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その影は4

慶吾からの情報によると、真紘は鍵が取られたことに気づいているらしいが、まだ事務処理的な事は行ってないらしい。

 とはいえ、真紘が事態をこのままにしておくはずがない。

 きっと自分たちを探し出すために動くはずだ。

 早めに決着をつけなければ……

 真紘にはしたない姿の自分を見られる前に。希沙樹は口を強く結び、固い決意を胸に走る。向かう場所は勿論、真紘の部屋。

「條逢先輩、真紘がここに来る確率は高いと言っていましたよね?」

『そうだね。高いよ。部屋の鍵を盗むってことは……暗にこの部屋に入りますって言ってるようなものだからね。でも安心していいよ。輝崎君はまだ当分部屋には来ない。いや来れないから』

「と、言いますと?」

『丁度、輝崎君が君たちから鍵を奪われたあと、保健室に立ち寄ってくれたからね。そこの部屋から出られない様に、一部のシステムにエラーを生じさせて幾つかの部屋の鍵をロックさせて貰ったんだ。勿論、ロックは一定の時間が過ぎれば、解除される。情報操作士が少し介入すれば分かることだから、下手な騒ぎにもならないよ』

「それが聞けて、安心しました」

「あはっ。騒ぎになったりしたら、真紘君が壁を破壊してまで脱出してきそうだからね」

「きっと、マヒロなら私たちが何か起こしたって勘付きそうだもんね」

「むしろ、真紘君じゃなくても気づくでしょ? あっ、でもセツナちゃんじゃ気づかないかな? あはっ、間抜けだもんね」

「……確かに、私だったら気づかないっていう事もなくもないかも」

 季凛の言葉に走りながらしょげるセツナ。そんなセツナを見て季凛が口許に意地悪い笑みを浮かべている。

 そんな二人を見ながら、希沙樹は溜息を吐いた。

 まったく、呑気なんだから。

 けれど、自分たちのバッグには慶吾がついている。つまり、何か自分たちの障壁になりそうな、物があればサポートをしてくれるはずだ。あとは真紘の部屋にさえ侵入できれば後は、自分たちが探している物を見つけて、部屋を出れば良い。

 真紘の部屋へと走りながら、希沙樹はそう思っていたのだが……現実はそんなに甘くはなかった。

 まず先ほど入手した鍵で、難なく真紘の部屋へと入ったのはいいが……

「一体、どこに隠してあるんだろう?」

「蜂須賀さん、貴女、自分だったらどこに隠す?」

「あはっ。何で季凛に訊くんだし?」

「性格の曲がった貴女なら、人を陥れる所を思いつきそうだと思って」

「あはっ。大丈夫。希沙樹ちゃんでも考えられると思うから」

「二人とも、こんな所で醜い争いしないで。ねっ? ジョウホウ先輩……私たちの目当ての物がどこにあるか、分かりますか?」

『勿論。けど、その前に強敵が出現、みたいだよ?』

「強敵?」

 慶吾の言葉に希沙樹たちが顔を顰めさせる。ここでの強敵とは一体、誰の事を指しているのだろう? まさか、もう真紘がここにやって来たとでも言うのか? 希沙樹たちの表情に緊張が走る。

 すると、自分たちの背後に誰かの気配を感じた。

 思わず言葉を発してしまいそうになるのを必死に抑え、背後へと振り返る。

「皆さん、無事にこの部屋の鍵を入手されたようで、良かったです」

 そこに立っていたのは、黒い色の短いタイトスカートに、臍出しスタイルの黒のトップス、長めの黒い手袋。

 正直、自分たちが来ているレオタードよりも、かっこいい女怪盗らしさが出ている。

 服装の差にかなり不服がある。けれどその気持ちを抑えて、希沙樹は雪乃へと一歩を踏み出した。

「貴女はここに何をしに来たのかしら?」

「勿論、皆さんの作業を邪魔しに来ました。簡単に見つけられては、詰まらないですし。怪盗なら、誰かに見つけられるスリルを味わうのも醍醐味です。私はそれの時間稼ぎ役です」

