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突貫する剣士

「あはっ。生徒のプライベート情報を教官が知ってるとか、キモイんですけど?」

「キモって……別に良いだろうが。減るわけじゃないだから。むしろそういう蜂須賀ももしかして輝崎との恋愛妄想に勤しんでるわけ?」

「あはっ。季凛はそういうキモイ妄想しないから」

 季凛が笑みを浮かべながらセツナとの鍔迫り合いをする桐生へと、持ち替えたクロスボウから矢が連射で投擲される。

 季凛から連射された矢を見た桐生が、セツナとの鍔迫り合いを止め、跳躍しながら身を翻しセツナの背後に立つ。

「あはっ。引っ掛かった」

 セツナの背後に回った桐生の横腹に、季凛が強烈な蹴りを入れる。防御体勢を取る間もなかった桐生が腹を押さえながら、身体をよろけさせる。

「蜂須賀てめぇ……」

「恨み事なしでしょ? だって桐生教官は季凛たちの全力を受け止めてくれるって言ったじゃん」

 自分の幻影で、桐生をセツナから話した季凛が目を細めてニヤリと笑う。

「あのなぁ、教師が熱い心で生徒を受け止める時代はとっくに終わってんだよ。むしろ、そんな仏みたいな教師がいるわけねぇーだろ。夢、見んな」

「確かに桐生教官が仏とか、もはやネタ。あはっ」

「ミッキーマウスみたいな声、上げんな。腹立つ」

 季凛に嘲笑された桐生の顔が怒りに燃える。そして怒りに燃えた桐生が季凛へと長刀を下段に構え疾走する。

「キリン!」

 セツナが季凛へと声を掛け頷き合う。季凛の前にサーベル剣を構えたセツナが立つ。

「はぁあ!」

 セツナの因子が一気に膨張し、炎となって噴き出した。

 剣炎処術 ()炎剣斬(えんけんざん)

 青紫色の炎を纏う斬撃が、桐生へと放たれる。桐生がその熱に目を細めさせた。けれど彼女は逃げずに、長刀を霞の構えに持つ。

 桐生がセツナの放った斬撃を切り払わず、一点を突く構えで迎え撃つ。長刀の穂先と凄まじい熱を持った斬撃が衝突する。

 衝突した瞬間、炎が四散する。けれどその勢いが殺されたわけではない。四散した炎が荒々しく地面を焦がし、桐生の髪先を焼く。炎に触れてはいないはずなのに、炎と対峙する桐生の肌は痛みを叫んでいた。

 この瞬間、無防備に呼吸をすることなんてできやしない。そんなことしたら、因子で強化しているとはいえ、肺が丸焦げに焼けてしまう。

 変に格好つけるんじゃなかった。

 桐生は、内心で自分自身に対して呆れ返る。これまでセツナの実力を見てきたわけではない。だから、セツナの攻撃を受け止めても、どれほど彼女が成長したのかなんて事は分からない。

 けれど、教官である自分たちに舌を巻かせるほどの実力をつけ、侮れないレベルになっているということは確かだ。

 桐生の因子が一気に膨張する。

 セツナの炎と桐生が放出した因子が空中でぶつかり、爆発が起きる。

 その爆発が後ろから飛翔してきた季凛の矢を吹き飛ばし、消滅させた。セツナが季凛の攻撃に間隙入れずに次なる技を繰り出す。

 止まってなどいられない。

 止まれば、桐生に反撃する時間を与えてしまうということだ。

 セツナは桐生の因子とぶつかり合う自分の炎を見る。さっきよりはその勢いは殺されてしまっている。けれどまだ殺されてもいない。

 自分も少しは成長してるんだ。そう実感する。

 ドイツから日本に来たばかりの頃は、ただ自分の因子を相手にぶつけるしかできなかった。けれど今は違う。ただ相手に自分の因子をぶつけるだけでは、いつまで経っても強くはなれないと分かったから。

