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狼VS馬4

 ピーク時を過ぎているためか、この人数でも食べる席は空いている。

「じゃあ、それぞれ好きなの買ってこようか」

「そうだな。丁度俺もラーメン食べたかったし」

「ちょっと、待った!!」

 狼の言葉に頷いた有馬に、千代が手を突き出して待ったをかけてきた。いきなり、掛けられた待ったの言葉に、有馬と狼が目を瞬かせて驚く。

「いきなり大きい声出すなよ。びっくりするだろ?」

「有馬がラーメンを食べるとか、言い出すからだ」

「はぁ? 別に良いだろ?」

「良くないっ! もし有馬がこのままラーメンを選んだりしたら……」

「選んだりしたら?」

 有馬の問いかけに千代が、言葉を濁してモジモジしている。狼はそんな千代の手にコンパクトな手提げバッグを持っているのに気が付いた。

「もしかして、雨宮さん……そのバッグの中ってお弁当?」

 狼がバッグを指差しながら訊ねると、千代が少し動揺しながら頭を頷かせてきた。

「わざわざ作って来てくれたのか?」

「まぁ……自分のとついでに、な」

「じゃあ、有馬は雨宮さんが作って来たお弁当を食べればいいじゃないか。せっかくだし」

「それもそうだな」

 狼の言葉に有馬が頷くと、千代がほっと一安心つけた様子で胸を撫で下ろしている。そんな様子で、『ついで』ではなく有馬のために用意したものだと分かる。

 素直になれない子なんだなぁ。微笑ましい気持ちで有馬と千代を見てから、狼は自分のお昼を買いに向かった。

「少し良いか?」

 注文したラーメンを受け取り、水をコップに注いでいると、後ろから千代に話しかけられた。

「雨宮さん? どうかした?」

「あっ、いや……さっきは、その……ありがとう」

「ああ。別にお礼を言われる様なことしてないから」

 にっこりと笑って、お礼を言ってきた千代にそう返す。すると千代も穏やかな表情で微笑んできた。

「私が言いたかっただけだから、気にしないでくれ」

「うん、わかった。でも少しでも雨宮さんの手助けになれて良かったよ」

「そ、そう言われると何やら少し照れるな……それにしても、黒樹はよく人のことを見ているな」

「んー、どうなんだろう? 僕もよく女子心が分かってないとか言われるし」

 狼が少し唸りながら首を傾げると、千代が苦笑を零してきた。

「そちらもそちらで、大変そうだな。では、先に席に戻っているな」

 千代がそう言って踵を返して、有馬たちがいる席へと戻って行く。狼はラーメンが乗ったトレ―を見ながら、小さく首を傾げるしかない。

 何が大変そうなんだろう?

 狼がそう思いながら、首を傾げていると背後に人の気配を感じた。

 はっとして振り返ると、そこには石焼きビビンバを狼と同じくトレ―に乗せた秀作が、ジト目で自分の事を見ていた。

「高坂先輩、なんでしょう?」

「いや、さすが狼だなぁと思って。着実に向こうの女子とも親交を深めてらっしゃるよ」

「……先輩が言うほどのものでもないですよ?」

「ほらほら、すぐそうやって自重する。さっきの会話だってなぁ、乙女ゲームだったらハートマークのシルエットが出て来て、好感度が確実に上がるシチュエーションだぞ? 分かってんのか?」

「そんな事言われたって、僕……そういうゲームやったことないですし」

 狼が表情を強張らせて、秀作から視線を逸らす。

 むしろ、秀作たちが所謂ギャルゲー的な物をやっていたことに驚きだ。アニメなどを見ている他の先輩に「俺はどんなに辛くても、二次元には逃げないぜ」とか言っていた記憶がある。

「おまえは、現実世界でウハウハしているから、そういう余裕な台詞を吐けるんだ。愚か者!」

「愚か者って……。あー、もう麺が伸びるんで先に席に戻りますよ?」

 溜息を吐きながら、狼が有馬たちの席へと歩きだす。するとそのとき、自分たちの席から離れた所に、亜麻色の長い髪を揺らす女子の後ろ姿が見えた。

 一瞬、「あっ……」という声が漏れた。

「黒樹、おまえは本当に先輩に敬服の念が薄い奴だな」

 狼の意識が隣にやってきた秀作へと持っていかれる。

「僕的には、そんな風に思わないんですけどね……」

 秀作にそう答えながら、狼が小世美らしき少女のいた方を一瞥する。けれどそこには、もう小世美らしき少女の面影はどこかへ消えていた。

 うーん、何だろう?

