彼女の告白
一枚の新聞記事を読み、オースティンは深い溜息を吐いた。
何で俺がこんな生き恥を晒されないといけないんだ? もうここまで来ると、何かしらの陰謀が働いているとしか思えない。
オースティンが煙たそうな視線を送る記事には、『巨大! ニューヒーロー現る! 巨大ヒーロー、ライトセーバーを駆る』という見出しの、地元記事だ。日付を見ると二週間前のものだ。
そして今朝、オースティンがアパートで目を覚ますと、郵便ポストにこの新聞が入っていたのだ。きっとシーラかキャロンあたりが入れてったのだろう。
ここ二週間、どこかへ行方を晦ましているリリアたちの動きを調べたり、国際防衛連盟などに呼び出されたり、厄介で面倒な事が続いていたというのに……。
おかげでオースティンの気分は、朝から一気に憂鬱な気分が強くなってしまった。
見出しの記事には、ばっちり写真まで掲載されている。写真に目立って映っているのは、赤いペンライトのような物を振るライアンに、空を飛ぶビリーだが……その奥にバレットM82を怪物たちに向け突き出すオースティンの姿も映っているのだ。
これは悪夢だ。悪夢以外の何物でもない。
誰だよ? あんな事態の時に写真なんか撮ってる馬鹿は? 写真には、その場にいた兵士1人からの投稿となっている。
もしかすると、この写真を撮影した兵士は、世紀の瞬間を写真に収めたとか思っているのかもしれないが、オースティンからすると大迷惑だ。
コップに注いだミルクを一気に飲み干し、大きく溜息を吐いた。
もし、この記事をポストに入れたのがキャロンだとすると、高確率で他の奴等に拡散されている可能性が極めて高い。ここまで静かなのが逆に不気味なくらいだ。
いや、ネガティブに考えるな。もしかすると、本当にまだこの品のない写真は、あの馬鹿たちの元に行き渡ってないのかもしれない。
もしそうなら、見られたくない奴等の手にこのネガが渡るのを防ぐことだって、出来るはずだ。きっとこの記事の内容が、テレビに報じられたり、尾を引かれたりはしないだろう。
この記事を読む限り、軍の演習中にトラブルで自分たちがそれを解決したという感じのない様だ。きっと軍や国際防衛連盟の方で情報規制が掛けられているはずだ。
国際防衛連盟としては、軍に対する貸しとして。そして軍は世論からの強い批判や反発を避けるためだろう。何とも稚拙なやり取りだ。
だったら、この写真を載せんなよ。とも思うが、この写真も両者の思惑が合致した結果だろう。今や世間の間では、軍と国際防衛連盟及びアストライヤーたちとの亀裂は明白な事実として認知されている。けれどこれまで、深い協調性を謳っていたアメリカの両者からすると、マイナスのイメージだ。だからこそ、そのマイナスイメージを少しでも改善しようと、軍で起きたトラブルをアストライヤー関係者が援助したという一面を公にしている。
裏面には、後にやってきた国際防衛連盟の隊員たちが負傷者を治療している写真まで載っている。
「芸が細かいっていうのは、こういう事だな……」
オースティンは肩をすくめて、お皿に乗っけたサンドウィッチを手に取る。
「本当にやることが早いわよね? 私も思わず感心しちゃう」
「まっ、やること早いのはお前も人のこと言えないけどな……って、何でおまえがここに居るんだよ? どうやって入った?」
オースティンが後ろに振り返り、ソファに座るテレサを訝しげに見た。
「どうやってて、普通に鍵を使ったのよ?」
「その鍵はどこから手に入れた?」
「勿論、キャロンからよ?」
「アイツ、人の部屋の鍵を勝手に……」
ここにはいないキャロンにオースティンが眉を顰めさせる。こんなことなら、すぐにでもキャロンから鍵を回収しとくべきだった。
「私が入って来たことに気づかないくらい、その新聞を熱心に見てたみたいね? もしかして、新聞デビューが嬉しいの?」
「まさか。この悪趣味な記事の所為で、朝から最悪な気分だぜ。おかげで部屋に不法侵入までされるしな」
「闖入者扱いするなんて、ひどいわね? けど、私だって少なからず貴方に怒ってるわ」
テレサがやや表情をむっとさせて、オースティンを微かに睨んできた。その視線からテレサが自分に何を言おうとしているのか、大体の想像が付く。
「状況が変わったんだ。仕方ないだろ?」
「そうね。状況が変わったのは仕方ない。当初の作戦が変わったのも仕方ない。けど貴方も貴方で突っ走りすぎたと思わない?」
テレサが言っている当初の作戦とは、オースティンがアラスカに飛ぶ前に打ち合わせした作戦内容のことだ。
