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決意4

「椿……」

「ねぇ、誠。何か言いたいことがあるんだったら話してくれないかな?」

 視線を俯かせる誠を、椿が屈んで覗き込んできた。

「誠……もしかして今朝、左京の家に来た?」

 椿の言葉に誠は黙ったまま、頷いた。もうこれ以上、嘘を重ねる必要はないと思ったからだ。きっと椿は全て分かっているに違いない。いや、分かっているからこそ、自分の元に来たのだろう。

「そっか……ならさ、今からあたしと手合わせしてくれない?」

「え? 今から……?」

「うん、そう。むしろ……誠と試合をするためにここに来たんだから」

 椿がそう言って、誠に片目を瞑ってきた。誠はいきなり試合を申し込んできた椿の意図が読めず、当惑の表情を浮かべる。

「私と試合をやっても意味がないと思う……」

「意味がない? どうして?」

 誠は片方の腕をぐっと掴みながら、絞り出すように次の言葉を口にした。

「私が……弱いからだ」

 自分でも驚くくらい声が震えている。まともに椿の顔が見えない。

「それ、誰かに言われたの?」

 椿の声はひどく硬い。誠は首を横に振った。

「誰にも言われてないのに、自分が弱いと思ったの?」

 やや怒ったような椿の言葉に、誠は言葉を返せない。確かに「弱い」と誰かから言われたことはない。けれど、左京や椿に勝てない自分が弱いということは明白な事実だと思う。

「呆れた。どうして、そう思うかな?」

「……椿には私の気持ちが分からない」

 なにせ、椿は自分よりも強いのだから。強い椿に弱い自分の気持ちがわかるはずない。

「なにそれ? そんなの誠が自分のこと悲観ぶってるだけでしょ? できない事の言い訳にしてるだけでしょ? 誠はいつもそう。自分自身を納得させるための理由を作って、勝手にそれで納得する。そんな、自分に嘘つく様なことばっかりして……そんなの、ただ誠が楽な方に逃げてるだけでしょ?」

「違う。私は逃げる口実だと作っていない」

「作ってるよ。今だって、自分が弱いって認めてる振りして、ただ何かに逃げてるだけ!!」

「何故、そう言い切れる!?」

「当たり前でしょ!? 誠はあたしにとって大切な友達なんだから」

 声を荒げさせた椿の瞳には、涙がうっすら浮かんでいる。誠はそんな椿の表情に言葉を失う。

「誠は自分のこと弱いって言うけど、誠の事を強いって思ってる人……たくさんいるんだから。誠は、そんな人に自分は弱いって言うの?」

「それは……」

 言葉が詰まる。

「誠のなりたい姿って、すぐに成れるものなの? 違うでしょ? きっと誠の成りたいものって、すぐ近くにあるものじゃないよね? 遠くにあるものだよね?」

 涙を流し、震える声の椿の言葉が誠の心を強く揺さぶってくる。

「遠くにあるんだからさ……すぐに成れるなんて変だよ」

 涙を流しながら口許に笑みを浮かべる椿に、さっきまでの怒りは宿っていない。椿の美しさが滲み出ているような笑みだ。

「私は、私は……」

 何か言葉をかけようと思うのに、上手く言葉が返せない。そんな自分がひどく歯痒くて堪らない。誠が唇を噛み、その歯痒さに顔を歪めていると、そっと椿が誠の手を握って来た。

「誠、顔上げて」

 椿の言葉に誠が反射的に顔を上げる。すると満足そうに椿が頷き、踵を返して誠と距離を開ける。

「さっ。本当に誠が弱いか見させてもらいましょうか。私に「勝手な勘違いでした。ごめんなさい」って謝らせたいなら、負けてくれても構わないよ。でも誠が勝ったら、私に謝るんだからね? セット・アップ」

