表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/493

牙を剥くのであれば

 白か黒か?

 狩る者か狩られる者か?

 もちろん自分はどちらも前者だ。前者でなくてはならない。

「選ばれし者なのだからね」

 机の前に並べられたチェス盤を見据えながら、宇摩豊は誰に言うでもなく呟いた。

 そして、まさに今敵陣に乗り込んでいる生徒たちの姿を思い浮かべる。皆、それぞれの感情を抱いているだろう。自信の力に邁進する者。人を負かすことにカルタシスを覚える者。戦場の空気に中てられ、慄き怯える者。驚愕に陥る者。そして、絶望する者。

 そのどれも素直な人としての感情なのだ。別に間違いの感情ではない。

 だがそのあらゆる感情をも、無意味にするのが戦場なのだ。

 それを思い知るのには、今回の件は最適だったと言えるだろう。

 しかもそこに彼がいる。とても素晴らしいことだ。

 彼はというのは、もちろん黒樹狼のことだ。

 彼は変化という物を拒んでいる。だが変化という物は自分の意思など関係なく起こってしまう、拒みようの無い物だ。

 だからこそ、彼は否定し続けるのだろう。自分の存在を。

「せっかく、抜き出た才を持っているというのに。勿体ないことだ」

 そんな言葉を呟きながら、白のキングを一マス進める。黒のキングを確実にチェックメイトできるマスへと。

 そしてチェス盤から目を逸らした豊は

「彼らがどんな企みを腹の底に抱えていようとも、僕らを阻止することは出来やしない」

 そう呟いてから、満足げな笑みを浮かべた。




 目の前には今となっては、見慣れた戦闘動員の姿。そしてその戦闘動員とは少し違ったスーツを見に纏う、二人の数字付き(ナンバーズ)。

「悪いが、こんなところで時間をとられるつもりはない。このまま突き進む」

「はっ?ありえなくね?何、寝言言ってんだし」

 長髪の男が独特の口調で、嘲笑している。

「あーあ、野郎一人で来られても俺のモチベーションが上がらないんだよな」

 もう一人の男が、場に不釣り合いな言葉を吐いている。

 その男が言うように、ここにいるのは真紘一人だけだ。他のメンバーは真紘がいる地点よりも手前で戦闘を行っている。

 複数人で同じことをするのなら、個々に動いて先に進んだ方がいい。そう考えたからだ。そして、真紘がこうして敵と見合っている間にも、周りからは様々な不協和音が鳴り響いている。

