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求められる当主4

 やはり九卿家に選ばれるような家柄にとって、身内に迎え入れる者の因子の有りという条件は必須なのだろう。だからこそ、重蔵は次期当主の黒樹高雄と九卿家の一つである、雪村の家の雪村春香との婚約を進めていたという話を耳にしたことがある。

 何故、その話が流れてしまったのか、その理由までは分からない。いや、もしかするとその話事態がただの噂話という事もあり得る。

 とはいえ、九卿家内での見合い話が持ち出されるのは、然して珍しいことではない。同じ九卿家ならば、一から調べるという手間も省け、良質な因子を持った人材を身内に入れることができるからだ。

 自分の父親である忠紘も、九卿家ではないにしろ、九卿家と成り得る家の母とお見合いをしている。

 現に真紘だって、輝崎の傘下である家の名莉と婚約しているという風になっている。けれど、これは飽く迄、候補という形でしかない。

 真紘にとって名莉は大切な友人で、名莉にとっての自分もそうだろう。

 けれど、友人という関係が完璧に構築されているからこそ、お互いの気持ちを縛ることは不可能だとも思う。

 きっと、名莉もいつか誰かに特別な感情を抱くときが来るだろう。そしたら、真紘はその背中を押したいと思う。

 ただ、それが自分の事となると……

 上手く想像ができないのが本音だ。

 ましてや今の状況では、自分が誰か大切にできると思えない。情けない話だ。

 人が人を好きになることは、そんなに難しい事ではない。

 けれど、その相手を大切にできる自信がないのに、人を好きになることは良い事なのだろうか? 真紘はそう考えてしまう。

「まっ、そんなに深く考え込むな。儂のちょっとした疑問が出ただけだ」

 黙っていた真紘の思考が重蔵の言葉で遮断される。

 けれど真紘はそれを不快には感じなかった。逆に助かったと思ったくらいだ。答えを自分自身で導き出せず、悶々としていたのだ。

 きっと、この答えを出すには、真紘という人間はまだ未熟で経験が不足している。

 答えが出ないという事は、そういうことだ。

「気にかけて下さって、ありがとうございます。重蔵様」

「礼には及ばん。……おお、次の輩は儂を使命したようだな? 烏山の家か……。よし、良い度胸だ。すぐに眠らせてやる」

 愉快そうに笑い声を上げながら、重蔵が真紘の元から去ってしまった。

「一分も掛からないだろうな……」

 歩き去る重蔵の姿を見ながら、真紘は次の試合をそう判断した。しかも最初の一手で決まるだろう。

 だからこそ、真紘は重蔵の試合を見ようと思わなかった。

 ましてや、相手を一撃で倒すことを目的にしているなら尚更だ。

 真紘は少しの休憩を兼ねて、水分補給をする。

 するとそこへ、少し躊躇うような素振りを見せる七瀬が近づいて来た。

「七瀬か。どうかしたのか?」

 真紘がそう声を掛けると、七瀬が少しほっとした表情を浮かべて来た。真紘がそんな七瀬に首を傾げさせる。

 すると七瀬が真紘の様子に気づいたらしく、慌てて口を開いて来た。

「別にどうかしたわけじゃないんだけど、なんか、ここの空気に圧倒されちゃって……本当、真紘君が言った通り、私じゃ、どんな試合をしてるのか分からないみたい」

「それは仕方ない。これは一般的な剣技とは違うからな」

 俯く七瀬に真紘がそう答える。すると俯く七瀬が寂しそうに苦笑を浮かべて来た。

「どうかしたのか?」

「ううん、何でもないの。気にしないで。それに、試合の流れが分からなくても、真紘君が凄いってことは分かるから」

「いや、そんな事ないぞ。俺はまだまだ……」

「凄いよ。本当に」

 否定する真紘を、七瀬がさらに否定してきた。そしてさらに言葉を続ける。

「だって、真紘君も言ったでしょ? 私に。人の心を動かすことは凄いことだって」

「まさか、ここでそれを返されるは、思わなかったな」

 真紘が少し困った表情を浮かべると、七瀬がしてやったりという風に笑みを浮かべてきた。

 するとその時、真紘の名が呼ばれた。

 真紘を指名する者がいたのだろう。

「では、俺は向こうに戻る。もし、疲れたら部屋に戻っていていいぞ」

 七瀬にそう告げて、真紘は自分を相手に使命してきた者の前へと立った。真紘に試合を挑んできた男は、九卿家に入っていない家の門下だ。大柄で年も四〇代を過ぎという風に見える。

