時間の問題
強い海風に吹かれながら、豊は空母艦の甲板上で銃器を構える米軍兵士に囲まれていた。
「さっきのフランス船もそうだったけど……君たちは飽きもせず銃器を構えるんだねぇ。芸がない」
辟易とした表情で豊が首を振る。
そんな豊の前にいた前衛の指揮官らしき男が、鬨の声を上げた。
一斉に銃口から銃弾が飛び出す。
けれど、豊は自分へと飛んでくる銃弾にすら冷笑を浮かべていた。
「どんなに足掻いた所で、君たちは弱者だ。その事実を覆すことはできないんだよ。人の生死をどうにもする事ができないようにね」
豊が言葉を言い終えた瞬間、銃弾は虚しく空を切った。その代わりに豊へと銃撃をした兵士たちの首が豊の持っていた刀によって一気に跳ね飛ばされる。
勢いよく斬られた首元からは、他の箇所より勢いよく血が宙に跳ね、吹き出している。
「ふぅー、周りが海で良かった。雨の様に生首が降って来て、頭突きを喰らわされても嫌だからね」
『その光景、少し見て見たかったかもね。もしかしたら、この場が和むくらいはするかもよ?』
幾人から流れ出る血で、紅く染まる甲板を歩きながら豊が慶吾の言葉に笑みを浮かべる。海風があると言っても、やはり臭いの元から、臭いを消すことは不可能だ。
死体を炎で焼けば、少しはマシになるだろうか?
『それにしても……彼等二人を御厨家が構築する精神結界から出したのは何故?』
「ん? ああ、それはね……今の私は黒樹君たちを相手にしている時間がないからだよ。彼らが自分たちの責任を放棄しようとしている所為でね。まったく。彼等の崇高すぎる平和論には、正直私も目を見開いてしまったよ」
『はは、貴方にとっては、有難迷惑な平和論だろうからね』
「その通り。だからこそ、黒樹君たちの動きを足止めするためには、彼らの協力なしだと厳しいという結論に至ったんだ」
無形弾を首のない死体へと放ち、焦土化させる。しかし臭いのきつさはあまり変わらなかった。むしろ肉の焼けた臭いが増えただけだった。
そんな鼻を通り過ぎる臭いに、辟易とした溜息を吐く。
「そういえば、今黒樹君たちはどんな状況かな?」
『明蘭で生徒八八一名と二名の教官たちと衝突している所だよ』
「なるほどね。つまりはここに来るのが、もう少し後になるわけだね。それで行方君たちの動きは?」
『彼は首相官邸の方で慌ただしく動いているみたいだよ。それはそうだよね。今では各国の軍が日本の東京を目標攻撃地点としてるんだから』
「でも、そんな簡単に攻撃は出来ないはずだけどね。どの諸国も。東京を攻撃するということは、一つの経済国を失う事になるし、東京に住んでいる自国民を丸無視なんてできないだろうからね」
特に米軍に至っては、駐日米軍がある。きっとここに来た空母艦は、日本を攻撃しに来たというより、日本から出られなくなっている兵士、国民を救出するためにやってきたものだ。
そして自分たちの国民を避難させておけば、後は各国の政府が日本抜きで話合い、雲隠れでもするかのように、東京へと一斉に遠隔攻撃を開始するという腹の内があるだろう。
どの国も自分の国が受ける損害を危惧して、日本を切り捨てることを選んでいる。
しかし、その考えは豊からすれば馬鹿げた話だ。
馬鹿な政治家たちは、この戦いの火種である豊さえいなくなれば、自国内の混乱を止められると思い込んでる。
けれどそれは大きな間違いだ。
今、豊の意思に同調して動いている者たちは、豊を崇拝しているわけではないし、豊を主権者とも思っていない。
飽く迄、彼等と豊は同志であり、対等な立場にいる。
ただ豊はその中で真っ先に動き、作戦を立案しただけに過ぎない。だからこそ、豊が消えただけで、彼らの意思が砕けるわけではないのだ。
皆が各々の私怨を、意思を持って動いているのだから。
まったく。いつの時代も、どこの国も政治家というものは同じだね。自分が楽することだけ、責任を擦り付けることだけを考えてる。まぁ、人間らしさといえば、そうかもしれないけどね。
気づけば、鼻につく臭いも気にならなくなってきた。
「慶吾、私はね……世界の在り方を変えようとしているけど……一つの国を潰そうとは思っていないよ。だから、君には全ての国の軍事システムに介入し、その権限を奪って欲しい」
『了解。実はもう九〇%以上のシステムには介入済みだよ』
「君は本当に仕事が早いね。でも、これで私も自分の母国が焦土化するという心配がなくなったよ。さて、私はもうそろそろ自分の障害を本気で取り除きに行くとしよう」
豊がそう言って、黒焦げになった甲板を後にしようとした瞬間、慶吾からの言葉がかかった。
『勝算は?』
「……あると言いたい所だけど、分からないね。けれどその為に彼女に協力を仰いだんだ」
豊の言葉に対する慶吾の言葉はなかった。
納得したが故に、興味を失ったのかもしれない。
そう思いながら、豊は今度こそ空母艦を後にした。
