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闘志の火

 メリーヌ・ローレン。ウェーブのかかった鮮やかな亜麻色に、男のナイトコンプレックスな部分をくすぐるような女性。けれどその実態は、テロリストの一員……

「うん、俺の好みの女性だぜ」

 ベルバルトは、標的人物の写真を見ながらしみじみと呟く。

 するとそんなベルバルトの耳に、嫌な溜息の音が聞こえてきた。そうかなり癪に障る男の溜息だ。

「人の近くで溜息を吐くな。殺すぞ」

「感心していただけだよ。兄弟とは本当によく似るものなんだと」

「うるせぇ。むしろ俺の前から消えろ。この美しきパリを男と歩く趣味はねぇーぞ。俺は」

「その意見には私も賛同だ。けれど残念ながら君も監視対象なんだよ。いくら口ではテロリストを辞めたと言われてもね」

 アーサーの言葉にベルバルトの全身が粟立った。

 この男は自分を危険人物と見なし、行動を監視すると言ってきたのだ。つまり……自分の行く所にこの男が付き纏ってくるということ。

 冗談じゃない!!

「おいおい、人のデートを監視するなんてかなり悪趣味すぎるだろ?」

「テロが起きるかもしれない時に、デートなんて……紳士的じゃないな」

「おまえの指図は受けねぇーよ。俺に指図できるのは可愛い女の子だけだ」

「仕方ない。君がどうしてもデートをしたいというなら、止めはしないさ。ただ下手に私を出し抜こうなんて考えない方が良い」

 アーサーはテーブルの上に置かれていたコーヒーを口にしながら、ベルバルトに苦言を呈してきた。しかしそんな事でめげるベルバルトではない。

 精々、俺と彼女の甘々な時間を見て惨めになってろ。

 ベルバルトは目を細めながら鼻を鳴らし、メリーヌの写真へと視線を落とす。

 何度見ても良い女だぜ……って思ってる場合じゃないな。

 先ほどここから立ち去ったホルシアと彼女の間には、何かある。いつも冷静な彼女にしては珍しく動揺していた。

 女性の情報はいち早く入手するベルバルトだが……さすがにホルシアとメリーヌの間に何があったかまでは、分からない。

 ホルシアの口ぶりからすると、フランス代表候補の仲間だったらしいが……そこで何かしらの、いざこざがあったということだろうか?

「悲しいな。美しい女性たちがいがみ合うなんて……」

 やっぱり、美しい女性たちにはとびきりの笑顔が似合うというものだ。

 視界の端に入ってきたアーサーは、表情を変えず端末と睨み合いをしている。するとタイミングよくアーサーの視線がベルバルトへと向いてきた。

 うげっ。

「一つ君に確認したい。君は自分が女性にモテると自負してるだろう?」

「当たり前だ。俺は世界の女性と出会うために生まれてきたベルバルト様だぜ? 女の子からモテるに決まってんだろ!」

「そうか。なら君に是非協力してもらいたい」

「はぁ? おまえに協力? 馬鹿言うな」

 ベルバルトが短い言葉でアーサーの言葉を鼻で笑う。

 けれどアーサーはそんなベルバルトに腹立つほど、涼しい笑顔を向けてきた。

「おや? 君は世界中の女性と出会うために生まれてきたのだろう? だったらそれを全うすべきだ。神への誓いとして」

「どういう意味だ?」

 アーサーの言葉にベルバルトが目を細めさせると、アーサーがテーブルの上に置かれていた紙フキンに、住所らしき文字を書いてベルバルトへと渡してきた。

「私のチームの情報操作士が掴んだ情報だ。その住所にメリーヌ・ローレンがいる。そこで君は彼女と接触してもらいたい」

「つまり口説き落とせと?」

 アーサーが肩をすくめてきた。

「彼女がテロの企てに加担しているという情報は、つい最近になって入ってきた情報だ。まだまだ確固たる証拠もないし、上手くすればレジスタンスの根城も掴めるはずだ」

 ベルバルトはアーサーの言葉を聞きながら、メリーヌの家の住所を見た。

 住所的には、行政区の六区、サン・ジェルマン大通りのあたりだ。

 この男の口車に乗せられるというのが、ベルバルトのプライドに触るが、可憐なメリーヌとデートできるのは……悪くない。

 むしろ自分も彼女に用があるのだから、アーサーの口車に乗ったとも言い難いだろう。

 ベルバルトは自分のプライドを宥めるように、そう言い聞かせアーサーに視線を送った。

「わかった。今回ばかりはお前の話に乗ってやるよ。で? そのターゲットであるメリーヌちゃんは、今家にいるのか?」

「今日は休日だから確率は高い。けど、家に居なかったら近くで張り込むしかない」

 アーサーの言葉にベルバルトが少し表情を曇らせる。するとアーサーが少し意外そうな表情を浮かべてきた。

「意外だね。君が女性を待つことにそんな表情を浮かべるなんて」

「はぁ。分かってない。おまえは全然、まったく分かってない」

 首を振るベルバルトにアーサーが理解し難いといわんばかりの視線を送ってきた。まったくもって心外だ。しかしここは、この理解力の無い男に救いの手を指し出してやろう。

「俺は女性を待つことを苦なんて思ったことは一度も無い。心に誓って。けどな、それは端からアポを取ってる場合だ。アポがないのに、女性を待つことなんて俺は絶対にしないんだ」

