隠し撮りバスターズ4
するとハンナが面喰らったような表情で、疑問符を浮かべてきた。
「確かに盗撮っぽい感じにはなってるけど、ちゃんと最初に黒樹君たちには、『写真部に貢献お願いね』って人声かけてるんだから」
「じゃあ、どうして盗撮っぽい写真が多いの?」
「羊蹄さん、その言葉は語弊があるよ。それは盗撮じゃない。被写体の自然な表情を撮るために、敢えてそういう風に撮ってるの」
ハンナの言葉に名莉がやや怪訝そうな表情を浮かべる。
「本人に許可と取ってないなら、それは……」
「あーー、羊蹄さんの言いたいことは分かるけどね。うん。でもあたしはカメラのシャッターを押すものとして、被写体のプライベートには一応、分別をつけてるわけ」
「本当に? 狼が最近一人でいるときに視線を感じるとか言ってたし。あたしも今日の放課後だって写真のシャッター音を聞いたばっかり」
鳩子が腰に手を当てながら、状況を説明する。するとハンナが神妙な表情で、何やら考え込み始めた。
「あのさ、一つ言っておくけど、今日は撮影してない。つまり犯人はあたしじゃなーい」
「つまり……ハンナや高坂先輩たち以外で狼を隠し撮りしてる人がいるってこと?」
名莉が顎に手を当てながら、訝しげな表情を浮かべる。するとハンナが眉を寄せて、口を尖らせてきた。凄く不服そうな表情を浮かべている。
「ハンナ? 何でそんな不服そうなの?」
「大酉さん……分かってない。これはあたしが所属する写真部にとって重大問題よ。これから緊急会議を開かないと」
「えっ、ちょっと、部の緊急会議も良いけど、先にあたしたちと犯人探ししてもよ。こっちは狼の好みのタイプかもしれない情報を録音されてんだから!!」
「落ちついて。大丈夫……」
鳩子の言葉をハンナが手を突き出して宥めてきた。
一体、何が大丈夫なんだろう?
自分を制してきたハンナに鳩子が小首を傾げる。するとハンナが鳩子たちを部屋の中へと招き入れてきた。
部屋の中には、何種類ものカメラが置いてある。
「はい、では今から写真部の緊急会議を始めまーす!!」
……へ?
いきなりのハンナの言葉に名莉と鳩子の目が点になる。
「ちょっと、ここは会議開催ということで拍手でしょ? 何ぼさっとしてんの?」
「えっ、だって……あたしたち写真部じゃないし」
動揺する鳩子の言葉に、名莉も頷く。けれどハンナはまったく動じた様子もなく、壁際に置いていある机から、二枚の写真を取り出してきた。
「こ、これはっ!!」
「黒樹君の水泳授業の写真……。これはレアだよ? ウチのクラスがグランドで体育の授業の時に脱け出して撮ったんだから」
得意げな顔で狼の水泳授業時の写真を取り出され、鳩子たちは絶句する。明蘭の敷地内には室内のプールが備わっている。けれど、高校生ともなれば因子使用の実技は別として、男女の体育の授業は別々。だから、水泳授業中の狼は、見たくても見れないのだ。
「これが欲しいでしょ? だったらこの写真部の緊急会議に参加しなよ。ちなみに現時点での写真部の活動しているのは、アタシ一人だけなんだよねぇ。今、カメラ女子が流行ってるのに、何でかな? 明蘭の女子ってそういう流行りに疎いのかな?」
「えっ、写真部ってハンナ一人でやってるの? だって、一人じゃ……部活として認定されてないでしょ?」
鳩子と名莉がハンナから、狼の写真をしっかり受け取りながら目を見開く。
するとハンナが悲しげな溜息を吐いて、小さく呟くように口を開いてきた。
「しょっぴかれたんだよ……」
「……しょっぴかれた?」
神妙な表情で首元を手で切るような仕草をするハンナ。
けれど鳩子たちからすると、まったくもって意味が分からない。
困惑する鳩子たちを余所に、ハンナが語り始める。
「元々、写真部にはあたしの他に二年の先輩男女一人ずつ、三年に男の先輩が一人は言ってたの。けど……WVAのとき私たちはある大きな試練に挑んでたの」
「大きな試練?」
名莉が目を瞬かせて疑問符を浮かべる。すると、ハンナがゆっくり頷く。
