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立ち塞がる敵

 次の日の朝、狼たちは長い髪を短く切ったセツナの姿に、目を丸くさせていた。

「セツナ……いきなり思いきったね」

 狼が顎先ほどの長さになったセツナにそう言うと、セツナが少し照れたような笑みを浮かべてきた。

「自分でも、こんなに髪を短くしたの、初めて……。えへへ。どうかな? 変?」

「ううん。そんなことないよ。凄い似合ってると思うよ」

「でも、本当にいきなりね。あたしたちと別れた間に何かあったの? しかも自分で切ったんでしょ? 勇気があるわね」

 狼と笑顔を交しているセツナに、根津が不思議そうに首を傾げている。

「うん、昨夜ね、フィデリオと話してて……それで髪を切ろうって思ったんだ。新しい自分にならないとって思って」

「えっ、まさか! フィデリオと何か進展したのっ!?」

「し、してないよ! ただ……フィデリオが日本に来るっていう連絡を受けただけで……」

 驚く根津の言葉をセツナが顔を赤らめて否定するが、狼はそのことよりもフィデリオが日本にやってくるという言葉に驚いていた。

 どういう経緯でフィデリオがこっちに来るのかは分からないが、彼なら自分たちの支援をしてくれるはずだ。

「フィデリオ来てくれるなら、本当に良かったよ。一人で来るって?」

 顔を赤らめて、根津たちからの追及に答えているセツナに狼が訊ねる。

「あっ、そこ訊くのを忘れちゃってた!」

 口に手を当て、申し訳なさそうにするセツナ。そんなセツナに狼が首を振る。

「そんなに気にしなくて大丈夫だよ。フィデリオが来てくれるっていう事が聞けただけでも、少し気分が楽になったから」

「あはっ。でも本音を言うとそこはしっかり訊いて欲しかったよね?」

「まったくね。これで私たちのモチベーションも随分と変わってくるはずだもの」

 季凛と希沙樹からの言及に、しょんぼりとするセツナ。

「戦う前にセツナの戦意を落として、どうするんだよっ!」

「もう狼君ったら、勘違いしないでよ。ちょっと素直な気持ちが口から漏れただけじゃーん。あはっ」

 季凛がにっこりと笑みを浮かべて、わざとらしく自分の頭を片手で小突いている。そんな季凛を見ながら、狼は呆れた溜息を吐いて齋彬家を後にした。



 東京に到着した狼たちは、すぐさま東京湾を望める横須賀港の方へと向かう。

「今の所、東京湾には、日本の国防軍の戦艦六隻がいるだけで……米国原子力空母であるニミッツ級が東京湾の外縁部で停泊。しかも二隻で。フランス、シャルル・ド・ゴールもいるし、中国の原子力潜水艦が5隻。ロシアの戦艦が三隻。カナダ、オーストラリア、インド、オランダ……と多種多様の軍が虎視眈々と東京湾……というか日本を睨んでおります。きっとフランスの空母の方には、欧州連合の戦闘機が積んであるだろうし、英国も少し離れた所にいると思うよ? いやぁ、よくもこんなに集まったもんだ」

「いや、もうスケールがね……スケールが違うよ」

「狼、スケールを考えたら私たちの負け」

「名莉の言う通りよ。今のあたしたちは理事長がどこにいるのか、二人を救出することだけ考えるのよ」

 怖じ気づきそうな空気に根津が喝を入れてきた。

 そうだ。今の自分たちが相手にするのは、海上にいる戦艦たちではない。臆してる場合ではない。後々、何かしらの戦闘になる可能性があるとしても……。

「なっ!」

 固唾を飲んでいた狼の隣で、情報を調べていた鳩子が驚愕の声を上げてきた。

「鳩子、どうしたの?」

「……真紘たちの居場所が分かった」

「えっ! 本当に?」

 緊迫した表情の鳩子の言葉に、一同が表情を引き締める。すると動揺の表情を浮かべる鳩子が端末のモニターを狼たちの前に表示してきた。

「條逢先輩から……?」

「そう。しかも二人はあのドデカい船に乗船してるって」

「敵からの情報に、どのくらいの信憑性がある?」

 情報を受け取った鳩子に、マイアがそう訊ねてきた。慶吾という人物をよく知らないマイアからすれば、この情報の信頼性はかなり薄いはずだ。しかし、狼たちは慶吾という人物が、敵である自分たちに、あっさりと真実を流してしまう人物だということも知っている。

「きっと、二人が船に乗ってるっていうのは本当だと思います。ただ……」

 そこには罠が仕込まれている。狼たちが予想もしていないような罠が。だからこそ、安易に情報を元に、米軍と仏軍の原子力空母に乗り込むことはできない。

「慎重に行動した方が良いのは確かです。第一、二つの船にどうやって近づくかも考えないと」

「一理ある。だが……私たちにあまり考える時間はないのも確かだ」

「うーん、じゃあトゥレイターの支部に行ってみるかい? 何かしらの敵と衝突する可能性はあるけど……あそこの地下には、海に出る水路があって、小型のステレス機能搭載のボートがあったはずだよ?」