「あはっ。つまり要約すると真紘君がここに来るまでの時間稼ぎを、元凶がすると?」

「はい、おっしゃる通りです」

 悪びれる様子もなく、笑顔を浮かべる雪乃に希沙樹が憎々しげに睨む。

「もし貴女がその気なら……私たちだって容赦しないわ。セット・アップ」

「五月女さん、そんなに構えないで下さい。むしろ、戦う前に輝崎君がいつも使用している部屋を堪能したらどうなんですか?」

 突撃槍を手に構えた希沙樹に動じることなく、雪乃が居間から寝室の方へと行き、部屋を見渡してきた。そして徐にベッドの側に行き、そのベッドに腰を降ろしシーツを指でなぞるるように撫でてきた。

「ふふ、このベッドで輝崎君はどんなふうに眠っているんでしょうね?」

 どこか幼さを残した顔で、雪乃が艶っぽい笑みを浮かべてくる。その瞳はどんな想像をしているのか恍惚な色を宿している。

「何でだろう? ただベッドに座ってるだけなのに、妙にセクシーな気が……」

「あんな厭らしい手つきで、真紘のベッドに触るなんて看過できないわ」

「あはっ。二人とも完全に動揺しすぎでしょ?」

 希沙樹の横にいた季凛がそう言いながら、素知らぬ顔で雪乃を退けて、真紘のベッドに座りこむ。

「キリン、彼女の戦法に乗ったらダメ! 早く私たちの目的を達成しないと」

「ヘルツベルトさんの言う通りよ。真紘のベッドに腰を降ろしてる前に、自分の探し物をみつけなさい」

「はい、はい。でもほんの数十秒くらいじゃ、状況は一転しないでしょ? あはっ」

「そう。じゃあ探させて貰うわ。せいぜい怠け者のキリギリスみたいにならないようにね」

 口では冷静な言葉を吐いたものの、真紘が使っているベッドは気になる。

 いや、でも真紘が使っていると思うと妙に緊張してしまうから、自分は座らない方が良い。そうだ。真紘が使っているベッドなんて……

 一瞬、無防備に寝ているであろう真紘の姿を想像して、一気に気恥しくなって堪らなくなる。

 駄目よ。こんな頓馬な想像をしたら、真紘と顔が合わせられなくなってしまう。

 けれど、そんな希沙樹を刺激するように、雪乃が再び爆弾を放ってくる。

「正義君は、あまり部屋の浴室は使わず……大浴場に御友人といかれているみたいですが、輝崎君は、時間的な関係でよく部屋のシャワーを使っているようですよ?」

 ……シャワーを浴びる真紘。

 耳を貸してはいけないと思いつつ、ついつい雪乃の姑息な言葉に反応してしまう。そんな自分が憎らしい。

 けれど、救いなのは自分以外にもその言葉に反応している者がいるということだ。

 近くでどこを探そうか迷っていたセツナが、何か閃いたような顔をしている。

「もしかして、キサラギさん……私たちにヒントを与えようとしてるの?」

「さぁ。どうでしょう?」

 雪乃が微笑みながら空返事している。

 すると、セツナが顔をきりっと引き締め、浴室へと突進して行く。

「あの、むっつりスケベ……!」

 絶対に、真紘の使っている浴室に行きたいだけだ。

「ちょっと、ヘルツベルトさん! 貴女、真紘が使ってる浴室に行きたいなんていう変態な発想は捨てなさいっ!」

 急いで部屋についている浴室の扉を開くと、そこには先に行ったはずのセツナの姿がない。

「えっ……?」

「キサキ、浴室なんかに入ってどうしたの?」

 目を剥いた希沙樹の背後からセツナが首を傾げながら、やってくる。

「貴女、真紘が使ってる浴室に行ったんじゃ……」

「えっ? まさか! 私が探してたのは脱衣所の方だよ。ほら、その……私の探し物は下着だから……もしかしたら、下着に(ゆかり)がある所かな? と思って……でも、どうしてキサキは、浴室に来たの?」

