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反逆の始まり2

 どこにいる? 周りにいるのは得体の知れない化物だらけ。あの男の言葉には、嫌な未来しか見えて来ない。そんな最悪な結末になる前に早く五十嵐を探し出さないと……。

 怪物たちからする腐敗臭に吐き気が込み上げてくる。けれど吐く暇すらない。

 辺りを見回して、五十嵐がどこかにいないかを探す。

 すると……

 一点に怪物たちの動きが集まっている場所があった。いや近くにいる怪物たちの殆どがその一点に集中している。

 まるで餌のない巣箱で餌を見つけたように……

「五十嵐っ!!」

 出流が名前を五十嵐の名を叫びながら、化物の中に入って行く。

 するとそこには、フェンス際へと追い詰められ、腕や足から血を流して座り込む五十嵐の姿があった。

 出流は急いで、五十嵐の前へと立ち……目の前にいる怪物たちへと無形弾を放つ。BRVなんて手元にない。だからこの場で出来る抵抗は化物たちに無形弾を放つことだけだ。

 出流が放った無形弾が正面にいる化物の左肩に命中し、怪物たちの肉片が弾け散った。

「五十嵐、大丈夫か?」

「い、出流……こいつら何なんだよ? 一体何が……?」

「さぁな。今はそんな事よりフェンスをよじ登ってここから逃げるぞ! 動けそうか?」

 出流が無形弾を連続して、化物に命中させながら五十嵐にそう訊ねる。

「無理だ……」

「なら、俺が担いでやる! だからもう少し待ってろ!」

「いや、違う。ここから逃げるのはもう無理だ」

「やる前から諦めるな!!」

 出流が一瞬、五十嵐の方へと視線を向ける。五十嵐の表情は涙と汗と額から出た血で汚れていた。そしてそんな五十嵐の後ろには……別の所からフェンスを突き破り後ろに回り込んだ化物たちが立っていた。口からはねっとりとした唾液を垂らし、五十嵐を一点に見つめている。

「クソッ!!」

 出流が五十嵐に鋭い爪を尽き立てようとしている、化物の腕を無形弾で吹き飛ばす。だが次の瞬間、出流の背中を強い衝撃が襲ってきた。

 そしてそのまま、勢いよくフェンスの方へと吹き飛ばされる。

 衝撃で肺などが圧迫され、フェンスに身体をのめり込ませながら激しく咳き込む。苦しい。上手く息ができない。

 けど、どうしてだ?

 前にいた化物の腕は、先に無形弾で飛ばしてたはずなのに……?

 疑問が身体に走る痛みと共に浮かび上がってくる。けれどそんな疑問は次の瞬間に上がった悲鳴に寄って掻き消された。

「あぁあああ、やめろ、やめろ、たすけ、たすけて、たすけてくれぇぇぇぇぇ」

 五十嵐の絶叫が辺りに響き渡った瞬間、一体の化物が五十嵐の上半身と下半身を引き千切った。血と共に内臓が露わになり、それを褒美かのように頭上に上げ……大きな口で咀嚼していく。骨を噛み潰す音が自棄に生々しく、耳に不快感を残して行く。

