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その影は3

 学校の授業が終わり、セツナはいち早く席を立ち上がった。今日もクラスでは体育祭に向けた種目決めが行われる予定だ。

 しかし、セツナ自信はもう出る種目は決まっている。

「マルガ、アクレシア、悪いんだけど……私は今日の話合いパスするね」

「セツナが珍しい」

「本当。いつもはこういう話合いは欠かさないのに」

「うん、ちょっとね……」

 セツナが幼馴染である二人に苦笑を零して、教室を後にした。向かうは女子更衣室。そこで、例の衣装に着替えるのだ。

 セツナが着るレオタードの色は、オレンジ。腰には校章つきのスカーレット色の腰布を巻き、イタリアのマスカレイドを思わせる仮面をつける。勿論、豊が見たアニメにちなんで仮面はどこか猫仕様だ。頭には少し茶黒い色のウィッグを付けて、目立つ金髪を隠す。

 更衣室の鏡に映った自分の姿を見て、セツナは思わず顔を赤らめる。

 本当にこの格好って、身体のラインがくっきりしてる……変じゃないかな?

 別に胸がないわけではないが、季凛や希沙樹と比べると少し小ぶりなように感じて、やや胸元を気にしてしまう。

 それに……今から道場に来るはずの真紘を奇襲しに行くのだ。奇襲するにあたって、自分たちをサポートするのは、慶吾の役目だ。

 サポート役としてはこの上ない人物だろう。

 よしっ、マヒロとのハワイ旅行のために頑張らないと!!

 鏡の前で自分を叱咤して、セツナは女子更衣室を出て、季凛と希沙樹と待ち合わせの場所へと向かった。

 すると、すでに底には色違いのレオタードの姿に仮面を付けた二人の姿があった。セツナの姿を確認すると、二人が頷いてきた。

 この姿の暗黙のルールとして、言葉を発しないというルールだ。

 希沙樹たちも普段はしない髪型にチェンジしている。季凛は、黒いウィッグに二つ縛り。希沙樹はミディアムボブくらいの長さの金色のウィッグだ。

 二人とも驚くくらい馴染んでいて、自分だけ浮いていないか心配になるほどだ。

 しかし、それを確認する間もなく三人は道場へと向かう真紘の元へと向かった。

 真紘の位置とタイミングは、慶吾が教えてくれる。

『三人とも、その地点に居てね。一分後に輝崎君が通るから。でもここで輝崎君から部屋の鍵を奪えるチャンスがある時間は二分半だから。その時間になっても獲れなかったら諦めること』

『どうして、二分半なんですか?』

 セツナが周りを気にしながら、小声で訊ねる。けれど、慶吾からは『まぁ、それはその時になれば分かるよ』という返事しか貰えなかった。

 真紘から二分半の間に鍵を奪う……。なんとも、困難だ。

 けれど、慶吾が二分半というのだから、それに従った方が良いということは分かる。

 上手く、マヒロの気を引ける方法ないかなぁ?

 そう思いながら、暫く真紘の気を引けそうなものを考える。けれど一向に良案は浮かんでこない。どうしよう……このままじゃ、真紘が来ちゃう。

 内心で動揺しながらも、時間は過ぎ、そして少し先の地点に一人でこっちにやってくる真紘がやってきた。

 あっ、マヒロ!!

 やはり、慶吾の情報は凄い。一秒の狂いも無く真紘が指定された所にやってきたのだ。

 自分と同じ様に、近くに潜んでいた希沙樹や季凛に目配せし、汎用型のBRVを復元した。セツナと季凛が手にしている汎用型のBRVは、グレネードランチャーであるHK69A1。希沙樹は、投擲用ナイフ六本。

 そして、それを手にしたまま、三人が一斉に真紘の前へと姿を現す。

「誰だっ!?」

 真紘が誰何の声を上げ、目つきを鋭くさせる。けれど三人は真紘の行き手を塞ぐように横に並び、黙ったまま真紘を凝視している。

 といっても、セツナは真剣な表情の真紘に緊張している半面、見惚れているだけだ。するとそんなセツナに気づいたように、希沙樹が咳払いをして、セツナの腕を地味につねくってきた。

(アウ)ッ(ッ)!!」

 思わず、言葉が漏れる。すると真紘の眉が訝しげに動く。

 いけないっ!