「えっ、えっ、それはっ……」

 自分が愚か過ぎて、希沙樹はセツナに返す言葉がみつからない。そのまま希沙樹が俯いたまま、口を閉ざしている。

 すると、黙っている希沙樹に何かフォローを入れようとセツナが口を開く。

「キサキ、そんな気を落とさないで。大丈夫。この事は私たちの秘密ってことにしようっ!」

「……ええ、そうね。助かるわ。ありがとう」

 失態を晒してしまった今の自分は、これくらいしか言えない。

 恋に盲目とは、時にこんな小さな悲劇を生むことを希沙樹は身に沁みて感じた。これではセツナのことだけをスケベなんて呼べない。

「はぁ……私って駄目ね」

 気を取り直して、やや暴走しかけた意識を戻し……探し物を探し始める。

 だが、いくら怪しそうな場所を探しても希沙樹たちの探し物は出て来ない。

「あはっ。本当に何なの? 全然、目当ての物が見つからないんですけど?」

 部屋の方を中心に探していた季凛が、目を細めて溜息を吐いている。

「この分だと、私が邪魔をせずとも時間はどんどん過ぎて行きそうですね」

 先ほどのベッドには、楽しそうな笑みを浮かべる雪乃が希沙樹たちを見ている。

 意地が何でも自分たちの探し物を探し出して見せる。あんな余裕そうな笑みを浮かべている彼女に負けるわけにはいかない。

 どこかに見落としがあるはずよ。絶対に……

『もうそろそろ、システムエラーが解消されて普通に作動する時間だけど……君たちが探してる物の場所を教えようか?』

 慶吾からの甘い誘惑が希沙樹たちの耳に囁かれる。

 普通に考えれば、目の前にぶら下げられた褒美を手にすれば良い。

 しかし、ここで慶吾に見つけて貰っては、雪乃に勝利したとはいえない。

 自分の恥ずかしい写真を真紘に見られたくはない。大口を開けて、エクレアを食べてる自分の姿なんて衝撃的すぎる。

 でも、しかし、しかしだ。ここまで頑張ったのなら最後までやり切りたい。

「條逢先輩からの、その言葉……凄く、凄く魅力的です。ですが私たちにもプライドがあります。だから自分の手で見つけ出したい」

 希沙樹の言葉に、季凛とセツナが頷いてくる。

 このとき、初めて三人の気持ちが一つになったような気がした。

『いいね。こういう熱い感じ嫌いじゃないよ。じゃあヒントだけあげようかな。さっきのヘルツベルトさんの考えは良いんじゃないかな?』

「つまり、縁のある所に私たちの代物があるということですね?」

『そういうこと』

 顔は見えないのに、慶吾が通信越しに笑っているのが分かった。

 もしかしたら、この人なりに私たちにエールを送ってるのかしら? ……まさか。

 そんな事を思いながら、希沙樹がセツナと季凛の方を見た。

「考えるのよっ! そして確実に取り戻しましょう!」

 希沙樹が号令を掛け、他の二人が頷き俊敏な動きで、自分たちの目当ての代物がありそうな場所へと向かう。

 もうそこに浅ましい気持ちなどない。

 やや言い過ぎかもしれないが、気持ちは格好に見合った女怪盗そのもの。

 だからこそ、狙った物は絶対に手に入れて見せる。

 希沙樹が目星をつけたのは、部屋の棚にある写真立て。けれどそこには自分のお目当てのものはなかった。

 雪乃(敵)はきっと、自分の写真を真紘が絶対に目にする場所に置いとくはず……

 そして私の写真に縁があるとすれば、それは食! 冷蔵庫!

「ここだわっ!」

 希沙樹が部屋に備え付けの冷蔵庫の扉を勢いよく開ける。

 すると目の前に、自分が大口を開けてエクレアを食べようとしている写真があった。しかも最悪なタイミングを狙われたのか、目が半目になっている。

 自分自身でも絶句してしまいそうになるほどの、最低な絵面の写真だ。

 まさか、こんな悪趣味な写真を真紘に見せようとしてたなんて……許すまじき行為だわっ。

 自分の衝撃的すぎる写真を手に取りながら、希沙樹が雪乃に対する怒りを再燃させる。するとそのとき、セツナの「嘘、そんなぁ……」と恥ずかしさ混じりの声が聴こえてきた。きっと性悪な雪乃のことだ。飛んでも無い所に隠していたのだろう。

 希沙樹がキッチンスペースから居間の方へと戻ると、そこには叫び声を上げたセツナや季凛の姿はない。セツナの探し物は、穴の空いたパンツ。そしてそれは脱衣所にはなかった。つまりは……はっとして、希沙樹が寝室の方へと向かう。

 するとそこには、既に雪乃の姿はなく、涙目のセツナが寝室のクローゼットの中にある収納ケースを開けていた。そしてその中には、真紘の肌着と見られるものが入っている。

 セツナが自分のパンツと写真を持ちながら、気恥しさで悶絶している。

 きっと真紘の肌着の中に自分のパンツと写真が入っていたのだろう。

 エグいことをするものだ。

 もしかしたら、自分はまだマシなんじゃないか?

