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ゲレンデの貴公子

 ザクザクという快調な音を立てながら、雪原を歩く狼たち。小規模な戦闘は起きるものの、それは狼たちと同じように、極力戦闘を避けようとしている二軍生。そのためほぼ生徒が、狼の持つイザナギを見ると、見るからに落胆した表情を浮かべ、逃げ去って行く。

「黒樹がいてくれて、俺たちラッキーだな。さすが二軍の期待の星。閃光の流星!」

「久保先輩、その恥ずかしい呼び方やめて下さいよ。久保先輩がそれ広めてるんですか?」

 あまりにもセンスのない呼び名に狼が異論を唱える。

 さっき会った二軍生がぼそっと「うわ、流星かよ・・・」と呟いているのが狼の耳に届いていたのだ。最初は狼もなんのことかわからなかったが、さっきの俊樹の言葉で理解した。

 狼本人からしたら、そんな朝の戦隊者で使われるような呼び名をつけられ、それが広まっているのだから、堪ったものではない。

 どうやって、その呼び方をやめさせよう?

 狼は溜息を吐きながら、頭を重くさせる。そんな狼を隣で見ていた季凛が

「閃光の流星なんて呼ばれて、名前負けしてボロクソ弱かったら・・・あはっ、すっごい恥ずかしいね。季凛だったら、のうのうと学校歩けないな~。だから、そうならないためにも、狼くんガンバッ!」

 と精神的威圧をかけてくる。

「僕だってそんなこと言われなくても、わかってるよ!だから、僕もそれなりに頑張らないとって思ってるんだ」

「あはっ、頼もしい。じゃあ季凛はその言葉、見え見えの虚勢じゃないことを祈ってるね」

「も、もちろん」

 笑顔を向けている季凛の顔が、悪魔のように見えるのは気のせいだろうか?

 いや、季凛の笑顔が悪魔の様に見えたのは、今に始まったことではない。狼はそんな感じで季凛や先輩たちに振り回されながら、教官たちの場所を横切ると・・・

「黒樹様!少しよろしいですか?」

 と横からジャージ姿の左京に呼び止められた。

「あ、はい。大丈夫ですけど。僕に何か用ですか?」

「いえ、用という用ではないのですが、先ほど黒樹様が飼っているカモノハシが迷子になっていたので、昨日と同様に部室小屋に連れて行きました。その旨を伝えようと思いまして」

「そうだったんですか。そっか、じゃあ昨日、カモノハシを部室に連れて行ったのって、左京さんだったんですね。いきなり、カモノハシが部室小屋にいたから、不思議に思ってたんですよ」

「然様でしたか。それは驚かせてしまいすみませんでした」

「いえ、そんな。むしろ、手間を掛けさせてすみませんでした」

 左京とそんなやり取りを狼がしていると、ゴゴゴゴッという地響きのような音がグラウンドの中心から聴こえてくる。

 また、九条会長が暴れ回ってるのかな?

 と頭の隅で狼が考えていると・・・

「黒樹っ!大変だ!」

「黒ちゃん、あれなんとかしてよ!!」

 という言葉が瞬と奈緒から聞こえてきた。それに続けて

「新手がきたか。受けて立つ」

「えー、季凛、あーいう熱いの苦手」

 という加夜と季凛の言葉も聞こえてくる。

「いったい、どうした・・・・の?」

 狼は後ろを振り返り、後悔した。

 見たくもない光景を見たからだ。

 狼が目にした光景。それは・・・・

「くぅ~~~ろぉ~~~~きぃぃぃぃぃぃ!」

 という目をギラギラさせた男子生徒たちが自身のBRVを手に持ち、狼の方に突進してくるイノシシのように、疾走していた。

 さきほどの地響きのような音は、彼らが近づいてくる音だったようだ。

「えーーーー、嘘だろーーーー。なんで僕があんな顔で、狙われないといけないんだ?」

「狼くんが気づかない内に、恨みを買うようなことしてたんじゃないの?」

「そうそう。可愛い女子を侍らせてるからとか!」

「知らぬ間に美人の臨時教官とお知り合いになってるから、むかつくとか」

 季凛の言葉に首を横に振ろうとしていた狼に、瞬と俊樹からふざけた野次を受ける。

「そんなわけないでしょ!てか、そんな根の葉もない事で、恨まれたら堪ったもんじゃない!」

「でも、現に狼くんを狙ってるし・・・」

「うっ」

 季凛の言葉を聞きながら、向かってくる男子生徒方に視線を向ける。向かってくる男子生徒は、一軍、二軍、学年問わずの群れになっている。一軍の生徒のジャージには、左腕にグリフフィンのエンブレムが刺繍されていて、二軍生と区別が出来るようになっているのだ。