 セツナが季凛と視線を交す。因子を練り上げる自分に合わせて、季凛も因子の熱を上げ始める。

 剣炎処術 (えん)刀炎羽(とうえんば)

 先ほど放った紫炎剣撃を破った桐生へとセツナが接近。上段に構えたサーベル剣を勢いよく炎を纏った刃を振り下ろす。

 振り下ろされた刃を桐生が刀で受け止めた。炎の火花が羽のように辺りに散る。散った火花が爆炎となる。

 熱風がセツナと桐生を包み込む。しかし、自分の炎の刃を受け止めている桐生の表情に、焦りなどない。しかしかといって余裕綽々の笑みが零れているわけでもない。真剣な表情だ。しかしその口許には、穏やかな笑みも浮かべている。

 爆炎で生じた炎は、数メートルの高さまにまでなる火柱を上げ、セツナたちを囲むようにその範囲を広げている。

「さて、アンタの技を立て続けに見させて貰ったことだし……こっちとしても反撃に移させて貰わないとね。ついでに、恋の相談でも乗ってあげようか?」

 炎の中心で、セツナと桐生による剣撃戦になっていた。桐生の刃が鋭く、素早くセツナへと向かってくる。セツナはそんな桐生の攻撃をサーベル剣で受け止める。

 桐生の一太刀を受け止めるセツナに、その攻撃の重さが伝わってくる。手が痺れ、無意識の内に後ろへと後退させられている。背中には自分たちの囲む炎。

 しかしセツナが炎の中へと足を踏み入れる寸前。

「あはっ。桐生教官……さっきからセツナちゃんのことばっかり構いすぎじゃないですか?」

 連弩投擲 (すだま)

 火柱から無数の矢がセツナを攻める桐生へと飛翔する。桐生が鬱陶しげな表情を浮かべた。桐生の意識がそっちに向いたのは一瞬。

 そこをセツナが鋭い刺突で突く。セツナの攻撃が桐生の肩を貫通した。桐生の態勢が後ろに崩れる。そこに飛んでくる矢。

 多くの矢は季凛による幻影だ。しかしその中に本物もある。それが一瞬の内に飛んで来て、敵を撃ち抜くのだ。

 予測を得意とする情報操作士といえど、一瞬で偽物と本物を見極めるのは難しいだろう。そして、きっと季凛の能力のことは先ほどの件で、桐生も既知している。

 視界には何百本、何千本とも見える矢を全て本物と見做し対処するわけにも行かない。そんな事をやっていれば、セツナに隙を見せることになる。

 血が溢れ出す傷口を無視し、桐生がセツナの腕を勢いよく掴んできた。

「あっ」

 セツナの声が声を漏らす。振り解けない腕の力に抗えず、桐生の方へと引き寄せられる。

 味方に下手な攻撃は与えない、という基本的な倫理による判断。

 そして、それは正しい判断であり間違った行動だった。

 桐生に腕を掴まれたのは、サーベル剣を握る右手。

 咄嗟の判断とはいえ、そう簡単に武器を持つ手を無防備にしておかないだろう。けれど、この近さなら、BRVを通さずとも……

「それなりのダメージになりますよね?」

 無数に投擲された矢が桐生やセツナへと降り注ぐ。けれど、それらの矢を無視し、セツナが自分を引き寄せて来た桐生の胸に空いた左手を添え、無形弾を放つ。

 接種型ではないセツナが、BRVを通さず無形弾を放った所で、同じく因子で身体を強化している桐生に大きなダメージは与えられない。

 けれどそれは、一定の距離が空いた状態で放った場合だ。

 セツナの放った無形弾が桐生の身体に大きな衝撃を与える。季凛から投擲された矢の全てが物体に衝突した時点で霧散する。

 そう、季凛がセツナたちへと向け放った矢は全て偽物で、本物の一本は身を隠していた季凛が真上へと放った一本のみ。

 空高く上がった本物の矢が桐生たちへと当たるはずがない。

 しかし、セツナの放った無形弾により苦悶の表情を浮かべた桐生が、口の中に溢れた血を吐き出し、素早い動きでセツナの足下を払う。右手は掴まれたままだ。逃げる事はできなかった。