 皆が必死に戦っている。力を持つ者も、そうでない者も。

 真紘は少し息を吐いてから、目の前にいる敵へと奔りだす。それを皮切りに血気盛んとなっていた戦闘動員も武器を片手に奔りだす。

 そんな戦闘動員を真紘は何の躊躇いもなく斬り裂く。

 切り裂かれた戦闘動員は、短い呻き声も忘れ、目を見開いたまま倒れて行く。もちろん、真紘も己が斬った者が自分たちとは違うということを知っている。

 だが、それでも。

 自分に殺意を向け、牙を剝くのであれば全て同じ・・・・敵だ。倒すべき敵だ。

 たとえ敵がどんな存在であっても、情けをかけるようなことはしない。そんな甘さを持つくらいならば、最初から武器を手にしない。

 真紘は表情、呼吸を変えることなく数十人の敵を薙ぎ倒し、時には風圧で押し潰す。

 イザナミに付着した血を落とすように払い、薄ら笑いを浮かべた二人と対峙する。

「ふぅー、やるねー。ガキとはいえ、さすがに甘くはないか~」

「どうでもよくね。俺らが殺すことには変わりないんだし」

「そりゃあ、そうだ」

 そんな二人の会話を聞きながら、真紘は冷めた目線を敵に向けていた。

 自分の為すべきことをするために、敵を倒す。

 真紘はそれ以外の感情という感情を一切省いていた。まるで敵を挑発するように真紘は周囲の大気を震わせる。

 掛かって来い。

 真紘は目線でそう訴える。

「熱―いラブコールを貰ったんで。この絶対的紳士のセブンスが相手になりますか」

 そう言って、セブンスと名乗る男が細く張られた糸のような物を、蜘蛛の巣のように張り巡らせる。その糸は周囲にある壁や床を貫き、部屋全体へと広がる。

 真紘は沈黙を保ったまま、そんな鋼鉄の糸の隙間を掻い潜る。

「いやぁ~、そう簡単に俺へのアポは取らせないぜ。っと」

 グローブのようなBRVを着用しているセブンスは、まるで傀儡子のように指先を動かし、真紘の行く手を遮る。

 しかもその糸が真紘に向かって一直線に伸びてくる。真紘が自分に向かってくる糸を薙ぎ払う。だがセブンスはそれでも顔色を変えず、滑らかに指を動かしている。

 操糸術策 マリオネット。

 真紘のイザナミによって散らされた糸が、床に倒れ込んでいる戦闘動員に次々と突き刺さる。すると貫かれた戦闘動員が、ゆらりと揺れながら上体を動かした。

 その目は、少し虚ろで視線が合っていない。

 糸に操られているのか。

 真紘は冷静に状況を判断し、イザナミを構え直す。

 屍に鞭を打つとは・・・。

 真紘はすぐさま疾走し、操られ武器を揮う戦闘動員の頭上にある糸をイザナミで薙ぐ。どんなに銃口を向けられようと、真紘は戦闘動員に刃を向けることはない。

 これは彼らの意思ではない。戦わせられているだけの悲しき傀儡兵隊。

 そんな彼らに刃などは向けはしない。向けるとするならば、それを操っている元凶へだ。

 真紘は次々に戦闘動員を動かす糸を斬り払い、セブンスへと肉薄する。

 だが肉薄する真紘を見てもセブンスの緩んだ表情は変わらない。むしろ、余裕の笑みを浮かべている。

 何か策でもあるのか?

 無表情のまま真紘がそんな事を考えていると、真紘の後ろで変化が起きた。

 先ほど真紘が斬ったはずの糸が集結し、真紘の手足に巻きついて行く。そしてまた別の糸が真紘の身体を貫いた。真紘を貫く糸は鋼のように固い。

 貫かれた真紘はそのまま宙に吊るされ、身動きが取れない。手足を動かそうとしても、まったく動かせない。まるで脳と身体が切り離されたかのようだ。

「この技さぁ、本当は複数人の敵にやると効果覿面っていうか、最高に効率が良いんだけどさ、おまえ一人だからな~。自分の首でも斬ってもらおっか。手には立派な武器持ってるわけだし」

 欠伸を掻いているセブンスがそう言って、気怠そうに指先を動かし真紘の右手を操る。セブンスの糸に操られた右手は何の躊躇もなく、真紘の喉元にイザナミの刃先を向ける。

 イザナミはまるで刀ではなく、鋸のような動きで真紘の皮をゆっくりと切り裂いてく。

 真紘の恐怖心を煽るのが目的だろう。

 だが・・・・

 こんなものか。

 そんな言葉が真紘の頭の中に思い浮かんでいた。

「やはり異国の者に、刀を使うことは至難だったか」

 蔑みの目を向けながら真紘はそう吐き棄てた。

 そしてその言葉と共に、右手の動作も制止する。

 右手が制止すると同時にフロア中に暴風が吹き荒れ、セブンスの糸をバラバラと木端微塵にしていく。

「くぅ」

 前屈みの姿勢をとりながら、セブンスが苦言の声を漏らしている。しかもその風はただ吹き荒れているだけではない。この部屋の物全てを切り裂きながら、吹き荒れているのだ。それはセブンスやセブンスの隣にいる数字付きの男の身体も切り裂いている。

「最悪じゃね。なんで俺まで巻き添えになるんだし」

「いやぁ~あの技がまさか効かないとはね。俺も初体験だわ・・・さすがの俺でも予想外だぜ」

 口調は軽いが、セブンスの顔には動揺の色が滲み出ている。確かに糸は刃とは相性が悪い。はっきり言って勝ち目などないくらいに。だが、そんな糸の欠点を知っているからこそ、強度を極限にまで上げ、鋼すらも凌駕する強度を手に入れたのだ。誰にも負けない強度を手にした糸は、その瞬間に最高の武器となった。繊細な糸の配置によっては盾ともなり、矛にもなる。