フィデリオは、焦る気持ちを押さえて、慎重に東京の上空へと向けて空路を移動していた。フィデリオが乗る飛行機を操縦しているのは、エトヴィンの息子であるティル・ダーヴィットだ。現在、ドイツ国内から日本行きの民間機は飛んでいない。航空会社側の理由としては、日本の管制システムに致命的な不具合が生じ着陸することができないため、という説明をしているが、それは各国の政府が話合い仕立て上げた、虚偽の口実だ。
そして日本政府もそれを承知している。
けれど承知した変わりに、日本政府は「その理由を呑む以上、日本発の民間機も飛ばせない」という事を伝えてきたらしい。
それを聞いたゲオルクは、それを「回避の一手」だと呟いていた。しかしフィデリオは、その真意を訊ねることはできなかった。
言葉を呟いたあと、ゲオルクはすぐに国際防衛連盟の会議へと足を運んでしまったからだ。
「やっぱり、どこの飛行場にも着陸は無理なんですよね?」
フィデリオが操縦桿を握るティルに訊ねる。すると、ティルが息を吐きながら首を振って来た。
「むしろ、日本の領空に入るのも厳しいくらいだ」
「そこを何とか、お願いします。東京上空に行ってくれさえすれば……そこから飛び降ります」
フィデリオの言葉に、ティルが信じられないという表情を浮かべてきた。そんなティルにフィデリオは苦笑を零した。
「といっても成層圏付近を飛んでる飛行機から飛び降りるのは、俺たちにとっても厳しいですけどね。でもやらないと。やらないと無理してここまで運んでくれたティルさんに申し訳ないですから」
「そんなこと言われたら、もう何も言えなくなるけどな、正直な所そんな危険を侵してまで日本に行く理由があるのか?」
「ありますよ。俺には」
眉を訝しげに潜めたティルに、フィデリオが力強く頷いた。
「理由は?」
「理由は、大切な人との約束を守るため、後は好きな子を助けるためです」
「フランクさんの娘だな?」
ティルからの直球の言葉に、今度はフィデリオが眉を顰めさせた。
「俺って、そんなに分かりやすいですか?」
「今さらなこと訊くなよ」
こう返されたら、フィデリオは言葉を返せない。むしろ、自分は無意識の内に外堀を固めていたのかもしれないと思った。もし、それが自分の本性ならば、フィデリオ自身もその狡猾さに自嘲したくなる。
「もうそろそろ次の段階に進まないと。他の幼馴染から散々な悪態を吐かれて、耳が痛く鳴って来た所ですから」
フィデリオの溜息混じりの嘆きにティルが、茶化すような微笑を浮かべてきた。けれどその表情もすぐに引き締まった。
「もうすぐ、日本の領空だ。ここからは賭けだぞ」
「分かってます。もし万が一のことがあれば、俺をこの飛行機から放り捨てて、ウラジオストクの飛行場に向かって下さい。仲間の情報操作士に頼んで、向こうの飛行場と話はつけてあります」
「ああ、分かった……」
厳しく眉を顰めるティルの表情は、父親であるエトヴィンの面影があった。最悪の状況を考え、そして自分がその状況に何も出来ないことを嘆いているのだろう。
しかし、フィデリオはそんなティルに首を振りたい。
ティルは何も出来ていないわけではない。むしろ、逆だ。彼は十分すぎることをしてくれた。十分すぎるほど、自分の無茶に付き合ってくれた。
日本の領空に、フィデリオを乗せた飛行機が近づく。予想通りの警告が日本の国防軍航空隊から出される。
「もう、ここが限度か……ティルさん、ありがとう。俺は行くよ。後は手筈通りに」
「フィデリオ、本当に良いのか?」
ティルからの最終確認に、フィデリオは微笑を零した。
「今さらな事を訊かないでくださいよ」
ティルにそう言うと、フィデリオは操縦室から離れ、機体の前方扉のロックを解除する。扉を躊躇うことなく開き、乱れる気流をその肌に感じて機体から飛び降りる。
フィデリオが飛び降りるとすぐに、機体の扉が閉まる。
これでいい。
フィデリオの肌を容赦ない冷気が襲い、身体の体温を奪って行く。髪先が凍る。フィデリオは自分の体に因子を流し、体温を維持する。
高度が三万フィート以上だと、まだ空気が薄い。空気が濃くなってくる二万フィート辺りまで行かなければ、因子を使って空気の流れを作ることはできない。
だからこそ、フィデリオはその二万フィート地点まで、息苦しさを堪え体温維持にだけ意識を集中させる。
そして、二万フィート地点。
フィデリオの肺に先ほどまでとは、比べ物にならないほどの空気が肺に満ちた。
一気に空気が肺に入った事で、肺が圧迫される。しかし、これで……
フィデリオは自分の因子を外部に放出し、自分を取り巻く空気の流れを変える。フィデリオはアメリカの代表候補のように自分自身で空を飛べるわけではない。
しかし、風を操り目的地まで、その近くまで運んで貰うことができる。
最悪、日本のどこか地上に着地できればいい。
今のフィデリオにとって、一番の問題は時間だ。
自分がセツナの元に着く頃に、何もかもが終わっていたら最悪だ。
そんな焦るフィデリオの端末に一件のメッセージが入る。その内容は何とか日本の新潟港付近へと辿り着いたフィデリオにとって、思いがけない物であり、頭を重くさせるものであり、助けとなる物だった。