「では、どうする? 君も私も彼女とは面識がないはずだが? ホルシアに頼むのは……あの様子だと無理だってことは分かるだろ?」

「馬鹿め。俺が女性と出会うために女性を利用することなんてしない。そんなのレディに失礼だからな。しかも俺はロマンチストなんだ。女性との運命の赤い糸は自分で自由自在に手繰り寄せるさ」

 顔を顰めるアーサーにそう言いながら、ベルバルトは端末を弄り……イタリア代表候補に選ばれている情報操作士、ミケーレ・カンビーニに連絡を入れる。

 けれどミケーレがベルバルトの通信に出る気配はない。

 もしかすると、今日は休日だからミケーレの奴も女をナンパしているか、ビーチで寝ているのかもしれない。

 いや、大いにありえる。

「もしかして、君が当てにしていた人物も女性とのデートで大忙しかな?」

「……勝手に決め付けんなよ。きっとアイツらだって重要な案件が入ってるんだろさ」

 涼しい顔でそう言ってみたものの、アーサーの顔に納得した表情は浮かばない。むしろ、『一応、そういうことにしとこう』という表情を浮かべている始末だ。

 くそったれ(Pezzo merda)……何でこんな時に通信出ねぇ―んだよ? ミケーレの奴。それでも情報操作士かよ?

 ベルバルトがミケーレに不満を抱きつつ、諦めて通信を切ろうとした瞬間。ミケーレに通信が繋がった。

「ったく、やっと出たな……。おい、ミケーレ。ちょっと調べて欲しいこと、が……」

 あるという言葉を言うことはできなかった。

 なにせ、モニターに映し出されたミケーレは水着姿で、水着姿の女の抱き合いながら、濃厚なキスをしていたからだ。

 しかも、ミケーレがベルバルトからの通信に出たことに気づいたらしく、慌てた様子で通信を切ってきた。

「あの野郎……」

 通信を切られたベルバルトが怒りに身体を震わせていると、アーサーが息を吐きながら、肩をすくめてきた。

「さすがの私でも君たちには脱帽だよ。まさか通信を切ってまで女性との時間を大切にするんだからね。それで? さっきのはどれくらい重要な案件だったのかな? できれば私が納得できるように答えて欲しい」

 あいつ……後で死刑だな。

 アーサーからの皮肉にベルバルトは苦虫を噛んだ。まさか自分がこんな屈辱を受けるとは思わなかった。

 こうなったら自力でメリーヌと接触してやる。

「俺の闘志に火が点いたぜ。ここから俺の本領発揮と行くかな」

 言葉通り、ベルバルトは目にやる気の炎が燃え上がらせ、勢いよくカフェの椅子から立ち上がった。




 カフェから出たベルバルトは、フェラーリに飛び乗り来た道を戻るように、六区の方へ向かった。フェラーリに乗っているのは、一人だ。

 けれど、安心はできない。

 きっとあのキザブリテン野郎は、自分のことを追っているはずだ。あの男はそういう男だ。

 表面では無害そうに見せていて、相手が油断したところを突くのがあの男だ。

 昔からあの男は胸くそ悪い奴だった。

 ベルバルトと弟であるバリージオがあの男にあったのは、初等部の頃だ。

 たまたま初等部の頃に欧州連合内での任意の合同練習があり、奴がいたのだ。

 合同練習は約一週という期間で、最初はベルバルトたちも気にも止めていなかった。

 しかし……女子たちの熱い眼差しを自分たちより集めていることに気づいたときから、アーサー・ガウェインという男が憎き敵になった。

 俺たちよりも目立つなんて、なんていけ好かない奴だろう。

 せっかく仲良くなった可愛い女の子も、一緒に参加したガールフレンドも、アーサーに黄色い声をかけまくる。

 あのときに受けた屈辱は、忘れはしない。

 昔の忌々しい記憶を掘り起こしながら、ベルバルトはパリの六区へと車を走らせる。

 メリーヌの家は、六区の二つのカフェの間を抜けサン・シュルピス広場に出る手前くらいの所にある建物の三階。その一室に住んでいるらしい。

 ベルバルトは広場の手前に車を止めて、外へと出た。

 勿論、そのときに目が合ったパリジェンヌに愛嬌のあるウィンクを飛ばすのを忘れない。

 ベルバルトは辺りの風景をただ楽しんでいるように、周囲を窺う。

 周囲を窺いながら、まずメリーヌが住む部屋のある建物の前にきた。建物の一階にはリヨン発祥とされるギニョルというマリオネットを店頭に飾ったアンティークショップがあり、その店の中では、店主がつまらなそうな表情で早めの夕食を取っていた。

 店の隣には、パリではよく見られる迷路のようなトラブールという抜け道がある。

 これはこの建物に住む住民しか入れないトラブールだろう。

 世界大戦時のレジスタンスがよく活動の場としても使っていた場所だ。

 するとそんなトラブールから、一人の男が出てきた。ひょろっとした印象のただの若者だ。

 ベルバルトは、その若者に狙いを定めすぐに話しかけようとした。

 だが話しかけることはなかった。

 何故なら……

「ベル! また会えたわね! どうして貴方がこんな所に?」

 先ほどカフェで知り合ったパリジェンヌが声を掛けてきたからだ。

「やぁ。やっぱり俺たちは運命の赤い糸で結ばれてるみたいだな」

「フフッ。ねぇ、今からワインが美味しいお店にいかない? 私、もっと貴方と話してみたいと思ってたの。……ダメかしら?」

 色気漂う微笑みを浮かべた綺麗な女性からの誘い。

 乗らない訳にはいかなかった。例え……トラブールからフランス陸軍の将校が出てきたとしても。

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