ボディガード
カフェのテラス席で、セレーナを待つ。勿論服は私服に着替えている。まさかセレーナと会うのに、あんなイギリスの国際防衛連盟の隊員服なんて来ていられない。
まっ、どんな服でもばっちり着こなすのが俺なんだけどな。
テラス席で椅子に座りながら風景を見ていると、ベルバルトに軽く手を振る女性の姿を捉えた。セレーナだ。
しかもこちらに向かってくるのはセレーナだけではない。もう一人いる。そしてベルバルトはそのもう一人の姿を見て、さすがに我が目を疑った。
腕を組みながら、優しそうな笑みを浮かべセレーナと一緒にやってくる女性。
「おいおい、嘘だろ?」
小さい声で思わず、そう呟く。
ベルバルトの目に飛び込んできた女性は、自分たちが追っているメリーヌ・ローレンだ。
彼女がセレーナと共に、自分の元に近づいて来る。
内心ではかなり驚きながらも、ベルバルトは近づいてきた二人に笑みを浮かべさる。
「初めまして、元テロリストさん。私は貴方が探していたメリーヌ・ローレンよ」
「洒落た挨拶だな。俺のベルバルトでもベルでも、好きなように呼んでくれ。さっ、座って」
握手したメリーヌに、自分の隣の席を進める。するとメリーヌが二コリと笑って躊躇いなくベルバルトの横に腰を降ろしてきた。
警戒心は驚くほど希薄。外見からして武器的な物は所持していない。いや……彼女の場合、血液自体が最大の武器か。
ベルバルトはそんなことを思いながら、まだ席についていないセレーナへと視線を向ける。
「まさか、セレーナがメリーヌと来るとは思ってなかったなぁ。偶然会ったのか?」
「偶然じゃないわ。彼女が私の住んでる部屋を訊ねてきたのよ。私も最初は驚いたわ。ねぇ、ちょっと彼女の話を聞いてくれないかしら?」
「勿論。是非、俺も彼女の話は聞きたいね。……すごく、綺麗だ」
ベルバルトがメリーヌを指して言うと、セレーナが片眉を上げながら軽く頭を頷かせてメリーヌの横に腰を降ろした。
カフェのウェイターがやってきて、二人にメニューを手渡す。
するとセレーナが自分とメリーヌ分のコーヒーを頼み、ウェイターがいなくなるのを確認すると、メリーヌが口を開いた。
「あの……変な言い方になりますけど、私って凄く今……貴方に、その、凶悪犯だと思われてますよね?」
ベルバルトが一瞬、眉を潜ませるとセレーナが慌てて口を開いた。
「私が彼女に言ったの。今、貴方はテロを起こす容疑者になってるって」
「なるほど……でも、そういう事をペラペラ話すのはよくないんじゃないか、セレーナ? 君も捜査のプロだろ?」
ベルバルトは肩をすくめさせると、セレーナが反省するような表情で頷いてきた。そんなセレーナの肩をベルバルトが優しく叩く。
「次からは感情に流されないようにすれば、いいさ」
「……ありがとう。でも、私も本当に反省してるわ。ごめんなさい。メリーヌ、私は貴方を信頼してる。だから、彼に私に話したことを話してもらえる?」
「ええ、もちろん。自分のためにも、セレーナのためにも。……ベルバルトさん、貴方は私について、どれほど知っているんですか?」
綺麗に整った眉を少し歪めさせながら、メリーヌがベルバルトの顔を凝視してきた。
「俺は君について何も知らない」
「……嘘言わないで下さい。だって貴方は私のことを調べてたんでしょう?」
「調べてたさ。でも俺の主義的に紙で見た資料や人から聞いた人物像は、確定情報にはしないんだ。それこそ、その人物をこの目で見て、話して、初めて確定情報を得られる。つまり、俺は今日、初めて君に会った。だから君についての確定情報は何一つ知らないんだ。だから……俺としては、君のことを深く知りたいね。それこそ骨の髄まで」
片目を瞑る。
するとメリーヌがクスっと笑い、セレーナが鋭い視線でベルバルトを睨みつけてきた。
「そう……じゃあまずは私のプロフィール紹介をしますね。まず、私は元フランス代表候補で年齢は二十二。代表候補時代は、主にナイフを使った接近戦を得意として戦っていました」
「へぇー。そんな可愛い顔してナイフを操るのか。凄いな」
「ふふ。そうでしょうか? でも実はよく皆にも言われてました。でも戦闘において見た目は関係ない。そうでしょう?」
顔に華やかな笑顔を浮かべたメリーヌ。そんなメリーヌにベルバルトも笑みを浮かべる。
「確かにそうだな。でも勘違いしないでくれ。俺は君の実力を疑ってるわけじゃない」
「だと嬉しいですね。そうだ、代表候補として試合に出たときの写真があるんです。良かったら見てみて下さい」
メリーヌがそう言って、持っていた鞄から一枚の写真を取り出した。試合が終わったあと、仲間で撮った写真らしい。その中には今よりも少し幼さを宿したホルシアの姿があり、メリーヌの隣に映っている。
「隣に映っているホルシアとは仲が良かったのか?」
写真を見ながら、ベルバルトが訊ねる。
「ええ、彼女とは仲良くしてました……」
「本当に?」
メリーヌの目を見ながら、ベルバルトが訊ねると……メリーヌが少し視線を下げながら、息を吐いて、それから言葉を続けた。
「実は彼女とは、仲が良かったなんてものじゃないです。壊れた。そう壊れたと言った方が正しいですね」
「壊れた? それはどうしてなんだ? 良ければ聞かせて欲しい」
メリーヌの言葉に、ベルバルトとそしてセレーナも少し身を前に出す。
するとメリーヌが少し動揺したように、口を開いた。
「私は成績不振という理由で、フランス代表から外されました。でもそれは……嫌な言い方になってしまうけど、嵌められてしまったんです。彼女と彼女の兄であるガスパール・ド・レ=ラヴァル副隊長に」
「……不可解だな」
「不可解、ですか?」
メリーヌがベルバルトに眉を顰めさせる。
「ああ、そうさ。どうしてその二人が君を陥れようとしたのか? それが分からない」
「それはきっと……私の家系が軍事家系だからです。私は第一世代なの。突然変異って奴だと思います。ガスパール副隊長は元々、軍に対して偏見を持っている節がありました。だから、軍事家系である私がアストライヤー代表候補にいるのが嫌だったみたいです。ホルシアも元々兄であるガスパール副隊長を尊敬してたの。だから、その尊敬している兄の言葉には、逆らえなかったんだと思うけど。だから私の成績データを改竄して、私を代表候補から……」
そう言ってメリーヌが唇を噛み、悔しそうな表情を浮かべてきた。
ベルバルトは息を吐き出した。
さて、どうするか?
