グループトーク
六人以上が座れるソファー席に、ドカッと腰を降ろす米軍格好の三人。つまり、さきほど、オースティンが胸ポケットにしまい、運んできた三人だ。
ここについてから、すぐに三人とは離れたが……まさかこんな所で呑気にステーキを食べてるとは思いもしなかった。
いや、まだここで呑気な顔でステーキを齧っているのは許す。
だが、普通……
俺に話しかけるなよ。普通に考えて。
まったく後先の事を考えていないアレクたちの行動に、オースティンは心底呆れ返る。
「オースティン、この三人と知り合いなのか?」
ロビンが、巨大なステーキを何枚も口の中へと放り込んでいくアレクたちに、呆然としている。しかも、ぼそりと呟くように「あれ? さっきの声どこかで……」と危ういことを呟きながら。
おいおい、何でこんな時に思い出さなくてもいい情報を思い出してんだよ?
「まぁ、そうだな。ちょっと前に知り合いなんだ。……まさか、アレクたちもこの訓練に参加するとはな」
飽く迄、ここで偶然会ったという体で話を進めることにした。
できれば、ロビンたちがいる前でアレクたちと関わるようなことはしたくなかった。しかしこの状況では無視することもできない。
だからこそ、腹を決めてこんな下手な猿芝居をしているというのに……
「なんか、オースティンっぽくなーい」
「駄目ですよ。そんなこと言っちゃっ。オースティンも初めて出来る学校の友達の前だから、カッコつけたいんですから」
「フレンド……良い響きだな。オースティン! 友情の重みが知ればおまえはもっとBIGな男になれるぜ。おっ、そうだ!」
誰がカッコつけてるだ? 誰がフレンドだ? ああっ!?
いつもなら、そう眼を付けて自分の愛銃を三人に向けて発砲しているところだろう。
しかし、ロビンやカインがいる手前……BRVなんて取り出すわけにもいかない。
いくら辛酸をなめさせられようとここは堪えるしかない。
「お前ら……後で……」
覚えてろよ。そう言おうとした瞬間……アレクが持ってきた端末でオースティンたちの写真を取り始めた。二回ほどシャッター音が辺りに響く。
「おい、おまえ何してるんだ?」
「いやぁ、オースティンに友達が出来たことを、他の奴等にも教えないと……」
「あっ、それいいね。そうしよう、そうしよう。確か前にバカサー……じゃなかった。クロエがSNSでグループトークを作ってた気がする」
笑いを堪えるキャロンの言葉に、オースティンの顔がどんどん青くなっていく。
こいつ等は、俺にどんな恨みがあるんだ?
一瞬、そう思ったが……同時に事あるごとに銃弾をこいつらに向けている自分の姿を想像して、オースティンは思いを改めた。
日々の行いがこんな所で、自分に返ってくるとは思いもしなかった。
「オースティン、お前の知り合いって結構ユニークなんだな。それに一人の女の子は少し幼いけど、レベルは高い。ここには女がいないと思ってたけど、彼女たちは枯渇した俺の湖に水を与えてくれる女神だぜ。サンキュー、オースティン! 俺はお前に一生ついて行く!!」
リーザとキャロンにテンションを上げたカインが、調子良くオースティンに肩を組んでくる。すぐにオースティンが、調子良いカインの腕を振り払うが、時すでに遅し、だ。
「おお! 友達との肩組み……青春っぽいぜ! オースティン!」
と戯けたことを言うアレクに激写される。
もし、こんな写真がアホな奴等に見られたら……
それを考えただけで、オースティンの背中に悪寒が走る。
「おい、アレク! 絶対にさっきの悪趣味な写真を品のねぇグループトークに上げんなよ!! 上げたら只じゃおかないからなっ!!」
「はは。そんな照れるなよ。確かに、初めて出来た学友だとしても……胸を張れよ、胸を。それにオースティンがストップを掛ける前に、もう俺が写真を上げた後だ」
アレクがやれやれと言わんばかりに肩を竦めさせる。イラッとした。
「おい、ロビンでもカインでもどっちでもいい。どっちか弾の入った拳銃を持ってないか? あいつの沸いた頭を撃ち抜いてやる」
「まぁまぁ、落ち着けよ。オースティン! ほら、俺たちもステーキ頼もうぜ、ステーキ!」
座った目でアレクを睨むオースティンをロビンが宥める。
「それに、俺は正直嬉しいよ。オースティン、おまえみたいな凄い奴の初めてになれてさ……」
「テメェも、誤解を招くような言い方してんじゃねぇー!!」
「はい、さっきの言葉の入った動画頂きましたっ! 題名『素直な友達と照れるオースティン』」
「キャロン! おまえ、こっちが下に出てれば良い気に……」
オースティンが怒りの沸点を迎えようとしたとき、一斉にキャロンたちの端末が鳴り始めた。オースティンたちの端末は、未だに回収されたままのためここにはない。
「おお! オースティン喜べ。トップバッターで返信をくれたのはイズルだぞ? 『3Pの後は、男となんて……一気に階段上り過ぎだろ』だとさ。おい、オースティン、3Pってなんの話だ? おっと、また来たぞ。今度はベルバルトからだ」
「3……P……」
顔を赤らめて照れるロビンに、オースティンへと羨望の眼差しを向けるカイン。
「ほら、テメェが変な写真を送るから、馬鹿二人が喰いついてきたじゃねぇーかよ!」