 復元言語を口にした椿の手に、刀型のBRVが握られ、そして誠に向かって刀を構える。

 刀を構えている椿の目は、真剣そのものだ。

 真剣な眼差しの椿に一瞬戸惑ったが、誠は意を決して息を飲んだ。

「セット・アップ」

 誠の手にもBRVの刀が復元される。

「誠、誠が懐刀になりたいっていう気持ちは、嘘じゃないよね?」

「勿論だ……」

「なら、ちゃんとその事も実証してよ、ねっ!」

 椿が身体に信じられない速度で因子の熱が伝導したのが分かった。そしてその椿が誠へと月迫っている。誠は正面から突っ込んでくる椿を見ながら、刀を下段に構える。

 構えながら刀身に因子の熱を流す。爆発的に熱を上げる椿の存在は脅威だが、自分の夢を嘘だと思われたくはない。

 正面からやってくる椿は刺突の構えだ。

「はぁあっ」

 声を張り上げながら、椿が誠へと穂先を突き出してきた。誠は後ろへと跳躍し、椿による刺突を不発に終わらせる。

「今度は私から行かせてもらう」

 誠が呟き、先に地面に着いた左足で地面を蹴り椿へと肉薄する。もう既に刀身には因子が満ちている。正面には二手目を繰り出そうと動く椿の姿がある。

 ……私は、もう椿たちから逃げたくない。

「やぁあっ」

 誠も声を張り上げ、下段から刀を払う。

音速抜刀技 正宗

 払われた刀から音波を纏った斬撃が繰り出される。椿がそれを受け止めようと構える椿。

 椿の刀と誠が放った斬撃が衝突する。自分の放った斬撃を椿が受け止めている間に、誠が次の行動に移っていた。

 椿が誠の放った斬撃を受けきる。しかし次の行動に移っていた誠はすでに、椿の背後に肉薄している。

「いつの間にっ!?」

 言葉を吐き捨てる椿が素早い動きで誠の方へと振り返る。けれどその瞬間には、誠が横薙ぎに払った刀の峰が椿の胴を直撃していた。

 胴を打たれた椿が後ろへとよろけ、地面に刀を突き刺して咳き込む。咳き込む椿はひどく苦しそうにする椿の姿を見て、誠は椿を蝕む病気のことを思い出した。

 そうだ。椿は因子を使うと発作が起きてしまう病気が……

 誠ははっとして、椿の元へと近づき椿へと手を伸ばす。するとそのとき、椿が地面に突き立てていた刀を逆手で抜き、刃先を誠の喉元に向けてきた。

「なっ!」

 思ってもいなかった椿の行動に、誠の動きが止まる。すると誠に苦しそうに呼吸する椿が、自分へと突き出してきた刃を引っ込めてきた。

 刀を引っ込めた椿が、少し戸惑い気味の誠に汗ばんだ顔で笑みを浮かべてきた。

「安心して。最初に刀を地面に突き立てた時点であたしの負けだから。ただ、誠は人に甘い所があるみたいだから、こういうこともあるんだよーっていう、お手本。まっ、相手があたしだから、身体を心配してくれたんだろうけど」

「勉強になるが、無茶をしてはいけない。左京も言ってただろ? 体調管理は大切だと」

「あはは。そうだね。うん、じゃあ、ちょっとそっちで休ませてもらおうかな? 誠、手を貸してくれる?」

「ああ、構わない」

 自分へと伸ばされた椿の手を首の後ろへと回し、苦しそうにする椿を支えるように縁側へと歩いた。

「あー、やっぱり因子使うと身体が根を上げるのも早くて、困っちゃうな~」

 縁側に両手をつけながら座りこんだ椿がそう愚痴を溢してきた。

「その病気は治らないのか?」

「うん。治らない。実はね、あたしの身体……末期に近いの」

 椿が口にした言葉に、誠は思わず言葉を失う。

「だから、今日、蔵前の家にたまたま用事があって当主である忠紘様と一緒にやってきていた真紘様に謝ったの。「次期当主である真紘様の懐刀になれなかった時は、申し訳ありません」ってね。まぁ、あたしが唐突に頭を下げたもんだから、真紘様もぽかんとしちゃってたけど。でね、そのぽかんとした表情の真紘様の顔が妙に面白くて、つい声出して笑っちゃって……左京に窘められちゃったよ。でも、その後私の身体の事を話したら納得してくれて、間近であたしの剣術を見たいって言ってくれたから、左京に付き合って見て貰ってたの。誠がどの瞬間を見たかは、分からないけど……真紘様が帰ったあと、「こんな所、誠に見られたら誤解されそうだ」って左京と話してたんだよね」