「確かに……それを使えば空母に近づくことが今より容易くなるな。それで、貴様が言うリスクというのは、新しいナンバーズの事か?」

 マイアの言葉に操生が溜息混じりに頷いた。

「どうやらベルバルトたちが、フランスで接触したみたいなんだ。きっとトゥレイターにまだ残っている幹部の誰かが、保身のために昇格させたんだろうね」

「けれど、まだそいつ等がここの支部に潜んでいると決まったわけではないはずだ」

 やや言い切る形を取ったマイアの言葉に、操生が少し意表を突かれたような表情を浮かべた。

「意外だね。てっきりマイア君は慎重派だと思ってたんだけど」

「勿論。戦場において如何なる時も慎重な行動は重要だ。けれど、もし東アジア地区にナンバーズがいるとしたら……我々をここで野放しにするはずがない」

「待ち伏せの可能性は?」

「ないだろうな。正直、支部の見取りなどはこちらも熟知している。そんな人物をわざわざ支部で待ち構えて罠に嵌める可能性は低い。それに、ナンバーズともなれば、ある程度自分の力を過信している連中が多い。つまりは、敵を罠に掛けて打ち取ろうという考えを起こす者が少ない」

「確かに私的に納得できる説明なんだけど、素直に頷けないのは私が元ナンバーズだからかな? どう思う?」

 自分の方に顔を向けて来た操生に、狼は苦笑を返した。何か言葉を返せば良いのだが、妥当な言葉すら思い浮かんでこなかったからだ。

 けれど、そんな狼の変わりに嘆く様な表情を浮かべている左京が口を開いた。

「杜若、貴様には悪いが……反逆組織の上に行ったからといって誇れることではないぞ? むしろ、昔の自分と決別した方が良い」

「それは右京君にも言える事だと思うんだけどね……」

「案ずるな。当然、右京には自分の罪をこれからの人生で償ってもらい、清く、正しい人生を全うさせる所存だ」

 胸を張って言い切る左京に、隣にいる誠が苦笑を浮かべている。そして、操生がぼそりと小さい声で、「絶対に右京君に反発されるだろうね」と呟いていた。

 けれど幸い、その言葉は左京の耳に届いていなかったらしく、左京がマイアにトゥレイターの支部の場所を訊ねている。

 操生の言うリスクはある。けれどこのまま動かないわけにも行かない。

 狼たちは、東アジア地区の支部があるという豊洲へと向かった。

「まさか、豊洲に反逆組織の支部があるとは思わなかったなぁ……」

「確かに。むしろ支部の場所なら季凛も知ってるんじゃない? 古巣でしょ?」

 電車に揺られながら、鳩子が季凛の方を向く。すると季凛が肩を竦めて否定してきた。

「残念。季凛はそこに行った事ないの。季凛がいたのは多摩の方にある訓練施設だもん。あはっ」

「へぇー。戦闘員とナンバーズが居る所って別々なんだ」

「まっ、所謂……資本主義ってこと。明蘭と同じくね。あはっ」

 季凛の言葉で狼は、自分たち二軍生の寮と一軍生の寮の事を考える。確かにあの格差には、入学当初の自分は度肝を抜かれた。狼はあの時、初めて資本主義の恐ろしさを垣間見た気がしたのだ。

 やっぱり、明蘭って普通の学校の感性とズレてるんだよなぁ。

 狼はぼんやりとしながら、車内を一瞥した。車内には座席に座って端末を弄る人、本を読む人、音楽を聴く人、寝ている人……実に様々な人がいる。

 この人たちを見ていると、自分たちが異次元に行ってしまったような感覚に陥る。ここにいる人たちと同じ場所にいるようで、実際はまるで違う所に立っている。そんな途方もない考えをしてしまう。

 この電車の中に漂うどこか怠惰的な空気の所為だろうか?

 何だろう? 凄く不思議な気分だ。忘れていた物がひょっこり顔を出してきたような……。

「狼、もう着くよ」

 鳩子の言葉にはっとして、狼は電車を降りた。

「実を言うと、豊洲駅のすぐ近くなんだよねぇ……」

 操生がそう言って、豊洲駅の目の前にある高層ビルを見上げてきた。ビルの下には、外資系のカフェとちょっとしたレストランまで入っている。

 ビルの入口を入ると、地上から屋上まで吹き抜けとなったエントランスに、エスカレーターの横には、小奇麗な格好をした受付係までいる。

「あの、全く反逆組織のアジトには見えないんですけど……」

「見えないよね。ここはトゥレイター所有のビルだけど……二階から六階までのフロアには一般企業も入ってるし、七階から十二階は外資系のホテルが入ってるから」

「完全に反逆組織のアジトじゃないですね……」

 周りを見ながら唖然とする狼に、操生が微苦笑を浮かべてきた。

「と言っても、ここのビルの壁は核シェルター張りの強度はあるよ。窓ガラスも防弾ガラスだし、地下にある水路みたいな避難経路もあるからね。スパイ映画のセットで貸し出せるレベルだと思うよ」

 元ナンバーズである操生がそう言うのだから、事実なんだろうが……どこからどう見てもただのオフィスビルにしか見えない。そして自分たちの周りを通り過ぎる人々も普通の会社員だ。だからこそ、高校生である自分たちの存在が異様に目立ってしまっている。

「皆、いるよ。地下に一人。あたし達を待ち受けてる人が」

「一人ですか?」

 鳩子の言葉に怪訝な表情を浮かべたのは、誠だ。そしてそんな誠の言葉に同調するかのように、狼たちの顔も強く引き締められる。

「まぁ……そうですね。言ってしまえば、一人になったっていう状況っぽいですけど」

「それは、つまり……」

「地下にいた人の殆どが死んでます。あたしたちを待ち構えてる人に殺されたんでしょうね。そして、その人物は明蘭学園、三年主任の館成教官です」

 顔を引き攣らせた鳩子の言葉に、狼たちの背筋は一気に凍りついた。


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