砂上の楼閣
コートの中央で審判役のアルファ生徒がボールをオースティンとKJの頭上に高く上げた。オースティンとKJがボールに向かって腕を伸ばし、跳躍する。
もちろん、このバスケ試合でゲッシュ因子の使用は禁止。純粋な身体能力での勝負だ。けれど元々、ゲッシュ因子を有している人間の身体能力は常人のよりも高い。
だからこそ、KJたちは因子の使用を禁止されていても、余裕綽々の笑みを浮かべて、オースティンたちを見下していた。
オースティンはそんなKJたちに冷ややかな視線を送りながら、先に試合の主導権を握る。
ボールを獲った瞬間、オースティンはボールを軽やかな仕草でバウンドしながら、ルークとデイブの二人を嘲けるように抜いて行き、そのままリングの中にシュートを決める。
すると予想外な試合の流れにKJたちの空気が張り詰め始める。
「やっと、本気を出す気になったか? まっ、もう手遅れだけどな」
「なんだと、てめぇ!! 先に入れたからって良い気になるなよ!?」
「いきなり熱くなるなよ。おまえらからしたら、俺たちデルタの生徒は格下なんだろ?」
オースティンが片目を眇めながら酷薄な笑みを浮かべる。
「いいぜ。ぶっ潰してやる!!」
ゴールを決めたオースティンがコートの中央にやってくると、ロビンが肩を叩いてきた。
「ナイスシュート。やっぱ俺の目に狂いはなかったぜ。この調子で奴等に大恥をかかせてやるんだ」
アルファの生徒から先制点を取れたことに、やや興奮気味のロビン。そんなロビンを見ながら苛立つKJたちと、眉間に皺を寄せるジョージ。
微妙な空気が流れ始めたコートの中で、オースティンは辟易とした溜息を吐いた。試合は再びコートの中央から開始される。今度はルークとジョージが見合い、ボールを取り合う。ボールを取るために高く跳躍する。ルークがジョージよりも先にボールを捕り、KJへとパスする。
KJの前に立っていたロビンが果敢にそのボールを奪いに行くが、KJがボールを手元で躍らせる様にドリブルし、ロビンを翻弄している。
「あ~、品がねぇ」
思わず二人のやり取りを見ながら、オースティンがじれったく呟いた。
確かにKJのボールの運びは上手い。けれど普段から洞察力を鍛えているオースティンからすると、ボールをカットできる箇所がいくつもある。
何故、その隙を見逃しボールを奪えないのか?
「おい、ちゃんとそいつの動きを見ろ! 隙だらけだぞ!?」
「隙? こいつらに隙なんてどこにあるんだよ?」
KJに翻弄されているロビンに向けて叫ぶ。ロビンもオースティンの言葉に反応するものの、やはり動けずにいる。
見限ったオースティンが動く。KJからボールを奪えないロビンの元へと。そしてKJが近寄ってきたオースティンの方を振り向いたときには、オースティンがKJからボールを奪った後だった。
ゴール下には、ジョージをマークするデイブ。自分へと走り寄ってくるKJとルーク。パスを受けようと、ゴールの方へと走るロビン。
けれど今ここでジョージかロビンにパスを回したとしても、KJたちにボールを取られる可能性が高い。
けれど鬱陶しいほど、自分の存在を主張するロビンがオースティンの視界に入ってくる。
「ちゃんと取れよ!」
オースティンがそう言って、ロビンにパスを出す。するとロビンが顔を輝かせオースティンからのパスを受け取る。
「おい、ルーク! アイツからボールを奪い取れ」
「任せろ」
ルークが威勢よく答え、ボールを取ったロビンへと駆け寄る。
「取らせるかよ。デルタの意地って奴を見せてやるぜ」
歯を見せてカッコつけるロビン。けれどそのロビンの言うデルタの意地は、ルークにボールを取られたことにより、早期に消滅する。
「ルークの奴……また動きに磨きを掛けてきやがった」
「敵の分析してる場合か。このバカ!」
相手の所為にして責任転嫁するロビンをオースティンが怒鳴りつつ、ボールを持ちながら口笛を吹くルークの元へと駆け寄る。
「デルタの生徒の癖して、粘るな。でもやめとけ。最初の一点は奇跡が起きたとしても……二度の奇跡は起きやしない。でもまぁ、貧弱なデルタの英雄にはなれるかもな。俺たちから奇跡の一点を取れたんだから」
ボールを地面に弾ませながら、オースティンを挑発してくるルーク。確かにルークのボールの運び方はうまい。ちゃんと柔軟に身体の筋肉を使い、前に居るオースティンにボールを奪わせないようにしている。
しかしその動きも、これまで多くの戦闘を行ってきたオースティンからしてみれば隙だらけで、まるで子供のボール遊びくらいにしか感じない。
しかも相手は自分の動きに過信しているためか、かなり気が緩んでいるようにも見える。
こんなバカたちじゃ、因子使わなくても普通に勝てるな。
「人を幼稚な挑発してる暇あったら、とっとと一点決めとけば良かったのによ。ったく、品がねぇ」
「なんだと、てめぇ!? デルタの癖に生意気な口訊いてんじゃねぇーぞ!」
「はっ、どっちが生意気な口聞いてんだよ?」
オースティンが苛立つルークを鼻で笑い、次の瞬間にはルークの手元からボールを奪い取る。
そして奪った瞬間に、KJたちのバスケリングにロングシュート。
ボールは吸い込まれるようにリングに入る。
「嘘だろ?」
ぼそりと呟いたのは、オースティンをカバーしようとやってきていたジョージだ。唖然とした表情のジョージとオースティンの目が合う。
「おまえ……」