「ヘルツベルトさん、悶絶してる場合じゃないわ。さっ、収納ケースを元に戻して、部屋を出るのよ」

「う、うん。でも、でも……まさか、まさか、あんな所に入ってるなんてぇ……」

「如月雪乃のやり口には痛み入るわ。でも、そんな嫌がらせに屈してはいけないの。ほら、涙を拭くのよ」

「うぅ、キサキ……ダンケェ(ありがとぉ)エ(お)」

 泣きべそのセツナが希沙樹に抱きついてきた。

「まったく、貴方にもほとほと手が掛かるわね」

 溜息を吐きながらも、希沙樹はセツナに苦笑を浮かべる。手の掛かる妹とは、まさにこんな感じなんだろうか? だから、真紘もセツナを何かと面倒みてしまうのだろうか?

 元々、真紘は妹思いの兄だ。

 あり得なくはない。

 はっ。これはいけないわ。このヘルツベルトさんの空気に当てられては駄目。彼女はライバル。恋敵。真紘がこの空気に当てられて、万が一の感情を抱いてしまったら、それこそ一巻の終わりだ。

 緩まりそうになっていた自分の気持ちを引き締め直し、希沙樹が居間の方へと戻る。

 すると入口の横の壁のボードを見ながら、季凛が顔を引き攣らせていた。

「どうしたの、キリン?」

 涙を拭いながら、セツナが季凛に訊ねる。

 すると季凛が顔をこちらに向けて、

「あはっ。これ……かなりの悪意を感じる」

 季凛の言葉の意図が掴めず、希沙樹とセツナが顔を見合う。そして季凛の元へと行くと、そこには壁にボードが吊るされていた。正義と真紘で一日の目標を書いたり、貼ったりしているらしく……実技の練習メニューが書かれた紙が貼られている。そして、その枠の中に重要という項目があり、そこにしれっと季凛の体脂肪率が書かれた診断書が貼られていたのだ。

「なにこれ? あはっ。つまり、マストで体脂肪率を下げろって言ってんの? ……如月の奴、ぶっ殺してやる」

 ニコニコと笑う季凛の表情には、本物の怒りが宿っていた。

 けれどその怒りをぶつける相手は、もう忽然と姿を晦ませている。彼女との本当の戦いは後日になりそうだ。

「敵に噴怒してる場合じゃないわ。目当ての物は取り返せた。さっ、早く撤退よ」

「腹の虫はまったく治まってないけどね」

「まぁまぁ、キリンそう言わないで」

 怒りの収まらない季凛をセツナが宥めていると、その瞬間……

「貴様たち、この部屋で何をしているっ!?」

 部屋の扉が開き、正義と共に真紘が入って来た。

「あはっ。やばっ……」

「どうしよう?」

「慌てては駄目よ。ここで捕まったら私たちの苦労が水の泡になるもの」

 希沙樹が二人の一喝して、汎用型のHK69A1(グレネードランチャー)を復元する。

「同じ手は喰わない!」

 真紘がイザナミを復元して、肉薄してくる。自分たちへと突貫してくる真紘に希沙樹が口許に微笑を浮かべた。怪盗らしく。優雅に。

 真紘、これは貴女に向けるものじゃないわ。

 心の中で真紘にそう語り掛け、希沙樹が銃口を部屋の窓へと向け、躊躇うことなく引金を引く。

 部屋の窓を割り、そこから逃げ出すのだ。

 その瞬間、真紘がイザナミに因子を練り上げるがその練り上げる速度が通常よりも遅い。

『ここで捕まったら、可哀想だからね』

 耳元にそんな慶吾の言葉が聴こえてきた。真紘のイザナミの因子経路にジャミングを掛けているらしい。

 窓枠に立った希沙樹が、因子を練る真紘に微笑み、季凛が投げキス、セツナが手を振って、そのまま外へと立ち去る。

 今の自分たちは女怪盗。たとえ愛する真紘にも捕まるわけには行かないのだ。

 

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