きく空けられた天井からは、大きな月が、こちらを覗いていた。
幻術世界だとしても、自分たちを照らす月明かりは眩い。
「まるで、怯えているみたいだ……」
フィデリオが暗闇の中に目を細めさせ、静かに呟く。
さっきまで感じていた怒りは、波が引くように冷めている。
あのとき、自分は何に対して怒ったのだろう?
敵が自分たちを殺そうとするのは、おかしな事ではない。だから、それに対して、今更怒りを感じる事はない。
この状況で向けられる殺意は、変な話、不条理な殺意ではないからだ。
自分たちは、敵の張った罠の中にいる。ならその意志に睨まれても仕方ない事だ。それを承知の上でここにいるのだから。
……わかった、気がする? いや、違う。感じたんだ。
「フィデリオ?」
横からセツナが少し眉を顰めて、一点を見ていたフィデリオの名前を呼んできた。
「セツナ、俺……奥にいる敵を絶対に倒す」
「ドイツのエースは、熱いね。まっ、おかげで窒息死せずにすんだよ。ありがとう」
操生がセツナの横から目を細めて、微苦笑を浮かべて来た。
するとその横から顔を顰めたマイアが口を開く。
「一人の気配が消えた。だが、変わりに別の気配が二つ。左右に感じる」
「ん〜〜、それは嫌な予感がぷんぷんとするね。むしろ、このタイミングでこれって事は、推理しなくても、その気配が誰のものなのか分かるよ」
やれやれと言わんばかりに、肩を竦めた操生が右の方を指差す。
「私は向こうの気配を何とかする。マイア君はもう片方。そして一番の大物はフィデリオ君たちに任せたよ」
「私はそれで構わない」
マイアが頷き、フィデリオたちも頷いた。
フィデリオたちが三手に別れている頃、狼たちは精神的に疲労していた。目の前には、もう何度目か分からない光景が繰り返されている。
「きつい……こっちに来るんじゃなかった」
疲れ切った顔で、季凛がぼそりと呟いて来た。
「季凛に便乗して言うけど、もう、うんざり。早くこの悪趣味なループから抜け出さないと」
「抜け出すって言っても、その方法が分からないわ。どんなに頑張っても、黒樹君は彼を捕まえることは、出来ないし」
「うっ、それは……」
「そうそう、睨まれて終わるんだよね……」
「そんなこと言われても、場面が一瞬の内に切り替わるんだから、仕方ないだろ」
希沙樹と鳩子の言葉に、力ない言葉で反論した。
大きい声を出す気力すら湧いてこない。体内時計も狂い始めている。実際は、狼たちが空母艦へと入って、時間など立っていないはずだ。いや、そう思いたい。
しかし身体は、眠りを欲している。けれど狼たちの前に広がる光景は、眠る暇を与えることなく動き続けているのだ。
「ああ、どうすれば良いんだろう?」
狼は深い溜息と共に言葉を零す。
化物に対して攻撃を仕掛けてみた。けれど、意味はなかった。それから出流にも仕掛けてみた。しかしそれも無意味に終わった。ならば、と仮設小屋に潜入してみたけれど、それも意味はなく、大きな倉庫に辿り着いても、変わらなかった。
どこかに自分たちが見落としている何かがあるはずなのに、頭の中は真っ白だ。
「ああ、メンバー的に考えて……向こうに行けば良かったわ」
「いや、それ僕も同じ事考えてたから」
額に手を当てて嘆く希沙樹に、狼が肩を落として答える。すると希沙樹から睨み返された。けれど、それに対して何かを思えるほどの気力が狼には湧いてこない。
自分でも相当、参ってると思う。
根津が言うように、早くこの状況から抜け出さないといけない。
出流を助ける前に、自分たちの方がどうにかなってしまいそうだ。
といっても、やはりこの繰り返しを抜け出す方法は、まだ浮かんでこない。
そして、また日が沈んで行く。沈むと同時に現れるのは、化物たちとそれに襲われる一人の人間と、それを見て、自分たちを睨みつける出流だけだ。
「何回も見たい光景じゃないのに……」
狼は繰り返される悪辣な光景を考えて、両腕で頭を抱えた。
抱えている間に、同じ光景が映画のように流れて行く。出流がいた。けれどやはり、彼は遠い場所にいて、自分たちに殺意を向けるだけだ。
睨むなよ。
自棄気味な思考で、自分たちを睨む出流へと内心で呟いた。
そして、光景はあの感想した戦地の光景へと戻り始める。その瞬間、
「一か八かで、試してみますか」
鳩子が息を吐き出すように呟いた。何か考えがあるらしい。狼たちが鳩子の方へと視線を向ける。すると鳩子が名莉へと視線を向けた。
「メイっち、戦場に戻ったら……最初に必ず会う女の子へと先制攻撃をしてくれない?」
「わかった。けど、それは当てた方が良い? それとも外した方が良い?」
「んー、肩に掠める程度でお願い」
「了解。でもどうして?」
名莉の疑問はもっともだ。
あの見ず知らずの少女に攻撃して、何か意味があるのだろうか?
しかし、鳩子が名莉に答えるより先に、場面が戦場へと変わった。そして狼たちの前には、自分たちへと銃口を向ける少女が立っていた。
名莉が鳩子に言われた通り、その少女の肩へと銃弾を飛ばす。
放たれた銃弾が少女の肩を掠める。少女の顔が恐怖と撃たれた時の痛みで歪む。
「ひっ」
少女の口から悲鳴が漏れた。
その瞬間、今までと状況が変わった。少女の背後からF2000のアサルトライフルを手に持った男が現れる。顔立ちはアジア系混じりの外国人という風貌をしている。
「キアラ! 大丈夫か?」
左肩を押さえる少女に男が声を掛ける。するとキアラと呼ばれた少女が、狼たちを睨みながら頷いた。
「変なの。この尖兵……あたしの探知網に引っかからなかった」
キアラの言葉に男が顔を顰めて、アサルトライフルの光点を狼へと向けて来た。
けれど、その男が引金を引くよりも先に、狼たちの周りの空間が捻れ、そこから現れた銃弾が狼たちへと襲いかかって来た。
銃弾が容赦なく、狼たちの足、腕、横腹、肩などを撃ち抜いてくる。
この技は……っ!
「なら、そいつ等を捕まえて、上に突き出すだけだ」
瓦礫の影から、冷めた表情を浮かべる出流と、手にデザートイーグルを握った女性が狼たちの前へと現れた。




