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彼との記憶1

 操生は教官室で次の授業に使う教材を纏めながら、ふとカレンダーを見た。

 今年もこの時期がやって来たね。

 日付が毎年巡ってくるのは、生きていれば当然のことだ。

 けれど、それでもこの時期がやってくると、やはり感慨深くなってしまう。

 来週は、出流よりも前に操生とバディであり、恋人だったジェイド・メイの命日だ。彼の墓は母国、イギリスにある。

後で、Ⅵに頼んでイギリスまで連れてってもらわないとね。

 生徒に配るプリント用紙の端を揃える操生の耳には、明蘭のグランドで体育祭の練習をしている声がする。そこに悲鳴のような物が混じっているのはきっと気のせいだろう。

「杜若、来週はイギリスに行くと言ってたが……もう準備は済んだのか?」

 ふとそう訪ねて来たのは、正面に座る左京だ。誠は、次の時間に実技の補佐があるため、もうすでに教官室を後にしている。

「必要最低限の物は持っていくけど、正直、持って行くもの事態は少ないかな。あっちにいるのも二日くらいだから」

「せっかくイギリスに行くんだったら、もっとゆっくりした方が良くないか?」

 操生の言葉に左京が片目を眇めてそう訊いてきた。

「そうなんだけどね……さすがに教官になったばっかりで、何日も留守にするのは良心が痛むよ」

「勤労精神って奴か。だが、いいな。私も行けるものならイギリスに行ってみたいものだ。正直……私たちの立場上、あまり海外には行けないからな。私が最後に行ったのなんて、高校の修学旅行で行ったグアムだぞ?」

「へぇー。修学旅行がグアムだったのかい? お金持ち学校にしては随分……時化てるね」

「まぁ、言いたくはないが時化てたな。といっても、修学旅行先は、理事長が回転ルーレットに矢を当てて決めるんだ。だから今年の三年生の修学旅行先はアメリカ本土だったぞ? 確か、その前が南アフリカとか言ってたな?」

「行き先がルーレットで決まるのって嫌だね。せめて、人気投票とかで決めれば良いのにね。困った理事長だよ」

 宇摩豊が用意したルーレットということは、きっとメジャーな国からマイナーな口まで項目に入っているに違いない。

 三年生たちも毎年、ひやひやしながら修学旅行先が決まるのを待ってるだろうに。

 正面に座る左京は、どうせ行くならもっと遠くて日本語が通じない所が良かったなどと、不満を漏らしている。

「まぁ、明蘭の修学旅行話は置いとくとして、イギリスに何しに行くんだ?」

「私にとって大事な人のお墓参りだよ。来週が命日なんだ」

「なるほど。そうだったのか。やはり大事な人とは恋人か?」

「うん、そうだよ。年上のイギリス人で……色々と落ち着いたらパン屋を出したいって言ってたね」

「パン屋か。良い夢だな。それが実らずこの世を去る事になってしまったのは、非常に残念だが……」

「本当にね」

 しんみりとした表情の左京に、操生が苦笑で頷いた。

「私も彼から、将来の夢を聞いたときは本当に驚いたよ」




 操生は、ロンドン郊外にあるハイゲイト墓地に来ていた。まだ昼前だというのに、天気も良いせいか、観光客や地元住民がのんびりとした様子で散歩を楽しんでいる。

 日本でも横浜にある外国人墓地では散歩したりしている人もいるが、馴染みがある文化ではないだろう。

 ジェイドが眠る墓石へと向かいながら、操生は左京との会話とジェイドとの過去に思考を巡らせた。

 操生がジェイドと出会ったのは、操生がナンバーズに選ばれアメリカのデトロイト支部に来た時に、バディとして紹介された時だった。

「初めまして。君が僕のバディになる女性だね?」

 ジェイドがにっこりと優しげな笑みを浮かべながら、手を出して来たのを今でも覚えている。そしてその手を握り返しながら、困惑していたのも覚えている。

 操生の家は有名な因子持ちの家系からではないため、戦闘員からナンバーズになるのが普通だ。けれど、操生をトゥレイターに連れてきたのは、組織の中でも序列の高い幹部で、操生の能力の実用性と質の高さに期待していたため、すぐにナンバーズに選ばれてしまったのだ。

 だから、語学力はまるでなく……相手の言ってる事がまったく分からなかった。

「ああ、まだ組織に入ったばかりで言葉がわからないかな?」

 困惑する操生に気づいて、ジェイドが流暢な日本語でそう話しかけてきた。

「えっ、日本語が話せるんですか?」

「そうだね。この組織はかなりグローバルだから割と色々な言葉を目にする機会が多いんだ。それで自然に覚えてくって感じかな? 分からないことがあったら、何でも訊いてくれて良いからね」

