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全てが片付いたら

 鳩子が掴んだ情報を元に、マイアたちは明蘭学園の裏手に広がる沿岸部へと来ていた。沿岸部と言っても、広めの散歩道になっている。いつもは学生たちで溢れ返るのだろうが、もちろん、今は誰ひとりとしていない。

 その変わりに自分たちの目の前にいるのは、東京湾に停泊している戦艦からやってきたと思われる、米軍の兵士たちがアサルトライフルを持って、マイアたちの前に立っていた。

 いくらライフル銃や砲撃を手に持っていようと、ただの軍人に手間取られるマイアたちではない。マイアが銃を向けてきた軍人の顎を強く蹴り上げ、腕の肘で背後にやってきた軍人の腹を殴打する。

 短い呻き声と共に倒れる軍の兵士たち。現れた兵士たちは、何隻かの潜水艦に乗ってやってきている。上陸部隊と潜水艦からの狙撃部隊に別れて、こちらに向かって驟雨のように銃弾を飛ばして来た。

 引金を引く兵士の顔が驚愕の色に染まる。そして何かを確信したかのように、一人の男が号令のように言葉を叫んだ。

「These guys are nuts(こいつらは化物だ)!! Fire(撃ち殺せ)!!」

 言葉と共に銃弾が先ほどよりも苛烈に斉射される。避け切れない銃弾は、無形弾を放ち空中で飛散させるしかない。

 マイアたちが各々の遣り方で、隙間なく飛んでくる銃弾を封じながら、兵士たちへと肉薄する。マイアの手には汎用型のナイフが握られている。

 ナイフを握るマイアを見た米兵の顔が引き攣ったまま硬直した。死を覚悟したような顔だ。もう自分ではどうすることも出来ない……と悟った顔。

 これまでに何度も似た顔は見て来た。しかし、この時のその顔に畏怖の念を抱く必要はない。

 なにせ……

「今、このナイフで切るのは貴様ではない」

 英語でそう言いながら、マイアは引き攣った顔の男の顔面を思いきり横蹴りした。それと同時に、自分に向かって来た銃弾を真二つにナイフで斬りさく。

 そんなマイアの背後に、マイアより一回り以上の体格をした男が回り込んで来た。そしてその腕力を武器に、マイアへと双羽固(ふがはがた)めを決めて来た。

 太い腕がマイアの首に周り、そのまま窒息死させるか、首の骨でも折ろうとしているのだろう。しかし、対格差のある格闘戦はトゥレイターの演習でも、ロシア軍の訓練でも散々やらされた事だ。

 隙を突かれたとは思わない。

 マイアは男の腕に力が加わるのを感じながら、その場で足を浮かせ、浮かせた足の踵で勢いよく男の急所を蹴り上げる。

 巨躯の男が短い呻き声を上げ、あっという間にマイアの首を絞めていた腕の力が緩む。緩んだ隙に男のホールドから抜け出し、素早い動きで悶絶する男へと向き直るとそのまま顔面を右拳で殴打した。