 地面の上に尻餅をつかされたセツナの胴を、桐生が足で踏みつける。

「かはっ」

 肺が足で圧迫され、激しく咳き込む。そんなセツナの右手を桐生が勢いよく蹴る。蹴られた右手に激痛が走る。その痛みで手からサーベル剣が離れる。セツナの手から離れたサーベル剣を桐生が遠くへと蹴り飛ばしてきた。しまった。

 これでは桐生にすぐに反撃することができない。

 そんなセツナを尻目に、桐生の視線は火柱のどこかに身を潜ませる季凛の方へと向けられていた。

 そしてその目が目標を捉えた。

「あはっ。バレちゃいました?」

 季凛が言葉を紡ぎながら、火柱の中から現れる。地面に横たわるセツナから見て、横方面から現れた季凛がクロスボウを構えながら、セツナ達の方へと向かってくる。

「ヘルツベルトを助けにこっちに向かってくる……気に入った!」

 こちらに向かってくる季凛の様子に、桐生が嬉々とした表情を浮かべ、左手に持った長刀の穂先を季凛へと向けている。

 季凛のクロスボウから矢が連射される。数は先ほどに比べると多くない。だからなのか、連射された矢を桐生が荒々しく、長刀を振りながら適切に捌いて行く。

「さっきは全部偽物で、今回は全部本物か」

 桐生の口から呟きが零れる。

「あはっ。どこを本物にするか、偽物にするかは季凛次第でしょ?」

 そう言った季凛がクロスボウから、汎用型の投げナイフを取り出し桐生へと投げつける。桐生がそれら全てを弾き返す。

 間髪いれず、桐生が自分へと肉薄してきた季凛の顔面を殴る。殴られた季凛が霧のように消える。消えた幻影の影から本物の季凛が現れ、

「お返し」

 と呟いて、勢いよく桐生の顔面を拳で殴りつける。

 その瞬間、セツナを押さえていた力が緩み、セツナが身を転がして桐生から離れる。

 既に遠くに蹴り飛ばされたサーベル剣の位置は、鳩子に場所を特定して貰い、復元状態を解除している。あとは再び自分の手元に復元し直すだけだ。

 利き手である右手の骨は、先ほどの蹴りで骨に罅が入っている。無理矢理握ろうと思えば握れるが、それには激痛が伴うことだ。

 そのため、セツナは復元し直したサーベル剣を左手に握る。

 以前稽古で利き手が封じられた時を想定した稽古を何回か行ったことはある。とはいえ実践で試したことなんてない。不安はある。

 でもやるしかない。

 いつもとは違った感覚のする左手でサーベル剣を強く握り締める。その瞬間、全身に流れる因子が一気にその熱を上げた様な気がした。

 セツナの目の前では、桐生と接近戦で対峙する季凛の姿がある。けれど接近戦では長刀を使っている桐生に分があるだろう。しかし季凛はそれを承知の上で接近戦を挑んでいる。

 セツナの因子がどんどん上がる。その熱が傷口を内側から刺激して、痛みが身体に回った。セツナはそれを無視し、因子を上げ続ける。

 季凛が自分のために、分の悪い接近戦で時間を稼いでくれているのだから。

 私は、それに全力で答えたい。答えて見せる。

 身体から漏れ出た因子がセツナの輪郭を紅く縁取る。その熱を保持したままセツナは桐生へと突貫した。

 セツナの猛進に気づいた桐生が、目の前の季凛に長刀から放った斬撃で吹き飛ばす。吹き飛ばすのと同時に、身を翻し猛進するセツナと向き合い、長刀を構える。

 来るなら来い。そう言わんばかりの表情だ。

 セツナは俄かに口の端を上げた。

「行きます!」

 剣炎処術 ()炎剣斬(えんけんざん)