 操生にそう言って片目を瞑って来た。

 けれど、まだ慣れない環境で疑り深かった操生は、ジェイドの心情をこっそりと読んでいた。それで驚いたのは、本当にジェイドが自分を気遣ってくれていることが分かってだ。

 今、初めて会った自分をこんな風に気遣ってくれると思わなかったからだ。

「それじゃあ、改めて……これから宜しくお願いします」

 操生は頭を下げてから、にっこり笑みを浮かべた。

「なるほど。杜若が元々いた所はグローバルだったんだな?」

 トゥレイターというのを伏せた自分の思い出話を聞く、左京がそんな相槌を打って来た。

「そうだね。まぁ、そのおかげで自分の世界が大きく広がったと思うよ」

「まさに、だな」

 左京とそんな会話をしながら、再び操生はジェイドとの記憶に浸る。

 年上であるジェイドと恋人同士になったのは、バディになって三カ月くらいが経ってからだった。告白はジェイドからだった。

 それまで、誰かと付き合うなんて経験がなく、最初はジェイドからの言葉に戸惑った。

 ジェイドは、破天荒な家から来た自分とは違い、気品がある大人の男性だ。

 そんな人からの告白に戸惑わないはずがない。むしろ、自分なんかで良いのか? とさえ思ったほどだ。けれどそんな操生の言葉に彼は、優しく笑ってきた。

「恋をするのに、年齢なんて関係ないと僕は思う。肝心なのは僕が操生を好きなことで、操生が僕を好きか? ってことなんだ。だから操生の気持ちを僕に教えて欲しい。僕は君を愛してるんだ。大切な女性として」

 操生がこの言葉を言った瞬間、左京が目を見開いて、手で顔を仰ぎ始めた。

 外人特有の歯の浮く言葉に、照れたのだろう。

 けれど、その目は続きを急かすような意志が感じ取れた。

 だから、操生は話を続ける。

 ジェイドから告白された操生は、照れながらもその告白を受け入れた。そして、彼との日々は初めての事で、戸惑うことも多かったけれど凄く幸せだった。

 もちろん、その間にも幾つかの戦場には出向く。戦場を見る度に、その凄惨さを実感して身体が震えた。そしてそんな操生を慰めるように、ジェイドが頭を優しく撫でてくれた。その時だ。操生がジェイドの夢を知ったのは。

「操生、僕はね、後々はトゥレイターを辞めようと思ってる」

「辞める……? それはどうして?」

「実は子供の頃からの夢で、パン屋を開きたいと思ってるんだ。ただ、僕の家は少し……お堅い家で、口が裂けてもパン屋がやりたいなんて言える家じゃなかった。幼い頃から将来が決められてたんだ。毎日、大人たちが決めたスケジュール通りに動いて、自分の好きなことは、何一つ、できなかった。僕はそれが凄く嫌で、堪らなかった。下らないかもしれないけど、ここに入ったのも最初は家に対する反抗心だったんだ。僕の人生は僕で決めるってね」

 ジェイドが自虐的な見えを浮かべてそう言ってきた。

 けれどそんなジェイドに対して、操生は顔を俯かせた。もし彼がここを去ってしまったら、自分はどうすれば良いのだろう? と。

 しかし、そんな操生の心情を見透かしたかのように、ジェイドが優しい声音で言葉を続けてきた。

「だから、その時は操生も一緒に来て欲しいと思ってる。どうかな?」

 ジェイドが然も当然かのように、操生に訊ねてきた。

 恥ずかしげもなく、こんな事を言ってくるものだから、操生は照れるよりも驚きの方が強かった。けど、それを言われて嬉しくないはずがない。

 操生がその時の事を左京に話していると、左京が手を前に出し、待ったを掛けてきた。

「話を割って済まないが、それは、付き合ってどのくらいで言われたんだ?」

「そうだねぇ……付き合って二ヶ月くらいかな」

「に、二カ月だと!?」

「まぁ、早いよねぇ。だから私も驚いたよ」

「当然だな。もし私がそんな短い交際期間でそれを言われたら、冗談は止せと叱っていたかもしれない」

「左京君らしいね。でもその時の私は恋愛に浮かれる少女だったからね。驚いた後に、すぐにOKの言葉を言ってしまったよ」

 操生が肩を竦めながらそう言うと、左京が信じられないと言わんばかりの複雑な表情を浮かべてきた。

「では、それから一応、恋人から婚約者というポジションに昇格したんだな?」

 複雑な表情を浮かべながらも、話し自体にはかなり興味があるようだ。

 そんな左京に操生が頷いた。

「けどね、婚約者に昇格はしたんだけど……勿論、全てが順調だったわけじゃないよ」

「まぁ、恋人に喧嘩は付きものだからなぁ。ただ、そんな歯の浮くような言葉を吐くイギリス人男性と、どんな喧嘩をするんだ?」

「実は彼には家が決めた婚約者がいてね、とある日私が彼と街を歩いていたら、その人に会ってしまったんだよ。確かニューヨークだったかな?」

「偶然とは時に残酷なものだからな」

「そうなんだよ。しかも相手は彼の事を一途に思っていたらしくてね……」

「……まさに修羅場だな。それで?」

 左京が少し身体を前のめりになって耳を傾けてきた。恋愛話というのは人の関心を只でさえ引きつけるというのに、そこに修羅場があっとなれば、さらに興味は倍増する。しかも話し相手は少女漫画を愛好する左京だ。興味を持たないはずがない。

 そんな左京に操生が小さく苦笑を浮かべ、数年前の記憶を丁寧に掘り起こすように話の続きを話し始めた。

「あの時はね……」

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