当初のテレサたちと話し合いでは、まずオースティンが囮となり、怪しい連中を誘き寄せ、訓練の中日くらいを目安にあの基地でテロに扮した奇襲作戦を起こそうとしていたのだ。そしてその作戦の中で、被害を少なくするためにアレクを用意し、テロの火付け役をキャロンに任せようとしていたのだ。そしてその混乱に乗じて、実験を画策する人物たちを一網打尽にするという手筈だったのだが……結果的にはリリアたちを逃がし作戦は失敗に終わっている。
「俺を睨むな。第一、お前らだって、もう一人潜伏させること俺に言わなかっただろ」
「ええ、そうね。そこの非は認める。けど、貴方はまんまと相手の罠に引っ掛かった」
「……お互いにな」
少し間を開けてから答えたオースティンに、テレサが溜息を吐いてきた。
「オースティンは情に熱そうだもんね?」
「おまえ、小言と皮肉を言いにここまで来たのか?」
オースティンが目を細めると、テレサがクスッと苦笑を零してきた。
「違うわ。小言を言ったのは私を煙たがったから。けど本当の目的は……貴方を学校に釣れ出すためよ」
「はぁ? 何で今さら学校に行く必要があるんだ?」
「勿論、学生として学校行事に参加するためよ? ラストサマーフェスティバルのことは知ってるでしょ?」
テレサの言葉にオースティンがやや眉を寄せた。
「確か、今年は中止になるんじゃなかったのか?」
「まぁ、少し前まではね。けど、やっぱり伝統的な行事だし、来賓が来なくても生徒たちと近隣住民だけでも呼んで、やりましょうってことになったの。だから生徒会長のアダムなんて、国際防衛連盟に呼ばれながらも、頑張ってイベントの準備をやってのよ?」
「そうか。それは御苦労だったな」
空返事をしながら、オースティンは肩をすくめる。すると、テレサが片眉を上げて、オースティンのことを見てきた。
「そして今日、一生懸命用意した特設ステージに貴方にも出て貰うわよ? なんと言っても……新聞に載った英雄なんだもの」
「勝手に決めんな。俺はそんなステージになんか絶対に出ないからな?」
只でさえ、生き恥だと思っている事をわざわざ大勢の前に出て、話す馬鹿はいない。
「駄目よ。もう貴方の出演は決定してるもの。それに……もし出てくれたら、貴方が追っている人物が今、どこに潜伏してるのか……教えてあげる」
テレサが少し艶っぽい含み笑いを浮かべてきた。
「掴んだのか?」
「ええ、勿論」
「情報源は?」
「ミーシャと貴方の知り合いのシーラという名前の女性よ」
「なっ! シーラの奴! 居場所を突き止めたなんて話を一切してなかったぞ?」
オースティンが驚きながら反論すると、テレサが含み笑いを漏らしてきた。
「お前ら……俺を嵌めたな?」
「失礼ね。こっちは貴方に学生らしい思い出を作って貰おうとしてるだけじゃない?」
テレサの言葉にオースティンが深い溜息を吐いた。
テレサに連れ出され、オースティンは泣く泣くラストサマーフェスティバルへと向かった。フェスティバルには近くに住む住民や、学生たちの姿で盛大に賑わっている。
これを見ただけで、オースティンの気分は一層重くなった。
何で、俺がこんな目に……。
げんなりとするオースティンの腕には、鼻歌交じりのテレサの腕が絡んでいる。
「やっぱりフェスティバルはこうで、なくっちゃね」
「人の気も知らないで、よく言うぜ」
「ほら、ずっとそんな不貞腐れた顔してないで、楽しんだ方がいいわ。色々と出店も出てるし」
「一人で食べてろよ。むしろ、おまえはいつまで……人の腕にひっついてるつもりだ?」
「さぁ、いつまでかしら? まだ決めてないわ」
茶目っ気のある笑みを浮かべるテレサに話を流され、オースティンは頭を抱えたくなった。そしてそんなオースティンの前に、浮かれた様子のKJたちがやってきた。
「あっ、オースティンさん! 遅かったっすね? 俺たち結構待ってたんすよ! 今日のステージに出るんでしょう? ばっちりオースティンさんが光り輝くようにライト当てちゃいますから。任せて下さいね」
「やめろ。そういうの。むしろ俺にライトなんて当てんじゃねぇー」
「またまた~。そんな遠慮しない方が良いっすよ? むしろ、あの新聞記事に載ってるオースティンさんの写真がカッコよすぎて、Tシャツに引き伸ばしてプリントしちゃったんですから」
「Tシャツにプリント……?」
ニコニコとアホな笑みを浮かべるKJの言葉に、オースティンの背筋が凍りつく。
「はい。むしろ、そのTシャツが向こうにある出店で売ってるんすよ。結構、売れ行きが良好だって店の奴等が喜んでましたよ?」
背筋が凍りついた後は、思考がフリーズ。
「ちょっと待て。一体何がどうなってるんだ?」