 真紘を真っ直ぐ見ながら、威圧的な空気を流している。

 男の瞳は、真紘の存在を否定し侮蔑していた。

 何故、こんな子供が九卿家の当主という地位についているのか、納得していないのだろう。しかしこれは、この男に限ったことではない。

 真紘を指名してきた者のほとんどが、真紘に対して否定、或いは好奇の視線を送ってきた。だから、男からの威圧を受けても真紘は、何も感じなかった。

 試合が開始され、真紘が復元したイザナミを構える。

 男が構えるのは、汎用型の剣だ。

「輝崎の当主、どこからでもどうぞ?」

「……そうか。では」

 男の言葉が真紘に対する挑発であることは分かっている。しかし、真紘はその挑発に敢えて乗った。男が剣を構える。守備の態勢だ。

 真紘が因子をイザナミへと流す。イザナミを横薙ぎに払う。払った瞬間、流した因子を外気へと放出する。

 大神刀技 疾斬(しつざん)

 真紘の放った疾斬という技は、刃から無数の風の刃が放たれ、相手を乱切りする。勿論、これは試合。技の威力とダメージを軽減するために、因子の量をかなり抑えている。

 だが、それでも相手の身体には無数の切創が刻まれ、反対側の壁へと吹き飛ばされる。

 呆気ないと思われるほどに、真紘と男の試合は型がついた。

 真紘が壁をへこませた男の姿を少しの間、凝視してからイザナミを納刀する。

 試合を終えた、真紘は無心だった。

 何故、こんなにも……?

 ふと、時間が経ったとき自分でもそう思う。刀を握るとき、自分の感情を消し去ることは、一番最初に忠紘から教わったことだ。

 だから、戦闘時の真紘は常に冷静であることが多い。感情の波が起伏しやすいと、敵に隙を与える可能性が高くなる。

 一度、高ぶってしまった感情を落ち着かせるのは、なかなか至難の技だからだ。

 真紘はそれを幼い頃から行っていた忠紘との稽古で痛感している。

 悔しさで感情が高ぶったり、自身の未熟さに気落ちしたりしていると、それまで出せていた力が出せないのだ。

 とはいえ、感情が無になるということはない。

 冷静でいながら、頭の中では色々なことを考えている。けれど、さっきの試合の時は、真紘の胸中には何の感情もなかった。

 ただ相手を倒すという行動しか考えていなかった。まるで取り付かれたように。

 ……違うな。

 自分は無心だったのではない。そう錯覚してしまうほど、真紘の心は一つの感情に飲まれていたのだ。

 ずっと真紘の中に蓄積されていた、感情が、怒りが、小さく破裂したのだ。

 自分自身でその事実に気づいた瞬間、真紘は自分がずっと悔しかったのだ。

 だから付け焼刃の当主であることに嫌悪感を抱き、こんなにも自分は同じ事を悩み、嘆いている。きっと、自分の中にある自尊心が真紘の胸を強く叩いている。

 自分は忠紘に継ぐ当主になる者だと。

 溢れ出てくる自分の本心を落ち着かせようと、真紘が息を吐き出す。

 するとそんな真紘の元に、雪村家の当主である雪村藤華がやってきた。

「さっきの試合は見事でした」

「いえ……」

 藤華からの賛辞に、真紘が表情を崩すことなく答える。そんな真紘の態度を然程気にする様子もない藤華が、後ろを振り向き担架で運ばれている、真紘と戦った男の姿を見た。

「あの方は……貴方を殺す気でいたようです」

 藤華の言葉に、真紘が思わず眉を潜める。

 確かに殺気は感じていた。けれどこの場で人を殺めようと考える者がいるとは思っていなかった。内心で驚く真紘を余所に、藤華が話を続ける。

「時たま居るのです。ああいう輩が。自分と相手の力量も分からず、自分の妄念に取り付かれている。貴方が不運の事故で死ねば、輝崎は立て続けに当主を失ったことになります。そうなれば、輝崎の家は落城したのも同然だと。そういう考えだったのでしょう」

