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求められる当主3

 次の日、真紘は袴姿に着替えていた。

 今日は年に一度行われる雲耀剣武会に輝崎の当主として出るためだ。この雲耀剣武会は各家の当主と門下の者が試合を行うもので、二日間行われる。一日目は勝ち抜き方式で、試合に三試合続けて勝ち残った門下の者だけが九卿家の当主の一人と試合を行うのだ。

 九卿家の当主と戦う時は、勝ち抜いた者が誰と試合をするかを決められる。

 そんな規則もあってか、今年は輝崎の家に挑む者が多いだろうという声が、色々な所から聞こえてきた。

 この場で負けた九卿家の当主など一人としていない。当然といえば当然だ。九卿家の当主となる者が自分たちより下の身分の者に負けてはいけない。もし、負けたり、相手に手加減されるような事が万一にもあれば、家の降級に繋がってしまう。

 逆にいえば、この場で九卿家の当主を倒したともなれば、その者の知名度及び待遇が上がるのは間違いない。

 だからこそ挑戦者も必死に己の勝機を算段して、九卿家の当主たちに挑んでくるのだ。

 今回、雲耀剣武会が行われる場所は、輝崎の敷地内にある道場だ。

 道場内の床は綺麗に磨かれており、木の冊子の隙間からは朝日が差し込んでいる。道場の広さは、一〇〇名以上の人間が入っても余裕なほど広い。そんな道場の中に真紘は一人でいた。

 剣武会が開かれる直前まで、真紘は一人で剣の鍛錬に打ち込んでいた。そんな真紘の元に、一人の人物が近づいて来る気配を感じた。

「やぁやぁ、真紘君。葬式の日以来だね。元気にしてるかな?」

 にこりと微笑んでやってきたのは、同じ九卿家の家である宇摩の当主であり、父、忠紘の昔馴染みでもある豊だ。

 雲耀剣武会の開始は、今から約三時間後だ。まだ当主たちが集まるのには早い。

 何か自分に用でもあるのだろうか?

 真紘はそう思いながら、近づいて来る豊へと静かに頭を下げた。

「はは。真紘君は真面目だね。けど、私に頭を下げる必要はもうないんだよ。君は私と同じ位にいる人間なんだからね。忠紘も私と会って頭を下げたことなどなかっただろう?」

「そうですが……しかし」

 少し眉を顰めた真紘の言葉を豊が手で制してきた。

「しかしなんて言葉は要らないよ。確かに当主として礼儀を重んじろとかいう、輩もいるけどね……今は、当主の威厳を見せしめるための行事なんだ。だから、簡単に頭を下げちゃ駄目だよ。分かったかな?」