「あたし達、写真部はWVAのとき……選手の休憩室を突撃撮影しようとしたの。明蘭から選ばれた代表選手も含め、各国の代表選手のオフショットを撮ろうとしてね。でも、駄目だった。私たちの行動は正体不明の密告者によって、鬼の教官たちに見つかってしまったの。もうそれからのことは壮絶の一言。教官の三人衆は皆、鬼だったけど……一番鬼だったのが、三年の主任教官である館成教官。ああ、思い出しただけでも身震い。それで、主犯と見做された先輩たちは活動休止。一年であるあたしは、他の部員がいなければ活動出来ないだろうと思われたのか、何の処罰も言い渡されずに、放牧されたってわけ。ああ、こんな非道なことが許されて良いのでしょうか? サンタマリア……」
「いや、それって……写真部が集団盗撮を企てたからいけないんじゃ……」
まるで自分たちが非道な拷問でも受けたかのような、ハンナの言い様に鳩子が冷静に突っ込む。けれど、ハンナは鳩子の言葉などまるで耳に入っておらず、
「でもあたしは、一人でもやっていける。写真部の活動を絶やさないぞって決意してるわけ」
と熱い抱負を口にしている。
「そして、今……写真部が取り仕切ってないことを良い事に、高坂先輩や大酉さんたちが探してるような輩まで出て来てしまっている……。これは写真部の部員として看過できるもんじゃない。だって、だって、写真の売上金は、部費でもあるんだから! だからあたしも大酉さんたちに全面協力させてもらうわ。一緒に犯人を捕まえましょう! はい、ラブ&ピース」
鳩子たちへと両手を突き出して、ピースサインをしてくる。
「メイっち……この子、濃い」
「私もそう思う」
「助っ人として、期待して大丈夫だと思う?」
「多分……」
名莉とそんな会話をしながら、鳩子は燃え上がるハンナに不安げな視線を送っていた。
思わぬ展開で、ハンナと共に隠し撮り犯を探し出すことになった名莉たちは、ハンナと共に狼の写真を購入した経歴のある生徒の名簿を見ていた。
「この中に犯人がいそうなの?」
「あたしのカメラマンの勘がそう告げてるの。だって、黒樹君のタイプの話を録音してたんでしょ? だったら、売買目的の男子たちじゃないと思うんだよね」
「確かに。説得力がある」
ハンナの言葉に名莉が頷いて、机の上で開かれているファイルに目を通す。
「狼の写真を購入した女子の数、六〇名」
「地味に多いな」
「黒樹君は、WVAで一気に人気を上げて来てるからね~。キュート系男子が好きな女子には、輝崎君より人気だね。まぁ、両方買ってく女子が多いけど」
「なにその、狼と真紘セット売り的な奴?」
「それほど、明蘭にはミーハーな女子が多いってこと」
「ちなみにハンナの好みは?」
「被写体は皆、平等」
「なんか格言っぽいこと言ってきたね」
鳩子がハンナとそんな雑談をしながらファイルに目を通す。けれど購入者の名前に見覚えがあるのもあれば、ないのもある。
「多分、隠し撮りするくらいだから、結構熱が入ってる奴だとは思うんだけどねぇ~」
鳩子が溜息混じりにそう言った。
けれど、名前を見ただけでは犯人の手掛かりには繋がらない。早くも捜索が難航を示す。すると何を思ったのか、ハンナが勢いよく立ち上がって来た。
「よし、ここは……自分たちの足を使うしかないね」
「もしかして、この名簿の人間一人ひとりに話を聞きに行くの?」
名莉が突然、勢いよく立ち上がったハンナに向かってそう訊ねる。するとハンナがゆっくりと首を横に振って来た。
「違う、違う。あたし達が向かうのは被害者と思われる黒樹君の元。比較的に加害者に一番近いのは被害者なの。分かる?」
「……確かに」
「だから、黒樹君の元にレッツ、ゴー!!」
途中参加のハンナに仕切られながら、名莉と鳩子が男子寮にいる狼の元へと向かった。
当事者である狼は部屋にはおらず、寮内にある食堂で夕食を食べていた。狼の隣には同じ部屋の峰やクラスメイトの男子がいたが、名莉が『少し席を外して欲しい』というと、峰たちは快く、席を外してくれた。狼はそんな峰たちを呆れた表情で見ながら、名莉たちの方へと視線を移してきた。
