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完全完璧な大団円

 弾薬の臭いと生き物が焼けた臭いがオースティンの鼻孔を刺激する。その臭いにオースティンが眉を寄せながら、斜め後ろに立っているジョージへと視線を向けた。

「おまえ、下に降りるための備えはしてあるか?」

「一応な。このくらいの高さなら対応した非常用のワイヤーがある」

「よし。なら俺は先に行かせてもらう。けど、砲撃の標的にならないようにな」

「砲撃の標的になるほど、鈍間じゃない」

 鼻を鳴らして来たジョージに、オースティンが肩を上下させそのまま地上へと降りた。

 地上に降りるのはほとんどあっという間だ。

 そして、建物から落ちてくるオースティンへと、近くにいたKaー4の怪物たちが押し寄せてくる。

「わらわらと俺に集ってくんじゃねぇー」

 オースティンが汎用型のカラシニコフで怪物の頭を撃ち抜いて行く。次から次へと頭がなくなり、地面に倒れる怪物。けれど、未だ怪物たちの物量は衰えない。物量的にいえば、完全にこっちが不利だ。

 オースティンが、代わり映えない光景にうんざりしていると、非常用のワイヤーを使ってジョージが降りて来た。

「なぁ……因子を持ってるおまえでもこの光景には嫌気が指すか?」

「この光景見てハッピーになれる奴がいるんだったら、そいつの頭は狂ってるな」

「それが聞けて、少しほっとした」

 ジョージがそう言って、怪物へと銃撃を開始する。腹が据わったのか、もう先ほどのような必死さはない。

 生き延びたいなら、この状況に適応しなければ。と思ったのだろう。

 オースティンも銃撃を続ける。頭のない死骸がどんどん増えて行く。遠方からの砲撃が怪物たちの群衆に穴を空ける。

 けれど、頭を撃ち抜かなければ意味はなく……急所を外した怪物たちは、溜息を吐きたくなるほどの回復力で戦線に復帰し、抵抗する人間たちに牙を向いている。

「怯むなぁあっ! 撃て、撃て、撃てぇええ!」

 指揮官役の兵士が戦場の指揮を取る。けれどその声も虚しく、どんどん怪物たちの足は人々の陣地へと踏み入れようとしている。

 兵士たちは出来るだけ、重厚な戦車を前線に置き、そこを防衛ラインにしているようだが、そこも直に突破され、すぐに陣営は壊滅する。

 目に見える未来だ。

「クソっ。またかよ。……また俺はあいつ等に……」

 隣のジョージが悔しげに歯ぎしりをしている。

「おい、おまえ何、寝言言ってんだ?」

 オースティンが低い声でそう言いながら、ジョージを横目で睨む。

「俺はな、終わる前から終わった後のことを考える奴が嫌いなんだ。それこそ、今のおまえみたいに逃げ腰なら、尚更な」

「な、なんだとっ!」

「違うのかよ? ならさっきの愚痴の続きを言えよ?」

 オースティンの言葉にジョージが口を噤む。そんなジョージにオースティンが溜息を吐いた。

「おまえ、俺と決着付けたいんだろ? だったらテメェの言った事、最後までやり通せ」

 怪物たちの頭が爆ぜる。

 すでにオースティンたちの周りは、死骸から出る赤黒い血池が広がっている。まだ生き残っている怪物たちが、その死骸たちを躊躇なく踏み潰しオースティンたちに怪物たちの血が顔へと跳ねる。

