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馬鹿げた戦い

 思っていた通り、厄介なことになったとオースティンは感じていた。

「お前等……俺に嫌がらせしに来たのか?」

 米神に青筋を浮かび上がらせながら、オースティンが口の端を引き攣らした。けれどそんなオースティンの表情は無視するKJ、ルーク、デイブの三人衆。

「俺らがオースティンさんに嫌がらせなんて、するわけないじゃないですか?」

「そうですよ。俺ら気持ちを改心させて、オースティンさんに付いて行こうって決めたんですから」

「迷惑な奴がいたら、俺らに行って下さい。すぐに追っ払いますから」

 バスケの試合前の時とは打って変わり、自分に(へりくだ)ってくるKJたち。そんなKJたちはあれ以来、オースティンがいるデルタクラスに頻繁に現れるようになっていた。

 変にやっかまれるのも鬱陶しいが、これはこれで鬱陶しい。

 なにせ、この三人衆はデルタの生徒の中で悪名高い三人組だったらしく、何かと他の生徒の視線を集めるのだ。そしてそれに巻き添え食って、自分まで変な視線で見られる始末だ。

「だったら、お前等……もう俺んとこ来るな。ウザい」

「オースティンさん、そんなこと言わないでくださいよ。あっ、喉とか乾いてます? 俺、飲み物でも買って来ましょうか?」

「いらねぇーよ。だからさっさと失せろって言ってんだろ!」

 オースティンがそう一喝すると、KJたちが「じゃあ、お昼を食べたらにまた来ますんで」と要らない一言を残して、去って行く。

「最悪だ……」

 変な奴等に纏わりつかれたことに、溜息を吐きながら……オースティンが教室の席から立ち上がると、そこへ脇に分厚いファイルを挟んだジョージがやってきた。

 うわっ、また面倒なのが来た。

 自分の元へとやってきたジョージを見て、オースティンが目を細めさせる。

「俺に何か用か?」

「大した用じゃない。ただ……少しおまえに訊きたい事がある」

「……前にも言ったが、俺はアストライヤー関係者じゃないからな」

「データ上だとな。けど、おまえがアストライヤー関係者じゃないっていう事実を立証する証拠もない。違うか?」

 オースティンを見ながら、ジョージが脇に抱えていたファイルをオースティンに差し出してきた。

「軍関係者の家族名簿、この学校にいる因子持ちの生徒の名前と縁者の名前。家系系列などを纏めたファイルだ」

「こんなの調べて、おまえ暇だな」

「何かを得るための努力は惜しまないタイプなんだ」

「なるほどな。それでこの中に俺の名前は出て来てたか?」

 オースティンが苦笑を浮かべて訊ねると、ジョージが仏頂面を浮かべてオースティンを見てきた。

「驚くべきことに、一回も出て来なかった」

「努力が水の泡になったってことか」

 仏頂面を浮かべるジョージをオースティンがせせら笑う。

 するとそこへ、ランチのトレ―を持ったロビンが現れた。

「こんな所で、二人とも何やってるんだ? オースティン、おまえが手に持ってる分厚いファイルなんだ?」

 ロビンが顎先で先ほど手渡されたファイルを指してきた。

「ああ、これか? これはこいつの努力の結晶だ。まっ、無意味に終わったけどな」

 オースティンの言葉で合点いったロビンが「ああ」という言葉を呟く。

「ジョージ、まだおまえ疑ってるのか? オースティンが因子持ちの生徒だって」

「当たり前だろ。正直、あんな動きを普通の奴が出来ると思うか?」

「できるさ。確かに因子持ちは超人だけどな……因子を持ってなくても超人の奴はいる。そうだろ? それにもしオースティンが因子を持ってたら、それこそデルタコースじゃなくて、アルファコースにいるはずだ。こう言ったらあれだけど、俺がもし因子を持ってたら迷わずアルファに行ってたと思うしな。ジョージ、おまえだってそうだろ?」

 ロビンの言葉にジョージが失笑を零す。

「俺があんな異端者になるわけないだろ? 俺の家は誇り高いリッジウェイル家の長男だ」

 リッジウェイル家は、アメリカ軍の中で有名な家だ。それこそ因子持ちの者が公に成る前まで、英雄扱いされており、元々、軍事学校であるここを創立したのもジョージの祖父だ。

 ジョージが因子持ちに対して、嫌悪感を抱いているのは自分たちから英雄という称号を剥奪したと思っているからかもしれない。

 ロビンがジョージの言葉に肩をすくめる。するとジョージはそのままオースティンたちに背を向けて歩き去って行く。

「オースティン、気を悪くしないでくれよ。アイツも焦ってるだけなんだ」

「焦ってる?」

「ああ。アイツはいつも人一倍努力してるからな。デルタコースの実践成績は常にトップなんだよ。けどこの間のバスケの試合を見た時、直感的におまえに勝てないと思ったんだろうな。だから、アイツなりに自分が勝てない理由を見つけたいだ。つまり、ジョージの中でおまえは完全に目上のたんこぶって奴だな」

 思わずロビンの言葉にオースティンが軽く溜息を吐いた。

 仮にロビンの言葉が合っているとしたら、ジョージの気持ちは分からなくもない。自分の成績にある程度の自尊心を持っていて、それを或る日、突然やってきた奴に打ち砕かれる気持ち……あれは腸が煮えくりかえるほどの、腹立たしい。

