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求められる当主5

 七瀬が真紘の部屋から出て、一時間ほどは経っている。

 七瀬は因子を持っているわけではないし、荷物も部屋に置いてあるため、端末なども持っていない可能性が高い。

 これだと、情報操作士に頼んでも見つけ出すことはできないだろう。

 こうなったら、手当たり次第辺りを探すしかない。

 真紘はすぐに家を出て、身体に因子を流し跳躍した。

 外は、満月ということもあってか街頭がなくても明るいくらいだ。真紘は近くにある公園や路地を隈無く探す。

 しかし、七瀬の姿はどこにもない。

 変な事件に巻き込まれてないといいが……。

 嫌な考えが真紘の脳裏を通り過ぎ、自然と表情が険しいものになる。

 もしも七瀬の身に何かあれば、それは自分の責任だ。あのとき、自分の考えに捕われなければ、こんな事にならなかったはずだ。

 また俺は後悔だけを増やしてしまうのだろうか?

 自分が何に悩み、何に屈しているのか、もうすでに答えは真紘の中で出ていた。

 七瀬の言葉が自分に突き刺さってくる理由。

 それはただ真紘が七瀬という少女に妹である結納の姿をずっと重ねているからだ。

 だから、七瀬の『私なんかとは違う』という言葉が嫌で溜まらなかった。まるで突き放されたかのような、そんな気持ちになった。

 輝崎の家が結納について、色々な陰口を叩いているのは知っていた。結納は因子を持っているが、輝崎が望むほどの力を持って生まれてこなかったのだ。

 けれど真紘からすれば、因子の善し悪しなんてどうでもいい。結納は自分にとってかけがえのない妹だ。

 しかし、どんなに真紘が内心でそう思っていた所で結納を養子に出した事に変わりはない。

 違う。今は己のことを考えてる暇はない。自分の今すべきことは無事に七瀬を見つけ出すことだ。

「どこにいるんだ?」

 輝崎の家を出てから、かれこれ二時間にはなる。

 そして、真紘はここまで足を一度も止めることなく因子を流し走り回っていた。

 休みなく動いていたせいか、真紘の額にうっすら汗が浮かんでくる。

 やはり闇雲に探しまわるだけでは、駄目だということか。

 真紘が少し立ち止まり、考える。七瀬が行きそうな場所はどこか? 

 しかし彼女が行きそうな場所が真紘には見当が付かない。考えてみれば、真紘は七瀬の話をあまり聞けなかったと思う。

 もしかしたら、七瀬はずっと自分に話を聞いて貰いたかったのではないか?