「品がねぇ……」

 オースティンが腕でその血を拭い、嫌悪感を剥き出しにする。倒しても、倒しても、減らない怪物たちに苛ついているというのもある。

 けれどここで、電磁砲を放つわけにもいかない。この怪物たちの後方には、今もなお繰り返し砲撃を続けている兵士たちがいる。

 一昔前であれば、そんなことを気にせずオースティンは攻撃を放っていたに違いない。

 戦えないお前等の運がなかったと。死にたくなければ軍人なんてやめろと。そう考えながら、怪物たちと共に、得体の知れない怪物たちと戦う兵士たちを攻撃していたはずだ。

 けれどオースティンはここに来るまでに、見てしまった。知ってしまった。

 自分たちのような、力を持たない彼らが必死に努力を積み重ねている所を。彼らが抱く悔しさを。

 ……俺もここを見捨てた下衆たちと同じだったってことか。

 オースティンは小さく舌打ちを漏らし、目の前の怪物たちを掃討しながら苦虫を噛むような気持ちになる。

 こんなときに、こんなこと考えても仕方ねぇーって言うのに……。

 しかしそんなオースティンの感情が、ジョージから上がった悲鳴に霧散した。

「しまった!!」

 肩が怪物の爪により引き裂かれ、痛みに悶えながら地面に倒れるジョージ。そのジョージに怪物たちの牙が穿たれようとしている。

 オースティンがその怪物たちに銃弾を浴びせる。どんどん、ジョージの周りにいる怪物たちを一掃していく。

「オースティン! 後ろだ!!」

 肩に手を当て、顔を歪めるジョージが叫ぶ。

 オースティンがほとんど反射的に片方の腕で持っていた愛銃で迫り着ていた怪物を消滅させる。

 それでも気を抜くなんてことはできない。

 これまでにない程の物量で迫ってくる怪物たちへの攻撃は止まらない。

「最悪だ。切りがねぇ……」

 オースティンが言葉を吐き捨てる。

 するとそんなオースティンを上空から眩い光が照らして来た。強烈な光に目を瞑りそうになるが、それを何とか堪える。

 こんな状況で目を瞑って入られない。ほんの一瞬でも隙を作るのは命取りだ。

「誰だ? こんな時にヘリ飛ばす馬鹿は?」

 眩しい光に目を細める。しかしその間にヘリに搭載されている機関銃が投射され、怪物たちの頭上に銃弾の雨が降り注ぐ。

「待たせたわね。オースティン!!」

「もしかして、貴方でもちょっと危なかった?」

 上空を飛ぶヘリの扉が開き、そこから勝ち気な表情で笑うキャロンと片目を瞑るテレサが現れた。そんな二人の後ろには、喜びの表情を浮かべているロビンたちの姿まである。

「なっ! 何でお前等が?」

 思ってもいなかった二人の登場にオースティンが目を丸くする。すると驚くオースティンを見て、テレサがクスッと笑みを零した。

「私たちだって、考え無しに動いてるわけじゃないのよ?」

 機関銃で捌き切れなかった怪物たちをテレサがコルトSAAで撃ち抜いていく。けれどさっきの答えでは、オースティンの疑問は解消されない。

 しかし、今はその疑問に執着している場合ではない。

 オースティンが急いで、肩を引き裂かれたジョージの元へと向かう。

「おい、大丈夫か?」

「ああ、何とかな……」

 口ではそう答えるジョージだが、額には目に見えるほどの脂汗を掻いている。けれど、ここに痛みを緩和させる鎮痛剤などはない。

 しかも、ジョージは肩を抉られただけではなく、その時の衝撃で左足を骨折してしまったらしい。この状態だと因子を持っていないジョージはまともに歩くことすら難しいだろう。