「やめろ、やめろ、やめろ」

 五十嵐はもう死んでるのに。

「やめろ、やめろ、やめろぉぉぉぉぉおぉ」

 無形弾を放ち、五十嵐の肉体に齧りついていた一体の化物の頭を吹き飛ばす。けれどそんな事をした所でもう意味などなくなっていた。

 頭を失い倒れた化物を踏み潰して、他の化物がその残飯処理を行う。しかも一気に二、三体の巨躯に掛かれば、あっという間にそれらは終わってしまう。

 けれど出流は気が狂ったように、口許に血を滴らせる化物に向けて無形弾を放ち続けていた。

 怒り、悔しさ、悲しさ、不快感、焦り、恐怖、それらの負の感情が混ざり合い、それらを吐きだす様に叫び、無形弾を放っていた。

 疲労でぐったりとした自分の周りには、化物の死体があたりに散乱しているだけだ。

 するとそこへ、あのでっぷり太った中年の男がやってきた。

「なんて事するんだ? このクソ餓鬼め。私が造ったシヴァをこんなにしてくれやがって!!」

 男は地面に転がっている化物たちの死体を見て、噴怒している。出流はそんな中年の男の言葉を無視して睨み付けた。

「勝手に入り込んできた鼠の癖に、生意気に睨みつけるな!! この餌にもならない屑!!」

 化物たちが殺されたことが、そんなにも腹が立ったのか、男は垂れた頬肉をブルブルと震えさせ、出流の顔面を思い切り殴りつけ、腹を容赦なく蹴り飛ばしてきた。

 口の中に血の味が広がる。それでも出流は怯むことなく男を睨みつけ、身体に因子を流した。胸の中に冷たい感情が落ちて行く。

 この男の頭も、今地面に転がってる化物たちと同じ様に吹き飛ばしてやればいい。

 出流が地面に付いていた手を男の方へと持ち上げる。男が出流の動きに気づき、一瞬動きを止めてきた。

「なんだよ? その手は? なぁっ!?」

 虚勢を張っていることが丸わかりの男の声。そしてその勢いのまま、男が再び出流の顔を殴って来た。怯ませようとしたらしい。

「……罠に嵌った鼠だって、反逆するぜ? 覚えとけよ?」

 そう言って、出流は男に逃げる間を与えることなくその頭に無形弾を放った。

 男の頭が、まるで風船でも割れる様に勢いよく弾け跳ぶ。返り血が出流の顔や身体を濡らした。

「ありゃまー、生臭いと思ったらこんな所にゴミ溜めができちゃってるよ。もしかして、ゴミをこんな風に散らかしたのは、そこの坊主かな?」

 自分の目の前に、大きな大剣を肩に担いだ男がやってきた。髪はボサボサで顎には無精髭を生やした男は、出流を見て欠伸をしている。

 出流は再び身体に因子を流して、男を睨みつける。するとそんな自分を見た男がニヤリと笑ってきた。

「おっ、強気だねぇ~。でもおじさんは弱い奴には興味ないんだよねぇ」

「黙れ!」

「あらら、弱いって言われてカチンと来たかな? でも残念。君が弱い事実は変わりません。地球が滅亡しても」

「煩い、黙れって言ってんだろ!!」

 叫びながら、出流が現れた無精髭の男に向かって無形弾を放った。

「おっと」

 無精髭の男がそう言いながら、軽々しく出流の放った無形弾を避ける。そしてマジマジと出流の方を見てきた。勿論、出流は無精髭の男を得体の知れない敵と認識して、がむしゃらに無形弾を放っている。ただ無精髭の男は出流の放つ攻撃など、子供の投げるおもちゃ程度にしか捉えていないのだろう。

 無意味だと分かっていても、出流は無形弾を放ち続ける。連続して、速度を上げて、もっと相手の不意が付けるところに。

 出流がそう思った瞬間、放った無形弾の一つが姿を消し……まるで瞬間移動でもしたかのように無精髭の男の首元へと現れた。

 無精髭の男が少しだけ驚いた顔をして、突如として現れた無形弾を避ける。

 この頃の出流は、自分がどういう特質の因子を持っているかなど知らなかった。アストライヤーの道に進むわけでも、家を継ぐわけでもなかったため、因子の基本的なことしか習っていなかったのだ。

「へぇー、割と良い感じの因子持ってそうだねぇ……おけ、おけ。俺の不意を尽いたご褒美に、一つ願いを聞いてやろうかな? さて、おまえの願いは?」

 出流の放った無形弾を避け切って、首を軽く回した無精髭の男が出流にそう訊ねてきた。

 訊ねられた出流は、頭の中に先ほどの光景が思い浮かぶ。

 五十嵐を守れなかったのは、自分が弱かった所為だ。さっきの男に屑呼ばわりされたのは自分が弱い所為だ。それに自分はもう……

「ないんだったら、おじさんはもう帰っちゃうよ? ここでのターゲットはおまえが始末しちゃったみたいだし」

 無精髭の男がそう言って、手を振り、踵を返してきた。

「待てよ」

 出流の言葉に無精髭の男が口の端を上げてきた。待ってましたといわんばかりに。そんな微笑髭の男の笑みを睨みつけながら、出流は一言こう言った。

「俺は強くなりたい。こいつらに復讐できるくらい強く」

 その言葉と共に、出流は無精髭の男――フォースと共にトゥレイターに入った。



 トゥレイターに入った後、出流は東アジア地区支部の医務室にいた。

 ベッドに横たわらせられ、簡単な治療を受けている。自分を治療しているのは、長い黒髪を簪で纏めた白衣を着た、きりっとした印象の女だ。

「あたしの名前は李・朱亞よ。よろしく」

 朱亞がベッドの上で治療を受ける出流に名前を名乗って来た。しかし答える気にはなれない。今さらになって、自分の身に何が起き、そして何をしてしまったのかを実感していたからだ。

