表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
368/493

敵意を感じる嗅覚

 髪が少しだけ短くはなっているが、他の箇所はまるで変わっていない。別に両親に対して畏怖の念を抱いているわけではない。

 オースティンの両親は因子持ちではあるが、突飛した人材というわけでもない。むしろ彼等は自分たちのことを好奇心旺盛な学者だと思っている。だからこそ、自分たちの近くにあった優秀なサンプルでもあるオースティンを熱心に観察していたのだ。

 特別、それに対して思う所はない。オースティン自身、自分がピエロのような愉悦に浸っていたということ以外で、特に不愉快な気持ちを抱いていないからだ。

 たとえ、そこに歪な関係性、空気が存在していたとしてもオースティンは取りとめ気にならなかった。

 自分も物理的な強さを身に着けることに、娯楽を感じていた時だ。自分の強さをありとあらゆる角度から、様々な試験を通して記録していく両親と利害の一致をしていたと言っても過言ではない。

 けれど、ある時点から自分は変化してしまった。サンプルが変化することに対して、彼等は特別恐れを抱いているわけではない。しかしオースティンの中で起きた変化は彼らを落胆させる変化でしかなかったと思う。現に今、自分はリリア・ガルシアが参加しようとしている実験を失敗に帰そうとしているのだから。

 どういう経緯で、彼女が軍の元に身を置いているのかは分からない。しかし今の自分にとって邪魔な存在であることに間違いない。

 彼女は自分をよく知っている。

 いや、別の方向から考えてみれば、端から自がこの実験に参加することを耳にし、この実験に参加したのかもしれない。

 フォーガン・ドレットの横に立つリリア・ガルシアは固く口を噤んでいる。その視線がオースティンの方に向けられることはない。ただ真っ直ぐ前だけを見ている状態だ。

「この中で私のことを知っている者も多いと思うが、私はこの訓練で君たちのメディカルサポートを担当させてもらう、フォーガン・ドレットだ。よろしく」

 しゃがれた声だ。外見同様、オースティンの癪に障る。これから自分が何をするかを分かっている上で、それを特に悪いことだとも思っていない……狂信的な学者の声だ。

 自分の実験は、新たな世界へと続く一本の細い道。自分はその道を開拓する開拓者(コロンブス)とでも思っているのだろうか?

 フォーガン・ドレット博士は、先ほどの短い挨拶を終えると、すぐに軍上層部の男に話しのバトンを手渡してしまった。便宜上、自分の立ち位置を公言したに過ぎないのだろう。

 軍上層部の男は、これから一週間はここにやって来た生徒を四人ずつの、計六つの小隊に分け訓練を行うことを説明してきた。

 小隊分けは、事前に決められていたらしく……オースティンはジョージ、ロビンと同じ小隊に編成された。

 すぐに小隊事に整列し直す。

「まさか、おまえと同じ小隊になるなんてな……嫌な奇遇だ」

「ああ、俺も今夜から悪夢に魘されそうだぜ」

 すれ違い様に吐かれたジョージからの皮肉に、オースティンも皮肉で返す。するとジョージが眉間に深い皺を寄せてきたが、何も言わず列の最後に着いた。

 訓練は明日から。最初に行うのは、力量を測るための小隊戦だ。

「各小隊とも、明日の小隊戦に備えて、作戦なりフォーメーションなりをよく話し合って決めて置くように。以上、解散」

 軍上層部の男の言葉で、この場がお開きとなる。すると、軍服に身を包んだ女性がそれぞれの小隊の割り当て部屋や、基地設備の詳細が書かれた用紙をオースティンたち、生徒へと手渡してきた。

 やはり、基地設備の資料を見ても、特に目を引く大がかりな設備などはない。

 もしかすると万が一のことに備えているのかもしれない。そう思えば、この設備の簡易性はあまり不思議でなくなる。

 つまり、ここが何もない平地に戻るほど派手に壊しても問題ないと。

 一瞬、ここが何もない更地になった所を想像する。デナリの麓にまで続く更地。そこを拭きつける風。そこに温かみというものはなく、昼夜問わず寒々しい光景だ。

 オースティンはすぐに基地内を移動するために、用意された軍用車に乗り込んだ。

 丁度、四人用の車で肩幅の広い男が運転席に腰を降ろしている。ジョージは助手席を確保し、間違ってもオースティンと並んで座るという状況を避けたようだ。

 思わず感心したくなるレベルの徹底ぶりだ。

 オースティンが後部座席に乗り込むと、少し長めの金髪を手で掻きあげる男と目が合った。

「これから一週間、よろしくな。俺はカイン・キーゲル。おまえの噂は聞いたぜ? あのKJたちを負かしたり、射撃訓練ですげぇ記録を出したらしいな? 女子からの株も高騰したんじゃないのか?」

 カインが浮いた話のネタを期待するような表情を浮かべてきた。どこにでも、こういう輩はいるもんだ、とオースティンは溜息を吐きたくなった。

 オースティンの頭に思い浮かぶのは、馬鹿なイタリア人。

「ったく、せっかく学校を離れて共同生活なんだから……もっと可愛い女子を増やしてもらいたいぜ。ここに選ばれた女子といえば、男並みに筋肉を引き締めた化粧気なしの本格派しかいねぇーんだもん。まったく嫌になるぜ」

 選抜されるくらいなのだから、この男が言う本格派の女子が集うのは当然のことのように思う。一般的な軍内部では、それこそ男尊女卑の思想が根深く残っている。だからこそ、ここに選出されるのも、女よりも男の方が多いのはそのためだ。

