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少女たちは白熱する

 放たれた先制攻撃をイザナギで狼が受け止める。受け止めた瞬間爆発が生じる。けれどその爆発に内包されていたのは、熱気ではなく冷気だ。

 その冷気が狼の身体を撫でてきた。

 狼が一度、後ろへ跳躍し突撃槍を持つ榊と距離をあけようとする。しかし、そのタイミングが一瞬だけ遅れる。

 遅れたのは一瞬だ。けれどその一瞬を狙っていたように榊が容赦なく突撃槍を突き出して来た。

「させはしないわっ!」

 狼と榊の間に希沙樹の握る突撃槍が割って入る。しかも割って入っただけではない。榊に向け、柄を握っていない左手の方から無形弾を放つ。

 希沙樹から放たれた無形弾を榊が飛んで来たボールのように狼たちの方へと蹴り返して来た。蹴り返された無形弾は、狼たちの横をすり抜け空中で爆発、四散する。

 だがおかげで、狼はすでに態勢を整え榊との間合いを取れる位置に移動できた。狼の斜め前には榊の方を向いたままの希沙樹がいる。

 するとそのとき、鳩子からの狼たちの耳元に通信が入った。

『狼、空母艦の方の状況が変わった。詳細は後で。とりあえず誠さん、左京さん、マイアさん、操生さん、ネズミちゃん、メイっち達には、そっちを対処して貰うから、ここは希沙樹とセツナと季凛だけで対処よろしくね』

「わかった」

 どのような状況に変わったのか、気にはなる。けれど、今は自分たちの前に立ち塞がる榊たちを何とかしないといけない。

 狼が榊から放たれる因子を含んだ威圧を感じながら、狼もその熱を上げる。するとそんな狼に斜め前にいる希沙樹が微かに視線を向けてきた。

「黒樹君、あの人の相手は私にさせて」

「え……」

 希沙樹からの一言に、狼は虚を突かれた。けれどそれも一瞬の事だ。希沙樹の意志を全て分かったわけではない。けれど今の希沙樹は榊と対峙することを強く求めている。それだけはよく分かった。だからこそ、狼も表情を引き締め希沙樹に答える。

「わかった。でも、僕もただ見てるだけじゃないって事だけは忘れないで欲しい」

「ええ、勿論よ」

 希沙樹が榊を見たまま、狼に返事を返して来た。そして次の瞬間、二本の突撃槍が衝突した。衝突は激烈にその場の空気を震わせた。

 熱気なのか冷気なのか分からない風の気流が生じる。

 けれど衝突の中心にいる二人は、気にせず、一進一退の攻防を続けていた。希沙樹が連続して鋭く、精緻な刺突を繰り出す。

 しかし、榊はその刺突に表情を変えることなく受け止め払って行く。攻撃の手を止めない希沙樹も自分の攻撃が往なされていても、表情は変えない。

 どうしてだろう?

 希沙樹が発した先ほどの言葉は、狼を納得させていた。

 前に希沙樹は榊との関係を「割り切っている」と言っていた。けれどそれは、やはり彼女の強がりだったんじゃないのか。そう狼は思ったのだ。

 けれど、表情を変えないまま戦っている二人には、微動だしないよそよそしさがある。

 これが前に希沙樹が言っていた、真紘と結納との違いなのか?

 二人の攻防は続いている。

 先に動いたのは、榊ではなく希沙樹だ。

 攻めの態勢を取っていた希沙樹が一転して、後ろへと後退。それと同時に突撃槍を横へと払う。

 氷槍奥義 氷津(ひょうしん)

 払いの一閃が空気中の水分を一気に集約、凍結させその凍結された氷塊が榊へと雪崩となって、押し寄せる。

 グランドが一気に雪崩の雪に覆われる。

 近くで戦っていた桐生たちも、一度自分たちの戦闘を止め希沙樹の攻撃範囲内から離脱している。

 狼も真上に跳躍しようとした所で、少し離れた所で立ったまま、真剣な表情を浮かべている鳩子の姿を捉えた。

 鳩子は前を向いている。けれどその瞳に希沙樹の放った攻撃が見えていない。

 どうしたんだ?

