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二人の笑み

 九卿会議が行われる御所の一室で、真紘は敵対している豊たちと視線を合わせていた。すでに豊は部屋へと来ていて、自分たちを普段と変わらない笑みで迎えてきたのだ。

「一応、私が召集した九卿会だからね、私が仕切らせて貰うよ」

 九人とキリウスが席についた事を見計らって、豊が口を開いてきた。

「まず単刀直入に輝崎の当主たちに訊きたいのだけど……君たちは望む世界って何かな?」

「貴様のような独裁主義者がいない世界だ」

 目を細めてきた豊に、真紘がきっぱりとした声音で答える。けれど豊がそれを失笑してきた。

「何がおかしい?」

「いや、随分と私を勘違いしてると思ってね。私は別に独裁者になりたいなんて、大層な願いは抱いていないよ。むしろ、抱いていたのは……君たちが捕虜にしているフラウエンフェルト家の方じゃないかな?」

 豊の視線が黙ったままのキリウスに向かう。するとキリウスは眉を潜めさせ、不愉快そのものという目で豊を睨んだ。

「勘違いは貴様の方だ。そしてそんな貴様が我が一族を知ったかのように振る舞うのは、やめろ」

 キリウスが殺気を放った。するとその瞬間、キリウスの首元に時臣の刃が当てられる。

「異邦人が……貴様が今どんな立場に置かれているか考えろ。次に私の前で殺気を放ってみろ? 次はその首を刎ね飛ばす」

「やれるものなら……」

 キリウスが口許に笑みを浮かべる。時臣の殺気が本物となった。けれど、時臣の刃がキリウスの首を刎ねることはなかった。

「ふー、まったくオープニングからいきり立たないでくれ。時臣君やキリウス君が短気かつ容赦がない事は知っているけどね、飽く迄この場は話合いだ」

 やれやれと言わんばかりに、豊が肩を竦めさせる。

 時臣が刀を揮う前に、豊が時臣を瞬間移動させたのだ。そしてそれと同時に、勝利が双方の前に防壁を形成させている。

 そのやり取りを見て、真紘の隣にいる藤華が呆れた溜息を吐いているのが分かった。それから、藤華と同じ様に怪訝な表情を浮かべていた、御厨の当主、御厨(みくりや)(りゅう)()が怪訝な声を上げてきた。

「一先ず、そこの異邦人の事は置いておこう。今私が一番疑問に思うことは……我々九卿家の中で争う理由がどこにあるということだ。おかげで、この間はその隙を国防軍の輩に出し抜かれそうになってしまった。あんな事が二度と合ってはならない。そうだろう?」

「ふむ。御厨の意見は尤もだ。だが……それは遠回しに儂らに意見を変えろと求めているのだろう?」

「その通りだ。むしろ、貴様たちがこの現状維持に拘り続ける意味がわからない。どうせ、このまま我らが引き下がった所で、国防軍は力を蓄え、我々に謀反を起こすに決まっている。それとも、貴様たちは奴等が謀反を起こさないようにする良策を考えているというのか?」

 簡潔な結論を持っているだけに、御厨の言葉は重みがある。

「良策? そんなものはない。笑いたきゃ笑え。だが、これだけは言える。儂らは貴様たちのやり口が気にいらん。儂は自分を殺すくらいなら、失笑を受けた方がマシだ」

 開き直った重蔵の言葉に、御厨が不快そうな視線を向けてきた。けれど、重蔵はそんな御厨の視線に動じず、冷静にその視線を受けている。

 すると藤華が小さくクスリと笑声を零してきた。

「何が可笑しい? 雪村?」

 そんな藤華に戒めるような厳しい視線を向けたのは、烏山家当主の烏山大和だ。

「分かりませんか? 貴方方は、豊さんの手の平上で転がされてるのですよ? 豊さんは元々国防軍の輩など、目に入ってはいない。目に入れたのは、大城晴人を国防軍が陥れたからでしょう? だから先ほどの龍哉さんの意見は、自分たちが豊さんに付く事を正当化する口実にしか聴こえないのです」