「はい。わかりました」

 真紘が頷くと、再び豊が柔らかな微笑みを浮かべてきた。

「君はやっぱり忠紘の息子だね」

 その言葉と微笑みには、真紘に対する情愛のような物が込められているのが分かって、真紘の胸に込み上げてくるものがある。

 自分でもなんて表現したら良いのか分からない。けれど、安堵したのは確かだ。この一瞬だけ、自分が年相応の少年に戻れたような、そんな感覚に陥ったからだ。

 もし今が、雲耀剣武会の前でなければ、真紘は情けなく見っともなく涙を流していたかもしれない。自分でも想像したくない弱音を吐いていたかもしれない。

 けれど、真紘はそんな気持ちをぐっと抑え込んだ。

 ここで弱音を吐いてはいられない。自分は輝崎の当主なのだから。

 目の前にいる豊は、そんな真紘の心情を汲み取るように踵を返してきた。

「外で私の懐刀たちを待たせているから、私はここで失礼するよ。ただ、君に一つだけ言い忘れたことがある」

「言い忘れてたことですか? それは……?」

 真紘が自分に背中を向ける豊に首を傾げる。すると豊が首だけを真紘の方へと向け、

「私は君だったら、立派な輝崎の当主になれると思うし、君が忠紘の後を継いでくれて嬉しく思うよ。それじゃあね」

 豊がそう言うと、立ち止まることなく道場を立ち去ってしまった。

 もしかすると、豊は自分にこれを言うためだけに早く来たのかもしれない。いや、きっとそうだろう。

 忠紘の友人である豊の言葉は、真紘にとって凄く嬉しい言葉だった。その言葉を裏切るわけにはいかない。

 真紘は木刀を握り、声を張り上げながらそれを揮う。

 空気を裂く木刀の音が真紘自身に気合を入れ直してくるようだ。

 たとえ、どんな者が来ようと負けるわけにはいかない。

 真紘は、決意を堅くして稽古に励んだ。

 集中を切らすことなく、真紘が二時間の稽古を終えると額から流れるように汗を掻いていた。

 少々、稽古をやり過ぎたと思いながら真紘は汗を流そうと道場を出る。

「そこで立って、何しているんだ?」

 道場の入口の影に隠れるように立っていた七瀬に声をかける。すると七瀬が少し驚いた声を上げてから、おずおずと真紘の方を見上げてきた。

「ごめんなさい。勝手に覗いちゃって……真紘君がどこにいるかを女中の人に訊いたら、多分、ここじゃないかって言われて」

「そうか。昨日はちゃんと眠れたか?」

 真紘がそう訊ねると、七瀬がゆっくりと頷いてきた。

「良かった。だが、今日は平日だが学校の方はどうする気だ?」

 真紘の前に立っている七瀬は、制服は来ておらず私服姿だ。すると真紘に学校のことを訊かれた七瀬が少し気まずい表情を浮かべてきた。

「学校は、ちょっとの間休もうと思ってる。校門の前で待ち伏せみたいな事をされてるかもしれないから。真紘君からすると迷惑だと思うけど……」

「いいや。別に俺の方は困らない。しかし、今日、明日と俺は雲耀剣武会という行事に出席しなければいけないんだ。だから何か困ったことがあれば、女中の者に言ってくれ」

「うん、ありがとう。本当にこれだけでも感謝しきれないくらい。でもあともう一つお願いしても良い?」

「ああ、俺にできることなら」

 真紘が七瀬に頷き返すと、七瀬が嬉しそうに笑顔を向けてきた。

「じゃあ、さっき言ってた雲耀剣武会っていう行事を見てちゃ、駄目かな?」

「見物をしても平気だが……」

「だが?」

「あまりお勧めはしないぞ」

 この雲耀剣武会では、因子の使用が許可されている。

 そのため、ほとんどの者が因子を使って試合を行うため、因子を持っていない七瀬の目で追える動きが少ないからだ。

 真紘が七瀬にそのことを伝える。

「それでもいい。部屋で何もしてないよりはずっと良いから」

「わかった。なら雲耀剣技会が行われる時刻になったら、こちらに来れば見られる。俺はその前に仕度をしなければならないから、先に戻ってるな」

 七瀬にそう言って、真紘は稽古で掻いた汗を流しに、浴室へと向かった。




 汗を流し、真紘が道場へと向かう。

 そこにはすでに、九卿家はもちろん、九卿家落ちした家や宮内庁関係者などが集まっていた。

 公家の者は、九卿家の当主同士が打ち合いをする二日目だけに顔を見せる。

 明日、結納は来るのだろうか?

 脳裏にそんな疑問が沸き上がり、真紘は眉間に眉を顰めさせた。

 大事な試合前にこのような邪念に捕らわれているわけにはいかない。集中すべきだ。真紘は息を吐いて、目の前で行われている試合に視線を注いだ。

 目の前では、自分の懐刀である左京や誠が試合をしていた。

 左京の相手は、高梁家の従者で誠の相手は雪村家の従者だ。

 どちらも九卿家となっている従者だ。手練れであることに間違いない。けれど左京も誠も然程、苦戦せずにどちらも勝利している。

 試合はどんどん進んで行き、左京や誠を含め三試合を勝ち抜いた者も出て来ている。そして左京や誠以外のほとんどが真紘を指名して来た。

 もちろん、真紘は冷静にそれらを相手にして一掃する。

 そして次に真紘を指定してきたのは、齋彬家の当主に仕える望月真里だ。

「あー、やっぱり輝崎の当主って美少年だったわ。真里、勝利様じゃなくて輝崎の当主がよかったなぁ〜」

 齋彬家の懐刀である望月真里が、妙に身体をくねらせながら、目をパチパチと小刻みに動かしている。

「真里ー!! おまえ真面目にやらないと、一週間の晩飯を浅漬けとご飯オンリーにするぞ!!」

「げっ、勝利様が怒ってる」

 自分の当主の一喝された真里が、真紘の一太刀に防御壁を繰り出してきた。防壁に刀が弾かれる。

 確かに、この防壁は手強い。しかし……

「勝たせてもらうぞ」

 真紘が防壁を張った真里の後ろへと瞬時に回り込む。突きの一手。

「あっ、やばっ」

 真里から零れる言葉。けれどその言葉が言い終わる頃には、真紘が繰り出した刺突が真里の身体を後ろに吹き飛ばしていた。

 真里との試合が終わる頃には、真紘に挑んでくる者も急激に数を減っていた。

「ちゃんと、当主としての威厳は保てたようじゃな……」

 真紘にそう言ってきたのは、黒樹の当主である重蔵だ。

「いえ、重蔵様ほどではありません。俺はまだまだ未熟です」

「強さをしっかりと誇示しながら、自分の天辺をまだ先に見る姿勢。儂の愚息共に貴様の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ」

 真紘にそう言って、重蔵が満足そうな表情を浮かべてきた。

 そんな重蔵に真紘も微笑み返す。すると再び重蔵が口を開いてきた。

「さて、これは興味本位で訊くのだが……」

 ちらっと自分を一瞥してきた重蔵に真紘が首を傾げさせる。

「道場の隅で貴様を見つめている、あの少女は貴様の(めかけ)か?」

 小指を突き立て、顎先で道場の隅に立っている七瀬を重蔵がさしてきた。

「いえ、違います。あの者は少し困った事情があって、一時的にここにいるだけです。妾などではありません」

「そうか。因子は持っていないようだが……綺麗な少女で貴様と年も近そうだったからな。老婆心から言わせてもらっただけだ。といっても因子を持たぬ以上、輝崎の家が許すとは思えんがな」

 重蔵がそう言って大きな笑い声を上げる。そんな重蔵を見て、真紘はちょっとした疑問を口にして見た。

「では、重蔵様だったら許すのですか?」

「許さん」

 返事は即答だった。

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