オースティンが怒鳴りながら、キャロンの端末の画面を見た。
『3Pの話、もっと詳しく聞かせろよ。もしかして、さっきの写真に乗って来た野郎とじゃねぇーだろうな?』
『おい、馬鹿イタリア人変な事言うなって。さすがの俺でも笑えないぞ?』
『俺も御免だぜ。男同士の固い肌が衝突する所なんて想像して、何が楽しいんだよ? 悪趣味すぎるぜ』
『ああ、それこそお得意の品がねぇーだろ?』
『それな……rofl(爆笑)』
『しかも3Pの時は、朝チョンだとよ。さすがだな、オースティン』
『面白そうな話をしてるな。オースティン、学校で友達出来たんだってな? 恭喜』
最悪だ。何でこんな馬鹿二人の中に雨生まで……オースティンがそう思っている間に、さらにトークに参加する者が現れてくる。
『あら? あたし的にはもっと綺麗所と絡んで欲しいんだけどねぇ……他にいなかったの?』
欧州のⅪである、ジャンがふざけた事を言い始め……欧州のⅥであるセマが、
『うげっ、お前そんな趣味持ってたのかよ? おまえ、変態じゃん』
『駄目よ。セマ。そんなこと言ったら。愛する者を人は決められないの。それが同性であれ異性であれね。愛は偉大なのよ』
『ヤバい。身の危険を感じるぜ……なんて言っても俺は誰もが認める色男だからな』
『何言ってるの? 私はチャライ、イタリア人には興味ないのよ。私が好きなのは硬派な人なのよ』
『確かに、おまえの大好きなキリウスお兄様は硬派だわ。お似合い過ぎて笑える』
『またまたそう言って~。仕方ないわね。本命はキリウス様だけどイズルを先に相手してあげてもいいわよ?』
『いや、いい。俺にはとてもとても恐れ多くて……オースティンが専売特許みたいだぞ?』
『遠慮すんなよ。嘘つき日本人をジャンが抱擁してくれるって言うんだからさ』
『セマ、おまえいい加減なこと言うな。てか、何で嘘つき日本人になるんだよ?』
『はぁ? 覚えてないとかふざけんな。おまえがあたしに肉を驕るって言ったんだろーが!』
『あ、悪い。ふつーに忘れてた』
『ぶっ殺す』
『なんだ~? セマ、デートしたいなら俺に言えよ。まぁ、おまえ、ちょっと色気と発育が不十分だけど、勘弁してやるよ』
『変態イタリア人は引っ込んでろよ!』
『やれやれ。俺も人の事言える義理じゃないが、皆、暇人なんだな?』
一番、俺が言いてぇーよ。
オースティンは好き勝手なことを話す、ナンバーズのやり取りにどう仕様も無い怒りが込み上げてくる。この怒りはどこで発散すべきか?
「おおっ! 俺が頼んだスペシャルBIGステーキ!! やっと焼き上がったか」
苛立つオースティンの横をすり抜けて、スタッフ二人掛かりで運び込まれてくるステーキ。
鉄板の上に乗るステーキは、牛の横腹側面をそのまま切り取ったかのような大きさだ。
あまりの大きさに、その場にいた全員の目が驚愕に見開かられる。
「うわぁーお」
リーザが思わずそう呟く。
その横では、アレクが彼の手からすると小さく見えるフォークとナイフを持ち、軽快な音を立てている。
しかし、そんなアレクのフォークがその肉を突き刺す前に、オースティンが別のフォークで肉をブスッと突き刺した。
「ちょっと待て。オースティン! おまえ、俺の肉を何する気だ?」
「何する気? そんなの喰うに決まってんだろ!」
これまでの腹いせに、大切りに切った肉をオースティンが口の中に放り込む。
それから、アレクとオースティンの醜い肉の取り合いが始まった。
アレクと肉を取り合いながら、食べた所為でまったく肉の味を覚えてない。自分でも品が無いことをしたと思う。けれどさすがに食べ過ぎた。味は憶えてなくとも、胃の中には喉を通った食べ物の存在がある。
ロビンとカインは、アレクたちが因子持ちだということは露知らず、まだあの店で盛り上がっている。途中で酒が入ったのもその要因だろう。
オースティンは、そんな二人を店に残し先に外へと出て来ていた。
歓楽街はまだまだ、賑わい落ち着く様子を見せない。
オースティンはそのまま歩き、自分たちがこれから寝泊まる宿舎の方へとやってきた。
宿舎がある区画は、歓楽街の賑やかさが嘘かのようにひっそりとしている。
けれど、少し気分を変えたいオースティンからすると、この静けさは有り難い。
そんなオースティンの耳に、空気を裂くような乾いた銃声が聞こえた。
なんだ?
オースティンは銃声が鳴った方へと、気配を殺して近づく。建物の陰に身を潜ませて再び銃声が鳴った方を見ると、そこには暗殺銃として名高いハッシュパピーのベースとなったS&W M39を手にしたジョージがいた。
「本当に熱心だな。思わず感心するぜ」
オースティンが声を掛けると、ゆっくりとジョージがオースティンの方へと振り返って来た。
「なんだよ? おまえに話しかけられるなんて嫌な予兆だな」
「勝手に言ってろよ。ただ……おまえ、もしかしてその銃で敵の頭をぶち抜くつもりか?」
オースティンの言葉に、ジョージが怪訝そうに眉を顰めさせる。
しかし、オースティンはそんなジョージに構わず話を続けた。
「別に俺はおまえの陰謀に加担するつもりはねぇーよ。ただ……俺は俺の獲物を横取りされるのは好きじゃないんだ。プライド的にな。だから、勝負しようぜ? どっちが先に獲物の頭を撃ち抜くか? っていう勝負をな」