 そう思いながら、「鳩子!」と言いながら、狼がギリギリの所で鳩子を抱きかかえ、跳躍した。

「あっ、狼……」

「あっ、じゃないよ。あのままだと五月女さんの攻撃に巻き込まれるぞ?」

「ごめん、ごめん。希沙樹のサポートはしてたんだけど……空母艦から姿を消した理事長を負う事に夢中になってて」

 鳩子が後ろ頭に手を当てながら、苦笑を浮かべて来た。そんな鳩子に狼は眉を顰めさせる。

 すると、苦笑を零していた鳩子の表情が少しだけ強張った。そんな鳩子を見て狼が口を開く。

「鳩子、確かに理事長の足取りを追ってくれるのは助かるけど……それで鳩子に何か遭ったらどうするんだよ? 鳩子はちゃんと自分の事も見てないと駄目だ。確かに、こういう方面だと、鳩子に頼らないと僕たちは何もできないけど……理事長の足取りを追ってて鳩子に何か遭ったら、それこそ僕は絶対に嫌だ」

「狼……」

 表情を強張らせていた鳩子が、目を見開いてきた。

 少し強く言い過ぎたかな? 

 自分の身に襲って来た危険を軽視していた鳩子に怒った。けれど別に怒りの感情が全てではない。そこには安堵があり、それに……

「鳩子、さっき自分の事を見てないと駄目だって言ったけど、それは僕の間違えだ。鳩子は僕の事や、皆のこと見てくれてる。支えてくれる。だから、僕も危なっかしい鳩子を見て、支えるよ。鳩子みたいに上手にできないかもしれないけど」

 狼がそう言って、鳩子に笑みを浮かべる。

 すると腕に抱える鳩子の見開いた目に、じんわりと涙を浮かべて来た。

「えっ、えっ、えっ……なんで? やっぱり僕、最初にきつく言い過ぎた?」

 必死に涙を堪えようとしている鳩子に、狼はこの場の状況を忘れそうになる。けれど、未だに希沙樹と榊の衝突は続いていて、涙ぐむ鳩子にばかり意識を集中させるわけにはいかない。

 けれど、自分が泣かせてしまったのは事実なわけで……

 こんな状況で言うんじゃなくて、もっと別の時に言えば良かった。鳩子にとってもそれが良かったに違いない。

 本当に、僕って馬鹿だ。

「狼……このままだと流れ氷塊に直撃するよ?」

「え、え……ああ」

 涙声の鳩子にそう言われ、衝突の余波かのように狼たちの方に2m程の氷塊が飛んできた。狼は冷静にその氷塊を片手で持ったイザナギで破砕する。

「希沙樹にしては、取り乱してるみたい」

「五月女さんが?」

 鳩子の言葉に狼が意外そうな表情で返す。榊と戦っている希沙樹の表情は険しい。けれど、それは戦っている時ならば、誰もが浮かべる表情にも思う。

 狼がそんな事を考えている間にも、幾つもの氷塊が飛翔してきた。

「希沙樹から感じる因子もいつもより荒いし。やっぱり変に力が入っちゃうのかもね」

 そう言ってきた鳩子の声には落ち着きが取り戻されている。

 狼は内心でそんな鳩子の様子にほっとしつつ、奥で桐生と対峙しているセツナたちを見る。セツナたちは、桐生と衝突しながら何か話しているように見えるが……手前の希沙樹たちの戦闘音で声が聞きとれない。

