英雄になりたいのは
テレサに連れられてオースティンがやってきたのは、アルファコースの校舎裏だ。校舎裏ということもあり、自分たち以外の生徒の姿はない。
「わざわざ、こんな所に人を連れて来て……話って何だ?」
踵を返して自分の方へと向き直ったテレサにオースティンが目を細めながら問う。テレサとの距離は精々、一メートルほどしか離れていない。ナイフや格闘戦ならまだしも、ライフル銃を使う自分からすると微妙な距離ではある。
けれど向こうが戦う気なら、距離の云々なんて言ってはいられない。そのため、オースティンはテレサの顔を見ながら、いつでもBRVを復元できる構えは取っておく。
この際、自分の愛銃ではなくても構わないとさえ思う。
「あんまり身構えないで。私、学生の時は無闇に銃を取り出さないって決めてるの」
「前にやり合った男を前にしてもか?」
「……そうね、もし貴方が私と戦いたいって言うなら別だけど、でも貴方はここで戦うことを望んでないでしょう? デルタコースの英雄さん?」
彼女の言葉にオースティンは思わず虚を突かれた気分になった。テレサは端から自分の立場を見て、この場で戦うことはないと見越していたのだ。その証拠にテレサが茶目っ気を含んだウィンクさえしている。
こんな態度を相手にされたら、身構えていた自分がほとほとアホらしくなって、一気に肩の力が抜ける。
「じゃあ、何で俺をここに呼び出したんだよ?」
「興味本位。って言ったら?」
「冗談に付き合ってる場合じゃないんだ」
「フフ。そうね。じゃあ幾つか貴方に訊きたいんだけど……どうして、貴方はデルタコースに在籍しているのかしら? それに学校への登校記録を見て見たけど、貴方殆ど学校には行ってないわよね? なのに、このタイミングで毎日学校に来てるのは何故?」
テレサの瞳に好奇心旺盛な光が宿る。まるで暗闇の林の中で獲物を狙う山猫のようだ。自分の敵だと思っている相手の真意を探ろうとしているのだろう。
そんなテレサにオースティンが肩をすくめさせる。
「何か俺の口から衝撃的な事実でも飛び出さないか期待してるなら無駄だぜ? 俺からおまえらに話すことなんて何もないからな。ここに来たのも単に単位不足だ」
「見え見えの嘘で、しかも無愛想な返事ね」
「お前らに使う愛想なんて持ち合わせてねぇ―よ」
テレサが自分の言葉に、割と本気でがっかりした溜息を吐いてきた。だからといって、態度を変えるつもりはない。
「そういう態度してると、好きな子から嫌われちゃうわよ?」
「なっ! ふざけんな。お前に関係ねぇ―だろ」
別方向からの切り返しにオースティンが少したじろぐ。不覚にも『好きな子』という単語で一人の女性を想起してしまったことに、胸中に気恥しさが膨れ上がる。しかも、それを山猫のように目敏いテレサに見られ、含み笑いを浮かべられてしまったら尚更だ。
「ふーん。いるのね? 気になる子? それで同じクラスの子かしら? それともお仕事関係者?」
「うるせー。それこそおまえに関係ねぇーだろ? いちいち詮索すんな。品がねぇ」
「あら? 最初に言ったはずだけど? 私は個人的に貴方に興味があるって。だから貴方との会話を楽しみたいのよ。だから情報交換の一環でさっきの話題を振ったのに、貴方が素っ気なく返すから……こういう話を振ってるんじゃない?」
ここぞとばかりに人の揚げ足を取りやがって……。
迂闊にもテレサに一種の弱みを握られてしまった自分に腹が立つ。しかもテレサはオースティンとの距離を詰めてくる。
逃げるか? 一瞬脳裏をこの言葉が思い浮かぶ。けれど、この場でテレサに背を向けるのは、何となく癪に障る。
とは言っても、テレサに返せる言葉はない。それもまた自分が折れたことになる。
「……俺は自分のプライベートを安売りする気はないんだ。けど、おまえとの会話は続けられるぜ? 俺だっておまえらに訊きたいことくらいあるからな」
「何かしら? 良ければ言ってみて?」
テレサの口調は自分を試すような物言いだ。そんなテレサにオースティンが僅かに目を細めて、訊ねた。
「おまえも香港とフランスでのことはニュースでも知ってるだろうし、国際防衛連盟の方からもいち早く伝達されてるよな?」
「ええ。そうね」
「じゃあ、単刀直入に聞く。ここでも同類の暴動が起きると思うか?」
「質問が憶測の範囲なのね?」
「ああ。俺の中ではかなりグレーの未確定事項だからな」
オースティンが口許にうっすらと笑みを浮かべる。
すると今度はテレサが腕を組んで、目を閉じて、肩をすくませてきた。
「……暴動は起きるでしょうね」
「随分、はっきり言い切るな」
すんなり頷いてきたテレサを意外だと感じながら、オースティンが小首を傾げる。するとテレサが目を開いて、オースティンを訝しげな視線で見てきた。
「貴方だってパリで使用された軍の新兵器のことは耳にしていると思ったんだけど。それともこっちの情報収集力を測るために、わざと訊いてるのかしら?」
テレサの問いに答えず、オースティンはテレサを凝視する。するとテレサが機嫌を悪くしたのか、腕を組んだまま顔を横にして、そっぽを向いてきた。
「……答える気はなさそうね。それじゃあ、いいわ。私も次から貴方の質問には答えない」
「ああ。別にいいぜ? さっきの一言で俺の中の未確定事項は確定事項になったからな……」
「確定事項になったから何? 私たちアストライヤー関係者と軍が衝突してる最中に横やり入れて、漁夫の利でも狙ってるのかしら?」
テレサが横目でオースティンを見る。そんなテレサにオースティンが苦笑を浮かべさせた。
「残念、大外れだ。言い忘れてたけど、俺はもうナンバーズじゃない。だからお前等を攻撃したって何の得にもなんねぇーよ」
「驚いた……。それ、本当?」
横に向けていた顔を戻したテレサの瞳に驚きが満ちる。
「ここで嘘を言っても仕方ないだろ?」
「俄かには信じがたい事実ね」
「ならおまえの好きなように捉えろよ。ただ……あと一つ言っておく」
「なに?」
「英雄になりたいって思ってるのは、おまえらだけじゃないと思うぜ」
オースティンの言葉にテレサが小首を傾げる。そんなテレサにオースティンが背を向けた。
自分でもつまらないことを言ってると思う。けれど……オースティンの中で言わずにはいられなかった。自分の中で先ほどのロビンの話が残っていたからかもしれない。
俺も変に情が移ったか?
