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彼との記憶4

「嫌です」

「エレナ! 君にもこんな事したって意味がないことくらい分かってるんだろ?」

「意味ならあるわ。だって、この人が私より優れているって分かれば諦められるもの。そう最初はそう思ってたの。けどね、今は別の意味が私の中で生まれたの」

「別の意味?」

 エレナの言葉に、ジェイドが首を傾げる。もちろん、操生もエレナの言葉に首を傾げていた。

 一体、彼女の中でさっきの対決にどんな意味が生まれたというのだろう?

 そして新しい意味を持ったと言ってきたエレナが、何故かジェイドの元からソファーに座りこんでいる操生の前に立ってきた。

 まさか、まだこの対決を続けたいというじゃないだろうか?

 操生その可能性を危惧していると、エレナが操生の前でしゃがみ込み、そして何故か操生の手を握って来たのだ。

 へ?

 不可解な行動を取ってきたエレナに操生の目が思わず点になる。

「エレナ?」

 やや戸惑いの声でエレナに声を掛けたのは、ジェイドだ。すると、エレナが少し頬を紅くして、口を開いてきた。

「私は今でもジェイドを愛しています」

「えっ、ああ、うん。それで?」

 手を握られている操生が動揺しながら返事を返す。

 その間も手は握られたままだ。謎は深まる。

「だから、最初は貴女が嫌いでした。憎き女でした」

「うんうん、それで?」

「でも今、私の心は貴方に別の感情を抱いています。そう、不利だと分かっていながらも全力で私の勝負を受けてくる貴方の姿勢に、感動したんです!!」

「ど、どうも」

 突如、自分の思いの丈を力説し始めたエレナに操生は戸惑うしかない。より一層嫌いになったと言われるのも、あれだが……これはこれでどう反応を取るべきか迷う。

「それで、私もジェイドの気持ちが少し分かりました。貴女の頑張る姿はプリティーです。だから私は貴女の熱烈なファンになることに決めたの。そしてあわよくば……ジェイドと貴女、二人をこの手に……」

 どこかうっとりとした表情のエレナにそう言われた操生は、手を握られたまま暫く固まっていたのを覚えている。

 まさか、自分がエレナの新しい扉を開いてしまうとは、夢にも思っていなかったからだ。

「いや、操生は渡せないよ。彼女は僕の妻になる人なんだから」

「ジェイド、何を言ってるの? 私は貴方の事も愛してるの。だから三人で暮らせばいいのよ」

 放心状態の操生を余所に、ジェイドとエレナがそんなやり取りを繰り広げている。

 これは、一体どんな状況なのだろう?

 本当にこれは自分の身に起こっている事なのだろうか?

