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その影は2

 大浴場に入ると、そこには其々の友人と話しながら、湯に浸かる季凛の姿を希沙樹は目にした。

「やっぱ、この時間だと大浴場は混んでるね」

 希沙樹にそう言ったのは、ルームメイトである遠間(とおま)悠里(ゆうり)だ。

 大浴場は一軍、二軍で共同であるため、こういう機会も間々あるのだが……

「はぁ、あの蜂須賀季凛と会うだけで、血圧が上がるような気分になるのは何故かしら?」

「うーん、それは二人が犬猿の仲だからだと思うよ? 多分、向こうも同じこと思っているだろうし」

 悠里がやや呆れた表情で、希沙樹の呟きに答える。

「そうね。私と彼女が手と手を取り合う時なんて、ないでしょうに」

「まぁ、それはそれでレアな光景だとは思うけどね」

「考えただけで、おぞましいわ」

 希沙樹がそう言って、洗い場で身体を洗い始める。するとそこへ……

「あっ、キサキ!! キサキもこの時間にお風呂? 隣、良い?」

 一見無害そうな笑みを浮かべながら、声を掛けてきたのはセツナだ。

「ええ、どうぞ」

 希沙樹はセツナにそう言いながら、小さく溜息を吐いた。

 確実に真紘に好意を向けているのは、分かってる。けれど、本人がそれを明確に示したわけでもない。だから限りなく黒に近いグレーゾーン……という認識を希沙樹はセツナに対して持っている。

 そして、恋敵としては一番強敵に成り得る人材だ。誰にでも分け隔てなく接し、明るく、少々ドジ。これが計算高く作り込まれた偽造だったら、まだ良かった。けれどセツナの場合、天然でこの性格なのだ。

 安易に考えては駄目。

 彼女も真紘を付け狙うミーハーな一派だと思わなければ。

 たとえドイツに、女子からモテる幼馴染がいたとしても。むしろ希沙樹からすると、フィデリオなんかより、真紘の方が100万倍、魅力的だ。

 セツナがフィデリオにも好意を抱いていたとしても、いつ真紘一本にしてくるかも分からない。

「ここは慎重になるべきね……」

 希沙樹はシャワーを浴びながら、自分にそう言い聞かせた。

 そして、その後ゆっくりと湯船へと身体を浸す。

 足先から心地良い温かさが広がって、エクレアを食べている時とはまた違う、至福の時だ。

 ここにこの女がいなければ……

 希沙樹は浴槽の縁に座りながら、一人の女子生徒と話す季凛を見る。すると丁度、向こうも希沙樹の方を見ていたらしく、不運なことに目が合ってしまった。

「あはっ、希沙樹ちゃん、季凛に何か用?」

「いいえ。別に……たまたま私の視界に貴女が入って来ただけよ。貴女こそ、何か御用?」

「季凛の視界にもたまたま、希沙樹ちゃんが入っただけ~~」

「あら、そう。偶然ほど怖いものはないわね」

「本当に~」

 微笑む二人の間に、冷たい空気が流れる。その空気を感じ取った悠里と薫子はしばし、身体を震わせていた。

 けれど、そこへ再びセツナがマルガたちと共にやってきた。マルガとアクレシアはいち早く、希沙樹と季凛の間に流れる、張り詰めた空気を感知しているが、セツナはまったく気づいていない。

「あっ、キリンもいたんだ。なんか、キサキとキリンが一緒にお風呂に入ってるのって新鮮だよね」

「ヘルツベルトさん、勘違いしないで。私は蜂須賀さんと一緒に入ってるんじゃなくて、たまたま同じ場所に居合わせただけなの」

「そうそう。ここって共同浴場だし。こういうハプニングもあるって」

「えっ、ハプニングなの?」

「うん、大事件」

 季凛の言葉に、やや困惑するセツナ。そんな二人の姿を見ながら、希沙樹は小さく溜息を吐いた。

 するとそこへ……

「すみません。三人方の会話に私も入らせて頂いても宜しいでしょうか?」

 そう言いながら、一軍に転入生である如月雪乃がやってきた。最初は、二年にいる如月先輩の縁者かと思ったが、別にそういう訳でもないらしい。

 それにしても、何故いきなり彼女がこの会話に入りたいなどと言い始めたのだろう?