 それにしても、どうして自分に向かって来るのかが、分からない。

 けれど考えている暇もない。もうすぐ傍まで男子生徒の群れは押し寄せている。

「セット・アップ」

 狼は手にイザナギを復元し、生唾を呑みこむ。

 そして

「モテ男は全て滅びるべしっ!」「蔵前教官と楽しそうにしゃべってんじゃねーぞ」「黒樹にばっかり美味しい思いをさせてなるものか」「女子にモテる奴には報復を!」

 というような罵詈雑言を叫んでいる。

 そんな言葉を狼は

「うるさいよ!」

 と一喝して、群れの中に飛び込んだ。

 群れの中に飛び込んだのはいいが、想像以上に人数が多く古今東西に敵のBRVが狼に向けられる。狼はその攻撃をイザナギを使って防ぐが、受けた攻撃の余波でよろけてしまう。やはり、意気込みだけでは人生上手くいかないものだ。

 狼はそれをありありと感じる。そのため狼の顔に焦燥の色が滲む。

 そんな狼に教官席の方にいる左京が

「黒樹様、そんなへっぴり腰では簡単に首を討ちとられてしまいますよ?ほらっ、もっとガツンと敵の隙を狙いなさい。ああ、監督官という役割でなければ、加戦したものを・・・・っ」

 とさも悔しそうに、奥歯を噛み締めている。

 きっとみんなの戦いを見て、自分が動きたくなっただけだろうに。そうに違いない。

 そんなことを簡単に読み取れるほど、左京は悔しそうにしている。

 しかもそんな左京を労わるかのように、誠が眉を下に下げて、左京の肩に手を添えている。

 まるで「おまえの気持ちは分かるぞ」とでも言っているかのようだ。だったら、少しでも自分と変わって欲しいと思ってしまう。

「黒樹の後ろ、もらったぁ!」

 と一人の男子生徒が叫ぶ。

「うわっ、ちょっと!」

 狼が後ろに身を捻りながら、向かってくる棍棒を間近で直視する。

「さらば、黒樹。・・・・お前は良い後輩だった」

 そんなことを言いながら、俊樹と瞬が胸に手を当て、空を仰ぎ見ている。

 どこぞのサッカー選手のようだ。

「そんなこと、言ってる前に助けて下さいよ!!」

 狼は目の前に迫る棍棒を、ギリギリの所で横に身体をずらし事無きを得たが、それでもまだまだ攻撃は続いている。

 狼は数人の生徒を斬撃で、薙ぎ払う。薙ぎ払われた生徒たちが一気に遠方の地面へと叩きつけられ、戦闘から離脱していく。

 狼はそんな光景にも気を留めることなく、攻撃を受け止め、払い、薙ぎ払う。その一連の動きを続ける。だがこの群れの中には一軍生もいる。

 BRVを使うことに、ようやく慣れてきた狼の動きなど読めて当然だ。

「黒樹め、一軍生の有能さを思い知らせてやる」

 と鋭い金属の棘のような物が附いた大車輪型のBRVを狼に向け放ってくる。大車輪は雪の上を豪快に滑り、雪を掻き上げながら狼へと向かってくる。しかも物凄く速いスピードで。

 別の生徒を相手にしていた狼は、やや反応が遅れ、もう逃げることができない。

「こんなのアリかよーっ!」

 狼が口を開けて呆然と開けながら、肉薄してくる大車輪を見ることしかできない。

 ああ、みんなにあんな大口叩いたくせに、最後まで残れないなんて・・・恥ずかしすぎるだろ。僕。

 狼がさきほどまでの俊樹たちと同じように、空を仰いでいると

 ぐいっと誰かに勢いよく引っ張られた。

 そのおかげで大車輪の脅威からは逃れることができたが、突然の事に狼の頭は軽く今起きている状況についていけていない。

「へ?」

 そのため狼が思わずそんな声を上げる。

「へ?じゃないだろ?黒樹。俺はやるときはやる男だぜ?」

 ニィッとした笑みを浮かべながら俊樹がそう言い、自身のBRVで雪原の上を軽やかに、爽快に奔らせていた。

 この軽やかなスノボー捌きは、金メダリストをも圧巻するだろう。

「ひゃあほっーーーー!」

 という声を上げながら、狼を抱えた俊樹が踊るようにスノボーを回転させている。

「うぇ、なっ」

 いきなり回転をかけられた狼は、舌を噛み口の中に鉄の味が微かにする。

 だが意気昂揚としている俊樹は、お構いなしにさらなる回転技を繰り出している。

 なにがしたいんだ、この人!!