 二人のやり取りを見ながら、操生はそんなことを考えていた。

「結局、その話合いはどんな形で決着がついたんだ?」

「決着かい? 決着なら付かなかったと思うよ。ふっきれたエレナは強かったからね。だから最後はジェイドが私を連れて、部屋を半ば強引に出て行ったと思う」

「なるほどな。だが……敵対視していた女性から好意を持たれるなんて稀有な話だな。こんな事があるのは、漫画の中だけだと思っていた」

 操生の話を聞いていた左京が、なにやら感慨深そうな表情を浮かべてきた。話の当事者である操生も、我ながら稀有な体験をしたと思う。

「それで、その彼女とは何かやり取りしてるのか?」

「たまにね。彼女と再会したのは、丁度一年くらい経った頃だったかな。彼が事故死してしまったことを、伝えに行ったときにね」

 ジェイドが死んでしまったことを、エレナに話した時……彼女は涙も流さず、無表情のまま、自分の言葉の一語一句を噛みしめるように聞いていた。

 初めは、左京に行っている通り不運な事故死という形で説明しようとしていた。けれどエレナに本当の事を教えて欲しいと言われ、操生はジェイドが戦死したことを伝えたのだ。

 最初、本当の事を話し始めたときは、エレナはきっと怒ると思っていた。いや、多分多かれ少なかれ憤りを感じていたとは思う。けどそれを操生にあたることはしなかった。

 ただ、静かにジェイドの最期を操生に訊ねてきただけだ。

「気丈に振る舞っていたのかもしれないな」

「どんな形であれ、彼を取り合った仲だからね……私の気持ちを汲み取ってくれたのかもね。うん、彼は女性を見る目があるみたいだ」

「確かにそうかもしれないな。じゃあ、来週墓参りの時に今日のことも一緒に、思い出話でもしたら、喜ぶんじゃないか?」

「私もそう思うよ。ついでにエレナにも会えると良いんだけどね。連絡を取ってみようかな?」

「ああ、それがいい」

 操生の言葉に、左京がにっこりと笑みを浮かべた。




 墓石に花を手向けて、ジェイドに左京との会話を話していた。

「愉快な同僚だろう。まぁ、副業って形にはなってしまうけど」

 操生がここで眠るジェイドに語りかけた。

 するとそのとき自分たちの元へ近づいて来る足音が聞こえてきた。

「今年も来れないかと思って、ヒヤヒヤしてたよ」

 顔を上げ、操生が花束を持っているエレナへと視線を向けた。エレナは以前合った時よりも髪が肩くらいの位置まで短くなっていた。

 操生を見たエレナが、小さく微笑む。

「去年はここに来れなかったから、今年はと思っていたんです。操生とも会いたいと思っていたし。報告しないといけない事もあったから」

「その報告は嬉しい報告かな?」

「ええ。でもそれを話す前に彼にお花をプレゼントしないと」

 彼女が手に持っていたのは、白い綺麗なユリの花だった。自分と同じように墓に花を手向けると、ジェイドが眠る墓石をマジマジと眺めてから、操生へと振り向いてきた。

「私ね、今年結婚したの。お腹にはその人との子供がいるわ」

「本当かい? それは凄くお目出度いだね。生まれるのは?」

 まだ目立つほど膨らんでいないエレナのお腹を見ながら、操生が訊ねる。

「生まれるのは、来年の夏頃の予定です。性別もまだ分かってないの」

「そっか。ちゃんと元気に生まれてくるといいね」

 操生がそう言って微笑むと、エレナが笑いながら頷いてきた。

 しかもエレナの結婚相手は、自分と同じ身分というわけではなく、ロンドンにパン屋を出してるオーナーらしい。

 エレナはジェイドがパン屋を開きたいということは知らなかっただろう。

 なにせ、パン屋をしたいと打ち明けたのは、操生が初めてだとジェイド自身が言っていたことだからだ。

「本当に現実は小説よりも奇なりだね……」

 操生が小さい声でそう呟く。すると、事情を知らないエレナが操生に小首を傾げてきた。操生はそれに苦笑を返す。

「それで、操生の方は今も前と同じ場所にいるの?」

 前と同じ場所というのは、トゥレイターのことだろう。操生は肩を竦めて答えた。

「まぁね。今でもあっちやら、こっちやら、飛び回ってるよ。でも今は日本にいるけどね」

「そう。なら良いじゃない。自分が生まれた場所以上に落ち着く場所なんてないわ」

 だから、ジェイドもイギリスでパン屋を開きたかったんだろうか?

 もしかしたら、そうかもしれない。

 ジェイドは、あまり自分の家を好ましく思っていなかった。それでも、イギリスに戻ろうとしてたのは、やっぱり生まれ故郷に対する愛着があったんだろう。

 ジェイドが生きていたら、きっと自分は今頃イギリスに居てパンでも売ってるんだろう。間違っても明蘭で副教官をやってたりはしないはずだ。

 今とは違う未来を想像して、操生は少し複雑な気持ちになった。

 ジェイドと共にパン屋を営む生活も悪くはない。けれど、今の未来も操生は気に入っている。安定してるとは言えないけど、それなりに日々を楽しんでいるのは確かだ。エレナの言葉を借りると、自分は今の場所で落ち着いているんだと思う。

 出流の気持ちも、射止め直さないといけないしね。

「いきなり、笑ってどうしたの?」

「ちょっとね。とある人の顔を思い浮かべたら笑みが出てきただけだよ」

「あら? それは意味深な発言ですね。それは今の恋人の事かしら?」

「今のというよりは、未来のかな」

「ジェイドが泣くわね」

 そう言って口許に笑みを浮かべたエレナは、すっかり落ち着いた母親の顔だった。操生はそんなエレナの変化に、少し驚きつつ親愛の籠った笑みを返した。

「最初に泣かせたのは、向こうだよ」

「それもそうね。さて、ジェイドに報告も終わったことですし、せっかくだから、どこかで温まりましょう」

「良いね。丁度小腹も空いてたんだ」

 操生の言葉にエレナが頷き、二人で笑い合ってジェイドの墓を後にする。そして操生は立ち去る際に、もう一度視線を墓石へと向け、「また来年……」と声をかけた。



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