「二人ともどうしたの? それにもう一人の人って確か……セツナと同じクラスの子だよね?」
「どもども。いつも写真部としてお世話になってます。今回は、ちょっと被写体になってもらいたくって……どう?」
肩に掛けていたカメラフォルダーを軽く叩いて、ハンナが狼にそう訊ねる。
「えっ? 今から? それに僕?」
「ほら、前に言ったでしょ? 写真部に貢献お願いねって」
「確かに言われたけど……それが今なのか?」
とっくに被写体にされている事も知らずに、狼がハンナの言葉に驚いている。
「出来れば、袴姿とかがいいなぁ」
「えっ、いや、でも……」
話を進めるハンナの言葉に狼が狼狽えている。
「たまには、こういうのも良いんじゃない? ハンナを手助けすると思ってさ」
「私も良いと思う」
この調子だと、狼がハンナの申し出を断る可能性が大いにある。けれど、断られるわけにはいかない。きっと、狼を隠し撮りしているファンなら少し危険を冒すとしても、その姿を撮りにくるはずだ。
鳩子と共に名莉も真剣に、狼に被写体になることを進める。すると狼も渋々といった表情で頷いてきた。
「わかったよ。でも……一人って流石に恥ずかしいんだけど?」
狼が少し照れた表情で、そう言ってきた。
思わぬ狼の照れ顔に名莉と鳩子がキュンとしていると、その気持ちをやや壊す様にハンナが、
「ああ、惜しい。ナイスなシャッターチャンスを逃した」
と言いながら、指を鳴らしている。
少し黙ってて欲しい。
「よし、じゃあ若、ちがった。真紘にも頼もう! ねっ!?」
鳩子がそう言って、情報端末から真紘を呼び出す。名莉が鳩子の端末を覗き込むと、そこには『緊急要件。すぐに道場に来て欲しい。他言は無用』と送っていた。
「きっと、これを見れば真紘だったら来てくれるでしょ?」
やや満足そうに話す鳩子と、真紘も来ることで良い被写体が増えることにハンナが喜んでいる。
真紘は、当主としての役目や、雑務の多い生徒会などに加え、学業にも余念が無い。つまり多忙なのだ。
けれど、きっと真紘は知り合いからの要請をそう簡単に断るタイプではない。きっとすぐにやってくるだろう。
真紘、ごめんなさい。
名莉は内心で、隠し撮り犯を捕まえるための罠に使われてしまう真紘に謝罪した。
けれど、名莉は鳩子とハンナの言葉に異論は唱えない。
全ては狼の隠し撮り犯を割り出すためだ。
真紘は大切な幼馴染ではあるが、背に腹は代えられない。
少し経つと、二軍の食堂に走って真紘がやってきた。走ってやってきた真紘に名莉と鳩子の良心が痛む。ハンナだけはあっけらかんとした様子だ。
「大酉、急用とは? それに、黒樹と名莉、それから……」
「あっ、ハンナ・ベルンシュタインです。輝崎君、よろしく」
「ああ、よろしく。それで急用とは?」
真紘がハンナに頷いて、それから連絡を送って来た鳩子に視線を向ける。すると鳩子が真剣な表情で頷いてから、真紘の腕を掴み、少し離れた所に真紘を連れて行く。
どうやら、真紘には事情を先に説明するらしい。
事情を聞き終えた真紘が鳩子と共に戻って来た。その表情はやや複雑そうな表情を浮かべている。
「真紘、どうかしたの?」
「あっ、いや……いきなり被写体を頼まれたからな、戸惑ってしまった」
「やっぱり驚くよなぁ。僕も最初言われた時は断ろうかと思ったよ」
「だが、これも学友を助けるためだと思ってやるしかないな」
鳩子が真紘にどんな説明をしたのかは分からないが、とりあえず自分たちに協力してくれるようだ。
真紘という心強い協力者に名莉が胸を撫で下ろしていると、ハンナが口許に手を当てながら、何かぶつぶつと呟いている。
「ハンナ、何呟いてるの?」
「ん? ああ、どうせ人気ある二人を写真撮れるなら、いつもとは違う衣装を着て貰う追うかなと思って。ほら、袴は別の時にでも撮れるし」
「別の衣装って言うと?」
「ふふ、それは見てからのお楽しみ~~あたし、衣装を準備してくるから、先に道場の方に行ってて」
