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罪の王

「これはひどい有り様だな。美しきパリが台無しだ」

「ああ、きっとフランスにいる俺の彼女がきっとどこかで身体を震わせてるぜ」

 国際防衛連盟と軍の何度かの衝突により、パリ市街の至る所が崩れ濁った空気を漂わせていた。戦況は新型兵器の試験導入などもあり、軍の方にやや軍配が上がっているという情報だ。

 国際防衛連盟からすると、まったく予想だにしていなかったことだろう。

「この軍が導入している兵器は、君の兄が所属していた組織からの恩恵かな?」

 イギリス・フランス・アメリカという国が合同開発をしたと言っていたが、新型兵器の情報はここ最近になって入ってきたものだ。新型兵器の開発が三国の軍が力を合わせたからといって、そう容易く短時間で試験導入に至れるはずがない。

 水面下で共同開発するために、各国それぞれで兵器を組み上げるとしても情報共有は必要不可欠だ。けれど、そこで直接やり取りしてしまえば、第三者に自分たちの繋がりがバレテしまう。だからこそ、間に都合の良い存在を置く事によって、軍同士の繋がりをひた隠しにしていたのだろう。

 軍がトゥレイターと裏で繋がっていることは、国際防衛連盟も決定的な証拠を掴んでいなかっただけで既知していた事実だ。

 アーサーの言葉にバリージオが肩をすくめさせる。

「知るかよ。俺と兄貴が情報共有するのは女のことだけだ。あとは勝手にやってろスタンスなわけよ。基本的には」

「そうか。固すぎる兄弟の規則だな。感心してしまう」

 溜息を吐きたい気持ちを堪え、アーサーはバリージオと共に国際防衛連盟の支部へと急ぐ。イーニアスの話だと、支部の中にベルバルトとメリーヌ・ローレンと思われる人物が潜伏しているということだ。

「君の兄が敵に籠絡される確率は?」

「あー、十分にあり得るな。兄貴なら。だって兄貴は女の奴隷と言っても過言じゃないからな」

「……君たちはもう少し、自分の立場に誇りを持った方が良い」

 呆れを通り越して助言をしたくなる域だ。

 けれどそんな自分の助言など、隣の男と敵と一緒にいる男の耳に入ることはないだろう。

 アーサーは溜息を吐いて、ベルバルトに対して言葉を付け加えた。

「念のため言っておくが、君の兄が少しでも敵に籠絡されたと見れば、私は躊躇いなく君の兄の命を取らせてもらう」

「はいよ。それこそ、そんなもんに俺を巻き込むな。兄貴の人生は兄貴のもんで俺のじゃない。だからおまえとやり合おうが、俺には関係ねぇ―の」

「それを訊いて、安心した」

 話しながら進んでいるアーサーたちの前に、突如として数十人の特殊装備に身を包んだ兵士が手に、重厚な造りのライフル銃をもって現れた。

「噂の新型兵器はあれか?」

 言葉を発しながらもアーサーの手には、すでに突撃槍型のBRVが復元されており、自分たちへと銃弾を放ってきた兵士に衝撃波を放つ。

 軍が放った銃弾と自分が放った衝撃波が衝突する。その瞬間、異様な金属音のような音が耳に木霊した。

「あー、うるせぇっ!!」

 強烈な甲高い音にバリージオが吠える。糸が疾駆する。後ろへと撤退しようとする兵士たちへと向かって。糸が兵士たちの首元に巻きつき、兵士たちの首がシャンパンのコルクのように勢いよく吹き飛ぶ。

 しかし周りにいる兵士たちは、動じる様子など微塵も出さず第二弾を放とうとしていた。

 その様子にアーサーは眉間に皺を寄せ、バリージオに向け叫んだ。

「第二波が来る。身を隠すんだ!」

「ああ? 何でだよ?」

「説明している時間はない」

 バリージオの疑問を一蹴して、建物上部が崩れたマンションの影に潜み、アーサーは自分の身体、頭部に因子を流す。

 己の因子が全身に廻った瞬間、先ほどの異様な甲高い音を掻き鳴らす銃弾が発砲された。自分たちの感覚を狂わせる音の波が周囲に響き渡る。

 この兵器は自分たちを殺傷するためのものではない。それを補助する役割を担う兵器だ。

 さっきの一発を受けた瞬間、自分の意識に反して身体に微かな痺れが走った。そしてその痺れは時間が経つほど悪化している。

 徐々に動きが鈍くなった獲物を確実に仕留める算段か。薄汚い人間のやり口だ。しかも始めから強烈な痺れを(もたら)さないところがまた(こす)い。

 反対側を見ると、バリージオも自分と同じように建物の影に身を潜めさせていた。そんなバリージオと目が合う。するとバリージオが罰の悪そうな表情を浮かべてきた。

 自分の助言に耳を貸したということが癪らしい。アーサーは苦笑を零し、建物の影から反撃を開始した。アーサーの放った攻撃が兵士たちの身体を粉砕する。残兵はバリージオが操る糸に引き裂かれる。

「人形刈りに必死ですね……。私からしたらもう失笑ものですよ」

 糸によって引き裂かれ、衝撃波によって破裂した死体の中に長い金髪を棚引かせる男が現れた。一体何者かと問う必要はなかった。男の格好は反逆組織(トゥレイター)のナンバーズの格好をしていた。

