間違いない姿
ニューヨーク郊外にある軍基地の滑走路から、輸送機に詰められ、そのあとガタガタと揺れる大型の輸送車にオースティンは同じアルファコースの生徒と共に揺られていた。
オースティンたちが連れて来られたのは、西のベーリング海を隔ててロシアとも海上の国境にある、自然豊かな土地アラスカ州だ。
この輸送車に乗っている生徒は、学校から選抜されたメンバーだ。オースティンの斜迎えに座っているジョージが訝しげにオースティンを睨んでいる。
オースティンのことをアストライヤー側の諜報員だと疑っているせいだろう。
まっ、奴等と手を組んだことで事実になっちまったけどな。
けれど気にすることはない。
もう、自分は軍の非公式訓練を行う選抜生徒になり、あとは明日から開始される訓練に臨むだけだ。訓練の日程は一週間。軍が用意したキャンプ地で行う。この期間のどのタイミングで人体実験が行われるのかが明確になっていないが、怪しいのは訓練の最終日あたりだろう。
ちなみに、アラスカのキャンプ地で訓練が行われるという情報は、滑走路の輸送機に乗せられた後で伝えられた情報だ。もちろん、個人の情報端末も軍の教官に没収されている。
しかし、それらの事は予想の範疇であり特別驚くことでもない。小型のGPSなどの電波を飛ばすものの所持も禁止されている。
けれど、それらの物を没収されようと、電波探知機などで身体を隈なく調べられようと、オースティンとしてはまったく気にならない。
むしろ、好きなだけ調べれば良いとさえ思う。どんなに調べた所でオースティンと共に、潜り込んでいるアレクたちを見つけ出すことは不可能だ。
今自分と共にここに潜んでいるのは、アレクとキャロンと、そしてリーザだ。リーザの強さは戦力として申し分ないが……行動が大問題すぎる。
もちろん、アレク以外のメンバーはリーザを連れて行くことを、大反対した。リーザが自分たちの計画通りに行動した例がないからだ。しかしそんな自分たちの訴えなど虚しく、リーザは『絶対について行くーーー!』の一点張りで、最後は力技で強行突破してきたのだ。
ったく、本当に嫌になるぜ。
オースティンが小さく溜息を吐いた。
「溜息なんて吐いて、どうしたんだ? オースティン?」
気さくな様子でオースティンに話しかけてきたのは、隣に座っていたロビンだ。
「いや、別に……」
「一躍で選抜生徒に大抜擢されたオースティンでも緊張してるのかもって期待したのに、思い違いかぁ。あーあ」
「そう言うってことは、おまえは緊張してるのか?」
オースティンが目を眇めて訊ねると、ロビンは少し間を開けてから首を横に振って来た。首を横に振るロビンの口許に自嘲の笑みが浮かんでいる。
「いいや。俺の場合は緊張なんかじゃない。ここだけの話……少しだけビビってるんだ。なんだか良く分からないけど、自分の感覚的に何かやべーなって感じがするんだよ。本当に変な話だけどな。ジョージにそれをいったら、実戦じゃないんだぞって顔を顰められたけどな」
強張った表情で苦笑を浮かべるロビンにどんな言葉を掛けるべきか、少しだけ迷う。
きっとここに能天気なアレクが座っていれば……
「その直感……最高にナイスでビックな直感だ。きっとおまえはジャングルでのサバイバルで生き残れるぜ。なんてったって……サバイバルを制する者は直感に優れた奴だからな」
とまぁ、こんな風に言葉を掛けてくる……。
「なぁ、オースティン……俺の耳とうとうやべーのかな? さっきちょっと野太い男の声が聞こえたような気がしたんだ」
「ばっ、馬鹿言うなよ。野太い男の声なんて聞こえるはずねぇーだろ。幻聴だ、幻聴!」
「そ、そうだよなぁ。ここに野太い声を出しそうな奴いねぇーし。声の感じ的に四十は越えてるおっさん、ぽかったもんな」
自分に言い聞かせるように、大袈裟な苦笑を零すロビン。
けれどそんなロビンにまたしても……
「おいおい、待てよ。さっき四十越えのおっさんの声とか言ったか? 冗談悪いぜ。俺はまだ四十代じゃない。こう見えて、ピチピチの三十二なんだ。イェアッ!」
「お、おいっ!」
「オ、オースティン……やっぱり、おまえにも聞こえたか? 変なおっさんの声?」
しまったと思いながら、オースティンは勢いよく首を横に振る。
もし自分の胸ポケットにアレクと共にミクロンサイズのリーザとキャロンが入っていなかったら、すぐにでもポケットの中にいるアレクを拳で殴り潰していただろう。
「だから、さっきからロビン、おまえは幻聴を聞きすぎなんだよ。少し訓練にビビり過ぎてるんじゃないのか?」
「いやいや、俺絶対聞こえた気がする。しかも何か……オースティン、おまえの方から聞こえたぞ」
「そんなわけねぇーだろ。それともお前は俺の声が四十代オーバーの爺の声に聞こえんのかよ?」
上手い誤魔化しようがないため、飽く迄白を切るオースティン。けれど現実的に胸ポケットにいるはずのアレクの声は聞こえてしまっている。
ミクロンサイズの癖に、何で声が聞こえんだよ?
