神に誓って
アーサーたちがホルシアの別荘を出た頃。ベルバルトはメリーヌと共にパリの国際防衛連の支部近くへと来ていた。
近くには、負傷した陸軍の兵士や国際防衛連盟の隊員が倒れている。
「もうすでにドンパチは始まってたわけね。それにしても……」
ベルバルトは大きく抉られた地面、瓦礫街と化した通りを見て目を細めさせた。普通に考えれば、国際防衛連盟の隊員たちが放った技で地面がこうなるのなら分かる。けれどこの戦闘痕は明らかに国際防衛連盟に向けられて放たれた攻撃だ。
一瞬でフランスの歴史ある通りを瓦礫の道へと変える兵器。それを軍は手にしている。この事実にはさすがのベルバルトでも、険しい顔を作らずにはいられない。
ベルバルトが来た頃には、その兵器事態の姿はどこにもなかった。残されたのは凄惨な姿と化したこの通り。
「きっとこれを見た軍は、兵器の威力を実感したでしょうね……」
「だろうな。これは早くしないと花の都パリが瓦礫の都パリに改名しないといけなくなるぜ。いや、参ったね」
「……急ぎましょう」
瓦礫の通りを抜け、メリーヌと共に国際防衛連盟の支部へと急ぐ。けれどそんなベルバルトたちの前に、イギリス陸軍が所持している対戦車車両FV102ストライカーが現れた。そして、何の警告もなしにベルバルトたちに向かって、発射筒からミサイルを容赦なく放ってきた。
「それはなぁ……人にぶつけて良いもんじゃねぇーんだよ!!」
ベルバルトが真正面から来るミサイルを、復元した糸で切り刻む。ベルバルトの糸によってバラバラに切断されたミサイルが爆発する。
その瞬間、空気中に強い衝撃波が街中に広がる。衝撃波が建物のガラスを破砕しパリの街を破壊する。
ベルバルトは自分に降り掛かる戦塵を払いながら、ストライカーを睨む。
「ベルバルトさん、大丈夫ですか?」
「ああ、勿論だ。待ってろ。今すぐあの目障りなデカイ奴を鉄くずに加工してやるからさ」
ベルバルトが跳躍する。ストライカ―の発射筒がベルバルトへと向けられ、再びミサイルがベルバルトへと向かう。
向かってきたミサイルをベルバルトが避け、ストライカーへと糸を張る。
操糸術策 鉄の処女
ベルバルトの操る糸がストライカーを包み込んだ瞬間、鉄をも貫く鋼鉄の糸が束となり太い針へと化し、戦車を跡形もなく切り刻む。
「汚ねぇーよな。人には容赦なく危ないミサイルを放ってきた癖に、自分たちはばっちり安全な所で遠隔操作ですか?」
道に散らばる鉄くずを見ながらベルバルトが呆れ返る。
けれどそれよりも呆れ返るのが、今さらになって鳴り始めた非常事態を知らせるサイレン。軍は奇襲攻撃を成功させるために市民への非難警告を鳴らしておらず、パリの国際防衛連盟も軍への対応を優先し動いていたに違いない。
その証拠にこの非常事態を知らせるサイレンを鳴らしているのは、地元の消防隊と警察官だ。
本当になにやってんのかね?
忙しなくパリの街を駆け回る、本物の英雄を見ながらベルバルトは沈黙している。
ベルバルトはそんなメリーヌの肩を軽く叩いて、先に行くのを促した。
国際防衛連盟の支部の前には、国際防衛連盟の旗が掲げられており……隊員たち同士が慌ただしく動いていた。
ミケーレによる情報だとパリ市街、郊外を合わせて九か所の所で軍と国際防衛連盟との衝突が勃発しているらしい。
ベルバルトはメリーヌと共に、国際防衛連盟のパリ支部の裏手に回り込む。
「先ほど、ベルバルトさんは人を手配していると言っていましたが、その方はすでに中にいるんですか?」
「あ、いや……その……」
メリーヌからの質問がベルバルトに動揺を走らせる。
ベルバルトの方にまだバリージオの準備が整ったという連絡は来ていないからだ。つまり、バリージオよりも早く自分たちの方が先にここに到着してしまっている。
「安心しろ。メリーヌ。俺は下僕がいなくともこの中には潜入できるからさ」
動揺を下隠しにしつつ、ベルバルトは正面にある入口の屋根へと跳躍した。そして慣れたてつきで二階の窓の隙間から、自分の操る糸を潜り込ませ内側の鍵を解除する。
最初からあの馬鹿に期待しなきゃ良かったぜ。
内心で使えない弟に対して愚痴を零しながら、ベルバルトは支部の中へと潜入した。そしてメリーヌへと合図を送ろうとした。
「貴様、何者だ!?」
「ありゃ、このタイミングで誰か来た感じ?」
階段から上がってきた国際防衛連盟の隊員の男に誰何され、ベルバルトが片眉を上げる。手に持ったライフル銃を隊員がベルバルトへと向けてきた。
「動くな!」
「動くなって言われてもなぁ……俺もやらなくちゃいけないことがあるんだわ」
ベルバルトが軽口を叩くと、隊員の男の睨みが鋭さを増す。
しかしベルバルトの態度に変わりはない。男がライフルの引金を引く。ベルバルトが動く。
「動かなければ良かったのは、おまえの方だったな」
ベルバルトの糸が男の心臓へと伸び、そのまま縛り潰す。地面に隊員が倒れ込むのと同時に同じ隊員服を纏った男たちが次々とベルバルトの元へとやってきた。
「次から次へと群がるねぇ……言っとくけど、俺は野郎には容赦しないぜ?」
自分へと向かってくる銃弾を避けかわしながら、ベルバルトが自らの糸を隊員たちの身体に突き刺す。そしてベルバルトが糸に因子を流す。すると糸に流れた因子が相手の体内で熱を破裂させた。
生という力を失い倒れる身体。それを見るベルバルトの表情には何の感情も浮かんでいない。
けれどそんなベルバルトの身に思いがけないことが起きた。
ベルバルトが立つ横で横たわっていた死体が爆発物となって破裂したのだ。ベルバルトが素早く糸を操り、爆発の熱と余波から身を守る。
おいおい、まさかこいつ等の中でメリーヌの血液を体内に持ってる奴がいたのかよ?