「見ない顔だ」

「初めまして。つい最近欧州地区ナンバーズのⅧ(エイス)となりました。クリストヴァン・ローシャと言います。以後お見知りおきを」

 丁寧に頭を垂れ、名乗るナンバーズである男。

「兄貴の話だと、退社者が大量に出たって聞いたから……てっきり自然壊滅したと思ったんだけどな」

 バリージオがうんざり気な表情を浮かべながら、自分の糸に因子を流し始める。すると新たにⅧとなったクリストヴァンが自虐的な笑みを浮かべてきた。

「確かに体勢は大きく変わってしまいました。今のトゥレイターは今迄、反駁し合っていた国際防衛連盟と手を(たずさ)え、昔の結託仲間に牙を向いているんですから。けれど、私からしたら、上が誰と組もうが、関係ないですけどね」

「君の能書きはいい。単刀直入に訊こう。君がここに現れた理由は?」

 アーサーが剣のある視線でⅧに訊ねる。

「落ち着いて下さい。今の私に貴方方と戦う意志はありません。私は上に命じられて貴方方が倒していた人形を始末しに来ただけですから」

「……とりあえず、今はその言葉を信じさせてもらおう」

 アーサーが微笑むⅧに淡白な表情で返す。これ以上、この男と言葉を交すことはないとアーサーは考えた。Ⅷの言葉が本当ならば自分たちに攻撃を仕掛けてくることはないだろう。ならこれ以上気に掛けることは、時間の無駄な浪費だ。

 ただそれが現状に限ったことであることは、分かっている。

 自分が選んだ道によっては、この男とも刃を交えることになるからだ。

 Ⅷの横をアーサーとバリージオがすり抜ける。

 すると自分の横を通ったアーサーとバリージオにⅧが振り返ることなく、言葉を残してきた。

「私は貴方方と戦える時を心待ちにしています」

 Ⅷがそう言って、自分たちとは反対方面に跳躍を開始した。攻撃対象へと向かったのだろう。

「……受けて立とうじゃないか」

 アーサーは姿の見えなくなったⅧへと言葉を投げた。自分自身の方針が定まった、そうアーサーは感じた。



 ベルバルトはメリーヌと共に、支部の地下にある訓練場に来ていた。壁には先ほどまで自分たちに向かって攻撃を仕掛けていた国際防衛連盟の隊員たちの屍が転がっている。

 部屋の奥には、もう一つ扉がある。あそこの向こうはパリに張り巡らされた地下通路が広がっている。まさに大迷宮への入口だ。

 すると静かにその入口が開かれ、二人の兵士とその兵士に掴まれたセレーナがやってきた。彼女の顔にメリーヌに対して、裏切られた失望と憎悪が刻まれている。

「これは一体、どういうことなの?」

「怖い目に合わせてしまい、申し訳ありません。けど安心してください。貴方が私に紹介してくれたベルバルトさんが、私との約束を果たしてくれさえすれば、貴方をちゃんと解放しますから」

「嘘、言わないで。貴女は事実を知った私を無事に解放しようとなんて考えていない。そうでしょう?」

 セレーナの言葉に、メリーヌが微笑を浮かべた。

「本当です。私は無駄な殺生は避けたいと考えていますし。セレーナを抑えている人たちも、私の直属の部下です。なので、貴方が何を知り、何を見たかは軍内部でも黙秘させますよ」

「いくら貴方の父親が軍部の将校だからって、貴方にそんな権限が与えられているとは思えないわ」

 セレーナの言葉はもっともに聞こえた。いくらメリーヌの父親が軍部の中で大きな権力を持っているとしても、自分たちの計画を知った一般人を放置することは許されないだろう。しかもセレーナはパリ警察庁のDSPAP(保安局)だ。危険因子として消される可能性の方が高い。

 けれどメリーヌは、得意げに首を横へと振った。

「確かに。娘だからといって看過されること、されないことはありますが……私の場合は大丈夫なんですよ。父も私の事が怖くて堪らないんですから」

「怖くて堪らない? それはどういうこと? だって親子でしょ?」

 するとメリーヌが肩を揺らして、大きく笑い始めた。

「セレーナ、人には人生、立場、人格、それらが変わる節目があるんですよ。そして私は父との間にもその節目が訪れました。私を自分の手駒として使っていた父が、私に対して頭が上がらなくなった時が。まぁ、それでも父の威信を略奪したかったわけでもないので、表上は私が父の部下という形のままになっているんです。けど、ふふ。今でも覚えてるの。私に対してずっと偉そうにしていた父の顔が恐怖に染まる、その瞬間」

 顔を抑えて笑うメリーヌの声音は、狂気に満ちていた。まるでずっと自分の中で潜んでいたもう一人の自分が姿を現すように。

「あともう一人も滑稽でしたね。私を懐柔したと思い込んでいたガスパール・ド=ラヴァル。彼も父と同じように、私に対して恐怖心を抱いている。……やっぱり、本物の騎士は一人しかいなかったんですよ。最初から」

 笑うのを止め憂いを帯びた表情のメリーヌ。そしてゆっくりと自分の背後へと振り返る。

「やっと来ましたか。罪の(ル・ロア・べシュール)、アーサー・ガウェイン」

 憎しみの狂気に満ちたメリーヌの瞳が、アーサーの姿を捉えた。

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