 オースティンがジョージの怪我の程度を見てから、自分の上着で肩を止血する。

「その場しのぎだけどな、一応これでキツく縛った。あとは……」

 オースティンがヘリから飛び降り、自身の身長と同じくらいの大剣を振り回すキャロンを見た。

「オースティン! これは貸しだからね」

 こちらからの視線に気づいていたキャロンが、ニヤリと笑って来た。

 少し眉を潜めながら、オースティンが肩を竦める。

 何が貸しだよ? いつもは散々人に迷惑かけてる奴が……。

 少しばかり反論したくなる気持ちを抑え、オースティンが肩を竦めた。

「おい、少し移動するぞ。ここにいても無意味だからな」

 肩にジョージの腕を掛けるように、オースティンがジョージの身体を起こす。

「面倒かける。悪いな」

 ジョージからの素直な謝罪に、オースティンが息を吐きながら首を振った。

「別にお前からの謝罪が聞きたいわけじゃねぇーよ。それに、お前にはまだやってもらうことがある」

「俺にやってもらいたいこと?」

「ああ、そうだ。おまえにしか出来ないことがある」

 ジョージの視線にオースティンが頷き、身体に因子を流す。そしてそのまま、オースティンはキャロンが開けっ放しにした扉に向かって跳躍した。

 足下では怪物たちが、自分たちを威嚇する奇声を上げている。

「ったく、そんなキィーキィー声を上げなくても……お前等の相手はすぐにしてやるよ」

 オースティンがジョージを連れてヘリへと乗り込む。

 すると乗り込んで来たオースティンたちに、ロビンが目元に涙を浮かべながら肩を強く叩いて来た。

「良かった! 良かった! 本当に良かったぜ! ちゃんと生きてたんだな〜、オースティンにジョージ!!」

「それはこっちの台詞だ。むしろ、アレク! おまえも敵の懐から逃げるんだったら……こっちに連絡くらいしやがれ!! おかげで、こっちは無駄な労力使っただろーが!」

 ヘリを操縦するアレクに、オースティンが怒りを爆発させる。

 するとオースティンからの怒りを受けたアレクが、わざとらしく肩を落として来た。

「そうカッカすんなよ、オースティン! こんな事で怒ってたらBIGになれないぞ? それに、俺たちだってお前に連絡取れなかった理由がある」

「理由?」

 オースティンがアレクの言葉に目を眇める。するとアレクの変わりに助手席に座っていたリーザが口を尖らせて答えて来た。

「卑怯なんだよー! あいつ等、姉さんの因子で作った武器を使って、私たちに因子を使えなくさせちゃってね。だから小さくして隠し持ってた情報端末を取り出せなくなっちゃったの。姉さんの力を使うなんて卑怯じゃない? 卑怯だよね? 卑怯すぎるー!」

 リーザが足をバタつかせ、不満を露にしている。

 自分に連絡を入れてこなかった理由は分かった。けれどここで新たな疑問が生じる。

「東アジア地区のボスの力で、因子が封じられてたのは分かる。けど……ならどうやって、奴らから逃げ出したんだ?」

 てっきりオースティンは、アレクの能力で逃走したものだと思っていた。しかしヴァレンティーネの因子の影響下では、因子を使用することはできない。

 しかし、アレクたちの力無しにどうやって……?

「不思議そうな顔ね?」

 疑問に眉を潜めるオースティンに、銃を構え続けるテレサが問い掛けて来た。

「その口ぶりからして、トリックのネタを知ってるな?」

「ええ。突っ走ろうとする貴方を助けるために……こっちも色々と準備してたんだもの。そしてその準備の内の一つが、私の弟……カインよ」

 テレサの言葉に合わせて、オースティンがロビンの隣にいるカインに視線を移す。

 するとカインがテレサに通じるウィンクをオースティンに浮かべて来た。

「おまえ……」

「悪いな。敵を騙すにはまず味方からだぜ?」

 そう言ったカインの姿がすっと消え、そして再び姿が現れた。どうやらカインの能力は自分の姿を透過させることらしい。

 消えたり、現れたりするカインの姿に思わずオースティンも呆気に取られる。

「これで俺の能力は分かっただろ? まったく、姉貴には色々と無茶させられる。けど、ここまで無茶やったんだから……勿論、最後はハッピーエンドにしないとな? そうだろ? オースティン・ガルシア?」

 カインの挑発的な笑みに、オースティンが失笑を零しヘリの扉の端にいるテレサの隣に立つ。

「ああ、完全完璧な大団円に終わらせてやるよ」

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