 笑いながら話す椿たちの会話が、先ほどの自分に当てはまり過ぎて誠は顔を真っ赤にして俯いた。

「あれ、あれ? その顔は図星なのかな?」

「うっ……」

「なるほど。なるほど。でもまぁ、前後の事情を知らなかったら誤解して、腹立つ気持ちも分かるけど……もう少し私たちを信用して欲しいかな?」

「……本当に申し訳ない。自分が不甲斐なくて穴があったら入りたい気分だ」

「もし、本当に誠がそんな穴に入ったら、後で左京に見せるように写真を撮っちゃうからね?」

「それだけは、やめて欲しい」

 穴の入った誠の写真を見ながら、怪訝そうな表情を浮かべる左京の姿が容易に想像できる。誠は溜息を吐き、椿と視線を合わせた。

「末期と言っていたが、それは確定事項なのか?」

「このまま、因子経路に関する医療が進まなければ、あと二、三年が良いとこみたい。けどさ、あたしは、それを言われたからって、将来を暗く考えたくないんだよね。だって、あと二、三年あれば、医療がどんな風に発展するか分からないでしょ?」

「ああ、そうだな。私もそう思う。それからだが、私はやっと分かった気がする」

「何が?」

 誠の言葉に椿が首を傾げさせる。そんな椿に誠が微笑みを返した。

「椿が強い理由だ。といっても、私には到底、真似できないことだが……」

「なるほどね。けど、別に無理に真似する必要はないと思うけどね。人それぞれの遣り方ってあるし。だから、誠には誠の遣り方があると思う」

「時たま思うんだが……椿は年齢の割に達観してると思う」

「えー、誠に言われたくないよ」

「いいや。私より二つ下と言っていたな? つまり、まだ十三、十四の年齢だ」

「病院通いとかしてると、大人と関わったり、自分を見つめ直す時間が余分に出てくるもんなんだよね。だからかな? あたしの親もこの病気を治すために躍起になってたし」

 これまでの記憶を掘り起こしたのか、すっかり暗くなった夜空を見上げて、椿が苦笑を浮かべている。誠はそんな椿の横顔を見て、これまで彼女がどんな大変な思いをしてきたかを想像して見ようと思ったが、やめることにした。

 どんなに考えてみた所で、その時の心の葛藤を推し量ることはできない。

 それに、椿は自分の中に生まれる様々な気持ちと戦って、こうしている。いや、きっと今もその戦いは続いているのだろう。

「やはり、私も負けてはいられないな……」

 誠が小さい声で呟いた。

 隣に居る椿は、まだ夜の空を見ながら思いに耽っている。

 だから、誠も黙ったまま自分の内側にある気持ちに整理させることにした。まず、やるべき事としたら、左京や椿に対する劣等感に打ち勝ち、自分に自信を持つことだろう。

 でなければ、誠が成りたい姿になれるはずがない。

 きっと左京に対する劣等感を失くすことは、自分にとってかなり難しい事だろう。なにせ、左京は誠にとって、友人でもあり憧れの存在でもあるのだから。

 しかし左京と共に、父たちのような懐刀になるためには、左京と対等にならなければな。それにはまず、鍛錬か……いや、今回のことで出流や左京に謝らなければ……しかし二人とどんな顔をして会えば……、待て。私はまだしっかり椿にも謝れてない!!

 などと、誠が頭を抱えていると……隣にいる椿からの笑い声が聞こえて来た。

「誠の顔、コロコロ変わり過ぎ! おかしー!」

「いや、これは……」

 笑われている恥ずかしさに顔を赤く染めながらも、誠は笑う椿に頭を下げたのだった。




 結局、椿は懐刀を決める試合に姿を見せることはなかった。

 一抹の不安から、左京と共に椿の家に連絡を入れると、集中的な治療に専念するために試合を辞退したらしい。

 椿と最後の最後で戦えなかったことは残念だが、二度と会えないよりは……と左京と共に気持ちを切り替えたことを、覚えている。

 あれから椿の治療はどうなっているのだろうか?

 誠がそんな事を考えていると、二年の主任教官である桐生が脱衣所へとやってきた。

「蔵前教官、佐々倉教官、二人に手紙が来てますけど? どちらもご実家から」

「私たちに?」

 左京と顔を見合わせ、桐生から二通の手紙を受け取る。情報端末による通信が主流になった今、手紙が来るなんて珍しい。しかも実家から。

 首を傾げながら、左京と共に届けられた手紙の裏面を見て……誠は思わず目を見張った。送り主の所には「宮島 椿」と書かれていたからだ。

 すぐにでも便箋から手紙を取り出し読みたいという気持ちに襲われる。

 けれど誠も、そして隣にいる左京もそれを何とか堪えた。

 こんな、脱衣所でタオル姿のまま見るものではない。

 誠はそっとロッカーの中に手紙を置いて、すぐに着替え始めた。

 手紙に書かれる良い報せを期待しながら。

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