「では、雪村、貴様は何故そちらに付く?」

 すると、藤華が再び口を開く。

「ここにいる方々が知っての通り……雪村は負け戦などしません。それが全ての理由です」

 藤華の言葉を聞いた時臣が、さも可笑しいといわんばかりに哄笑してきた。

「雪村、貴様……たまには貴様も愉快なことを言うではないか? 貴様の言葉はただの驕りにすぎん。何故それが分からない? 我が軍勢にどのように勝つ気だ?」

「井の中の蛙に何を言っても、無駄だと分かっております」

「ほう。では私は楽しみにしていよう。大口を叩く口が青ざめる瞬間を」

 口許に嘲笑を浮かべる時臣を、雪村が冷めた視線を向ける。

 やはり、明確に対立している中で話合いなど無理な話か。

 真紘は、この状況を見ながらそう感じていた。

 すると、そんな真紘に豊が言葉を投げてきた。

「輝崎君、君に訊きたい」

 それは、輝崎家当主である真紘にではなく、真紘という一人間に語りかける声音だった。唐突な豊からの呼び掛けに、真紘は内心で驚きながら豊の方へと顔を向ける。

「君は、黒樹君たちと共に私の意見は間違いだと叫んでいる」

「ああ、そうだ」

「例えば仮に君たちが私に勝って、この騒ぎを終息させたとしよう。けれど、そうした時、君たちは私に一体どんなものを提示できるのかな?」

 自分にそう訊ねてきた豊は、一切笑ってはいなかった。ただ底冷えするような暗澹な瞳で真紘を射抜いている。

 少しの間、真紘は沈黙した。

 自分が豊に提示できるもの。それは何だ? 自分たちは豊たちよりも漠然とした未来を掴もうとしている。豊たちからしてみれば、愚かな行動にしか見えていないはずだ。

 けれど、真紘はその漠然とした未来の中に見落としてはいけない、何か大切な物があると信じている。

「そうだな……」

 真紘がゆっくりと口を開く。

「俺たちが勝った時、貴様に提示するものは、奪うだけが全てではないという事実だ」

 そしてきっぱりとこう言い切った。

 するとその時、御厨の隣に座っていた嵩梁一挫(たかはしいっさ)がこの場を宥めるように手を叩いてきた。

「どうも、我々九卿家は話合いが苦手な者が多くて困る。いくら、お互いを牽制するための場とはいえ、寄れば触れば喧嘩腰とは……見苦しいとは思わないか?」

 この九卿家の中でも、齋彬と同じく温厚主義の嵩梁が呆れた表情を浮かべている。そしてやはり、温厚な勝利も同意見らしく、嵩梁の言葉に頷いている。

 すると、いつもの調子に戻った豊が、心底愉快そうに声を上げて笑ってきた。

「それは無理な話だよ? 九卿家なんて自尊心の塊のような人たちが集まっているんだからね。自分たちが主として認めていない、ましてや自分と同じ立場の人間には、簡単に靡くはずもないんだよ。我々は立場が同じというだけで仲間というわけではないからね」

「ましてや、今は明確な敵同士だ」

 豊の言葉に一言、付け足したのは御厨だ。そんな御厨の言葉に、同じ側に立っている嵩梁もやや険しい表情を浮かべている。

 しかし、異論を口にすることはなかった。変わりに、酷薄な笑みを浮かべた豊が口を開いてきた。

「残念ながら、私たちが四家と手と手を取り合うことは、難しいようだね……では、ここで私から新たな提案をしたい」

「宇摩からの提案か……却下」

「はは。重蔵様。内容を聞く前に好き嫌いをしてはいけませんよ。勿論、重蔵様の言葉に大きく頷いた勝利君、君もね」

 にっこりと笑った豊に、油断していた勝利が「俺に話が飛んできた!」といわんばかりに、身体をびくっと震わせた。

「仕方ない。一応訊こう。それを飲むか飲まないかの選択権はこっちにあるからな」

「そうですとも。私のお願いというのは……そちらに武政(ぶせい)(しん)()及び犬山駐屯基地に所属していた隊員たちがいるでしょう? 彼等の更生を丁寧にして頂きたいんですよ」

 豊の言葉に、真紘と藤華がはっきりと眉を寄せた。

「随分と歪曲な切り口ですね? 何を企んでいるのでしょうか?」

「企み? まさか!」

 わざとらしく横に首を振った豊を真紘も射抜く様に見る。

「では、何故なんの脈絡もなく捕虜の更生を申し出た?」

「別に君たちがそれをやらなければ、捕虜をこちらで引き取って処分するよ?」

 真紘の質問に答えず、豊が質問を重ねてきた。いや、これは遠回しに自分たちに与えられた選択の幅を狭めようとしている。

「輝崎、すまんな。宇摩の奴は儂が耳を貸した時点で、儂らを詰む気満々だったらしい」

 真紘の正面に座っている豊が『当たり』と言わんばかりの、心底愉快そうな笑みを浮かべてきた。




 厄介事を狼に押しつけた出流は、齋彬家にある射場にいた。的の方へと揖すし、立射で弓を引く。矢筋をしっかり定め、矢を射る。弦音が耳元に響き、次に鏃が的に中たる音が聴こえた。