「俺が何だよ? こんなアマチュアの試合でロングシュート決めたからって自慢にもならねぇーぞ」
オースティンに対して神妙深い、疑いの視線を投げてきたジョージをオースティンが流し、コートの中央へと戻る。
コートの中心には、いきり立つKJがオースティンを鋭い視線で睨んできた。
「どうした? そんな怖い顔して? 俺たちデルタの生徒に畏敬の念でも生まれたか?」
「あんまり調子に乗んなよ? デルタの生徒なんて大人しく俺たちアルファの生徒の言いなりになってれば良いんだよ!」
「なっ、誰がおまえら人間の皮を被った化物なんかの言いなりになるか!」
ルークの言葉で頭に血が上ったジョージが、感情のままに声を荒げさせる。すると元々怒っていたルークの視線がさらに殺気立つ。
「おい、ジョージ。そこら辺にしとけ」
「KJ、おまえもデルタの生徒如きにカッカすんな。因子の熱が上がるぞ」
コートの中に満ちた空気を宥めるように、ロビンとデイブが間に入る。
けれどジョージとKJの怒りが収まる気配はない。
オースティンは、小さく溜息を吐く。
ここはゲッシュ因子を持たない者とゲッシュ因子を持っている者が共存する場所。けれどそれは砂上の楼閣でしかない。やはり完璧な共存場所なんてありはしない、ということを実感してしまう。
「なんだよ? バスケをやめて殴り合いのケンカでもするか?」
オースティンが軽い冗談混じりにそう言うと、KJたちの視線がオースティンに、
「……おまえ、死ぬぜ」
と言ってきた。オースティンは肩をすくめる。ドヤ顔の三人から、こんな言葉を言われたら、さすがのオースティンも呆れて返す言葉がすぐに思い浮かばない。
「ちょっと待て。殴り合いのケンカはしない。今の俺たちがやるべきことは、この試合の続行だ。そうだろ?」
やや早口でロビンがそう捲し立てると、KJたちが舌打ちをしながらも、
「五分で終わらせてやる」
という言葉を唾棄しながら頷いてきた。
けれどそれを聞いていたオースティンからしてみれば、この試合をあと五分も続けるつもりはなかった。審判役の生徒が再びボールを上げたときには、オースティンは素早く跳躍し、ボールを取るとすぐさま、ボールをドリブルしながら、ディフェンスであるデイブの横をすり抜け、僅か三〇秒足らずでバスケリングにシュートを決める。
次はボールを奪ってからのロングシュート。そして最後は豪快なダンクシュートで試合を決めた。
あまりにも、群を抜いた動きをしたオースティンにコートに居るロビン、ジョージ、そしてKJたちや、周りにいた観客までが呆気に取られている。
「ゲームセットだ。俺たちの勝ちだぜ? さっさと一カ月分の食券を渡せよ」
「嘘だろ? 俺たちがデルタの生徒なんかに負けるなんて……」
「事実は事実だ。さっさと認めろ。品がねぇ」
未だに自分たちが負けたことを認められていないKJたちに、オースティンが眉間に皺を寄せる。するとそんなオースティンの態度が癪に障ったKJたちが眉を吊り上げ、怒りを露わにしてきた。
「ああ、そうだな。バスケではおまえに負けた。だったら、次はこっちで決着つけようぜ!!」
「ったく……品のねぇクズだ」
自分を非力なデルタの生徒だと侮り、因子も流していないKJのパンチは遅滞的で、なんの脅しにもならない。
こんなパンチで俺に挑むなんて……俺の方が『おまえ、死ぬぜ』って言ってやりてぇーよ。
そんなことを思いながら、KJのパンチをオースティンが片手でいとも簡単に受け止める。そしてそのままKJの拳を強く握ると、KJが低い声で呻き始めた。骨が砕けたような、ゴリゴリとした感触がオースティンに伝わる。
「悪い。さっきのでもしかすると骨が砕けたかもな? けど、おまえはアルファの生徒なんだから骨が砕けるくらい日常茶飯事だよな?」
失笑を浮かべるオースティンが痛みに呻くKJの手を離す。オースティンが離したKJの手の平は赤く腫れ、KJたち三人の表情には驚愕が走っていた。
「一つ言っておく。今度同じ様に俺に舐めた態度取ってみろ? 今度はおまえらの首が折れるからな?」
戦闘時の殺気を放ちながらKJたちを睨む。するとオースティンからの殺気を感じ取ったKJたちが、勢いよく首を縦に振ってきた。
三人を見ながらオースティンが辟易とした溜息を吐いていると、オースティンの肩を勢いよくロビンが叩いてきた。
「おまえ、本当にすげぇーな。まさに俺たちデルタの生徒のヒーローだ。これからお前を俺の親友にしたいと思うだけど、どう思う?」
「誰がおまえと親友なんかになるか。ったく、少し助けてやったくらいでおまえも良い気になるな」
「まぁ、そう言うなって。俺たち同じ講義を受けてるし、クラスメイトだろ? 仲良くしようぜ。なんならノートを写してもいいぜ?」
「いらねぇーよ」
オースティンがロビンの言葉を一蹴しながら、バスケコートを後にする。助かったことに、もうコート近くにはアメリカ代表候補の姿はない。
「ノートは講義を受ける上で重要だぞ? 遠慮すんなって。ジョージもそう思うだろ?」
しつこくオースティンの後をついてくるロビンが、後ろにいるジョージへと振り返る。すると後ろにいたジョージが、オースティンを訝しげに見ながら、頷いてきた。
「ああ。そうだな。確かにあの胸糞悪いアルファの生徒に恥を掻かせてくれたのには、感謝したいしな」
棒読みの言葉を吐くジョージの言葉を聞きながら、オースティンは少し面倒な事が起きそうな気配を感じていた。