一瞬、ミジンコレベルに小さくなっているはずのアレクの声が聞こえたことに、オースティンは疑問を感じたが……今は動揺しながら他の生徒にも「おっさんの声が聞こえたか?」と訊ねているロビンを落ち着かせることの方が重要だ。
アレクを射撃の的にするのは、もう少し周りの状況が落ち着いてからだ。
幸いだったのが、アレクの声が聞こえたのはオースティンとロビンだけらしく、他の生徒はいきなり妙な事を訊ねてくるロビンに首を傾げている。
「おい、ロビン! もう諦めろ。お前が必死になった所で誰もその声は聞いてないんだ」
少し不憫にも感じるが仕方ない。ここでオースティンがロビンの言葉を肯定することは出来ないのだから。
後でロビンの分まで腹癒せをしといてやろうと思いながら、オースティンは首を傾げ続けるロビンから視線を逸らした。
移動時間も長く、あとどのくらいで目的地に到着するかも分からない為か、輸送車に乗っている生徒の顔にも疲労と状況に厭きた表情が見える。
集中力と共に注意力が散漫した頃……ようやくオースティンたちを乗せていた輸送車が走行をやめた。
前の席で運転していた兵士二人が、淡々とした口調で「降りろ」と命じてきた。
生徒たちは散漫としていた意識を引き締め、輸送車から降りる。
輸送車から降りたオースティンたちを出迎えたのは、無理矢理コンクリートとアスファルトで塗り固め、平坦にしたような平地に立つ基地があり、その奥には北アメリカで最高峰であるデナリがすぐ近くに見えた。
基地の敷地内に入ると、どの建物も真新しくつい最近出来たといわんばかりだ。敷地内には戦車などを使った大掛かりの訓練も余裕で出来る広大さだ。
デナリが近くにあるということは、アラスカの内陸部かもしれないが……ここでならそれなりの設備を置いても良さそうに思う。それこそ、アラスカはユーラシア大陸へのアクセスも良いのだから。
けれど、基地の設備をざっと見る限り、この基地にこれ以上の設備投資をする様子はない。最低限の訓練が出来れば良いという雰囲気さえある。
仮説基地と言っても過言じゃなさそうだ。
「こんだけ周りに何もなきゃ、騒音被害の苦情は出なさそうだな。俺が大きい声で大熱唱しても大丈夫そうだ」
どんな例えだよ?
首を動かして界隈を見るロビンを呆れつつ、オースティンたち生徒は、一番近くの区画にある倉庫前で整列させられた。
シャッターの開いた倉庫の中には、大口機関銃などを装備した軍事用ヘリ五台ほどが、横並びに停まっている。
オースティンたちが暫くの間、その場で整列していると……そこへ軍用車三台がやってきて、その先頭車の助手席に、フォーガン・ドレット博士の姿が見えた。
フォーガン・ドレットは、以前テレビなどで姿を見たときよりも、幾分痩せこけており、長い髪を無造作に後ろで束ねているだけだ。まったくもって品というものがない。
思わずオースティンが目を細めさせる。
近くに居た生徒もフォーガン博士の存在に気づいた様子で、生徒同士で顔を見合わせている。
オースティンは自分の実験のモルモットを見に来たフォーガンを静かに睨む。
出来ればこの場であの男の眉間を銃弾で撃ち抜きたいくらいだ。
けれど、そんなオースティンの思考は三台目の車から降りてきた人物の姿で、一瞬フリーズする。
なんで……あいつ等がこんな所に!?
オースティンの視界に小綺麗な格好をした博学者の女の姿が映る。
間違いない。
もうここ何年も顔を見合わせていなかったが、一目で分かった。
あれは紛れもない、自分の産みの母親である、リリア・ガルシア。彼女の姿だった。