「もしかして、貴女も真紘の事を?」

 希沙樹がやや訝しげに訊ねると、雪乃はにっこりと何か含みのある笑みを浮かべるだけだ。

 グレー……と見た方が良いだろうが、どうも自分へと笑みを浮かべる雪乃が、自分たちと同様な気持ちを持っているとは思えない。

 何故かしら?

 雪乃の気持ちを断定することが出来ない事に齟齬を感じてしまう。きっと、自分の斜め前にいる季凛も同じことを考えたのだろう。季凛も雪乃を見て眉を潜めさせている。鈍感なセツナは、希沙樹たちの表情に首を傾げているだけで、雪乃に対する疑問はないらしい。

「これから、言うことは私の持論ですが……好きな人にはありのままの自分を見てもらう事も大切だと思いますよ? 皆さんは、輝崎君に御自身のありのままを見せていますか?」

「勿論よ。私はありのままの私で真紘と向き合ってる」

「私も、そうかな? 可愛く見られたいなぁとかは思うけど、結局私は私だから」

「あはっ。今の季凛ちゃんが真紘君に隠すことないしね」

 雪乃の質問に、得意気な表情で三人が答える。すると雪乃が口許に手を当てながら、愉快そうに笑ってきた。

「さっきの答えの中に、笑える所があったかしら?」

「いえ、皆さんがあまりにもはっきり明言するので……つい。では、皆さん、真紘君に隠している事はないということですね」

 希沙樹も含め、三人が当然という顔で頷く。

「では、輝崎君は知ってるんですね? 五月女さんが学校近くのカフェで至福の時を過ごしている事。蜂須賀さんの体脂肪率、ヘルツベルトさんの下着事情」

 ニコニコと笑う雪乃の言葉に、三人の身体が固まった。

「何故、貴女がそれを……?」

「あはっ。どこでそんな碌でもない情報を掴んだんだし? むしろ、セツナちゃんの下着事情ってなに?」

「えっ! それは……恥ずかしくて言えないよっ! でも、本当にどうしてキサラギさんがその事知ってるの?」

「こう見えて、情報を掴むのは早いんです」

「いくらなんでも、早すぎるんじゃ……」

 赤面顔のセツナが両頬に手を当てて、雪乃を見る。すると雪乃がお淑やかな笑みを浮かべてきた。そして希沙樹にとってその笑みは悪魔の笑みだ。

「皆さん、そんなに顔を青ざめさせないで下さい。だって大口を開けてエクレアを食べる姿も、やや高めの体脂肪率も、草臥れた下着を穿いてるのも、ありのままの自分なんですから」

 疑いの余地なく、わざと公言した雪乃に三人はフリーズ。

 きっとお互いに知られたくない人に知られてしまったという、気恥しさに襲われたのだろう。

 勿論、それぞの秘密を口にした雪乃に、希沙樹と季凛が鬼の形相で睨む。

「如月さん、もしこの事を他の所で口にしたらどうなるか……わかってるわよね?」

「残念ですが、もう手遅れです。私はすでに輝崎君の部屋に皆さんの秘密を隠しておきました」

「隠したですって?」

 雪乃の言っていることが、わからずに希沙樹たちが目を点にする。

「はい、五月女さんは美味しそうにエクレアを頬張る素敵な写真を。蜂須賀さんのは診断結果を。そしてヘルツベルトさんのは、それを付けたヘルツベルトさんの下着写真と共に、実物を隠しておきました」

 雪乃の言葉に希沙樹たちは、絶句した。

 希沙樹たちのルームメイトたちは、それぞれの会話に夢中になってこの重要案件を聞いていない。

「真紘の部屋に飛んでも無い物を隠してくれたわね?」

「あはっ。本当に。どういうつもり?」

「キサラギさん、ひどいよ。私の写真と実物をマヒロの部屋に隠すなんて……」

 いつもは温厚なセツナでも、さすがに怒ったのか……希沙樹たちと共に笑顔を絶やさない雪乃を恨めしげに見ている。

「落ちついて下さい。私は今の所……すぐに目に着く場所に隠してはいません。つまり、五月女さんたちが、輝崎君に見られる前にそれらを奪還すれば良いのでは? ちなみに、真紘君の部屋の鍵を持っているのは、輝崎君と私だけです」