 人間の鼻の骨は元々、脆い。骨が潰れたような感触が拳に伝わり、男の鼻から血が吹き出す。男がそのまま後ろへと倒れ込む。

 鍛えられた米兵がこのくらいの程度で気絶はしない。けれど、地面にのたうち周り、己に襲いかかる痛みに悶絶している。

「あれは、相当堪えたね……」

 マイアの横へと銃弾を避けてやってきた操生が苦笑を零して跳躍してきた。

「敵の急所を狙うのは、当然だ」

 苦笑を零して来た操生にマイアが淡白な表情で目を瞬かせる。するとマイアがやれやれという様子で肩を竦め、目の前にいた米兵の頭上部に薙刀を滑らせる。

 少量の血飛沫と共に、男の金髪が空中に舞った。自分の髪の毛が空中に舞うのを見た男の動きが一瞬だけ止まる。状況把握が掴めていない表情だ。

 さっきナイフを持ったマイアを絶望的な表情で見て来た男とは違う。いや、絶望という感情の括りは同じだが、その絶望は垢抜けている。

 しかし、敵の動きを止めたのは確かだ。その一瞬を見逃さず男の脇を通り過ぎた左京が、通り抜け様に男の首へと手刀を落とす。

「ナイス、タイミングだね」

「自分の頭から髪の毛がなくなるというのは、惨めなものだからな。暫く寝かせておくのが優しさだ」

 左京がやや大袈裟に神妙そうな顔つきで、言葉を返しながら潜水艦から顔を除かせていた兵士へと、因子の質が非常に高くした斬撃を放っている。

 因子の質が高い斬撃は、目を見張るほど遅い。そのため、自分たちへと向かってくる斬撃に気づいた兵士たちが潜水艦内に身を引っ込ませ、次の瞬間に海中へと沈んで行く。

 それを見た左京が、別の米兵に肉薄し軍服の胸倉を掴み、早口の英語を並べた。

「潜水艦内に入った輩に伝えろ。次、海中から現れたら当てる、と」

 男が執拗なまでに首を頷かせている。

 その男の態度に左京が溜息を吐き、掴んでいた胸倉を離す。その瞬間、男が喉元を押さえて、咳き込み、地面に足の膝を突かせる。

 そこへ、マイアたちから少し離れた所に上陸した米兵を相手にしていた誠、名莉、根津がやってきた。

「左京、向こうにいた者たちは片付けた。こっちの方は?」

「見ての通り。私たちの方も大方終わったぞ」

 左京の言葉に合わせて、誠たちが地面に倒れる米兵を見渡し納得したように頷いて来た。

 気づけば、沿岸部に立っているのは自分たちだけだ。

「さて、学園の敷地内に不躾な物を持って闖入してきた者たちは片付いたし……ボートを探しに行かなければな」

「あの、それなら鳩子がボートの場所を特定して、座標を端末に送ってくれてます」

 根津が情報端末を弄り、鳩子から送られて来た地図を半透明ディスプレイに表示してきた。これなら、下手に時間を取られずに済みそうだ。

 不意にマイアたちを海からの一風が吹いて来た。潮を含んだ風は、妙に肌に纏わり付く。空は晴れているのに、妙に気持ちが落ち着かない。漠然とした不安が自分の胸を重くさせる。

 胸に押しかかる重みにマイアが眉を顰めさせていると、操生が静かに肩を叩いて来た。

「何だ?」

 自分の肩を叩いて来た操生の行動が分からず、マイアが眉を顰めた。すると操生が少し困った様子で苦笑を漏らして来た。

「深い意味はないよ。ただ、今の私と同じ気持ちを抱いてるのは君じゃないかな、って思っただけだよ。全く困ったもんだ」

 何故か呆れた様子で操生が深い溜息を吐いてきた。

 けれど、それが不思議と不快ではない。

「……何となく、貴様の言いたい事が分かった気がする」

 マイアの不意を突くように、胸に立ち込めた重みが少しだけ軽くなったのを静かに感じた。



 狼たちは、先にボートへと乗り込んだ名莉たちと合流していた。

「強い因子を感知できるのは、米仏の空母艦から。でも、どっちがどっちにいるかは分からない。真紘と出流の因子を感知してるわけじゃないから。多分、この強さ的に九卿家並みの因子が働いているのは確か。けど、空母艦から確認できる敵反応はそれだけ」

 情報を伝える鳩子の顔は曇っていた。鳩子は情報操作士である以上、狼たちが視えていないもの、感じ取れないものを把握している。

 鳩子の曇った顔は、それを雄弁に語っていた。

「なら、二手に分かれて救出した方がいいわね。ただ用意されてたボートは一隻だけだから、どっちかが途中で降りるしかなさそうね」

 根津が停泊しているボートを見ながら、呟く様にそう言った。停泊しているボートには、レーダー波吸収素材を含んだ塗料が塗られており、色も暗い濃藍色が特徴的なボートだ。

 ステレス能力付きのボート。普遍的に考えて学校の所持品としてはかなり異彩を放っている。しかし、それが自分の通う学校なんだと思うと、狼は改めて変わった学校に入った、と痛感する。

 どんな条理を描いて、これを所持していたのか……? それを考えるだけで狼はあまりぞっとしない。良くない事に使われるのは目に見えているからだ。

 とはいえ、自分も偉そうなことは言えやしない。今このボートを必要としているのは自分たちなのだから。

 狼がそんな事を思っていると、そこへ……

 猛スピードで自分たちの方へと向かってくる光沢のある赤色のホンダ・NSXが見えた。

「えっ、えっ、えっ? 何っ? えっ、むしろ、あれに乗ってるの……フィデリオじゃないか!!」

 さっきまでの感慨もどこかに吹き飛んで、狼が驚き声で車を運転するフィデリオを見た。

「今のこの状況で、スポーツカーに乗ってくる辺りがフィデリオだよね?」

「確かに。あはっ。でもここで軽自動車とかに乗ってこられても笑う」

「季凛、変なこと言わないでよ。さっきちょっとだけ軽自動車を運転するフィデリオを想像しちゃったじゃない」

「私たちを取り巻く状況を見ると、ここは軍用車での登場が一番、似合ってる」

「いや、もうどの車で登場とか、どうでもいいからっ! セツナも見惚れない!」

 鳩子、季凛、根津、名莉、そして真剣な表情でNSXを運転するフィデリオに、やや顔を赤らめて、歓喜するセツナを狼が一喝する。

 そして、NSXを狼たちの前で車を停めたフィデリオが真面目な顔で降りてきたため、狼たちは何も言えなくなる。

「皆、押し黙ってるけど、どうかした?」

「いや、いきなり来たから少し驚いて……」

 流暢な日本語で首を傾げてきたフィデリオに、狼がそう答える。フィデリオもそこを深く追求してくることはなかった。

「セツナの端末に通信を入れたんだけど、繋がらなかったから……GPSでセツナたちの居場所を探して来たんだ」

 フィデリオの言葉を聞いたセツナが「あっ」という声を漏らし、フィデリオに申し訳なさそうな表情を浮かべると、フィデリオは「気にすることないよ」と言って、笑みを浮かべている。

「とりあえず、フィデリオが来てくれて心強いよ。ドイツの方も色々大変なのに……」

「俺が来たくて来たんだ。だから狼たちが気にする必要なんてないよ」

 気づかっての言葉ではない事は、フィデリオの表情からすぐに分かった。けれど、それでも今の自分にとっては、感謝しても仕切れない恩を感じずにはいられない。

 けれど、まだ今は感謝を伝えるのは、やめておこう。

 感謝するときは、全てが片付いてからだ。

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