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巧妙な登場人物

 ロビンの話を聞くために、オースティンはカインと共に、人気のない建物と建物の間へとやってきた。

 飲食店の建物の裏手なのか、キッチンから漂う調味料の臭いと油が入り混じったような臭いが漂っている。

 オースティンはその臭いに多少の嫌悪を感じて、顔を顰める。けれどロビンとカインは特に気にしていない様子だ。

 図太い神経をしている奴らだ。そう思いながらオースティンはロビンが話し始めるのを待った。ロビンは自分の話を待っているカインとオースティンの視線に気づいて、一、二回ほど深呼吸をしてきた。

「さっきの話だけどな……ジョージはこの訓練の本当の理由を知ってる」

「訓練の本当の意味ってどういうことだ?」

 ロビンの言葉にカインが胡乱気な視線を送る。オースティンは何の表情も浮かべず、ただロビンの顔をじっと凝視していた。

 するとロビンがそんなオースティンと視線を合わせてきた。

「オースティン、おまえも知ってるんだろ? だから俺たちに死にたくなかったら、選ばれるなって言ってきたんだろ?」

 ロビンの言葉にオースティンが小さく頷いた。

「つまり、お前等はもう知ってたんだな。自分たちが実験の被験者にされるってことを」

「ああ。って言っても自分で調べたわけじゃなく、ジョージから聞いたんだけどな」

「ちょっと、待て。いきなり過ぎて俺にはいまいち状況が掴めねぇーよ。実験の被験者ってなんだよ? 軍の上の奴等は俺たちに何しようとしてるんだ?」

 話を続けようとしたオースティンとロビンにカインが困惑の表情を浮かべる。動揺と疑心が織り混ざっているような表情だ。

 そんなカインに、ロビンが同情の声で口を開く。

「悪かった。そうだよな。一から話しても初めて聞くカインにとっては、何のことやらだよな。よし、分かった。一から話す。勿論、できるだけ分かりやすく順を追ってだ」

 ロビンが肩を揺らして、それから動揺するカインに軍が行おうとしている人体実験について、詳細を語り始めた。

 話が進むにつれ、カインの表情がどんどん強張って行くのが分かる。

 まったく想像していなかった軍の陰謀に、カインが行き場のない憤りを感じている。

「マジかよ……。軍の奴等は頭が狂ってるんじゃないのか?」

「ああ、俺もジョージからその話を聞いたときは、そう思ったよ。本当に気が狂ってるってな」

 カインの言葉に、ロビンが地面を見つめながら同意する。

「それにしても、何でジョージの野郎はこの計画を知ったんだ?」

「それが、ジョージに圧し掛かってるっていう家からの圧力の話に繋がってくるんだ。あいつにこの件を話したのは、米海軍に所属している父親からだ。アイツの家はこの実験に反対してる。勿論、自分たちよりも上の息が掛かった事だから、声高々に反論は示してないけどな」

「だから、内部に自分の息子を送り込んで、何らかの妨害を試みてると?」

 オースティンの言葉にロビンが頷いた。

「ああ。実を言うとこの実験は過去に一度だけ試されたことがあるらしくて……」

 自分の中にある言葉を選別するかのように、ロビンが一度沈黙する。

 カインは過去にそんな非道な実験が行われていたことに対する、驚きと恐怖の色が瞳に宿っている。それと同時に無反応を貫くオースティンと、真実を知った上でこの訓練に来たロビンを訝しむ空気さえ醸し出している。

 けれど、オースティンはそれを敢えて気づかないフリをした。

 カインはただ正常な常識を持ち合わせているに過ぎない。

 誰だって、敵の巣の中に来てしまってから、自分が食べられてしまうかもしれない現実を突き付けられれば、気が狂いそうになるだろう。

 だからまだ、叫びもせずこの場に留まっているだけカインはマシな方だ。

 それか、本能的にこの場から逃げ出すことが危険だと感じているのかもしれない。ただ単に足が竦んで、この場から動けなくなっているだけかもしれない。

 人の中にある行動理由を見通すのは、難しい。だからこそ、自分の見解が正しいとは思わない。ただどちらにせよ、カインが見っともなく喚き散らさなかったのは、良かったというだけの話だ。

「俺もそのときがどんな状況で、どんな結果が出たのかは分からない。ただ一つだけ聞いたのは、ジョージの母親がその犠牲になったってことだけだ」

 ジョージの母親がその犠牲になったってことだけだ。

 ロビンの言葉がオースティンの頭の中で、くっきりとした音として反響する。

 あの実験に参加した被験者は、皆息絶えている。そして、その被験者の中に、ジョージの母親が含まれていた。

 被験者だった女の息子と、試験者である女の息子が同じ目的意志を持って、同じ場所に存在している。

 まるで巧妙に仕組まれた物語のようだ。出来過ぎていて、ロビンの言葉を現実としてすぐに受け入れることができなかった。

 けれどそんな内心を表情に出すことは、まだしない。

 話の核心を聞き、その輪郭がくっきりしてきたとしても、ロビンの話はまだ終わっていないからだ。

 ロビンは、ただ足元を見つめたまま……話を続ける。

「だから、アイツは誰よりもこの場所で神経を研ぎ澄ましてる。それで、オースティンたちに悪態をついていい理由にはならないけどな。きっとアイツの中でも溜まるもんがあるんだと思うんだ。確かにアイツは血気盛んな所があるけど、ダラダラと他人に文句を言うタイプでもないんだよ。本当はな」