 向こうは、向こうで白熱した戦いをしているのかもしれない。



 狼がそう思っている通り、桐生と対峙しているセツナたちは白熱していた。

 桐生が使用しているのは、刀身が長く作られている長刀だ。

 刀身が長い分、相手との距離が詰めにくい。けれど、それでも、セツナは桐生の懐へと肉薄した。

 鋭い刃の一閃がセツナの眼前で怪しく光る。セツナはその刃から目を離さず、自身の持つサーベル剣で受け止めた。受け止めた桐生の一太刀は重い。けれど、セツナはそれを下から押し上げるように、真上に振り払う。

 桐生の刃が上に上がった一瞬で、炎を纏った刺突を繰り出す。

「甘いね」

 桐生が一言だけ吐き捨てて、セツナの刺突を、少しだけ身体を横に移動させて避ける。そしてそのまま空を突く体勢になったセツナの腕を脇で挟む。

 しまった。

 そう思った瞬間に、桐生から強烈な頭突きがセツナへと突き落とされる。強烈な頭突きにセツナの視界が明滅する。

『セツナ、後方へ跳躍』

 鳩子の言葉とほぼ同時にセツナが後ろへ跳躍。するとそんなセツナがいた場所に容赦ない桐生の斬線が描かれた。

 視界はもう明滅していない。すぐさまセツナが体勢を持ち直し桐生へと飽きず接近する。けれど次は接近しただけではない。サーベル剣に因子を流し込み、桐生へとその熱を放つ。

 剣炎処術 ファラリスの雄牛

 セツナの炎がまるで意志を持つかのようにうねりを上げ、桐生を炎の中へと飲み込まんとする。桐生がその炎を斬撃で切り払う。

「まだまだっ!」

 セツナが叫び、切り払われた炎が再燃し再び桐生へと迫る。そんな桐生に背後から声が掛かる。

「あはっ。桐生教官……背後ガラ空きですよ?」

 季凛が言葉と共に、汎用型の拳銃から桐生へと銃弾を放つ。放たれた数発の銃弾が桐生へと向かって行く。

 銃弾と炎による挟撃が桐生を押し潰す。

 季凛の銃弾が炎に包まれ、その炎が役目を終えたかのように霧散する。炎が消えた所には腕や横腹から血を流し、所々に火傷を負った桐生の姿だ。

 それを見た瞬間、セツナと季凛の身体に身がよじれる様な痛みが走った。そしてその瞬間、自分たちの身体に、桐生と同じ箇所に傷口が生成されていることに気づいた。

「これって……」

「シンクロだよ。あたしの痛みはあんた達の痛み! そしてあんた達の痛みは、あんた達の痛み!」

「あはっ。何それ? 最悪じゃん?」

「あたしは教育者だからね。加害者に痛みを教えてやるのが務めなんだよ。まっ、あんた達が受け取ってる痛みは、あたしが受け取った痛みよりも倍以上の痛覚で伝達されてるけど」

「あはっ。本当に最悪すぎ。これ、一種の脅迫だよね? 生徒にこんな事やっていいと思ってんの?」

 持続する痛みに表情を歪めながら、季凛が桐生に目を細める。

「別に良いも悪いも……あんた達はあたしの煙草を無駄にした。それで相子じゃない? むしろ、あたし的に言いたいのはそろそろ青臭いことやめれば? ってこと」

 自分たちへと淡白な言葉を投げてきた桐生。しかしそんな桐生にセツナが首を振り、サーベル剣を構え突貫する。

「はぁあああ!」

 セツナの剣を桐生が受け止める。

「青臭くたっていいです。私はただ、自分にとって大切な人を助けに行きたいだけ。今はそれだけです」

「大切な人って輝崎を?」

「えっ? 教官……どうして知って……」

「はっ。教官の情報網舐めんな。生徒の色恋沙汰が教官の耳に入ってないとでも。しかも目立つ生徒なら尚更ね」

 顔に動揺を走らせるセツナに、鍔迫り合いを続ける桐生が酷薄な笑みを浮かべてきた。

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