爆発が静まり、一気に血生臭さが広がった室内を見ながら目を眇めさせる。するとそんなベルバルトの首に冷たいナイフが押し当てられた。
「あれ? 俺と手を組むんじゃなかったのかな?」
ベルバルトが動きを止めたまま後ろにやってきたメリーヌに声をかける。
「ええ。本当はもっと長く手を組みたかったんですが……勝手に動く人が多くて急遽、作戦を変更したんです」
メリーヌがそう言いながら、ナイフを持っていない腕から流れる血をベルバルトに押し付けてきた。
「これは俺に対する脅しのつもりか? けどこの状況だと俺の糸も君の身体を貫けるぜ? どうする?」
「私を脅しているつもりですか?」
「脅しなんて……俺は女の子を脅すような野蛮な奴に見えるか?」
「違うんですか?」
「違うね。これは脅しじゃなくて忠告だ。俺の糸はもうメリーヌをホールドしてる。そしてさっき対象物が爆発するまで、数十秒のタイムラグがあるのも分かった。それを考えると俺の糸がメリーヌに大怪我をさせる方が速いと思うんだけどな?」
焦ることなく、むしろ落ちついた様子でベルバルトがメリーヌに話しかける。しかしそんなベルバルトの言葉を聞いても、殺気を解くことはない。
むしろ、口から失笑を零してさえいる。
「確かに速さの面で考えれば、貴方の言う通りです。むしろ私よりも速い攻撃を放ってくる人は多くいるでしょう。けれど、彼らが下手に私に手を出せない理由があるんです」
手を出せない理由?
一瞬メリーヌの言葉の意味が分からず、ベルバルトが目を眇めさせる。するとメリーヌがベルバルトの首に押し当てていたナイフを離してきた。
ベルバルトが少し驚きながら慎重にメリーヌの方に振り返る。
するとメリーヌが振り返って目が合ったベルバルトに、満面の笑みを浮かべて見返してきた。
んー、こういう笑顔を浮かべるときの女性っていうのは大抵……
「俺に何か頼みかな?」
「ええ、もちろん」
やっぱりな。何かおねだりをするときの女性は、ほとんど似たような顔をしている。
しかもメリーヌは、復讐に燃えるテロリスト。その要求は可愛いものでないことは目に見えてわかっている。
けれど、ここで頷かなければメリーヌは自分を殺すのは間違いないだろう。
「それで、どんな事を俺にご所望なんだ?」
「簡単ですよ。私が望むことはただ一つ。後にきっとここにやってくるアーサー・ガウェインを殺して欲しいです。もし、貴方がその望みを叶えてくれたのなら、こんな馬鹿げたドンパチも終わらせますし、貴方の命も奪いません。それこそ神に誓って」
「なるほど。あのきざブリテン野郎の命を取るだけで、まさに良い事尽くしだな。けどそんなに憎いか?」
ベルバルトが訊ねると、無言のままメリーヌが暗く光りのない瞳で口許に笑みを浮かべてきた。
「……貴方ならあの人を殺せますよね? 自分の命と……セレーナ・モリスさんの命もありませんから」
「念には念をってことね。……任せろよ。俺にとっちゃ一人のイギリス人紳士がどうなろうと、関係ねぇーからな。ばっちりその願い、叶えてやるさ」
「神に誓って、ですね?」
「ああ、神に誓って」
ベルバルトが口許に笑みを浮かべて、メリーヌの言葉に頷いた。