 藤華が真紘の様子を窺う様に、横目で見て来た。そして表情を崩さない真紘を見た藤華は、さもつまらなそうに視線を下げ、真紘の元を去ってしまった。

 真紘はまた一つ、溜息を吐いた。

 試合は続けられ、例年通り……九卿家の当主が試合で負けることはなかった。




 真紘は、一日目の雲耀剣技会を終え、夕食を食べ終えた真紘は自室で休んでいた。

 明日の雲耀剣技会は、今日とはまた違った形で気合いを引き締めなければならない。公家の前で行われる試合は、今日のようなものではない。

 試合での武器使用は禁止。因子の使用も技を放ったり、相手に深手を負わせたり、殺傷してしまう量の因子使用は禁止となっている。

 公家の前で血生臭い試合を見せるわけにはいかないからだ。

 しかも九卿家の当主同士の争いで制限を設けなければ、試合会場がただでは済まないだろう。

 当主たちは、それこそ自分たちの強さに強い自尊心を持っている。

 そんな当主たちが、他の当主と試合をするとなれば当然手加減などするはずもない。

 もうすでに、明日真紘が最初に戦う相手は決まっている。

 真紘が初戦で戦う相手は、六条家に使える烏山家の当主、烏山(からすやま)大和(やまと)

 重蔵に次ぐ古参の当主であり、技量においても当主としての経験も豊富な人物だ。普通に考えれば新参者である真紘に勝てる見込みはない。

 けれど、だとしても負けるとも思ってはいけない。輝崎の当主である自分が若さや経験不足という言葉を盾に甘えてはいけない。

「やりきってみせる……」

 ふとした瞬間に、決意を真紘は口にしていた。

 するとそんな真紘の元に七瀬がやってきた。

「真紘君、お邪魔しても良いかな?」

「七瀬か。ああ、構わないぞ」

 真紘が頷くと、七瀬が障子を開けて真紘の部屋へと入って来た。

「あんまり、家具とかはないんだね」

 部屋を見回しながら七瀬がそう呟いてきた。

「ああ、この部屋は書斎として使ってるわけではないからな」

 この部屋は基本的に、寝室として使っているだけだ。そのため、この部屋には丸い障子窓の所にある低い脚のテーブルなどしかない。

「真紘君は、やっぱり凄いね……」

 視線を外していた真紘に七瀬が、ぽつりと呟いてきた。

「何故だ?」

「私ね、今日の試合を見て、怖いなって思ったの。普通に怪我してる人とか運ばれてる人とかいて。でも真紘君はまったく動じてなくて、やっぱり私なんかとは違うんだなって思ったの」

 七瀬がそう言いながら苦笑を零す。

 苦笑を零した七瀬の表情を見て、真紘の心がざわついた。

 なんとも言えない感情が真紘の中で沸き起こる。

「真紘君……?」

 真紘の表情が曇ったことに気づいた七瀬が、戸惑い気味に首を傾げる。何か自分は気に障ることを言ってしまっただろうか? と言うような顔だ。

 しかし真紘は、動揺する七瀬に何の言葉も掛けられなかった。

 自分の胸中で渦巻いている感情を上手く飲み込むことに必死になっていたからだ。

 そしてそれをするには、七瀬がいては駄目なのだ。

「悪いが、出て行ってくれ」

 真紘は低い声でそう言い放った。

「えっ……?」

 困惑する七瀬に、真紘が険しい表情を向けた。それだけで、七瀬は気後れした様子で真紘の部屋から走って出て行ってしまった。

 真紘は走り去る七瀬の姿を見ながら、真紘は奥歯を噛んだ。

 それから少し経って、真紘はやっと自身の気持ちを落ち着かせることができた。

 けれど落ち着きを取り戻せば、取り戻すほど部屋から追い出してしまった七瀬に申し訳なさが沸き上がってくる。

 あのときの七瀬に非はない。あるとするなら、自分の方だ。

 自分がまだ割り切れていないから……

 いや、今は考えるよりも先に七瀬に謝らなければ。

 思考の中に潜ってしまいそうになるのを堪え、真紘は立ち上がった。

 七瀬には随分嫌な思いをさせてしまった。

 まだ起きているだろうか?

 真紘がそう思いながら、七瀬の部屋の前まで行くと明かりはついていなかった。

「寝てしまったのか?」

 呟きながら、真紘がそっと部屋の障子を開ける。

 けれど、開けた障子の先に七瀬の姿はなかった。いると思っていたせいか、真紘はしばしの間、面喰らう。

 しかし、次の瞬間に彼女がどこに行ったのか? という疑問が浮かぶ。

 家に帰ったのか? いや、でも七瀬がここに来る時に持って来たらしい荷物は部屋におきっぱなしだ。

 つまり、何も持たずにどこかへ行ってしまったということだろうか?

 少し出ているだけなら、部屋の電気を消しはしないだろう。

 真紘はすかさず玄関へと向かい、七瀬の靴があるかを確認する。するとやはり、七瀬の靴はなかった。

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