怪しい含み笑いを浮かべたハンナが上機嫌な様子でスキップをしながら歩きだした。
よほど、狼たちに着せたい衣装があるらしい。
「ハンナ、どこに行ったの?」
スキップで食堂から出て行ったハンナを一瞥しながら、鳩子が首を傾げてきた。
「どうせ撮影させて貰えるなら、来て貰いたい衣装があるみたい」
「つまり、狼たちにコスプレをさせたいと?」
名莉が頷いた。
すると鳩子が顎先に手を当てながら、何か納得したように頷いてきた。
「ハンナのセンスにも寄るけど、アイディア的には良案だね」
「狼たちのいつもは見られない姿が見られるから?」
「そっ。むしろ、あたし達も見たいって思ってるんだから狼を隠し撮りしてる人物が撮りに来ないわけないって」
鳩子が得意げな表情を浮かべている。もし、自分が隠し撮りの犯人の立場なら、必ずそうするという顔だ。
でも、それは鳩子たちだけには言えない。名莉自身、写真に撮るかは別として、いつもとは違う姿の狼を一目見たいと思う。
目の前にいる鳩子も、名莉のそんな心情を読み取ったように笑みを深めてきた。
「さて、さっさと道場の方に行こう。あんまり忙しい真紘の時間を取っちゃっても可哀想だしね」
鳩子の言葉で、名莉たちはいつも狼たちが剣術の稽古をしている道場へと向かった。
道場の灯りを真紘がつけ、照明が綺麗に磨かれた床に反射する。
「それで……俺たちは袴を着れば良いのか?」
真紘が名莉たちの方を向いて、そう訊ねてきた。訊ねてきた真紘と真紘の横にいる狼には、まだ少し戸惑いの表情が浮かんでいる。
「もう少し待ってもらってもいい? 今ハンナが荷物を取って戻ってくると思う」
さすがに「衣装を取りに行ってる」とは言い出せなかった。普段、練習の時にきている袴の格好ですら難色を示しているのに、衣装と言ったら、それこそ撮影会をやめかねない。
名莉の言葉に、鳩子が口を閉じたままグッドポーズを名莉へと向けてきた。
「はいはい。お待たせ~。モデルの二人を待たせちゃ悪いと思って、マッハで取りに行っちゃったよ」
少し息を切らして、道場の中に入ってきたハンナは大きなハンドバックを抱えている。
「そこには、どんな衣装が……?」
「ふふっ、じゃじゃーーん!!」
名莉の言葉を待ってました、といわんばかりにハンナが目を輝かせて、バックから衣装を取り出す。
「一つは執事衣装ともう一つは航空機のパイロットスーツ。女子受けが良い衣装をチョイスしてみました~~」
「えっ、ちょっと待ってよ。もしかして僕たちがそれを着るの!?」
「はい、そうでーす。でも自信を持って、黒樹君。きっと黒樹君と輝崎君だったら映えると思うんだ」
ハンナの言葉を聞いた狼が鳩子と名莉の方に視線を移してきた。名莉たちは抗議の眼差しを送ってくる狼から視線を外す。
「こらっ! あからさまに人から視線を逸らすな!!」
狼からの叱責にも怯まず、鳩子とハンナがバックから狼たちに着せる衣装を引っ張り出して、二人の方へと向けた。
「真紘は、パイロットスーツね」
「黒樹君は執事」
鳩子が真紘に。ハンナが狼へと衣装を突き出す。二人に衣装を突き出された真紘と狼が一気に顔を強張らせながら、二人で顔を見合っている。
二人の目は、どちらかが「やめよう」と言い出すのを待っている様子だ。けれど、鳩子か事情を聞いている真紘が撮影会を中止にするはずない。
「二人が衣装着られないっていうなら、この私ハンナ・ベルンシュタインが直々にお着替えを手伝ってあげても良いんですけどねぇ~どうします?」
「いや、どうしますって……」
「……致し方ない。着るぞ、黒樹」
ジリジリと狼へと詰め寄っているハンナを見て、真紘が断腸の思いを口にしたかのような表情で決断を下す。
そんな真紘の言葉にハンナと鳩子がハイタッチをしている。
狼と真紘、まんまと二人の押しに負けてる。
冷静な立場から四人の姿を見ながら、名莉はじーっとこちらを見る視線を感じた。反射的に振り向きたくなる気持ちを抑えて、名莉はハンナと共にやや興奮気味の鳩子の元へと近づいた。
「鳩子……落ちついて」