 先ほどは打ち砕かれてしまったセツナの斬撃。しかし、同じ技だとしても、次は打ち砕かれるわけにはいかない。

「行けぇえええええ!」

 叫ぶ。

 青い炎が視界全てを覆い尽くした。セツナの放った斬撃が桐生の身体に斬り込む。けれどそれと同時にセツナの左肩にも桐生が放っていた斬撃が食い込んできた。

 痛みと共に身体が血で濡れる。

 衝撃で身体が後ろへと吹き飛ばされる。無様に身体が地面を跳ねた。腕に切り傷とは別の鈍い痛みが走り、呻く。

 それでも、セツナは歯を喰いしばり立ち上がる。

 立ち上がったセツナの正面には、胴体部分から血を流し、自分と同じ様によろめき立つ桐生の姿があった。

 衣服の所々が炎で焼かれ、火傷部分が露わになっている。

 完全に倒すことはできなかった。けれど、セツナの中に失望の気持ちはない。自分の前に立つ桐生の手には、もう長刀は持たれていない。因子も止血することに専念するような気配だ。

 それが分かったからこそ、セツナも因子を回復に回す。

 回復といっても、痛みを緩和させ、止血する程度だ。

 すぐに治療薬で治さないと。

 セツナが肩の力を抜いて脱力する。

「まったく、男の為にこんな無茶するなんて、現代の女子高生はどうなってんだか? このままあたしが死んだら次の日のニュースだな。確実に」

 疲れ切った声音でそう言いながら、桐生がセツナの顔を見てきた。顔を見られたセツナが咄嗟に顔を赤らめさせる。

「あはっ。そしたら季凛たちは自己防衛のために致し方なく……って涙ぐんどきますね」

 桐生との接近戦で身体の至る所に裂傷をつくった季凛がセツナの隣にやってきた。

「それで? あんた達が輝崎に心酔するわけは? あたしが納得する理由を言ったら学期末のテストの答えを、榊の机からくすねて教えてやるよ」

「ええっ!? それって駄目なんじゃ……」

 驚嘆の声を上げたセツナの口を勢いよく季凛が塞ぐ。

「良いじゃん、その案。でも桐生教官、ちゃんと約束は守って下さいね?」

「当たり前。あたしは守る気ない約束なんてしないよ。まっ、あたしを納得させる事ができたらだけど」

 にやりと笑う桐生の笑みに、季凛が自信満々の笑みを浮かべる。

 傍から見れば、完全に桐生にしか得のない条件だ。なにせ『納得できなかった』といえば、それでいいのだから。

 けれど、季凛はやはり得意気だ。

 セツナもそんな季凛と桐生を見ながら、考える。真紘の好きな所を。

 えーっと、どんな事にも真摯に向き合う強さと優しさ。声を掛けたときに優しく微笑んでくれた時の表情。すると思考は、真紘の綺麗な顔立ちや、すらっと伸びる手足に程良く筋肉のついた体つきへと発展し、セツナは元々赤くなった顔をさらに赤くさせる。

 私ったら、何考えてるんだろうっ!

 自分の考えにストップを掛けようとするセツナ。するとその間に季凛が動いた。

 得意気な表情を浮かべる季凛が、徐に桐生の側に近寄ってこそっと耳打ちする。

 すると、最初は「ふーん」と言いながら聞いていた桐生が段々、ぎょっとした顔を浮かべてきた。

「アンタ、その情報をどこからっ?」

「あはっ。生徒の情報網を舐めないで下さいよ。もし納得できないなら、季凛たちに示して貰えます?」

「そんなの、するわけ……」

 桐生がやや焦った表情を浮かべ、季凛の言葉を跳ねのけようとした瞬間……凄まじい衝突音がその言葉を掻き消してしまった。

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