 狼は内心そう思ったが、また舌を噛みそうだった為、口に出すのを押さえた。

 狼の胸中を余所に、俊樹のテンションはまだまだ上がり続け、様々なグラトリを披露しながら、雪原を駆け回っている。エアターン、カナディアンヴベーコン、コークスクリューなどの技を行っている。

 こんなことが出来るんだったら、もっと実践的な技を覚えればいいのに。

 狼はつくづく呆れるしかない。

「見ろ!この俺の洗礼されたスノボーテクニックを。これで周りにいる女子たちも、俺を『ゲレンデの貴公子』と呼ばざるおえないだろう」

 と高らかに叫んでいる。

 そんなダサい呼ばれ方でいいのかな?

 内心、狼はそう思ったが、本人が公言しているのだから呼ばれたいんだろう。だが、そんな大いに目立つパフォーマンス性が悲劇を呼ぶこととなった。

「ほう・・・ゲレンデの貴公子か。妾にはまったくそうは見えんが・・・まぁよかろう。相手してやる。かかってこいゲレンデの貴公子」

 そう言葉を吐いたのは、俊樹のスノボーが空中から地面へと着地する、丁度その地点で片手を伸ばし、『かかってこい』の仕草をしている九条綾芽だ。

「え・・・、貴公子にだって、不可能なことはあるぜ~」

 どこぞの芸人のような口調で、どんどん冷や汗を浮かべる貴公子。

「こうなったら、黒樹!!おまえも死ぬときは一緒だぜ!!」

 と言う意味不明な言葉を言った俊樹が、何故か憂いを帯びた表情で狼に笑い掛けてくる。

「なに勝手に決めてるんですか!そんなの嫌ですよ!」

「おまっ、一回俺が助けてやっただろ?それなのに、先輩を見捨てる気か?」

「だって、もとあといえば、久保先輩が遊んでたからこうなったんじゃないですか!」

「いいだろ!?俺だって、女子に自己PRしたいときくらいあるんだよ!」

「そんなの今やんなくたって、よかったでしょ!」

「うるさい、うるさーい。プリンスだってモテたい時期があるんだーい」

「プリンスにモテたい時期なんて、ありませんよ!」

 そんな言い合いをしながらも、どんどんスノボーは吸い込まれるかのように、綾芽へと突き進んでいく。もはや軌道を逸らすのは無駄だろう。諦めるしかない。

 きっと俊樹も同じ気持ちだろう。そして綾芽が拳を突き出しながら

「破っ!」

 と一声を吐き、そのまま狼と俊樹は再び空中へと吹き飛ばされる。

 その反動で狼を抱えていた俊樹の腕が離され、狼は俊樹とは別の冷たい地面へと叩きつけられる。

「いてて。もう勘弁して欲しいよ・・・」

 と狼が身体を起こし、ボヤいていると

「ああー、俺のスノボー、マイ馬がぁぁぁ」

 という俊樹の沈痛な声が雪原に響いている。

 俊樹の方を見てみると、綾芽の攻撃を受け変わり果てた姿になっているスノボーの姿があった。俊樹は身体的というよりは、精神的傷を負ったらしい。

 狼はひとまず俊樹の方に合掌して、スノボーに供養の念を送った。

 そんな狼のところに

「狼、大丈夫?」

 と血相を変えた名莉がやってきた。

「メイ・・・。うん、僕はなんとか大丈夫だよ。・・・あんな大きい口叩いてこんな有様だけどね」

 狼が苦笑しながら頭を掻いていると、名莉がペタンと狼の前に座り込んだ。

「狼が無事でよかった・・・」

 そう言って、名莉は狼の手を両手で握ってくる。冷たいながらも、柔らかい名莉の手に手を握られ、少しドキマギとしてしまう。

 うーん、こういう時どうすれば・・・?