 咄嗟にそう思ったセツナがHK69A1(グレーネドランチャー)から、煙幕と催涙ガスを噴射する砲弾を放つ。因子は、真紘に正体が見破られる可能性もあるため使わない。煙幕が周りに霧散しない内に、季凛が真紘の動きを封じるための網を放つ。

 勿論、その網も簡単には切れないように特殊ゴムだが……真紘がその気になればすぐに切られてしまうだろう。

 だから、真紘が驚いているその一瞬が、三人にとってのチャンスなのだ。

 投擲ナイフを持った希沙樹がガスマスクをつけて、煙幕の中へと走る。

 催涙ガスとゴム製の網に捕らわれ、やや動きが封じられていた真紘に希沙樹がナイフを投擲する。

 しかし投擲されたナイフを真紘が、復元したイザナミで弾き往なすが……希沙樹の狙いは真紘にナイフを当てることではない。真紘の意識をほんの一瞬自分から逸らすことだ。

 狙いはブレザーの内胸ポケットに入っている部屋の鍵。

 それを抜き取ること。

 真紘が投擲されたナイフをイザナミで弾き返している一瞬をついて、胸ポケットから部屋の鍵を抜き取る。あとはそのまま走り去るだけだ。

 だが、真紘もそのとき何かを抜き取られたという感覚はあったのだろう。

「待て!」

 と言いながら、走り去る希沙樹へと腕を伸ばす。

 けれどその瞬間、走り去る希沙樹の腕を掴もうとした真紘の手が奇しくも、レオタード姿の希沙樹の胸を掴んでしまう。

「「っ!!」」

 真紘は、掴んでしまった物の感触に驚き、希沙樹は気恥しさに身を震わせる。するとタイミング良くセツナの放った煙幕が辺りに霧散し、胸を掴まれた希沙樹と、胸を掴んでしまった真紘の姿が、セツナと季凛の視界に飛び込んでくる。

 思わず目を丸くするセツナと季凛。けれど動きが止まったのもほんの一瞬。米神に青筋を浮かべた季凛がHK69A1(グレネードランチャー)を構え、セツナが装填する砲弾を季凛に手渡す。

 無言の怒りが希沙樹たちへと飛んでくる。

『二分半経ったんだけど……あらら、可哀想に。とんだ二次被害だ』

「えっ、ちょっと、何なんだよっ!」

 希沙樹たちへと放った季凛とセツナの怒りの砲弾が、二分半後にやってくる予定だった狼へと命中する。

「黒樹っ!」

 砲弾に吹き飛ばされる狼へと真紘の意識が向かった瞬間。

『今だよ』

 慶吾の通信でセツナたちが猛ダッシュでその場を離れる。最後に走ってくる希沙樹だけ真紘の方を、名残り惜しそうに振り返っている。けれど真紘に追ってこられる前に、慶吾が示したルートでセツナたちは、女子更衣室へと逃げ戻った。

 女子更衣室へと戻ったセツナは、被っていたウィッグと仮面を取り、希沙樹へと両頬を膨らませていた。

「あはっ、誰があそこでラッキースケベさせろって言った?」

 セツナと同じように仮面等を外した季凛も胸元で両手を組んで、希沙樹に詰め寄っている。

「まぁ、ああいう偶然も時たまあるわよ。真紘を責めないで」

「真紘君を責めてねぇ―よ! どちらかといえばおまえを責めてんだよ!」

 半ギレの季凛は、表情では笑みを見せているものの口調は荒い。けれど希沙樹がそんな季凛に対して恐れるはずもない。

「まぁ、普段の行いが良い人は、それだけ神様も見てると言う事よ。残念ね」

「あはっ、それ希沙樹ちゃんの妄想じゃない?」

「そうそう! キサキだけズルイ!」

 季凛に続いて文句を言うセツナ。

 けれど何故か、自分が言葉を発した瞬間、季凛と希沙樹が口を閉ざし、自分のことを凝視してきた。

 えっ、えっ、私……変なこと言っちゃったかな?