「ちょっと待って。どうして、真紘君の部屋の鍵を正義君じゃなくて、おまえが持ってんの? あはっ。マジ意味分かんない」

「ふふっ。それは私が彼から盗んでおいたので。そして私は皆さんに鍵を渡す気はさらさらありません。つまり、輝崎君の部屋に入るには、輝崎君から鍵を入手しなければならないということです」

 こんな笑顔で、人から部屋の鍵を奪ったという雪乃に希沙樹が顔を引き攣らせる。

「私たちも、ヤバい女に弱みを握られたものね」

「あはっ。本当に」

「マヒロの部屋の鍵、どうやって手に入れよう?」

 苦悶する三人を余所に、雪乃が湯船で立ちあがる。

「ちょっと、貴女、どこ行く気?」

「先に上がらせてもらいますね。私、こう見えて(からす)の行水なんです。それでは……」

 そう言って、雪乃が素知らぬ顔で湯船から出て悠々と脱衣所の方へと去って行ってしまった。

「ねぇ、さっきのキラサギさんの話……本当なのかな?」

「証拠はないけど、本当だと思うわ」

 セツナの言葉に希沙樹が答え、季凛も頷いてきた。

 自分たちをからかうには、随分と具体的な物を列挙してきた。それに、あの愉快そうに歪められた表情……あれは、絶対に何らかの行動を起こしている顔だ。

 つまり、自分たちは何としてでも真紘の部屋の鍵を入手しなければならない。

「問題は、やっぱりどうやって真紘の部屋の鍵を入手するかね……」

 真紘に直接部屋の鍵を貸して欲しいなんて言えるはずもない。常識から外れすぎている。といっても、真紘と一緒に部屋に行くわけにもいかない。

 やはり、ここは真紘から部屋の鍵を奪取するしかないだろう。

 とはいえ、真紘から鍵を奪うなんて骨が折れる事に間違いない。

 けれど、真紘に自分のあられも無い姿の写った写真など見られたくない。

「真紘君から、鍵を奪わずに済む方法……一つだけ思いついたかも」

「キリン、それ本当?」

 セツナが藁をも掴むような視線で季凛を見る。それは希沙樹も同じだ。真紘から奪わずとも部屋に入れる方法があるなら、そっちの方が良い。

 けれど、立案者である季凛の顔はまったく晴々としていない。むしろ口にはしたものの、まだ迷っている様子だ。

「蜂須賀さん……お願い。貴方の意見を聞かせて」

 季凛に頼み事なんてしたくはない。けれど今はそんなプライドなんて安いものだ。希沙樹の言葉に続いてセツナも「お願い」と言って顔の前で両手を合わせる。

 すると二人からお願いをされた季凛が、苦渋の決断を下すかのように息を吐き、口を開いた。



 まさか、こんな事で奴に援助を頼むなんて思わなかった。

 季凛は内心でそう思いながら、明蘭学園の一角にある技術室へと着ていた。ここではBRVのメンテナンスなどを行う部屋だ。

 そしてその技術室の部屋で、愉快そうな笑みを浮かべ待ち構えてる人物。

「條逢先輩、時間を取らせてしまい申し訳ありません」

 慶吾に対して季凛の隣にいた希沙樹が、礼儀正しくお辞儀をして部屋に入る。それを見て、セツナも慌ててお辞儀をしているが、季凛が慶吾に対してするはずもない。

 むしろ、慶吾からすれば今回の件は、愉快な珍事件ぐらいに思って楽しんでいるはずだ。

 慶吾の前には、大きいディスプレイがあり、その前に卓上のキーボード。部屋の右端にはBRVを置く装置などがある。けれど決して物で溢れてるわけではなく、どちらかといえばすっきりしているくらいだ。

「別に俺に頭を下げる必要なんてないよ。むしろ、俺としては有り難いかな」

 柔らかな笑みを浮かべ、慶吾が三人をゆっくりと見回した。

 まだ慶吾に対して、事件の詳細は話していない。話したのは自分たちの大切な物が取られ、どこかに隠されたということだけだ。

「あはっ。それで、先輩だったら全寮の部屋の鍵のロックを解除することなんて造作もないですよね?」

「勿論。明蘭の寮部屋の鍵は、全てコンピューターで管理してるからね。でも、それで一つ疑問なんだけど……学校のコンピューターに忍び込むくらいなら、近くにいる大酉や瑞浪(みずなみ)に頼んでも出来たはずだけど?」