次なる一手を選択する。
「それは、さぞ悔しかっただろうな。俺がそんなことされたら堪らないね。ホルシアも綺麗で正義感に溢れてると思ったけど……残念だな。メリーヌには同情するよ」
「……いいの。もちろん、怒りとか悔しさがないって言うのは嘘になるけど。もう過去のことだから。そう過去の事なの。でも……こうやってテロの容疑者にされてるのは、我慢できない。だって、このままだと私……殺されるかもしれないもの。テロの容疑者として。私の部屋の前にも国際防衛連盟の隊員がよくうろついてるわ」
「大丈夫よ、メリーヌ。確かに私には貴方たちみたいな力はないけれど、全力で貴方の身が潔白なのは証明してみせる。善良な市民を守るのが私の役目だもの」
話しながら怯えた表情を浮かべるメリーヌにセレーナが力強い言葉を掛ける。
するとメリーヌの瞳に喜びの光が浮かび上がる。けれどすぐにその光が萎んでいく。
「駄目よ。今ではフランスだけじゃなくてイギリスも動いているみたいだもの。規模が膨らみすぎてるわ。警察の手だと対処できないレベルにまで行っている」
メリーヌの言葉にセレーナが残念そうな表情を浮かべて、そのままベルバルトを見る。力を貸して欲しいと伝えてくる。
「仕方ない。セレーナからの頼みだ。ここは俺が一肌脱ぐとしますか。それで、俺はパリでうろついているイギリス人を相手にすればいいのか?」
ベルバルトがメリーヌに視線を飛ばすと、驚いた表情のメリーヌと目が合った。
「本当に力を貸してくれるんですか?」
「ああ、勿論。俺は綺麗な女性の味方さ」
「嬉しいし、凄く有り難いけど……どうやって私に力を貸してくれるんですか?」
「もちろん、君のボディガードを俺が引き受ける」
不安そうに眉を顰めさせたメリーヌにベルバルトがあっさりとした口調で答える。
「ボディガード? 貴方が私の?」
「ああ。まさか不満とか、そういう悲しくなるようなことは言わないよな?」
笑みを浮かべながらベルバルトがメリーヌの顔を覗き込む。
すると彼女は少し間を開けてから、ベルバルトに頷き返してきた。
「ええ、じゃあ、お願いします。でも、ボディガードっていうよりは、パートナーになってくれませんか?」
「ああ、俺は別に構わない。美人さんとパートナーを組めるなんて、俺としては凄く光栄なことだからな」
「私も光栄ですよ。貴方と組めて」
柔らかな笑みをメリーヌが浮かべてきた。
まいったな……。
ベルバルトは愛らしい笑顔を浮かべるメリーヌを見て顎を手で撫でた。
「ベルバルトさん? どうかしたんですか?」
一瞬、口籠ったベルバルトを見てメリーヌが透き通るような瞳を心配そうに歪めて覗き込んでくる。
ベルバルトは二コリと笑みを作った。
「どうもしない。ただ……」
「ただ?」
「君を全力で守りたくなっただけだ」
真剣な表情でベルバルトがそう言うと、メリーヌが両手を頬に当て顔を赤らめさせる。
うーん、これまた可愛い。
けれど、内心でベルバルトがそんな事を思っていると、割と大袈裟にセレーナが溜息を吐いて……席を立ち上がってきた。
「どこに行くんだ? セレーナ?」
「話は纏まったみたいだし、私は私のできることをしに行くのよ。捜査は警察(私たち)の十八番だもの。彼女の身が潔白ってことを証明しなくちゃ。それじゃあ……ねっ!」
少しだけ口調の荒くなったセレーナがそう言って、早足でベルバルトたちの元から去って行く。
やれやれ。可愛いもんだぜ。
内心でそんな事を思いながら、ベルバルトは足早に去って行くセレーナの背中から隣に座るメリーヌへと視線を戻した。