 そのまま、静寂の中で何も考えず無心の状態で弓を引く。

 弓を引く手を止めたのは、齋彬家の女中が出流に昼食の時間を伝えに来てからだ。

 そういえば……朝から何も食べてなかったな。

 意識すると空腹感が一気に襲ってきた。

 多分、数時間も経っていればさすがにさっきの話は消えているだろう。出流はそう思い、昼食を取りに、食事部屋へと向かった。

 出流が部屋に入ると、もうすでに狼たちや操生たちが部屋に集まっている。テーブルに並べられているのは、餡かけ汁に紅葉型の麩が綺麗に添えられている、京うどんだ。その横には、綺麗な狐色の衣を纏った天ぷらの盛り合わせが並べられている。

 食べずとも分かる。普通に美味い。

 少し前までは、毎食料亭並みの懐石料理が出ていたのだが、毎食それでは、飽きるだろうと勝利が考慮して、メニューを軽いものにしたのだ。

「イズル、イズルも早くこっちに来て一緒に食べましょう」

 部屋に入って来た出流に気づいたヴァレンティーネが、京うどんに目を輝かせながら手招きをしてきた。

 けれど、少し不思議なのはヴァレンティーネの隣を開けて、その隣にヴァレンティーネばりの笑顔を自分へと向ける操生だ。

「あはっ。操生さんとヴァレンティーネさんの間の席……出流君の指定席みたいよ?」

 首を傾げていた出流に、含み笑いの季凛がそんな説明を入れてきた。

 別に操生とヴァレンティーネの間に座るのは別にいい。けれど、何となく……指定席って言い方がなんとも微妙な気がする。

 とはいえ、指定席に座らないわけにも行かない。

 出流が軽く肩を竦めながら、季凛の言う指定席に座ると……ガシッ。ガシッ。

「なぁ、お前等二人……俺にうどん食わせない気か?」

 左右の二人から、手を繋がれたら箸を持つことすらできない。

 何だ? このシュールな状況?

「なっ……何でボスが出流の手を握ってるのかな? 出流は右利きなんだから、箸が持てないだろ?」

「ミサオさんも、イズルの手を握ってるわ」

「私はこう見えて、元々左利きなんだ。だから出流と手を繋いでても支障なくうどんが食べられるんだ」

 けろっとした表情の操生にヴァレンティーネがむぅ~とした表情を浮かべる。それでも、手はまだ離されない。

「これは、二人ともこっそり手を繋いでポイントを上げようとしたけど、失敗したパターンだね」

 右端に座っていた棗が、皆が敢えて口に出さなかったことをポリポリと漬物を食べながら、淡々とした声音で告げてきた。

「とにかく、お前等二人とも手を離せって……これじゃあ、本当にうどんが食えない」

 小さく溜息を吐きながら、出流が二人を諌めていると……今度はヴァレンティーネの隣に座っていたマイアが立ち上がって来た。

 何だ? いきなり立ち上がったマイアに出流が訝しげな表情をしていると、何故か立ち上がったマイアが出流の前に来て、そのまま天ぷらの海老を器用に箸で、出流の口の前へと運んできた。

「安心しろ。手が使えないなら私が食べさせてやる。口を開けろ」

 マイアに言われ、反射的に出流が口を開け海老天を一齧りする。お腹が空いてる時に、絶対に美味しいと分かる海老の天ぷらを前に、照れたり、ツッコミを入れてる場合じゃない。

 やはり、初見した通り……かなり美味い。天ぷらはサクサクに上がっていて、海老もぷりっとし、自然な甘みが口の中に広がる。けれど気分は、何とも言えない複雑な心境だ。

「マイアさん、あざとい。そして何? この王道ハーレムパターン」

「あはっ。確かに。しかも注目すべきは自分の使った箸で食べさせてる所だよね?」

「操生さんとヴァレンティーネさんの、やられちゃった感……半端ないね」

 事の様子を見ていた根津、季凛、鳩子が冷静にそんな事を言い残し、後のメンバーは照れた様子で絶句している。

 けれど、このマイアの行動が功を成し、慌てて操生とヴァレンティーネが手を離す。

「マイア! もう大丈夫よ。食べさせなくて」

「そうだね。もう出流の手は両方自由だ」

「……そうか。では私はまた食事に戻る。けれど……誰かに食事を食べさせるのも、悪くないな」

 そう言って、マイアが目を少し細めて笑ってきた。

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