「いや、ついね、つい」
鳩子がおどけた笑みを浮かべてから、微かに身体から自分の因子を流し始める。すると鳩子の前にいる真紘が目を細め、狼が少し不思議そうな顔をしてきた。
一生懸命、狼に衣装を当てていたハンナは気づいていない。
「よぉーし。狼と真紘もやる気を出してくれたみたいだし……早く更衣室で着替えて来てよ」
鳩子が茶目っ気たっぷりの表情で片目を瞑って来た。
きっと隠し撮り犯の因子を解析できたのだろう。
「一回引き受けちゃったし、やるしかないかぁ~」
「ああ、そうだな。それでは、少し待っててくれ。出来ればその間にやることがあれば済ませおいて欲しい。俺たちもさくっと終わらせたいからな」
暗に隠し撮り犯確保のことを言ってきた真紘に、名莉が頷く。
「では、後は頼んだぞ」
真紘が満足そうな表情で声をかけて、肩を落とす狼と共に名莉たちの前から立ち去った。
「さてと、メイっち、ハンナ……やるよ!」
鳩子が名莉とハンナに声をかけ、くるっと身を翻してきた。
もうすでに、犯人の因子を解析できた。だからもう、逃がしはしない。
「さてさて、姿を現して貰いましょうか? そこのカメレオン女!!」
鳩子が誰もいない場所をびしっと指差してきた。
「えっ、なに? この子、黒樹君のコスプレで興奮して頭飛んじゃった感じ?」
状況を掴めていないハンナが鳩子にジロジロと見てきた。自分をジロジロと見てきたハンナに煙たい視線を送りつつ、頭をひっぱたく。
「ちょっと、暴力反対」
「とにかく、そこで姿を周りの色と同化させてる人! 素直に姿を現して。さもないと、メイっちの銃弾を飛ばすことになるからね」
鳩子の言葉に合わせて、名莉が二双銃を復元し構える。
「分かりました。分かりましたから、撃たないで下さい!!」
透き通る声と共に姿を現したのは一人の女子生徒で、体型が真里よりも一回りほど大きく、顔の大きさも普通の人より幾分大きい。眉毛は、立派な眉毛をしており、見た目的にいけば、自分たちより、逞しそうに見える。けれどその表情は不安そうに歪んでいる。銃を構える名莉をチラチラ見て怯えている様子だ。
その視線に気づいた名莉がすぐに銃を仕舞う。
話はここからだ。
「じゃあ、まずは名前から教えてよ。そうじゃないと名前呼べないし」
「もっともな質問」
「取り調べと言ったら、まず名前からだよね」
「ありがとう」
女子生徒へと近寄った鳩子の両隣りにきた二人を見てから、鳩子が女子生徒へと視線を移す。
すると三人からの視線を受けた女子生徒が、細い声で答えてきた。
「一年一軍の篠田真凛……です」
「あ――、これ完全に名前が先走りしちゃってるパターンだ。しかもレベル的に言うと、レベル3だね」
「しっ。そういうこと言わないの。ハンナだって、人のこと言えないでしょうが」
「名前は自由。それにまだ漢字で二文字。セーフだと思う」
漢字二文字ならセーフなんだ。
鳩子は名莉の台詞に内心でそう突っ込みたくなっていると、正面から小さい泣き声が聞こえ始めた。
「うっ、うぅ……。良いんです。私も自分で分かってますから。真凛って顔じゃないってことくらい。けど、ウチの親、海が好きで……何を考えてたんだか……うぅ、うわぁぁぁん」
両手で顔を覆って泣き出す真凛に対して、三人はしばし面を喰らったかのように沈黙する。
「落ちついて。貴女の名前を貶すつもりじゃなかったの」
名莉が真凛の肩を優しく叩いて、名莉が真凛を落ち着かせようと試みる。
「羊蹄さん……」
顔を覆っていた手を真凛が退かすと、見事に鼻からは綺麗な鼻水が出ていた。さすがにこんな鼻水を垂らしている人に次の質問を投げることはできない。
確か、ポケットにティッシュ入れてたよね?
鳩子はそんな事を思いながら、ポケットからティッシュを取り出し、真凛に手渡した。
「ご親切に、どうも」
そう言って、真凛が豪快に鼻をかぐ。多分、根は悪い子じゃない。口調は女の子らしいし、変に怒ったりもしない。けれど、何だろう? 凄く存在感がある。強烈なインパクト、とでも言うんだろうか?
