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奪われた騎士

 見知らぬ女性とデートに向かうベルバルトを見て、アーサーは思わず呆れた溜息を吐いた。

 二人のすぐ近くには、フランス陸軍の将校クラスの男が出てきたというのに。

 けれど期待するだけ無駄なのかもしれない。

 なにせ、相手はイタリアのベルバルト・アマルフィなのだから。強さだけでいうなら、優秀といってもいいのに、本人の性分がその力を減衰させてしまう。

 なんとも惜しい男だと思う。

 しかしそれをアーサーがベルバルトに言ったところで、何も変わりはしないだろう。

 仕方なくアーサーは、女性と共に去ったベルバルトとは反対方向に歩みを進めたフランス陸軍の将校の後を追うことにした。

 将校の男は端末で誰かと通話しながら、早歩きで表の通りへと向かっている。

 何をそんなに急いでいるのだろう?

 アーサーは早足の男を訝しげに観察しながら、将校と一定の距離を開けながら、情報操作士であるイーニアスに、男の通信相手を特定させるように指示を出す。

 男が通りに出た。アーサーも数十秒遅れて大通りに出る。すると男は待たせていたシトロエンに乗り込もうとしていた。

 イーニアスに追跡もさせ、アーサーは一本手前の路地に停めておいたアストンマーティンのDB11に乗り込み、ナビモニターにイーニアスからの情報をリンクさせる。

 アーサーもすぐに車を走らせ、男を尾行する。

 あの男は限りなく黒に違いないだろうが、アーサーの中に引っ掛かるものがあった。

 あの男の動き、どうにも不可解すぎる。つい最近の情報とはいえ、メリーヌ・ローレンは国際防衛連盟が保持する情報でテロリストとして名前が上がっている、要注意人物だ。

 そしてそんな彼女が住むアパートメントから、テロを企ててると見られるフランスの将校が出てくるなんて……馬鹿げている。

 軍部だって馬鹿じゃない。それなりの情報網は持っている。だからメリーヌがこちら側の人間からマークされることくらい、目に見えて分かっているはすだ。にも関わらず、あの将校は彼女のアパートメントから出てきた。しかも慌てた様子で。

 フランスの代表候補に選ばれた経歴を見れば、八割以上の確率で実行犯役に彼女が入っているはずだ。

 まさか、その彼女に何かあったのだろうか?

 アーサーがそんな考えに浸っていると、情報操作士であるイーニアスが通信を入れてきた。

『アーサー、追跡対象の車から爆発物の反応を確認』

「爆発物? 車に取り付けられているということか?」

 曇るアーサーの問いに、イーニアスが少々答えるのを言い渋るような間を開けてきた。

「イーニアス?」

 再びアーサーがイーニアスの名を呼ぶ。するとイーニアスが思いきった様子で答えてきた。

『爆弾を持っているのは、ターゲット本人です』

「ターゲット本人だと? どういうことだ? まさか自ら爆弾を携えて、今からパリ支部を奇襲仕掛けに行くとでも?」

 将校クラスの軍人が自ら先陣を切ることは考えにくいが、それでも声には微かな緊張が滲む。

『……あり得なくはないと思います。こっちからもパリ支部の方に注意を呼びかけますが……そちらでも、十分な注意を』

「わかった。イーニアス、宜しく頼む」

 一度、イーニアスとの通信を切りアーサーは車のアクセルを強く踏み込んだ。エンジンが大きく唸り、標的車との距離を詰める。

 爆弾を持っている可能性がある以上、泳がせておくわけにはいかない。

 アーサーは自身の車を、標的車の真横につけた。

 すると相手もアーサーの存在に気づいた様子で、こちらを一瞥してきた。しかし相手は焦る様子は見せず、少しだけ車を加速させてきただけだ。

 驚きもせずに車を加速だけさせてきたということは、確信犯か?

「なら……容赦なくやらせてもらおう」

 アーサー口の端に笑みを浮かべ、車に置いておいたワルサーを窓から突き出し、躊躇いなく標的車へと発砲した。狙いは車のタイヤ部分。

 しかしアーサーが引金を引くのと同時に、標的車が細い小道に急カーブし、銃弾が虚しく地面に当たっただけだ。

 ハンドルを勢いよくきり、アーサーも小道へと入る。その瞬間、強化ガラスに変えていたフロントガラスに、前から銃弾が飛んできた。

 アーサーも怯むことなく銃撃を再開する。アーサーの放った銃弾が向こうのタイヤに直撃するが、タイヤが破裂するような音はない。

「防弾性か。ますます黒だな。紳士性にも欠ける」

 アーサーは拳銃を助手席に放り投げ、最大限にアクセルを踏み込んだ。車が勢いよく加速し相手の車の後部に衝突する。

 車全体に大きな振動。けれど構わず車を走らせる。

 標的車を押し出しながら、少し大きな道へと出る。アーサーたちが出たのは10号線。

 標的車は一〇号線を南下し、そして右車線に車線変更してきた。アーサーは速度を緩めぬまま、シトロエンの左を併走しながら幅寄せし、シトロエンの側面にDB11の側面をぶつける。

 横から激突されたシトロエンが大きくグラつく。だがその瞬間、シトロエンは後ろの車などおかまい無しで、急ブレーキをかけながら後部座席に乗っていた将校が窓を開け、銃口から銃弾を発砲してきた。