 自分の中に何とも言えない複雑で茫漠とした感情がある。けれど、その感情がずっと持続するものではない。一瞬、胸の中を過ぎ去って、その余韻が残っているという感じだ。

 狼は徐に胸のあたりを手で擦って、それから有馬たちがいる席へとついた。席に戻ると、有馬の前にはカラフルなお弁当の数々が並べられている。

「凄い数のお弁当箱だけど、これ全部……」

「ああ。皆が俺のために作ってくれてたみたいなんだ」

 苦笑する有馬の顔は、やや困り果てていた。そしてそんな有馬の周りを囲う、女子たちはもっと困った顔をしていた。

 予想範疇でもあり、予想外な状況という矛盾の空気が女子たちの間に流れている。ただ狼の周りではあまり流れない空気ではあった。

 この空気を出しているとするなら、どちらかと言えば希沙樹や季凛たちの方が出しているような気がする。

 狼が女子たちからの弁当に箸を伸ばす有馬を見ながら、そんな事を漠然的に考えていた。

 すると、美琴たちが狼たちの方に視線を向けて、

「もしよろしければ、皆さんも摘んで下さい。先に言っておけば良かったんですけど……こちらの諸事情で言いそびれてしまって」

 申し訳なさそうに言ってきた。

 するとそれに、同意するように優菜たちも頷いてきた。

「じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ貰おうかな?」

 狼が笑みを返しながら、美琴の作ったお弁当からホウレン草が入ったキッシュを貰った。ほどよくホウレン草に塩気があり、チーズと生クリームと絶妙にマッチしていた。

「このキッシュ、美味しい」

 狼が目を少し見開きながら、素直な気持ちを口にした。するとおかずを褒められた美琴が満更でもない表情を浮かべてきた。

「そうですね……昔からお料理は得意としていたので、当然と言えば当然の反応ですね」

「そうなんだ。でも、ちゃんと作るとなると結構手間かかるよね? 僕も割と料理は作る方なんだけど、こういうお洒落な料理はあんまり作ったことないんだ。だから本当に凄いよ」

 狼が柔らかい笑みを浮かべて美琴の料理を褒める。すると美琴が気分良くしたように、饒舌に料理の話を始めてきた。

 美琴の母親は料理研究家らしく、その影響もあって料理を覚えていったらしい。

 狼がそんな美琴の話に相槌を打つ。

「じゃあ、栄養バランスとかも凄く良いんだろうな。後で幾つかレシピを教えて貰いたいくらい」

「ふふ。そこまでおっしゃるなら、特別に教えてあげても良いですよ?」

「えっ、本当に? 助かるなぁ。明蘭も学食はあるんだけど、たまに自分で作りたくなるんだよ」

 狼が苦笑を零しながらそんな言葉を残し、水を取りに席を立った。

 新しい料理のレシピを教えて貰えるのは、狼としては俄かに嬉しいことだ。明蘭に来るまで当たり前のようにしていた料理が、今では少し新鮮な物に感じる。

 料理を作ってる暇がなかったもんなぁ……。

 明蘭での生活は、これまでの生活と大分異なっていて、その生活リズムについて行くのも、明蘭の勉強内容についていくのも大変だった。

 今では、明蘭での生活にも慣れつつある。

 だからこそ、久しぶりに料理を作ってデンのメンバーや真紘などに食べて貰おうという考えに至っていた。

 するとそこに、狼と同じように水を取りに来た有馬がやってきた。

「黒樹って、凄いよな」

 唐突に有馬からそう言われ、狼がしばし目を瞬かせる。すると、有馬が愛想の良い笑みを浮かべてきた。

「何か親しみやすいっていうかさ……俺が思うんだから、他の奴も思うって。黒樹の周りって人が多いだろ?」

 有馬の言葉で、狼の脳裏に小世美や名莉、鳩子に、根津や季凛の顔が思い浮かぶ。それからすぐに真紘やセツナたちの顔が思い浮かび、それから秀作たちを含める明蘭の生徒などの顔が浮かぶ。

 この短い期間に親しくなった人たちだ。

「そうだったら、やっぱ嬉しいかな。時には呆れることもあるけど、やっぱり今の学校生活が楽しいっていうのも事実だし」

「良いじゃんか。でも明蘭って進学校だろ? 授業とかキツいんじゃないのか?」

「うん、まぁ……最初は厳しかったよ。やっぱり」

 狼が苦笑を零して、有馬と共に席の方へと戻る。

 考えてみれば、自分が明蘭に来てほんの数ヶ月しか経っていない。けれどその数ヶ月の間に色々なことがあり、濃厚なすぎる数ヶ月だった。

 言い過ぎかもしれないが、きっと武踏高校に通っている有馬よりも過激な日々を過ごしていると思う。

 やはり、変だなと感じることもあるが……それでも明蘭に入って、実感したことを否定することはできなくなっているのも事実だ。

 なんか、妙に複雑な気分。

 自分の中でそれを拒みたい気持ちと、受け入れようという気持ちが衝突し拮抗している。喉に魚の小骨が引っかかった気分だ。

 狼がそんな気分のまま、そっと首を傾げていると……

「はい、どうぞ……」

 狼の前に座っていた優菜が狼の前に手作りのクッキーを差し出して来た。

「いいの?」

「うん、せっかくだから。ただのバタークッキーだけど」

「全然、いいよ。手作りのバタークッキーって不思議と美味しいんだよな」

 そう思いながら、狼が優菜の出してくれたクッキーを口に入れる。

 …………あれ?

