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イザナギとイザナミ

 サマー・スノウ宣戦も終幕し、生き残った生徒は全生徒で三十名ほどだった。その生徒達には後日、賞品を授与されることになった。

 狼たちは所々雪が抉られ、地面が剥き出しになっているグラウンドを後にし、教官室に向かっていた。それはサバイバル演習で1位になった為、自分たちのBRVを強化してもらえるからだ。

 グラウンドで閉会の挨拶を行方副会長が行っている際、榊から声が掛かっていたのだ。

 季凛はサバイバル演習を行っていないため、カモノハシがいるデンの部室小屋に待機してもらっている。

「BRVの強化って、そもそもどうやってやるの?」

「ああ、BRVを強化する特別な装置があってね、それを起動できる教官たちの手によって、行われるのよ。中等部の頃まではBRV自体の強化っていうより、技の強化の方がメインだったんだけどね。それでも、何回かはBRV自体の強化もやったことあるわ」

 前を歩いていた根津が後ろ歩きで、説明してくれている。

「ちなみに、それをサポートしてるのがあたしと同じ情報操作士で二年の條逢(じょうほう)(けい)()っていう先輩ね」

 狼の肩に手を置きながら、鳩子が満面の笑みを作っている。

「へぇー。その先輩もやっぱりすごいの?」

「まぁね。條逢先輩の家が情報操作士のBRVを開発したって言っても過言じゃないからね」

 鳩子は腕を前で組み、口をへの字にして少し唸っている。そんな鳩子を見て狼が首を傾げていると、小声で根津がそっと教えてくれた。

「條逢先輩の家と鳩子の家はライバル同士だからね、気になるんじゃない?條逢先輩も飄々としてて変わってる人だし」

「そうなんだ。情報操作士って変わってる人多いんだね」

 そんなことを狼と根津で話していると、唸っていた鳩子がばっと狼たちの方を向き

「何か言った?・・・特に狼!!」

「いや、なんにも・・・」

「嘘おっしゃい!鳩子ちゃんの耳は地獄耳なんだから、嘘言っても無駄なの」

「だったら、わざわざ訊かなくてもいいのに・・・」

 狼がぼそりと呟くと、鳩子が狼の頭をばしっと叩いてきた。

 狼は頭を押さえながら、名莉の方をちらりと見る。すると名莉はいつものようにぼーっとしている。だが狼と目が合うと、にわかに微笑んだ。

 本当にメイともだいぶ慣れてきたなぁ。最初の頃よりは頻繁に笑ってくれるようになったし。

 狼が名莉との距離感を近づいたことを思うと、にわかに顔が緩む。そんな狼を

「デレデレしちゃって・・・」

「このアホオオカミ・・・」

 と言いながら根津と鳩子が顰め面で、狼を見ている。

 最近女子からの風当たりが強くなったのは気のせいだろうか?狼は一気に脱力してため息を吐いた。

 教官室の前に着いた狼たちは、そのままドアを叩いて扉を開ける。

 教官室は真正面に窓があり、夏の日差しを部屋に降り注いでいる。部屋の中に学校にあるとは思えないお洒落な机が設置され、それに合わせた椅子もある。壁際には少し長めの本棚が置かれていた。そしてそんな教官質に、榊とその前に狼たちと同じ制服を着た男子生徒がソファーに腰かけていた。

 きっとこの男子生徒がさっき鳩子の言っていた條逢慶吾だろう。

 慶吾はどこかミステリアスな雰囲気を漂わせている美少年だ。そんな慶吾をぽかんとしながら狼が見ていると、慶吾は柔和に微笑んだ。

「やぁ、君が黒樹君だね?初めまして、俺は條逢慶吾。君のBRVの強化に関わらせてもらうよ。・・・・・と言いたいろころだけど、それがちょっと無理なんだ」

「えっ!無理ってどういうことですか?」

 狼が一歩前に出て慶吾に訊ねると、慶吾はソファーから立ち上がり狼の前へとやってきた。

「ちょっと黒樹くん、イザナギを出してもらえないかな?」

 狼は慶吾に言われた通り、イザナギを復元する。復元されたイザナギを慶吾がまじまじと見つめている。そしてそれから

「うーん、やっぱりダメだね。残念だけど」

「そ、そんなぁ~」

 あんなに楽しみにしていたのに。ここまで来て強化が出来ないなんて、それではあんなに必死でサバイバル演習を頑張った意味が無くなってしまう。狼はそこに何とも言えない虚無感を感じる。

 狼がそんな情けない声を上げていると、横から鳩子が口を開いた。

「どうして、強化できないんですか?納得行かないんですけど!」

「なんで、大酉が納得できないわけ?大酉くらいなら、このイザナギの厄介さを理解してると思うんだけど」

「そりゃあ、理解してますけど。でも、真紘が持つイザナミは強化できてるじゃないですか?それなのに狼のができないっていうのは、おかしくないですか?」

「確かに」

 鳩子の反論に、狼は顎に手を当て納得する。

 確かに鳩子の言う通りだ。確か真紘が持つイザナミもイザナギと同じくらい特殊なBRVだったはずだ。それなのに、真紘は強化が行えている。

 だからこそ、真紘は極々普通に『強化される』という言葉を使っていたのだ。

 それなのに、どうしてイザナギは強化が出来ないのか?