 コイツ……わざと訊いてやがる。

 季凛は慶吾の腹の内を見透かして、思わず顔を顰めた。

 確かに、鳩子や棗くらいの情報操作士なら、学園の堅牢なシステムにも介入はできるだろう。

しかし、あの二人に頼んだ所で結果は見えている。

 鳩子は、きっと真紘の部屋に隠されていた物を見て、大笑いしてネタにするだろうし。棗にいたっては、真紘の部屋に侵入する自分たちを冷ややかな視線で見て来るに違いない。

 自分たちの周りには、こんな情報操作士しかいないのか? と嘆いたくらいだ。

 しかし性格重視で選択すれば、今度は能力面で劣ってしまう。

 これらを考えた上で、自分たちを大笑いや冷ややかな視線で見ず、能力も高い……ということで協力を仰いだのが條逢慶吾だった。

 ただ、慶吾に協力を仰ぐ面で一番の難点だったのが、素直に自分たちに協力してくれるか、だ。

 慶吾だったら、敢えて協力を拒否するということが大いにあり得る。

 自分たちを試すような慶吾を見ながら、季凛が答えた。

「じゃあ、もうぶっちゃけて言っちゃいますけど、條逢先輩に協力してもらわないと真紘君の部屋に入れないと思ったからです。鳩子ちゃんと棗君の性格には少し難点もありますし。あはっ、まぁ、先輩もですけどね」

 下手に隠しても無意味だ。

 ならこっちも腹を割って話すしかない。すると慶吾が満足そうな笑みを浮かべてきた。

「素直でよろしい。いいよ。協力してあげても……むしろ、部屋の中に隠されてる宝の在り処まで教えてあげてもいいけど?」

「えっ、本当ですか?」

 慶吾の言葉に、セツナが期待の籠った表情で訊ね返す。すると慶吾が頷いた。

「うん、いいよ。けどさ、もし、俺の手助けを借りずに君たちがこのミッションをクリアすれば……素敵な良い報酬を用意するよ?」

「素敵な報酬?」

「そっ。素敵な報酬。そうだなぁ……例えば輝崎君と同部屋になる権利を与えるとか。輝崎君とどこかに旅行に行く券でも良いかもね。彼は九卿家であまり旅行なんて行けないからね。きっと輝崎君も喜ぶんじゃないかな?」

 にっこりと微笑む慶吾を余所に、季凛たちは真紘と同室になった時のことや、真紘と二人きりで旅行に行く姿を想像する。

 誰にも邪魔されない二人だけの時間……。

 少し考えただけでも、季凛たちにとって大きなメリットであることに違いない。

「さて、どうする? 報酬なしで、自分たちの私物を取り返すか、報酬ありで自分たちの私物を取り戻すか、選択肢は二つに一つだよ?」

 慶吾の言葉に、三人が顔を見合わせる。

 三人の気持ちは疑いの余地なく一致していた。

「同じく自分の私物を取りに行くなら、報酬があった方が良いもんね。あはっ」

「楽な道を選ぶのは、人間を駄目にするわ」

「うん、私、マヒロと旅行に行きたい」

「ちなみに、その報酬って全員が貰えるわけじゃないよね?」

 季凛が希沙樹とセツナのことを一瞥してから、慶吾に目を細めさせる。すると慶吾が涼しい顔で肩を竦めさせてきた。

「そうだね。きっとどっちの報酬も二人きりっていうのが、君たちの絶対条件だろうからね。だから、今回の件で一番頑張ってた人に報酬を与えるってことにしようかな?」

「それをジャッチするのは?」

「ああ、それなら……」

「私が引き受けようっ!!」

 快活な足音と共に自分たちの前に現れたのは、明蘭学園の理事長である宇摩豊だ。いきなり現れた人物に季凛と希沙樹がげんなりとした表情を浮かべる。

 セツナだけは、驚きの表情だ。

「理事長! 私たちの話……聞いてたんですか?」

「あはっ。どうせ盗聴でしょ?」

「はぁ……生徒同士の話を盗聴する教育者がいていいのかしら?」

 自分たちの話を聞かれていた事に赤面するセツナと、常識はずれな行動をする豊に呆れ返る季凛と希沙樹。だが、当の本人は暑苦しい顔で笑っているだけだ。

「いいじゃないか。どうせ報酬は慶吾というより私からの進呈なんだからね。私が審査するのは当然だと思うんだけど? それに私はこの明蘭学園の理事長。生徒一人ひとりと真摯に向き合っている。つまり、君たち乙女の恋心なんてものもお見通しさ。ははっ」