 クッキーを味わいながら、狼はバタークッキーにはあるはずの甘さがないことに気づいた。いや、狼だけでなく、配られた有馬や秀作、将太もクッキーを食べながら、複雑な表情を浮かべている。

「ど、どうかな?」

 やや不安げな表情でクッキーを食べる男子たちに優菜が、味の感想を求めている。自分たちが味を言う前に、そんな顔されたら、致命的なミス……砂糖の入れ忘れを指摘し辛い。

 きっと狼だけでなく、他の人たちも同じ気持ちになっているはずだ。

「えーっと、凄くバターが効いてて良いと思うよ」

「あ、ああ、やっぱ手作りだよな」

「俺も思った。秀作もそうだろ?」

「そうそう。俺の周りの女子で健気にクッキーなんて焼いてくれる子いないからなぁ。貴重だぜ」

 と狼に続いて、有馬、将太、秀作が感想を述べる。

 けれど、皆が「美味しい」とは言わない。その事実に気づかないで欲しいという気持ちと、良心でクッキーを作ってくれた優菜を騙しているようで、良心が痛む。

 ごめん。小嶋さん……僕たちに勇気がなくて。

 心の中で狼が優菜に詫びを入れる。けれど、それで本人がほっとしているのだから、噓も方便と言うではないか。

 そんなことを思っていると……

「じゃあ、皆もどうぞ」

 優菜がにっこりと笑って、美琴たちにクッキーを差し出し始める。

 男子全員に一気に戦慄が走った。

 どうか、どうか……

 自分たちの感想を聞いた女子の皆が口を合わせてくれるのを、懸命に祈る。

 そして、女子一同もクッキーをぱくり。

「……うん、焼き加減が丁度いいな。なぁ、ゆず?」

 少し苦笑を零す千代が、男子たちの心を汲み取った感想と共にゆずに同意を求める。するとゆずが千代と優菜を見てから、クッキーをさらにもう一つパクリ。

「私は甘い物がそこまで好きではないから、助かる」

 二つ目のクッキーを無表情で食べながら、ヒヤヒヤする感想を述べて来た。けれど、優菜はゆずの感想よりもクッキーを続けて食べてもらったことに、喜んでいる様子だ。

 セ、セーフ。

 と男子勢が思ったのも束の間……一番、料理に対して敏感な美琴が肩を震わせながら口を開いて来た。

「優菜! 貴女、これ砂糖を入れ忘れましたね!?」

 美琴の直球の言葉に、ゆず以外の人間の顔に焦りの色が浮かぶ。

「えっ、まさかっ!」

 美琴に味の指摘を受けた優菜が慌てた様子で、自分のクッキーを食べる。そして……

「ああ、これ失敗した方だ! 袋に詰めるとき、間違えちゃったんだ」

 自分の失態に気づいた優菜がそう言いながら、落ち込んだ声を出す。そして、そのまま狼たちの方へと優菜が顔を向ける。

「……ごめんね。気を使わせちゃって……本当に」

「いや、良いんだよ! それより、むしろ……」

 僕たちの方も嘘をついてごめん。

 そう思いながら、狼たちも頭を下げるしかできない。

 すると、そんな狼の耳に……

「絶対、鳩子ちゃんたち相手だったら気にせず言ってくるよね?」

「言うわね。この間、あたしが作ったお味噌汁飲んで、普通に「薄い」って言って来たわ」

「オオちゃん、お味噌汁には拘りあるから」

「狼が料理作れるから、自然とハードルが上がってる。辛い」

「まぁ、変に気を使って、見事に墓穴を掘ってるけどね。あはっ。無様〜〜」

 というデンメンバーの台詞が聞こえて来た。

 またっ!

 そう思いながら、狼が辺りを見回すも姿は確認できない。

 でも、もうここまで来ると気のせいでは片付けられない。絶対にいる。どこかで自分たちを見ている。

 狼がそう思いながら、注意して辺りを見回していると……そのとき、少し離れた所で「きゃあああ!」という悲鳴が狼たちの耳に聞こえて来た。

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