「あらまー、購買部の方が話題作りにそんな物まで、作ってたのね……」
「おまえ……人事だと思って軽く考えてるだろ?」
「まさか。色んな人が大きくなったオースティンたちのTシャツを着てると思うと……面白いわねぇ」
「人の不幸を笑い物にすんなっ! おい、どこだその悪趣味Tシャツを売ってるのは? 散弾銃でそのシャツをボロボロにしてやる!!」
「ダメよ! 私まだ買ってないもの!」
「買わせるか!!」
むしろ、そんな碌でもないTシャツを作った奴らも纏めて血祭りにしてやる。
口を尖らせるテレサを無視し、オースティンは写真入りのTシャツを売る出店にまで、早歩きで進んで行く。
けれど、そんなオースティンの前に一人の少女が立ち塞がる。
「あっ、オースティン! ヤッホー。アレクたちから聞いたんだけど、今日フェスティバル何でしょ? 楽しそうだったから来ちゃった!」
通りすがる人たちが見蕩れるほどの愛らしい笑みを浮かべるリーザだ。しかもそのリーザが何気なく来ているのは、KJたちが言っていた悪夢のTシャツ。
「なっ、なんで……?」
震える指でオースティンがリーザの来ているTシャツを指差す。
「これね、前の二人は知らないからどうでも良いんだけど……アレクとオースティンが小さく映ってるから買っちゃった!! 姉さんと兄さんと……あとお父さんにも買ったんだよー」
う、嘘だろ……
リーザの言葉にオースティンは顔面蒼白になる。こんなTシャツをキリウスやガーブリエルたちに出された瞬間、オースティンとアレクの首が飛ぶだろう。
むしろ、汚物を見るかのような視線で見られるかもしれない。
「最悪だ。悪夢だ。品がないにもほどがある……」
オースティンが脱力しきった様子で肩を落とす。すると、そんなオースティンの肩を誰かが肩を叩いて来た。
もう、今度は誰だよ?
一気に活力を失ったオースティンが肩を叩いて来た方を見ると、そこにはロビンがいてその横にはジョージが立っていた。
「オースティン! 久しぶりだな、元気にしてたか?」
「……この顔を見て、元気そうに見えるか?」
明るい表情のロビンにオースティンが溜息混じりに答える。するとそんなオースティンの様子にジョージが小首を傾げている。
「時化た顔すんなよ? 向こうのステージだとお前を待ってる奴らが大勢いるぞ?」
「うるせー。俺がそんなの聞いて向こうに行くと思うか?」
「おまえが行きたくなくても……周りがそれを許さないと思うぜ?」
「どういう意味だよ?」
不機嫌な表情のオースティンがしれっとした表情のジョージに訊ねる。しかし、ジョージがその質問に答えるよりも早く、遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。
しかも不特定多数の人間が、アンコール曲を待つファンたちのように自分の名前を奇妙なBGMに合わせて連呼している。
……行きたくねぇ。
オースティンが自分の名前を連呼する歓声にドン引きながら、後ろに後退る。
しかしそんなオースティンの腕を、
「ほら、皆が呼んでるわ。 Now on Stageよ!」
「わぁ、なんか面白そう! 早く行こうよ!!」
と言いながらテレサとリーザが左右から掴んで来た。テレサだけだったら、まだ逃げられるかもしれないが、リーザの怪力を考えると難しくなってくる。
やばい。このままじゃ……
オースティンがどうこの場から逃げようか考えている間に、ズルズルとステージの方へと引っ張られて行く。
「あっ、そうそう。オースティンに言い忘れたんだけど……前、私とキャロンが貴方の部屋に泊まったとき、私たちの間には何もないわよ。ただ、朝起きた時の貴方の反応が見たくて、二人で貴方の服を脱がせたの。だからとりあえず安心してね」
「こんな時に、そんなどうでも良い事をカミングアウトしてんじゃねぇ!!」
「オースティンが気にしてると思ったから、教えてあげたのに。まっ、私としては3Pじゃなければ、全然良かったんだけどね」
「おい、軽々しくそんなこと言うな」
溜息を吐きながらオースティンがそう言うと、テレサが少し困り顔で肩を竦めて来た。
「私は結構、貴方に本気なんだけどね……」
しかしそんなテレサの言葉は、オースティンの名前を連呼する声に掻き消されてしまい、オースティン本人には届かなかった。
テレサの言葉を聞き取れなかったオースティンが眉を寄せる。
すると背伸びをしたテレサが、オースティンの耳元に口を近づける。
「日本でのやるべき事が終わってからね……英雄さん」
その言葉には、愛の囁きにも近い甘い響きが織り混ざっていた。