「ははっ、って笑い事じぇねぇーよ!!」

 軽薄な笑いを零す豊に季凛からの鉄拳が炸裂する。もろに季凛からの左ストレートを受けた豊が「ouch(アウチ)」と言いながら、頭を壁に激突させている。

 その豊の姿に、希沙樹が満更でもない微笑を浮かべている。

 そして壁に頭を激突させた豊は手で、頭を抑えながらむくりと立ちあがる。

「はは。元気が良過ぎて困ったね。まぁ、ウチの生徒だから無理もないけどね。慶吾、冷やす物を持って来てくれ。はは。それで……本題に戻すとね。君たちがとあるコスチュームを着て、事態を成し遂げてくれたら、報酬をグレードアップするよ」

 豊がそんな甘い誘惑を季凛たちに囁いて来る。

「グレードアップの具体的な内容とその季凛たちに着せようとしてる、コスチュームを教えてよ。それによって判断したいんだけど?」

 豊が用意するコスチュームだ。絶対にヤバいに決まってる。けれど豊が提示してきた報酬のグレードアップも気になるのも確かだ。

 自分以外の二人も異論はないらしく、豊の返事を待っている。

「当然の意見だね。では、まず君たちに着て貰おうと思っているコスチュームがこれだ」

 豊が自身の端末を弄ると、部屋の壁の一部が開きそこから三つのコスチュームが現れた。

「ちょっと、待って。何よ、これ?」

「あはっ。意味分かんな―い。こういう所で自分の趣味を見せられても困る」

「えっと、これって……レオタードだよね?」

 ドン引きする三人を余所に、豊が満足そうに頷く。

「いやぁ、実は夕方頃に再放送されてるアニメに感化されてね。丁度三人で、しかも自分の物を取り戻すために、部屋に侵入する様なんてまさにじゃないか。これ以上、ぴったりな衣装はないよ。あっ、ちなみに腰布には明蘭の校章を刺繍しといたからね。ちょっと、オリジナル感を出して見たんだ」

「あはっ。いらねぇーよ。もっと普通の衣装があっただろうが」

「悪趣味……」

「さすがに、これを着るのは恥ずかしいなぁ」

「何を言ってるんだい? よくあり気な女怪盗の衣装なんて詰まらないじゃないか。古きを重んじることは良い事だ」

 レオタードの衣装をかなり押してくる豊を、三人が侮蔑の籠った視線で見る。すると三人と豊のやり取りを愉快そうに静観していた慶吾が口を開いた。

「まぁ、着るか着ないかはグレードアップされる報酬内容を聞いてからにすれば?」

 慶吾の言葉はもっともだ。

 そのため、季凛たちが再び豊へと視線を戻す。すると豊がニッコリと笑ってきた。

「報酬は、輝崎君とのハワイ旅行なんてどうだい? 輝崎君との夏の思い出に最適だと思うんだけどねぇ。きっと彼もハワイに行ったことないだろうし」

 豊の言葉に三人の思考が一気に常夏の楽園、ハワイへと飛ぶ。

 まさに今がシーズンのハワイのビーチに、水着姿の真紘と二人きり……。

「し、仕方ないわね……まぁ、二頭追うものは一頭も得ずというし、私はその、不承不承ではあるけれど、レオタード着るわ」

「私もっ! 恥ずかしいけど、一生に一度の体験だと思って」

 先に自分の決意を口にしてきた二人が、季凛へと視線を向けてきた。

 貴女はどうするの? という様な視線だ。

 そんな二人の視線を真っ向から受けた季凛が口を開く。

「そんなの……やるに決まってんじゃん」

 真紘とのハワイ旅行が掛かっているなら、やるしかない。そしてこんな恥ずかしい格好をしなければならないのなら、必ず他の二人よりも目立ってMVPを取る。

 季凛は静かに情熱の炎を心に燃え滾らせた。

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