 そんな自分自身の武器に自信を持っていたセブンスは、真紘との戦いなど、すぐに決着が着くと思っていた。

そだけに、失望感は淀みなくセブンスの体中に激震を奔らせる。

「うわぁぁぁぁ。俺の顔に傷が!!・・・まじありえなくね?」

 自身の技を簡単に破られ、唖然となっているセブンスの隣で長髪の男が、セブンスとは異なる絶望と憤怒の色を表情に浮かべている。

「ガキの癖に、この俺の美しすぎる顔に傷をつけるとか、まじなくね。おまえ死ねし。いやこのシックスス様が思い知らせてやるし」

 そう言ったシックススは忽ちと、煙のように姿を消した。その光景を見て真紘も一瞬、眉を潜めるが、すぐに辺りを見回し気配を探す。

 どんなに意識を凝らして、気配を探ってもシックススの気配を感じない。

 消えただと。だがそれはありえない。あのシックススというトゥレイターは『思い知らせてやる』と言ったのだ。そんな者が消えていなくなることはまず考えられない。

 だとすれば、今消えているのも何かの能力に違いない。

 真紘は気を緩めることなく、警戒し続ける。

 すると声は突然、後ろから降ってきた。

「おまえじゃ、俺が見つかるはずなくね?」

 後ろを振り向くと、小型ナイフを片手に持ちながら、不適な笑みを浮かべたシックススが目の前に居た。真紘は反射的に後ろへと後退し、シックススと距離を取る。

 するとシックススはまるで遊ぶように、再び消えてしまった。

 今度はどこに?

 真紘は再びシックススの捜索を開始する。だがそこに止まっていたセブンスの攻撃が開始され、真紘の思考を散漫させようとしてくる。

 真紘はセブンスの攻撃を躱しながら、いつ出てくるかわからないシックススに意識を飛ばす。

 そして真紘は決意した。

 次にあの者が姿を現したとき、決着をつける。

 真紘はセブンスの攻撃を受け流しながら、イザナミへとゲッシュ因子を注ぐ。ゲッシュ因子を注がれたイザナミは紅く染まり、準備の完了を告げてくる。

 セブンスの攻撃を斬り払いながら、来る瞬間を待ち受ける。

 そしてその時はやってきた。

 さきほどと同じように、すぐ背後からシックススの気配はやってきた。

 だが今度は振り向くことはしない。する必要がない。

「…Muerete(死ね)」

 そう呟かれた真紘は、後ろを振り返らぬまま技を発動した。

 大神刀技 志那(しな)都比(つひ)()

 技を発動した瞬間、イザナミは巨大な風の刃を纏う。それは刃先からも、柄の先からも伸び、一直線上に立っていた、セブンスとシックススの胴を貫いた。

「なっ」

 短い呻き声が後ろにいるシックススから漏れる。

そして二人のトゥレイターを貫いたまま、まだまだ巨大化する風の刃は前後ろの壁を貫いた。外へと押し出された数字付きは無抵抗のまま、下へと落下した。

 真紘が偶然を装って、二人を一直線上に並べたのは姿を消すことの出来るシックススに対処するためだ。

 このシックススという男が姿を消している間は、どんな物理的攻撃も効かないだろう。そのため、姿を現すのを待つ必要があった。

 しかもシックススは、敵を攻撃するときに自分も姿を現さなければならないのだろう。その証拠に、真紘を攻撃するときはいつも死角を狙い、姿を現す。

 消えながら攻撃を出来るのであれば、消えたまま攻撃してくるはずだ。だがそれはしてこなかった。その事実が真紘の考えを裏付ける、何よりもの証拠だ。

 真紘は技の発動を止め、イザナミを基礎形態に戻すと

「身を殺して仁となす」

 そう呟き、脇目も振らずに上へと足を進めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