 軍用車に揺られ、五分ほど走ればオースティンたちが使う宿舎に到着した。

 宿舎は横長の長方形のような形をしており、広さは五人で使うには広すぎる建物だ。道に面した方は、全面ガラス張りになっており近代的な印象を与える。

 ガラスの向こうには、まだ使用されることのないだろう暖炉と、一気に五人が座っても問題ないソファーテーブルが四つほど横に並んでいた。

「田舎に建てられた基地の割に、豪華な造りだな」

「ああ、それがせめてもの救いだぜ。さっきもらった資料を見ると、少し離れた所にちょっとした歓楽街もあるみたいだからな。後で飯でも食べに行こうぜ?」

「着いて早々、おまえらは遊ぶことしか考えてないのか? 随分な余裕だな」

 カインと話していたオースティンに、少しの手荷物を持ったジョージが辟易とした溜息を吐いてきた。

 溜息を吐いてきたジョージにカインが片目を眇めさせる。

「おいおい、何もここに来たからってずっと訓練のことばっか、考えてたら頭がパンクするぜ?」

「パンクしないね。むしろ遊ぶことしか考えてないから……頭がパンクしそうになるんじゃないか?」

「訓練の事を想像するだけで、成果出せるならいくらでも考えてやるよ。でもそうじゃねぇーだろ? ガキみたいに一々噛みつくな。品がねぇ―」

「オースティンたちも落ち着けよ。ジョージ! おまえも少し言い過ぎだぞ? 俺たちはこれから小隊の仲間なんだからな? ここで揉めたって言い事ないだろ?」

 ジョージの言葉にオースティンたちが流したピリッとした空気を読み取ったロビンが、厳しい視線をジョージに向ける。するとジョージが軽く舌打ちをして、先に宿舎の方へと入って行く。

「なんだ、あいつ? 感じ悪い奴だな……。せっかく、人が気持ちのモチベーションを上げようっていうのに」

 カインがそう言いながら、唇を尖らせる。

 そんなカインと去って行くジョージを見て、オースティンは眉を潜めた。




 カインやロビンと共に基地内にある歓楽街に出向き、夕ご飯を食べた。簡易とはいえ基地は広大だ。そのため歓楽街は、訓練を終えた兵士たちで溢れ返っていた。もうすでに手にビール瓶を持ち、出来あがって騒いでいる兵士さえいる。

「やっぱ歓楽街はいいな。胸糞悪い気分の一気にパァッと明るくなるぜ」

 カインが賑わう歓楽街を眺めながら、鼻歌を歌っている。

「やっぱり、お固いジョージは来なかったのか?」

 オースティンがロビンの方へと顔を向け訊ねると、ロビンがやれやれと言わん顔で頷いてきた。

「ああ。行くわけないだろ、の一言で切られたよ」

「嘘だろ? アイツを誘ったのか? あんな空気の読めない男なんて呼んだら、俺の気分が下がっちまうだろ? 止してくれよ」

 オースティンとロビンの会話を聞いたカインがげんなりとした表情を浮かべてきた。カインはさきほど、会ったばかりだというのに、もうすでにこの場に慣れている。きっと順応性が非常に高いのだろう。

 前から知っている仲だったと言われても、誰かに首を傾げられることもないだろう。

「まぁ、そう言うなって。きっとアイツもアイツで家からの圧力もあると思うんだ」

「家からの圧力? 何だ? まさか人にすぐ噛みつく割にメンタルがクソ弱いとか言うんじゃいだろうな?」

 ロビンの言葉にオースティンが一瞬、眉を顰めさせる。

 ジョージの家は軍の中で名の通った家だ。そんな家柄なら、名家特有の圧力があっても然程おかしいことではない。むしろその家に生まれた子供なら薄々、分かっているはずだ。

 だから、家からの圧力で気負いしているなんて言われたら、それこそ……オースティンはジョージのことを蔑視するだろう。

 そんなオースティンの訝しげな気配を感じ取ったのか、ロビンが逡巡の表情を浮かべてから、口を開いた。ロビンの中でずっと迷っていたことを決断し、身を固めたという雰囲気を漂わせている。

「分かった。あいつが何をしようとしているのか……それを話す。でもここじゃ話せない。下手に誰かに聞かれたくないんだ。出来れば誰にも聞かれない所に移動したい」

 オースティンがロビンの言葉に頷く。

 するとオースティンの隣にいたカインは、自分たちに戸惑いの表情を浮かべてきた。

「念のため訊いておく。俺はその話に参加していいのか? 勿論、こんな前振りを聞いたら、最後まで聞きたいって気持ちはある。けど……俺は今日お前等と会ったばっかの人間だ」

「ああ、別に構わない。これも何かの縁だ。お前だけ仲間外れにも出来ないさ」

 ロビンの言葉にカインが少しほっとしたような表情を浮かべている。

 オースティンは二人のやり取りを横目で感じながら、少し嫌な臭いを感じていた。現実的な問題ではない。ただ直感という嗅覚が嫌な臭いを感じ取っている。

「どうした? オースティン?」

 眉間に皺を寄せたオースティンに、ロビンとカインが首を傾げさせる。

「いや……何でもない。気にすんな。行くぞ」

 オースティンが首を横に振って、二人からの視線を払い除けた。

 ここには、卑しい悪臭が漂いすぎだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