 狼がそんなふうに頭を悩ませていると

「まったく、やっぱり狼には鳩子ちゃんがついてないと、ダメかな?」

 と茶目っ気たっぷりの笑顔を鳩子が見せてくる。

「鳩子、何言ってんのよ?」

 続けて目を眇めた根津がやってきた。

「まっ、なんとか無事そうね」

 再び根津が口を開き、狼に向け苦笑を浮かべている。そんな三人を見て、狼は胸に熱い気持ちが込み上げてくる。

 みんな、僕を心配してくれてたんだ・・・

 そう思うと、次の言葉は自然と口から出てきた。

「あの時は、ごめん。それと心配してくれてありがとう・・・」

 狼は三人に向けて、へらりと笑う。

 するとそれを見た三人が、一瞬三人で顔を見合わせてからふっと笑い出した。

「私の方こそ、ごめんなさい」

「あたしたちの方こそ、悪かったわ。ちょっと、変な事を気にしすぎてたわ」

「鳩子ちゃんも、すこーしばかり大人げなかったかも」

「じゃあ、これで喧嘩はお終いだね」

 狼がそう言うと、三人は満足げに頷いている。

「そうね。これからはデンのメンバーががっつり行くわよ?」

「もちろん」

「うん、一緒に頑張ろう」

 そんなやり取りをしている間に、クロスボウを持った季凛が近づいて来た。

「あれれ、狼くんすごいねぇ。まだ生きてたんだ。すごい悪運~。あはっそれに、美咲ちゃんたちもいるぅ」

「勝手に人を殺すなよ!」

「あはっ、ごめーん!」

 と季凛らしい言葉を口にしてきた。

「あんたも、しっかり残ってるみたいね」

「あはっ、当然じゃなーい?」

 季凛は片目を瞑って、愛嬌を振りまいている。この仕草も実に季凛らしい。

「それにしても、狼たち、フラグをほっぽりっぱなしでいいわけ?」

 根津の言葉に一瞬、ぽかんと口を開けてしまう。

 そして

「ああーーーー、そうだ。僕らのフラグは?」

 そう叫んで、自分たちのシェルターの方に視線を向けると・・・・・・

 予想通り、何人かの生徒達が狼たちのシェルターへと進軍していた。

 そして

「黒樹のフラグ討ち取ったなり」

 情報端末をフラグに近づけ、誰のフラグかを確認した一人の男子生徒が空へと掲げている。

「まさか・・・こんな形で離脱することになるなんて・・・」

 狼が落胆しながら、地面で四つん這いになる。その狼を見ながら根津が「嘘でしょ・・・」と呟いている。嘘になったらどれだけ良い事だろう?でも、もう遅い。自分たちのフラグは奪取されてしまった。

 名莉が励ますように、狼の肩に手を添えている。

「落胆するのはまだ早いと思うけど?」

 すっかり気分を落としている狼たちに向かって、季凛が小悪魔的な笑みを浮かべてきた。この余裕綽々な季凛の態度はいったいどこから来てるんだろう?

 自分もフラグを奪取されたというのに。

 そんな狼の疑問は次の瞬間、すぐに掻き消された。

「え、あれ、あれあれ?」

 疑問の声を上げたのは、さきほど狼たちのフラグを奪取した男子生徒からの物だった。

 見ると男子生徒の手にあったはずのフラグがない。代わりに男子生徒の手にあったのは、ただの木の枝だ。男子生徒は自分の手を再度見直したり、辺りの地面を見回しながら、探している。