 だから、ジョージが自分を目障りだと思う気持ちに納得してしまう。

「けど、本当にオースティンは凄いよな。あのKJたちを手懐けたんだから。アイツ等、アルファコースの中でも、そこそこの成績らしくてさ……デルタコースの生徒を見下す生徒の筆頭みたいになってたんだよ。本当に参るよな」

 ロビンがオースティンにそう言いながら、丁度腰くらいの高さにあった花壇の端に座り、買ってきたサンドウィッチを食べ始める。けれどロビンの話は終わらなかった。

「知ってたか? 今度さ、軍の海援隊が非公式で大規模演習をするらしいんだけど、それにデルタの生徒も何十人か参加するらしいぜ」

 口に何か含みながら喋られるのは、オースティンとしてはかなり不愉快だが、この情報は聞くに値する情報だ。勿論軍が大規模な演習を行うという情報はシーラが掴み、オースティンの耳にも入っている。けれど軍人を目指す生徒にどのような情報が伝わっているのかも、知っておくべき情報だろう。

「そんなのがあるのか。それで日程とかは決まってるのか?」

「ああ、噂だと決まってるみたいなんだけどな。詳細日程、場所は選抜された生徒にしか伝えられないらしい」

「……選抜基準は?」

 サンドウィッチと共に一ガロンのペプシをがぶ飲みして、ゲップをするロビンに殺意を覚えつつ、オースティンが質問を重ねる。

「これも噂の範疇だけど、これまでの実践成績を見て決めるんだと。だから、ジョージあたりは確実に選ばれるんじゃないか?」

「噂が本当ならな」

 ロビンにそう答えながら、オースティンは思考を巡らせた。

 確実に軍はアストライヤーとの衝突を考慮して、演習を行うはずだ。何とかしてこの演習に潜り込みたいが……難点なのは、これまでの実践成績から生徒を選抜するという点と、向こうの関係者に、自分の存在がどれほどまでに浸透しているかだ。

 軍の中でもトゥレイターと繋がっていたのはごく一部の人間だ。けれどそのごく一部の人間がその演習場にいると、非常に厄介で面倒だ。

 後でシーラに早急に演習に参加する軍人リストを調べてもらわないとな。

「でも、なんか嫌だよなぁ」

 トレ―に乗っているサンドウィッチ、ポテト、チキンなどを食べ終えたロビンが、オースティンに言葉を投げてきた。

「ああ? 何がだよ?」

「ほら、今は軍とアストライヤーの関係って悪化してるだろ? けど、それって何か違くないか? そりゃあ、アルファの生徒にバカにされるのは腹立つけど、軍人もアストライヤーも同じ国に住む英雄(ヒーロー)だろ? それなのにその二人が戦うなんて……馬鹿げてる」

 いつも能天気なロビンの言葉に、オースティンはやや面を喰らった。ロビンの言葉はオースティンにとって、純粋に意外な言葉だったからだ。

 本音を言ってしまうと、どこかでこんな事を考えるは、力を持っている自分たちだけだと思っていた。けれどそれは、無自覚に自分がロビンたちをKJたちと同じ様に見下していたということに他ならない。

 自分の中で認識してしまった事実に、オースティンの背筋が粟立つ。それと同時にロビンが持つ強さを実感した。

 ロビンがどれほどの実践を行っているのか、どれほどの成績なのかは知らない。

 けれど少なからず、KJたちのような生徒にバカにされていたはずだ。それなのに、ロビンは因子の有無などまるで気にしていないように見える。

「やっぱり、青臭いと思うか?」

 沈黙していたオースティンにロビンが自嘲混じりの苦笑を浮かべてきた。もしかすると、誰かに青臭いと言われたのかもしれない。

「いいや。別に思わねぇーよ。それこそ、おまえの考えを否定する権利なんて俺にはないだろーが」

「おお! やっぱおまえっていい奴だな! やっぱ親友になるべきだ」

「ならねぇーよ。誰が人前でゲップを吐く厚顔野郎となるか」

「ゲップなんて気にすんなよ。ゲップも一つの生理現象だ」

「うるせー。品がねぇ―んだよ。俺はもう行く、から……な」

 ロビンに背を向けたオースティンの言葉が途切れ、途切れになる。

 嘘だろ?

 オースティンの視界に、一人の女子の姿が映る。近づいて来る女子は紛れもない現アメリカ代表候補の一人であるテレサ・キャンベルだ。

 テレサは周りにいた生徒たちの視線を総集めにしながら、オースティンに微笑みを浮かべている。

「おい、何でテレサ・キャンベルがこっちに近づいて来るんだ? あんま間近で見た事ないけど……やっぱり綺麗だな」

 突然やってきたテレサに、オースティンの後ろにいるロビンが興奮気味になっている。けれどそんな能天気なロビンの言葉に反応なんて取っていられない。

 今、自分たちがいるスペースはデルタコースの生徒が使う場所で、アルファコースの生徒は滅多に来ない。それにも関わらず、テレサがここに来たということは……目当ては自分だろう。

 しかしここで下手に動く事はできない。変に動いてBRVを取り出されても面倒だからだ。

 オースティンは眉間に皺を寄せながら、テレサを待ち構える。

 目の前にやってきたテレサが案の定、オースティンの前で立ち止まり……

「デルタコースの英雄さん、少し話があるんだけど、付き合って貰えるかしら?」

 と微笑みながらそう言ってきた。オースティンはこっちの空気を読めよ、と内心で毒づきながらそれに応じるしかなかった。

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