この子は、地味なんだけど濃い。
「ん~~、できる……」
「えっ、何が?」
思わず口から出た鳩子の呟きに、隣にいたハンナが冷静に突っ込んできた。
「それで、訊かせて欲しいんだけど、貴女は狼を隠し撮りしてた?」
鳩子たちの内心を余所に、名莉が真凛へと本題の質問を訊ねる。すると真凛は可憐な乙女ふうな表情で視線を落としてから、こくんと頷いてきた。
「私、サマースノウ宣戦のときに黒樹君を見てから、その、あの、所謂一目惚れをしまして。ああ、恥ずかしい」
「うん、うん、分かるよ。それで?」
真凛の言葉に頷く鳩子。
「そしたら、写真とかも欲しくなって……」
「それだったら、写真部のあたしに頼めば良いのにぃ」
「ハンナ、そう言う問題じゃない」
顧客確保を狙うハンナを名莉が名莉が諌める。それから、今日の会話を録音していたのも真凛だったらしい。
「黒樹君もこの間のWVAで女子からの人気が上がってるから、少しでも黒樹君に相応しい女の子になろうと……」
「んじゃあ、その極太眉毛とおさらばして、それからライザップに入会して……」
「「ハンナッッ!!」」
ハンナの言葉で再び泣き出しそうになった真凛を見て、鳩子と名莉がハンナの口を抑える。
「人の傷を抉るようなことしたら、駄目っ!!」
「いや、でも悪い所を指摘して改善させるのも一つの優しさ……」
「いいから」
鳩子がハンナの言葉を黙らせようとしていると、再び真凛のシクシクという泣き声が聴こえてきた。
メンタルが普通の女子より弱いらしい。
すると、そこへ……着替えを終えた狼と真紘がやってきた。
「着替えてきたよ。そっちの準備は……って、え?」
執事服に着替えてきた狼が、気恥しそうな表情が驚きにかわる。
「なんか、いきなり人増えてるし、泣いてるし、どうなってるの?」
「いやぁ、ちょっと色々あってね……。てか、狼思ってた通り執事の格好、かなり似合うね」
「私もそう思う。狼、似合ってる。貴女もそう思うでしょ?」
執事服姿の狼の格好に、鳩子と名莉、そして真凛が目を輝かせる。するとそこへ、パイロットスーツ姿の真紘がやってきた。真紘も何の違和感も無くパイロットスーツを着こなしている。
けれどやはり、そんな真紘の顔にも狼と同じく、驚きの色が宿っている。
「二人の完璧なコスプレに感涙しちゃったんだって。気にしない。気にしない」
ハンナが驚く狼と真紘にそう言いながら、自分のカメラをバックから取り出し始める。俄然、撮り溜めする気満々だ。
狼と真紘もそんなハンナに押されて、渋々撮影位置へと移動し始めた。するとそんな狼の元へ真凛が近づき声をかける。
「あのっ!」
「はい?」
「すみませんでした。実は私、黒樹君のこと隠し撮りしてました。本当にごめんなさい」
真凛がそう言って、深々と頭を下げる。そんな真凛に狼も「えっ、えっ、隠し撮り? 僕を?」と言いながら狼狽している。
そんな狼に、真凛がポケットから数枚の写真と、録音機を取り出す。
「本当に、本当にごめんなさい。これ、お返しします」
「ちょっと、待って。写真はともかく! 録音機は駄目っ!!」
この録音機には、しっかり雪乃との会話が録音されているはずだ。
そんなのを狼に聞かれたら……
「鳩子、狼から何が何でもあれを取り戻そう」
名莉も鳩子と同じことを思ったのか、慌てた様子で録音機を真凛から受け取る狼へと駆け寄り、急いでその録音機をひったくる。
けれど、その瞬間……録音機がいきなり作動して……奈緒の部屋での会話記録が流れ始めた。
唯一の救いだったのが、それが狼の好きな女性のタイプについて話してる部分だけで、その前の話が録音されてなかったということだ。
けれど、それでも狼と真紘の顔に気恥しそうな、何とも言えない複雑な表情が宿っている。
「鳩子、メイ……」
狼の呼びかけにぎくりとする鳩子と名莉。
そして……
「こんなどうでも良い話、話し合わなくて良いから!!」
と赤面顔の狼に、一喝されてしまった。