ふと頭に浮かんだことに、オースティンは馬鹿馬鹿しいと思いながら首を横に振った。
するとそんなオースティンの背中にテレサからの言葉が掛かった。
「私、ますます貴方に興味を持ったんだけど、どう思う?」
「どうも思わねぇーよ。むしろ、ここで俺に話しかけんなよ」
「冷たい事をさらっと言うのね。でも残念。私としては今後も貴方を呼び出すつもりよ」
「ふざけんな。こっちはあんまり目立ちたくないんだ。お前なんかに呼び出されたら、それだけで変に目立つだろうが」
嫌な顔をしているオースティンに、テレサが小さく笑いを零す。
「目立ちたくないっていうのは、無理じゃないかしら? だってすでにもうオースティンは目立ってるわ。KJたちを手懐けた生徒としてね。だから私もちょっと気になってデルタの子に、貴方の事を聞いたんだもの」
テレサの言葉と共に浮かんできた品のないバカ三人トリオの顔。オースティンは最大に溜息を吐いた。
つまり、俺がここに呼ばれた結果はあいつ等のせいだったのか。
「そんなに、肩を落とさないで。戦場で再開を果たすより……ここで再開した方がずっと素敵じゃない?」
「どうだろうな?」
「私は少なくともそう思ってるわよ。出来れば次に会うときは『おまえ』じゃなくて名前で呼んで欲しいわね」
「はぁ?」
オースティンが呆れた声を出す。けれどテレサは満足げな笑みを浮かべて、オースティンとは反対方向に歩き去ってしまった。
オースティンとの話を終えたテレサが教室に戻ると、ライアンたちが情報端末で真剣な表情で見ていた。
「何見てるの?」
テレサがライアンの情報端末を覗き込む。
するとそこには、ニューヨークの中心地、マンハッタンに所在を置いている国際防衛連盟の支部に来るようにという召集命令だった。
「テレサ、お前にも来てるだろ?」
「……本当。でもこのタイミングで私たちを召集する意味は?」
訝しげにモニターに映し出される召集命令を見る。
「一番考えられるのは、フランスで軍が使用した新型兵器のことだろうけどな……」
ライアンの言葉には含みがある。もしかすると、新型兵器の他にも何かあるのかもしれない。
「まさか、今すぐに軍を攻め込むって気じゃないでしょうね?」
「いや、それはまだないはずだ」
答えたのはビリーだ。テレサがビリーへと視線を向ける。
「俺たちアメリカの場合、他の国より軍との関係が密接だ。だから国際防衛連盟の方も軍が自分たちを脅かす、確実な証拠を掴まない限りは戦うことはできない」
「けど、奴らに先制攻撃を与えるのも得策でないと思わないか?」
アダムが不服そうな表情でビリーの言葉に反論を返す。
「仕方ないだろ? そう言っても俺たちは、上からの命令を聞くしかないんだから」
ビリーの正論にアダムが唸る。そんな二人のやり取りを見ながら、テレサは小さく息を吐きだした。
「上はそれこそ血眼になってるでしょうね? 軍を攻めるきっかけが欲しくて。きっと民衆を無視したパリ支部のやり方は取りたくないでしょうし」
「だろうな。もしかすると、俺たちにその証拠を炙り出させようとしてるのかもな。俺たちはそれこそ候補生だからな。現役の代表を使うよりは動かしやすいっていうのも事実だ」
ライアンの言葉は正論だ。現に情報操作士であるミーシャは、すでに国際防衛連盟からの命令で動いている。
けれど軍の方だって、情報操作士に情報をハッキングされないための対処は取っているに違いない。だからこそ、ミーシャだけではなく自分たちのことも動かそうとしているのだから。
「面倒なことにならなきゃ良いけど」
叶わない願いだと思っていても、テレサは呟かずにはいられなかった。