「あはっ。あるわけないのに。お馬鹿さんだね。本物はこっちにあるんだもん」

 と言いながら、季凛が胸の谷間から、折りたたんだフラグをすぅーっと出してきた。

「もしかして・・・」

「あはっ。そう、もしかして!」

 季凛は悪戯っぽく片目を瞑った。やはりその仕草はアイドル顔負けである。

 つまり、季凛は自分たちのフラグと偽物のフラグをすり替えていたらしい。最初の方に行っていた『考えがある』というのは、この事だったらのだ。

 敵をだますならまず味方からというが、その言葉の通り、まんまと騙されてしまった。

「でもまぁ、無事でよかったわね」

 根津がそう言って、安堵の息を漏らす。

 そして

「・・・あんたのこと仲間として認めてもいいわ。ここにいる副部長も世話になったみたいだしね」

 少し照れながら、根津が季凛に手を差し伸べる。季凛はその手を一瞬見てから

「あはっ、仲間なんて・・・嬉しいな。よろしくね。美咲ちゃん」

 そう言って、根津が差し伸べた手を掴む。

「じゃあ、そろそろ敵のフラグを奪取しに行くわよっ!」

 根津の掛け声と共に四人が頷き、すぐ近くに聳えるフラグへとまっしぐらに突撃を仕掛ける。

 そのフラグの所有者の生徒が狼たちの前にどどんと立ち塞がる。

「黒樹か!このフラグだけは渡すわけにはいかないな」

 そう言ったのは、二年の男子寮長である高坂秀作だ。秀作の周りには雪とは違った砂塵が待っている。狼が目を凝らしてそれを見ると、それは砂だった。

 砂は秀作の周りに漂い、どんな動きをするかは分からない。

「こっちは一人欠員だけど、まぁ仕方ないだろ。あいつは精神的ダメージを受けたからな」

 欠員の一人とは、間違いなくみゆきのことだろう。

 さっきのポエム事件は相当、心に響いたらしい。まぁ当然といえば当然だ。

「高坂寮長が相手っていうのは、きついけど・・・やるしかない」

 狼は自分に活を入れ、イザナギを手に高坂へと肉薄する。狼が近づくにつれ、秀作の周りにある砂塵は濃度を増し、視界を奪って行く。

「くぅ、目が・・・」

「なんだ、黒樹?名作の名台詞を言うの?」

「なっ、言わないよっ!言うわけないだろ。狙ったわけでもないのに」

 狼はできるだけ、イザナギにゲッシュ因子を充填し、いつでも攻撃できる態勢を整える。

 自分一人だけでは、難しいだろうが今はみんながいる。

 そのことが、狼を確実に前へと進めさせる。

「ここは、先輩として、寮長として後輩にカッコ悪いとこ、見せられないからな」

 秀作が後ろ頭を掻きながら、そんなことを言う。

 そして、今まで周囲に漂っていた砂が集まり、強大な巨神兵を作り上げた。

 巨神兵は高さ約、8メートルはくだらないだろう。

 狼はその巨神兵を見上げるように見て、その大きさに圧巻させられてしまう。

 だが、それでも・・・・

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 狼は叫びながら、跳躍する。高く、高く、高く。

 巨神兵の頭上まで跳び自分の背丈ほどもあるイザナギを振り下ろす。イザナギは狼から注ぎ込まれるゲッシュ因子を受け、青白く光り準備は整っている。

 下では秀作と同じメンバーの二人と根津たちが交戦している。

 それを目下に狼は巨神兵へと視線を戻す。

 巨神兵の動きはその大きさに比例するように遅い。それだけゲッシュ因子の濃度が濃いということもあるだろう。

 巨神兵は大きな手を狼の方に向け、狼を握り潰さんとしてくる。

 狼は頭を地面へと向け、落下する様に巨神兵の頭上から足先へと、縦に真っ二つに切る様に、振り下ろした。

 イザナギを振り下ろされた巨神兵は、狼が着地するまでは微動だにしていなかったが、その砂の鎧が、抑止力を失ったようにボロボロと崩れ落ちて行く。巨神兵から落ちる砂で白い雪原が茶色と混ざり合うように、吹き荒れる。

「うわっ、まじかよ・・・」

 そう呟いているのは秀作だ。

 秀作の周りからは、「秀作の技が一年に破られた?」「嘘だろ!?」という言葉が上がっている。地上で戦っていた名莉たちも、一瞬目を見開き驚いた表情を浮かべている。

「あはっ、そんな砂の木偶の坊に見とれてていいの?」

「なっ」

 季凛の言葉に、秀作が驚愕の声を上げている。秀作のメンバーたちと戦っていたのは名莉、根津の二人で、鳩子はその後ろからサポートを行っていた。きっと、秀作の頭の中で狼に自分の技が破られない堤で、考えていたに違いない。そしてそれにプラスして、残りのメンバーは元からいるデンメンバーの三人という頭になっていたのだろう。だから、季凛に注意を払っていなかったのだ。

「このフラグは季凛のと違って本物だねっ!あはっ!奪取完了。油断禁物なのでした」

 そんなことを秀作に言いながら、季凛がフラグを圧し折る。その時点で秀作たちの敗北は決まり、タイミングよくサマー・スノウ宣戦の終了を告げるアラームがグラウンド中に響き渡った。

 そして狼の頭上に堅い何かが上から降ってきた。狼の頭に当たり地面へと落ちた物は、片手サイズの木偶で出来た何の装飾も施されていない人型の人形だった。

「これって・・・」

「ああ、それ俺のBRV」

 秀作が苦笑いして、その人形を狼から奪い取る。

 秀作の表情からして、このBRVを本人的には隠したいのだろう。それに追い打ちをかけるように季凛が

「あはっ、類は友を呼ぶっていうけど、あれホントだね。使えないスノボーに、使えない懐中電灯。そして木で出来たお人形だもんね。あはっ、ウケる」

 その言葉を言われた秀作の後ろ姿は、どこか寂寥感が漂っていた。


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