 狼とデンのメンバーが不服満々な表情で慶吾を見る。

 すると慶吾がやれやれというように、息を短く吐き口を開いた。

「簡単に説明すると、今のイザナギは完璧じゃないんだ。まぁ、機械的に言うと完成するための部品が足りないんだよ。そして輝崎君のイザナミにはそれがある。これで納得してもらえたかな?」

 足りない部品。狼は自分の手にあるイザナギを見ながら考えて見る。

「狼、あんた使っててないの?何かここ欠けてるなとか、妙な窪みとか」

 鳩子の隣にいた根津が急かすように、言葉をかけてくる。だが見た所変に欠けた所も、窪みも見当たらない。

 足りない部品・・・・足りない部分・・・・うーん。

 数秒考えてから、狼はあることに気がついた。

「あっ、あった!これ柄がないっ!」

 自身満々に狼が少し身を乗り出しながら、答える。根津や鳩子も「ああ!」という声を上げている。だが、そんな狼たちを見て慶吾が苦笑を浮かべている。

「そんなわけないだろ。この馬鹿!足りない部分っていうのは内部の認証コード的な物だ。そんな認証コードが柄の部分にあるわけない。少しは頭を働かせやがれ」

 今まで腕を組んで黙っていた榊が呆れた様子で、怒鳴った。

 そんな榊にやや畏縮しながら、狼たちは慶吾の方に目を向ける。慶吾は何が楽しかったのか分からないが、楽しそうにクスクスと笑っている。

 真紘が爽やかな美少年だとしたら慶吾は中性的な美少年だろう。

 そんな慶吾は笑うのをやめ、再び言葉を紡いだ。

「そういえば、羊蹄の家はイザナミの開発に携わっていたよね?なにか、思い当たる物とかわかるかな?」

 狼の丁度斜め後ろにいた名莉は、慶吾の言葉に黙って首を横に振っている。

「メイっちの家も開発者の中では有名だけど、まさかイザナミを造ってたとはねぇ。鳩子ちゃんも知らなかったなぁ」

 と鳩子が両手を頭の後ろで組みながら、そんなことを言っている。

 すると名莉は目線を鳩子の方に移しながら口を開いた。

「秘密みたいだったから。どうして秘密だったのかは私も知らない」

「ふーん。なるほどね。だからメイっちは昔から真紘と仲が良いわけね」

「真紘と真紘のお父さんがよく、家に来てたから・・・」

「ほうほう通い夫ですか」

 鳩子がニヤリと笑みを浮かべる。

「おっ、ロマンがあっていいねぇ。俺もそういうのけっこう好きだよ」

 と慶吾もニコニコと笑みを浮かべて、鳩子の意見に乗っかっている。そんな二人の情報操作士からの目線をまったく気にも止めていないように、名莉は首を傾げている。

 気にも止めていないというより、二人の言っている意味が分かっていないらしい。

「そんな話はどうでもいい。さっさと黒樹以外の奴は自分のBRVを出せ」

 榊はあからさまに苛立ちながら、デンのメンバーを急かしている。

 そんな榊に根津が「すみません・・・」と一言謝ってから、自分のBRVを榊に手渡した。それに続けて、名莉と鳩子も自分のBRVを榊に渡す。

「みんなだけ強化って、ズルいだろ。僕だって強化したかった・・・」

 狼が肩を落としながらそう呟き、違う部屋へと移動する榊と慶吾を見送る。

「はぁー」

 狼が一息つき前を見ると、名莉の顔が至近距離にあった。

「え・・・・メイ?」

 狼が名前を呼ぶ。

 けれど名莉は眉を下げ、とても申し訳なさそうに顔を歪めている。

「どうしたの?メイ?」

 狼が名莉に訊ねると、名莉は少し目線を下げながらか細い声で言った。

「私、狼の役に立てなかった・・・」

「そんなことないよ。別にメイが悪いってわけじゃないし。悪いのはこのポンコツだよ」

 狼が苦笑しながら、イザナギを指で指す。

 すると名莉は強く頭を振って

「私は狼の役に立ちたかった」

 そう言った。

 狼は鳩子や根津と顔を見合わせてから、名莉の肩をポンと叩いた。

「メイが僕の為に、役に立ちたいって思ってくれただけでもう充分だよ。ありがとうメイ」

 狼がそう言いながら笑いかけると、名莉は少し表情を曇らせているものの、ニコッと微笑んだ。


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