 けれど射ったのは、アーサーにではない。

 狙ったのはアーサーの前を走行していた大きな貨物を積んだ貨物トラック。そのタイヤを射ったのだ。元々ゴムが劣化していたのか、驚くくらい簡単に貨物のタイヤが破裂した。

 咄嗟に急ブレーキをかける。けれど高速スピードを出していた車がそう簡単に停まれない。

 このままでは、バランスを崩し半回転したトラックの貨物に激突してしまう。

「やってくれる……」

 アーサーは溜息混じりに呟き、右手を窓から出し指を鳴らしながら、アクセルを再び強く踏み込んだ。

 アーサーが指を鳴らした瞬間、横向きに停車していたトラックの貨物が大きく破裂した。破裂した貨物の穴に加速した車を飛び込ませる。

 ハンドルを左にきり、前にいた乗用車との衝突をスレスレで避ける。

 ナビモニターに映し出されている相手の位置を確認すると、先ほどの場所から動いていない。

 どうやら車を乗り捨てたらしい。

 アーサーは目を細めなさせながら、少しずつ車の速度を緩め、アンヴァリット大通りに出る手前の道に入り、車を停車させた。

 向こうが車を乗り捨てたからといって、うかうかとはしていられない。

 移動手段ならいくらでもあるし、向こうは爆弾を持っているのだから。

「イーニアス、さっきの騒ぎの代償を私の個人口座からフランス政府の口座に支払う手続きをしといてくれ。それとターゲットの位置をすぐに知りたい」

『処理しておきます。標的者は車を乗り捨てた後、反対車線を走っていたタクシーに乗り込み、北上しています』

「パリ支部があるのは一区だったな?」

『はい。もうすでにパリの支部の方には連絡を入れており、フランス代表が待機しています』

「わかった。私もすぐにそちらへと向かう」

 イーニアスとの通信を切り、アーサーが再び車を走らせようとした瞬間……

 アーサーの情報端末に見知らぬ相手からメッセージが入ってきた。

 見知らぬ相手からのメッセージに、アーサーは訝しげに目を細めさせながら、それを開いた。

『カーチェイスは楽しめたかしら? でも残念ね。まだ遊びは終わりじゃないの。これはただの序盤だもの。貴方が追っていた男は火の海に身を投げて死ぬわ。大丈夫。昔のフランスでは珍しくない光景よ。でも仕方ないわ。だってあの男は罰を犯したんだもの。だから貴方にもその罰は下るわ。だって、貴方は……私の騎士を奪ったんだから。私はいつでも貴方を見てるわ。ノートルダムのガーゴイルのようにね。……メリーヌ・ローレン』

 アーサーはすぐさま、発信元を逆探知する作業を行ったが意味はなかった。アーサーは情報操作士ではない。一手、二手ほどの作業をやって行き詰まったら、もうなす術はない。

 正真正銘の本人なのかは、確認しようがないが……まさかメリーヌ・ローレンから連絡が来るとは思わなかった。

 しかし……この文面からするとパリ支部だけじゃなくて、自分も標的対象に入っているということだ。

 メリーヌ・ローレン。

 何故、彼女が自分を狙っているのか? 私の騎士を奪ったとはどういうことだろうか?

 向こうに恨まれるような、思い当たる節がまるでない。どこかで自分はメリーヌ・ローレンという女性と共通項を持っていただろうか?

 疑問がアーサーの頭を苛んでくる。

 しかし考えなければいけない。考えなければ先には進めない。

 アーサーは口許に手を当てながら、しばしの間考える。

 そしてアーサーは一つだけ、思い当たる節があるのを思い出した。

 あれは確か二年前……パリの劇場で開かれたフランスとのナイトパーティー。あそこにはイギリスとフランスのアストライヤー関係者が来ていたため、もしかするとあの場にいたのかもしれない。

 けれどアーサーはそのパーティーで、他者に顰蹙を買うほどの不逞な行動をした憶えはない。あの時のパーティーはフランスとイギリスの懇親を目的としたもので、普通のパーティーだった。

 あのパーティーで覚えているのは、その当時からフランスの代表候補になっていたホルシアや他の関係者と共に、社交ダンスを踊ったということくらいだ。

 あとやはり気になるのは『私の騎士を奪った』という点だ。おそらくメリーヌ・ローレンと繋がり、交渉するには、彼女が差し示す『騎士(ナイト)』を見つけるしかないだろう。

 問題はその騎士が一体、誰なのかということだ。

 頭の中で少し慌てた様子でカフェから出て行ったホルシアを想像する。

 ……もしかすると彼女は、気づいているのかもしれない。メリーヌ・ローレンが執着する騎士を。

 カフェでメリーヌ・ローレンの話をしたときの彼女は彼女らしくなかった。

 あれは何かを隠している。アーサーはあの時のホルシアを見て、そう断定していた。

 アーサーは端末を開きホルシア・ド・レ=ラヴァルの情報をモニターに映し出した。

 フランス代表候補で、次期のアストライヤーに内定している人物。フランスを代表する貴族の家系。家族構成は両親と二つ違いの兄。

 両親はBRV内のシステムメンテナンス等を行う技術者で、兄は国際防衛連盟の編成部隊で副隊長を務めている……という基本データを見ながら、アーサーは軽く息を吐き出した。

自分の前に浮かんだ選択肢は二択。

 アーサーはその内の一つを選択し、そして車を発進させた。

『アーサー、今入ってきた情報です。先ほどのフランス陸軍の将校は、第一区に入った所でフランス代表に取り押さえられ……のちに自爆しました。それ以上の情報の開示はフランスの情報操作士によって、凍結されています』

「……連絡、御苦労。引き続きパリ市内で不審な動きがないか監視してくれ」

『了解』

 通信を切り、アーサーが肩をすくめる。

 フランスが口を噤むというのなら、聞きだすしかないだろう。もちろん、紳士としてのスマートさを忘れずに。

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