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名前が持つ意味

薄気味悪いほど、青光りする右京の刃。

 だがその刃以上に左京を恐怖させていたのは、冷たすぎる右京の目だ。

 どうして、自らの半身にこんな視線を向けられているのか?

 左京は鍔迫り合いをしながら、唇を噛み締める。

 右京は佐々倉出流が死んだと聞かされる前に、忽然と姿を消した。なんの前触れもなく。家の中では、右京がいなくなった当初は騒いでいたが、少し経つと諦めたかのように、騒がなくなってしまった。けれど左京は必死になって、半身である右京を探し続けた。だが、何日、何十日、何か月、探しても右京が見つかることはなかった。

 それでも左京はいつか右京が姿を現すと信じていた。そして再会した。こんな最悪の形で。

「どうしてだ?右京!何故、トゥレイターなんかになっている?」

 だからこそ、こんな言葉を目の前にいる右京に投げかける。右京はそれを鼻で失笑した。

「俺がここにいる理由?そんなの簡単だ。俺が生きる為だ」

「生きる為?」

 右京の言葉を訝しみながら、左京が聞き返す。

「右京、貴様が言っていることはおかしい。生きる為にここにいるとは一体・・・」

 わずかながら、左京の手元が緩む。そこを右京が見逃すはずがない。右京は鍔迫り合いをしていた左京の刃を払い除け、左京の身体を容赦なく斬りつける。

 鋭利な刃で斬りつけられた左京は後ろによろめきながら、歯軋りをする。

 だが斬りつけられた痛みより、心が痛い。

 頭が混乱して、すぐにでも床に膝を付けたい気分だ。

 けれど、そんなことはしない。そんなことは自分が許さない。自分の自尊心を保つために、心を叱咤する。

 そんな左京に右京からのふとした問い掛けが掛かる。

「左京、貴様に一つ訊く。もし貴様が『右京』となっていたら、どうなっていると思う?」

 自分が『右京』となっていたら?

 普通の人になら、思わず首を傾げてしまいそうな問いだろう。だが左京はそうはならない。自分たちの名前の由縁を知っているからだ。

 自分たちに付けられている『左京』と『右京』という名前。この一風変わった名前に籠められた意味。それは紛れもなく優劣を現している物だった。

 蔵前の家では、双子が生まれた際にはこの『左京』と『右京』という名が付けられることが決まっている。そして『左京』と名付けられた方は、蔵前の当主に、『右京』と名付けられた者は、一生当主に仕える影武者に、という義務になっていた。

 これは生まれた間もなくの頃、当主である父が決める。

 付けられた子供たちは何故自分が『左京』なのか、『右京』なのかという理由は知らない。子供たちにとっては気づけばなっていただけの、ただの名前だった。

 その意味を教えられたのは、丁度、十の誕生日の日だった。

 自分の名前の意味を聞かされた時、左京は正直、下らないと唾棄していた。

 自分と右京との間に、優劣なんてあるはずがない。自分たちはいつまでも対等な立場で、ずっと一緒だと考えていたからだ。

 それは右京も一緒だと思っていた。

 それなのに・・・

 左京は手を強く握り潰しながら、

「どうにもならない。私はどちらであっても、私のままだ。何も変わりはしない」

 雄叫びのような声を上げながら、右京を見据える。

 見据えた右京は無表情のまま立っているだけだったが、何か糸が解けたように頭を抱え笑い出した。

「ふっ、ははははは。貴様は何も知らないからそんなことが言えるのだ。俺がどんな劣悪な扱いを受けたか知らないからな」

 右京は笑い続ける。

「俺が貴様と同じ処遇を受けていたとでも?もし、そう見えていたなら貴様の目は節穴だ」

「どういうことだ?」

 眉を潜めながら、左京が訊ねる。

 すると右京の笑いがぴたりと止み、憤怒の籠った目を向けてきた。

「誰も俺を見る者はいなかった。俺は最初からいらない存在であり、いない存在だった。だから、俺は静かに消される存在だったのだ」

 消される存在?右京が?

 それはどういうことなのか?左京が黙っていると、右京はさらに話を続けた。

「左京、貴様がどんどん強くなるたびに、俺という存在はあの家から不要と見做されるようになった。昔から双子は意味嫌われていたからな。家に災いをもたらすと・・・。そのため、あの家は、俺自身にも悟られぬように殺すため、ある日から俺の晩食に毒物を混入し始めていたのだ。そう、自分たちに付けられた名の意味を聞かされたあの日から。それだけではない。時には眠っている間に、何度か首を閉められたり、喉元を刺されそうにもなった」