「一人で抱えて勝手にピリピリされてもな……ったく、傍迷惑な野郎だぜ」

 オースティンが溜息を吐き出す。

 するとロビンが片目を眇めさせながら、苦笑を浮かべてきた。

「俺も言ったんだ。オースティンにも話して協力を仰いだらどうかって。自分でも言うのもあれだけど、俺よりオースティンの方が協力者として頼りになる」

「まっ、まずその話には乗らないだろうな」

「まぁな。きっとジョージの中でオースティンには負けたくない気持ちがあるんだろ? これこそライバル心って奴だ」

 ロビンの言葉に、微かにオースティンの眉を動く。

「こんな時に、ライバル心とかに拘るなよなぁ……俺は本当に理解に苦しむぜ」

 カインが額を手で押さえ、呆れた様子で首を振っている。

 確かにカインの言う通りかもしれない。こんな時に詰まらない感情を突き出している場合ではない。けれど、そんな当たり前の意見より、ライバルの手助けなんて借りたくないという、ジョージの気持ちもよく分かる。

 オースティンも、例え自分が如何なる窮状に襲われても手を借りたくない奴はいる。

 だからこそ……

「ジョージの奴がその気なら、別にそれでも良いけどな。俺も俺の事情でこの件をぶち壊すことになってる。ロビン、おまえはただそれだけを奴に伝えろよ」

「ああ、わかった。ちゃんと伝えておく。一字一句間違えない方がいいか?」

「そんな所に拘るかよっ! お前の好きなように伝えろ」

「冗談だよ。冗談。ただ言ってみただけだって」

 ロビンが降参ポーズで、両手を上げてきた。

「やれやれだ。まさか……自分の名声を上げに参加した訓練の実態が、実験に使う被験者選びが目的だったなんて。どうしてくれるんだ? 俺はこれから熟睡出来なさそうだぜ?」

「だったら、勝手に目を血走らせとけ」

「おいおい、ひでぇーな。こう見えて、俺の神経は繊細にできてんだよ」

「まぁまぁ、早く夜飯にしよう。俺からの話はこれで終わりだからな」

 ロビンがそう言って、オースティンに目を細めさせるカインを宥める。そんな二人にオースティンが肩を竦めさせながら、徐に辺りを見回し確認する。

 近くに誰かいるような気配はない。

 しかし、確かにここに来る時に空気に混じった匂いを感じ取ったのだ。鼻に残る甘ったるいような匂いを。

 ここに来て、オースティンは変装なんてことはしていない。

 だから、向こうがオースティンの存在に気づくのは当然であり、いつか何かしらの接触はあるかもしれないと思っていた。それも堂々と自分の前に立って。

 リリアの性格上、コソコソ人の後を付け回すようなことはしないだろう。もちろん、時と場合にも寄るかもしれないが、自分相手にコソコソと嗅ぎ回ることはしないはずだ。

 気になることがあれば、それこそ周りの目を気にせず……最短ルートで自分の疑問を解決しようとする人間なのだ。

「オースティン、何してんだよ? 早く行くぞ」

 立ち止まっていたオースティンに、いつの間にか歩き出していたカインたちが呼んできた。

 オースティンは二人に軽い返事をし、歩き出す。

 けれど頭の中は、自分の近くにいたであろうリリア・ガルシアについて考えていた。しかし彼女の行動は単純に見えて、オースティンには理解できない。

 だからこそ、母親の行動の意図を頭だけで考えても無駄なことでしかないのだろう。

 ただし、それでも知りたいというのなら……

 俺から向こうに接触するだけだな。それこそ、母親譲りの探究心で。

 ロビンが夜飯に選んだのは、店の看板には酪農姿の男が牛に向かって、デカイフォークを突き出しているという、シュールな看板の店だ。

 看板からも、店から漂ってくる肉の焼ける匂いからもここが、ステーキ屋だということが分かる。

 さっきの話の後で、ステーキって……どんなチョイスだよ?

 オースティンが品のない看板に目を細めさせていると、店を選んだらしいロビンが店の中へと入って行く。

「重い話をした後は、美味い物を食って気持ちを上げるのが良いんだよ」

「ああ、その意見には俺も賛同だな。さっきの話の後でスシとかパスタなんて喰ねぇーよ」

 ロビンの話に賛同するカイン。

 しかし、まったくオースティンは賛同する事ができない。しかしこれといって他に食べたい物もない。そのため、オースティンは何の反論もせず……店内を歩き空いている席に着こうとした。

 けれど、そんなオースティンの腕をがっしりとした腕が掴んでくる。

「はっ?」

 思わず上げる疑問の声。

「うわぁーお。誰かに似てると思ったら……オースティンだった」

 自分を掴んできた腕の横に、綺麗なプラチナ髪を降ろし愉快そうに笑う少女。そしてその前には……フォークで肉を突き刺すキャロン。

「オースティン、ここの肉は中々BIGだぜ」

 いつもの口癖を口にし、オースティンの腕を掴むアレクがニカッと笑みを浮かべてきた。

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