 だからこそ、何度も七瀬は自分の元に来て話そうとしていたのかもしれない。

 俺はいつもこうだ。

 大切なことを後悔してから、気づいてしまう。

 もっと七瀬自身のことを見て、彼女の話を聞けていたら……。

 真紘は唇を噛み、そして再び足を動かした。

 当てなどない。けれどもう足を止めてもいられなかった。

 気づけば、真紘は土手のある川岸に来ていた。勿論、こんな夜遅くに土手にいる人は少なく、現に周りに真紘以外、誰もいない。

 正面に見える川は、近くの建物から漏れる光が反射していて、キラキラと光っている。

「……ここにもいないか」

 真紘がそう呟き、その場を立ち去ろうとした。

 するとそのとき、川岸近くで小さく丸まって蹲っている人影があった。急いでその人影の元へ向かう。間違いない。

 あそこに蹲っているのは、七瀬だ。

「七瀬っ!!」

 真紘が名前を叫びながら近づく。すると顔を膝の上に埋めていた七瀬が驚いた表情で顔を上げて来た。

「良かった。もしも変な事件に巻き込まれていたら、と心配した」

「どうして? 私の事……怒ってたんじゃないの?」

「違うんだ。あれは七瀬に怒ってたわけじゃない。むしろ非があるのは俺の方だ。すまなかった」

 真紘がそう言って、七瀬に頭を下げる。すると少し戸惑う様子を見せた七瀬が何か考えついたように、顔を引き締めて口を開いて来た。

「じゃあ、悪いと思ってるなら……どうして、あのときあんな風に言ったのか理由を教えて。言ってくれなきゃ……許してあげないから」

 頭を上げた真紘に、七瀬が視線を逸らしながらそう言って来た。

「確かに七瀬の言い分も一理あるが、また嫌な気持ちになるかもしれないぞ?」

 真紘が少し表情を曇らせながらそう言うと、七瀬が真紘にずいっと近づいて来た。

「だとしても、教えて」

 頑な瞳をした七瀬が真紘の顔を凝視する。こんな視線を向けられたら言いたくないという事も言えない。むしろ、そんな事を言えば七瀬は確実にこの場から動かないだろう。

「分かった。だが話す前に家の方に戻るぞ。時間も時間だからな」

 真紘がそう言って、七瀬を両腕で抱きかかえる。

「えっ……ちょっと、私、重いから……」

 顔を真っ赤にしながら苦言を漏らす七瀬に、真紘が苦笑しながらそのまま家の方へと跳躍した。

 因子を使っての全力疾走は、七瀬にかかる負担を考えて出すことは出来ない。けれど七瀬を連れ、歩いて帰るよりこっちの方が遥かに速い。

 七瀬は自分の周りで流れるように過ぎる光景に、驚いて言葉を失っている。

 家に着いて、そのまま真紘が自分の部屋に七瀬を抱えたまま向かう。物音で誰かが来たら面倒だと思ったからだ。

 部屋に着いて、七瀬を降ろす。

「驚かせて、済まなかったな」

「ううん。気にしないで。あんな風にされた事なかったから驚いたけど」

「そうか。なら良かった。では、さっき七瀬に取った態度について話さなければ、いけないな」

 真紘がそう切り出すと、七瀬が表情を引き締めて来た。そんな七瀬を見ながら、真紘が言葉を頭の中で選び、口を開いた。

「俺はこの現状に後悔している。それは、俺の不甲斐なさが生んだ結果だ」

「その結果って……?」

「実の妹を俺がこの家から追い出した」

 真紘の言葉に七瀬の表情が強張ったのが、分かった。今の自分の言葉を七瀬がどういう風に処理しているかは分からない。けれど、真紘は構わず言葉を続ける。

「俺はまだ輝崎という家の当主になってはいるが、俺自身に力があるわけでもない。だからこそ、俺は妹をこの家から追い出すような事になってしまった。きっと俺が父のように、ちゃんとした力を持っていれば、こういう結果にはならなかったんだ」

 言葉を紡ぐのと同時に悔しさが込み上げてくる。

 どれだけ、思い悩もうとこの感情は簡単に胸中の底から這い出てくる。もう誰かの前で失態を晒したくはない。毅然とした態度で、当主としての威厳を保たなければ。そうしなければ、自分の薄弱さを他人に見透かさることになる。

 俯きたい気持ちを堪え、真紘は七瀬を見る。

「聞いての通り、俺は妹をこの家から出してしまったことを、酷く後悔している。そして、俺はそんな妹と家を出てきた七瀬を重ねて見てしまったんだ。だから……俺は七瀬の言葉に過剰になった。さっきの態度もそれが原因だ」

「そっか。じゃあ、真紘君が私に優しくしてくれたのも、妹さんと重ねてたからなんだね?」

「……ああ、そうだ」

 真紘は七瀬の言葉に頷いた。否定することはできない。どんなに目の前にいる七瀬の瞳が悲しみに揺れようと、七瀬の姿を重ねていたのは事実なのだから。

「否定、して欲しかったなぁ。でも私は真紘君のこと優しい人なんだなって思う。だって、真紘君がどんなに妹さんと、私を重ねて見てたって言っても、勝手に来た私に親切にしてくれたことには変わりないし、私の演技を見て見たいって言ってくれたから。それが凄く嬉しかったの」

 硬い表情の真紘に、七瀬が微笑を浮かべてきた。

「それでね、さっき川原に一人で居るとき考えたの。明日家に帰ろうって」

「だが、それだと婚約の話を進められてしまうんだろう?」

「うん、きっとね。けど、私はもう逃げたくないって思ったの。自分の置かれてる立場から。私がそう思えたのは、真紘君のおかげ」

「まさか、こんな言葉を言われると思っていなかったからな。なんて答えれば良いか迷ってしまう」

 七瀬に言葉を返せない真紘が済まなそうにすると、正面に立っていた七瀬が真紘の方へと近づいて、手を真紘の頬に当ててきた。

 頬に手を当ててきた七瀬の手は、微かに震えている。

「あのね、最後にあと一つだけお願いがあるの」

「俺にできることなら、遠慮せずに言ってくれ」

 逃げないと決めた七瀬の願いを、できることなら叶えてやりたい。こんな自分を優しいと言ってくれた少女にせめてもの事をしてやりたかった。

 自分の言葉に頷いた真紘を見て、七瀬の顔に緊張が走る。

 そして……

「今晩は、ここで一緒に寝ても良いかな? その、迷惑じゃなかったらだけど」

 消えそうな声で七瀬がそう言うと、顔を真っ赤にして視線を下げてしまった。さすがの真紘もこの言葉には、動揺が走る。

 いや、決して深い意味で言ってないとは思う。

 けれど、同じ年の七瀬と二人で同じ部屋に寝るのはやはり戸惑う。けれど畳の方に視線を向ける七瀬は、恥ずかしそうにしながらも言葉を撤回する気はないようだ。

 部屋には、真紘がいない間に女中の者が布団を綺麗に整えて、いつでも就寝できるようになっている。

 しかし、ここは当主が寝る部屋だ。七瀬を寝かせるわけにもいかない。けれど、七瀬に遠慮せずにと言ったのは自分だ。無下に断ることもできない。

「分かった。だが、七瀬が使っている部屋でもいいか? さすがにこの部屋に寝かせるわけにはいかないんだ」

 真紘が苦笑を浮かべながら、七瀬にそう言った。

 すると七瀬は顔を赤くしながら、目を丸くしてゆっくり頷く。

 もしかすると、真紘がこの頼みを聞いてくれると思っていなかったのだろう。

 とはいえ、頷いた後の七瀬の表情は満更でもない様子だった。

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