 左京は右京の言葉に、思わず絶句した。

 自分のまったく予想もしていなかったところで、右京がそんな仕打ちをされていたとは夢にも思わなかった。

 そして右京がそんな事をされていたのにも関わらず、気づけなかった自分の不甲斐なさに絶望した。

 これでは自分も右京を殺そうとしていたも同然ではないか。

「なぜ、その事を言ってくれなかった?」

 左京は目線を下げながら、静かに訊ねた。右京は呆れたように息を吐き、言葉を吐き棄てた。

「貴様に言ってどうなる?」

「それは・・・」

「なにもならないだろう。それにあの時の貴様は輝崎の家に出向くようになっていたからな。俺に起きた変化も気づかなかったのだろう。そんな貴様に話すだけ無駄だ」

 右京の言葉に何も返すことが出来ない。

 確かにあの時の自分は、次期当主である真紘の立派な懐刀になることに尽力していた。そしてそれにより、己が強くなっていく事にも喜びを感じていたのだ。

 右京の変化に気づくこともなく。

 左京が沈黙していると、再び右京が言葉を発した。

「だから、あの時は実に素晴らしい気分だった」

 左京が目線だけ、右京に向けると右京は口角を微妙に上げ

「輝崎の家を襲撃したときは・・・」

 と言った。

 まさに左京にとって、信じたくない事実だ。

 それを右京はさらりと言っている。

 輝崎の家を襲撃したということは、つまり自分の父も手に掛けたということだ。輝崎の家が襲撃されたとき、当時の蔵前と佐々倉の当主である、父たちは輝崎の家へと向かった。襲撃から輝崎の当主を守るために。途中まで父たちと一緒にいた誠と左京も一緒にいたが、一人先に家から脱出した真紘を安全な場所に連れて行くために、父親たちとは別れた。それが最後に自分の父たちの姿を見た最後になるとは知らずに。

 一晩がかりとなった襲撃は、父たちの命を奪い終焉した。

 それは右京が消えて三年経った、丁度その日の事だった。

 左京は呪わしい日だとさえ思ったくらいだ。

 そんな最悪な事態を起こした襲撃犯が目の前にいる右京。これ以上にないくらいの最悪なシナリオだ。

 考えれば考える程、自分たちの家はなんという偽装家族だろう?

 親が子を殺そうとし、子が親を殺す。

 皮肉過ぎて笑いが出てくる。

 そして自分は一気に崩れた家を直視できず、己を強くすること、そして真紘を守り抜くという思いをより一層強くさせた。

「右京、貴様とは私がここで決着をつける!」

 左京はそう叫び、右京へと疾駆する。

 刃へとゲッシュ因子を流し、右京へと技を放つ。

 示現流刀技 滝夜叉

 右京が放つ斬撃が巨大な骸骨のような姿に変貌し、右京へと襲い掛かる。右京は刀を構えながら後ろへと後退するが、そんな右京の行く手を骸骨が阻む。

 そして覆い被さるように、右京が左京の斬撃に呑みこまれていく。重力の斬撃により押し潰され、右京が床ごと下に落ちて行く。

 だが左京は警戒を止めない。右京の気配が完全に消えるまでは。

 しかし右京の気配は一向に消えない。

 むしろ右京から放たれる気配が大きくなっている。

 そして、その気配が爆発した。

 示現流刀技 毒陽炎

 抜け落ちた床の下から、無数の陽炎が紫電色に光り、左京へと一斉に飛び掛かる。左京はその陽炎を刃で払い除けるが、数が無数に存在する。

 そのため、全てを防ぎきれるものではない。

 左京の身体には、右京の技による傷が増えて行く。自分の役目を終えた陽炎は儚く消え、攻撃が止む。

 左京はそのままその場に座り込む。傷は然程大した物ではない。だがしかし、この体中に駆け回る、痺れるような痛みを受け、まともに立っていられない。呼吸が浅くなり、息苦しい。

 そこに先ほどの滝夜叉の攻撃を受けてか、特殊素材のスーツが引き裂かれ、血が滲み出ている。しかしそんなことを気にしていないかのように右京がゆっくりと左京へと近づく。そして左京の首を片手で鷲掴みながら、刃を突き立てようとしている。

 嫌だ。

 このまま右京に殺されるのは。私はまだ・・・・

 素直な気持ちが溢れ出し、気づけば叫び声を上げていた。

「うわああああああああああああああああああああああっ!!」

 左京は顔面へと向けられる刃を痺れる手で受け止め、そのまま自分の身体を奮い立たせる。

 そして瞬時に自分の刀を揮い、反撃を与える。

 示現流刀技 村正

 幾重にも重なった斬撃が右京を壁へと押し込み、そのまま身体を斬り裂く。左京の技が直撃した右京から苦言の声が漏れている。

 あの傷ではもう動けまい。

 左京は右京の傷を見て、そう確信した。

 だが自分も右京の毒を受けて、足が縺れる。フラフラする。これは早急に治癒をしなければならないだろう。

 だがその時、右京が力を振り絞り、最後の攻撃を行ってくる。

「くっ、まだ動けたのか」

 そう言って、左京は再び体に力を込めて刀を構え、斬撃を放つ。

 斬撃と斬撃がぶつかり合い、相殺されると思ったがそうはならなかった。

 左京の斬撃とぶつかり合った右京の斬撃は、弾けるように周囲に飛んで行く。その先には倒れ込んでいる誠の姿がある。

「佐々倉!!」

 左京のそんな声が届く前に、右京の斬撃が倒れ込んでいる誠へと襲い掛かる。

 早くなんとかしなければ。そう思う。しかし身体が鉛のように重く、思うように動かない。膝が笑っている。右京の毒が着実に左京を蝕んでいるためだ。

 誠が飛んでくる斬撃に気づいた時には、すでに避けきれない距離へと近づいて来ていた。

 左京が奥歯を噛み締め、不自由な身体で刀を揮おうとした瞬間、右京の斬撃は誠に届くよりも早く、イレブンスが放った銃弾により霧散された。


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