 自分は友達を助けられず、一人の人間を殺した。

 この事実が恐怖となって出流の身体を蝕んでくる。けれど後悔した所で状況は何も変わりはしない。もう、自分は後に引けない所まで来ている。

 ただ強くなりたいことを望んで……

「治療は終わったわよ? 怪我事態は軽傷。あとは健康そのものね。ここ以外は」

 朱亞がそう言って、出流の胸を人差し指で軽く押してきた。出流がそんな朱亞に初めて視線を合わせる。すると朱亞がベッドの端に腰を降ろしてきた。

「逃げ出すなら今の内よ? そうじゃないと、アンタは明日……アメリカの方に連れて行かれるでしょうね? そしたらアンタはまず言葉の壁にぶつかり、殺されるような思いを数え切れないほど受ける羽目になる。身内からの苛めも含めね」

 朱亞が過剰な表現をしてないことくらい、口調で分かる。きっと本当のことなのだろう。だからこそ、朱亞の言葉が最後の選択のようにも聞こえた。一瞬、佐々倉の家での平穏な生活を頭の中に思い浮かべる。他愛ない事で喧嘩し、笑い合う日々。

 凄く魅力的だ。五十嵐が死んだという事実に目を瞑って、自分がした事にも目を瞑って、それで素知らぬ顔で生きて行く……。

 それが出来たら、どんなに良かっただろう?

「……俺は逃げない」

 嘘だ。本当は逃げられないから逃げないことを決めただけだ。

 自分の強がりに反吐が出そうだ。それを堪えるように出流はベッドのシーツを強く握りしめる。するとそんな出流の手に朱亞がそっと手を重ねてきた。

「わかった。なら、それはもうアンタが決めた事。どんなことがあってもやり遂げな。あたしはもう何も訊かない。あとは……ちょっとした処世術を教えてあげる」

 朱亞が赤い口紅を塗った唇を微笑ませ、そしてゆっくりと自分の唇に唇を押し当ててきた。



 アメリカへと向かう輸送機の中には、出流意外にも五〇名ほどの人間が乗っていた。皆が区口許を硬く噤み、一言も話さない。日本からの輸送機にも関わらず、自分と同じ日本人は一〇いれば良い方という感じだ。しかも年齢、性別もバラバラで仲間意識というものがまったく生まれない。

 一つ良かったとするなら、この輸送機に乗せられる前に形式上、身体を休められたことだ。数時間かは、朱亞との行為の後に眠ることもできた。

 眠らなければ、本当に身体が参っていたに違いない。

 アメリカに着いてからの事が何一つ言われていない以上、疲れを残しておくわけには行かなかった。

 太平洋を横断する輸送機は、時々大きく揺れた。快適さを欠いた輸送機の中では、気分が悪くなる奴が多くいて、まったく眠る状況じゃない。

 時々聞こえてくる無線の声も英語で、何を言っているかまるで分からなかった。

 そしてアメリカに着いてから、幾つかの組みに別れさせられ、出流たちの組みが向かった場所は、アメリカのミシガン州にあるデトロイト。そこにトゥレイターが所有する研究施設がある。ここでは実戦に限らず、訓練や演習が行われている。

 しかし戦闘員が集められる施設は、荒廃した収容所のような所だ。施設内の壁はコンクリートが剥き出しになっており、電気も所々壊れていて付いていない。

 食堂である場所はパイプ机にパイプ椅子が並んでいるだけだ。

 部屋は、4畳ほどの広さで二人部屋。窓には鉄格子がつけられていた。

 部屋の前まで連れて行かれた出流は、英語で「Your room is here」と言われ、背中を押され、部屋に入る。

 部屋に入ると、同じ部屋の一人がベッドの上に自分と同い年くらいの男が座っていた。

 短い黒髪に肌が白く、顔の彫りが深い。アジア系ではないことは確かだ。ただどこの国の人間かは分からない。ベッドに座ってる男子は、出流の顔を怖々と見てすぐに視線を逸らしてきた。そして出流を部屋まで連れてきた男が居なくなり、扉を閉めた瞬間。その男子が両手を耳に当て、「Who are you? Who are you? Who are you?……」とずっと呟いている。

 奇妙な奴だと思った。しかも男子の顔をもう一度見ると、左頬が青く痣になっていた。

 もしかすると、誰かに殴られたのかもしれない。

 けれど出流は気にすることなく、空いているベッドの上に横になった。ずっと前の奴は癇癪でも起こしているかのように唸っている。

 けれど少し経つと、男子は口を噤み……一言もしゃべらなくなった。

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