 セツナが慌てて二人の顔を見ていると、季凛がセツナの肩を叩いてきた。

「あはっ。いや、ズルいとかの問題じゃ……なくない?」

「もしかして、ヘルツベルトさん、貴女……真紘に自分の胸を触って欲しいとか思ってるの?」

「季凛も前々から思ってたんだけど、セツナちゃんって結構むっつりスケベだよね? あはっ」

「実は私も薄々……」

「ち、違うの! 別にそういうんじゃなくて。ズルいっていうのは……」

 しどろもどろになりながら、必死に季凛と希沙樹の言葉を否定する。けれど、実際、自分でも否定しきれない所があるのも事実だ。

 自分だって、フィデリオや真紘とそういう事を少しでも考えなかったといえば、嘘になる。

 いやでも、待って。私。ここで二人の男性の名前が出て来てしまうのは駄目だ。それでは、本当に自分がいやらしい子ではないか。

 でも、でも、考えてしまったのは事実で。でも、でも……!!

 突き刺さすような二人からの視線に、セツナは身を縮こませる。

「まぁ、いいわ。とりあえず、真紘の部屋の鍵は入手できたもの」

「あはっ。確かに。でもここから問題なのは、真紘君が取られた部屋の鍵に対して、どんな対処を取ってくるかだよね? むしろ、如月さんに鍵を取られたはずの正義君は、何も言ってなかったわけ?」

 すると、希沙樹が怪訝そうな表情で首を振ってきた。

「それが、これと言って正義は何も言ってなかったの」

「じゃあ、何? それはつまり……如月さんの言葉が端から嘘だったってこと?」

「えっ、そんなぁっ……」

 考えられる憶測に、セツナは季凛と希沙樹の顔を見ながら眉尻を下げる。

 もし、昨日の雪乃の言葉が嘘だったとしたら、自分たちは真紘を巻き混んで、ただの取り越し苦労していたことになる。

 こんな恥ずかしい格好までしたのにっ!

 自分たちの格好を一瞥しながら、重い空気を流したまま沈黙する。

 すると、そんな自分たちにサポートをしている慶吾の笑い声が聴こえてきた。

「條逢先輩……何故、そんなに笑っているんですか?」

 そう訊ねる希沙樹の言葉は、冷たい。

 セツナの胸の内にも、嫌な懸念が沸き起こる。もし、今ここで自分たちの意見を肯定されたら、自分たちは本当に、ただの恥ずかしい格好をした女子だ。

『はは。君たちがあまりにも分かりやすく動揺してるからね。笑いを堪え切れなくなったんだ。でも安心していいよ。如月雪乃が言っていることは、半分は本当だから』

「「「半分……?」」」

 慶吾の言葉に三人が眉を潜ませる。

 一体、どこが本当で、どこが嘘なのか?

『彼女が、輝崎君の部屋に君たちの大切な物を隠したっていうのは本当だよ。けど、鍵を持っているのが、自分と輝崎君だけっていうのは嘘だよ。鍵を持ってるのは、更科(さらしな)君の鍵から合い鍵を作った如月さんと、部屋の使用者である更科君と輝崎君の二名だからね』

「あはっ。つまり、難易度の高い真紘君から奪わずとも良かったってこと?」

『いや、それはどうかな? むしろ、更科君から鍵を奪う方が難しかったと思うよ? 更科君は基本的に、瑞浪や陽向君と一緒に行動してる事が多いからね。輝崎君の方が一人でいる確率が高いんだよ』

「言われてみれば、そうかも……」

「観察力の鋭い棗に、私たちの変装がバレる恐れもあるわけだしね」

「あはっ、確かに。真紘君って、身なりに対しての観察力は低そうだもんね」

 真紘に珍奇襲を仕掛けたのは、結果的に自分たちの首を繋ぐことになったという事だ。そのため、三人が俄かに胸を撫で下ろす。

「一先ず、最悪な事態は免れたことは良しとして……ここからが私たちの本題よ? 早く真紘が何かしらの動きを見せる前に、速やかに事を終えなければ」

「それこそ、完璧にね」

「うん、そうだね。絶対にやり切らなくちゃ!!」

 自分たちの胸に潜めた秘密を、意中の相手に知られるわけにはいかない。

 どの女子にも好きな相手には言えない、死守すべき大事なことがあるのだから。

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