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Bonjour Mademoisell

 フランス、パリ。

「お洒落な俺にぴったりな街だぜ」

 ベルバルトは自分のマイカーである赤のフェラーリに乗りながら、パリのマレ地区にいた。パリの中心地を流れるセーヌ河。どれもこれもベルバルトの気分を高揚させるにはもってこいの風景だ。

「ベル、これから私をどこに連れてってくれるのかしら?」

 ベルバルトの助手席に乗る女性がにっこりと笑う。この女性は先ほどテラス席のあるカフェでコーヒーを飲んでるときに知り合った女性だ。シュリー橋からバスティーユ広場、リヴォリ通りに入って行く。

 石畳の道の上を爽快な滑りで車体が走って行く。

「コルシカ料理を出すラリヴィはどう? この先にあるアンジェリーナでモンブランってのもいいな」

「あら? つまり私とのデート時間が取れないってこと?」

 彼女が片眉を潜めさせてきた。ベルバルトはそんな女性を流し目で見てから、片手でそっと彼女の頭を撫でた。

「Pardon(悪いな。). ちゃんと今夜は君のために開けとくさ。少しの時間でも君と入れて幸せだったよ」

「もう……約束よ。後で連絡を頂戴。待ってるわ」

 リヴァリ通りの路肩に車を止め、彼女の頬にキスをした。そしてベルバルトは再び車を走らせる。ベルバルトの視界には、もうすでに接触すべきターゲットを見つけていた。

 見つけたのはデニム生地のスキニーパンツにカーキー色のシャツ。腰には白いジャケットを撒いたホルシア・ド・レ=ラヴァル。彼女の姿だ。

Bonjour(ボンジュール),Mademoisell(マドゥムワゼル)

 ベルバルトが車を降り、ホルシアへと近づく。するとベルバルトの方をさっと向いたホルシアが街中にも関わらず、ベルバルトの腕を掴み背中へと捻って地面にベルバルトを押し付けてきた。

「汚いパリの道路に俺の顔を擦り付けるのは、勿体なくないか? できれば君の胸に顔を埋めたいんだけどなぁ~」

「安いイタリア人の男にはぴったりだと思うが? 私に何の用だ?」

「デートの誘いに」

「良いだろう。このままこの腕をへし折ってやる」

 目を細めたホルシアが容赦なく、手に力を込めてきた。このままだと本気で肩の骨を外しかねない。このパリで肩の骨が外れた男なんて、カッコ悪いにもほどがある。

 今夜はデートだしなぁ……。

「分かったよ。ホルシア。君の強引さに負けて本当のことを話す。君の白い綺麗な手を退かしてくれないか?」

 自分の上に乗るように抑え込んでいるホルシアにベルバルトがウィンクする。するとホルシアが虫を煙たがるような視線で、さっと退いてきた。

「どうせ乗っかられるなら、ベットの上の方が俺的には好みだったぜ?」

「下らないことを言ってないで、用件を手短に言え。用件によっては貴様の屍をセーヌ河に流す」

「わぁお。セーヌ河に美男子の遺体なんて……世界が悲しむ大事件になるな」

 ベルバルトの言葉にホルシアが刃物のような鋭い視線を突き刺してきた。もしここで怒ってる顔もそそると言ったら、顔面を殴られるだろうか?

 いや、その前にそのホルシアの腕を掴んで、自分の胸で抱きしめるのも有りだ。

「邪な妄想をするなら、イタリアに帰れ。フランスを汚すな」

「怒るなよ。じゃあ訊くが……この素敵な女性を見た事は?」

 苦笑を零してベルバルトが一枚の写真をホルシアへと向ける。すると一瞬、ホルシアの瞳が揺らめいたが、すぐに首を横に振ってきた。

「知らないな。……何故だ?」

「彼女の名前は、メリーヌ・ローレン。コルマール地方出身でパリ在住の若き女優だ。そして無謀にもロンドンとパリのアストライヤー関係施設へテロを起こそうとしているテロリスト」

「テロリストがテロリスト探しか。貴様にしては面白いジョークだ」

 腕を組みながらホルシアが鼻で笑ってきた。けれどすぐに真顔になると……ベルバルトに目配せしてから、ベルバルトが乗ってきたフェラーリに腰を下ろした。

 ビンゴって奴だな。

 ベルバルトが運転席に乗り込み、左手に柵で囲まれたチュイルリー公園の横を通り過ぎる。公園の中ではパリ市民やカメラ片手の観光客が賑やかな声を上げて歩いている。

 かつてギロチンなどの処刑が行われたコンコルド広場にやってくると、前にパリの代表的な通り、シャンゼリゼ通りが広がっていた。

 ホルシアに指示され、ベルバルトはシャンゼリゼ通りを走り、左に曲がってジョルジュ・サンク大通り手前の道の路肩に車を止めた。大通りから外れているためか、人の姿は少ない。

「こっちだ」

 車から降りたホルシアがシャンゼリゼ通りの方へと歩いて行く。

「せっかちさんだねぇ~。まっ、そういう所もまたキュート」

 ホルシアの横に来ると横目で睨んできたが、ベルバルトは気にせず笑みを返した。するとホルシアが首を小さく振り、通りに面したフーケッツという老舗カフェへと入った。

 ホルシアが人差し指と親指を立て、「deux(2)」というジェスチャーを店員に伝えると、店員がベルバルトたちを店の奥へと案内してきた。

「どうせだったら、日当たりの良いテラス席にしてくれればいいのに。ホルシアもそう思うだろ?」

「先ほどから思っていたんだが、私の名前を気易く呼ぶな。気分が悪くなる。それに、貴様には脳がないのか? 誰がいるかもしれない所でテロの話などするな」

「敢えて、話して怪しい奴を誘き出すっていうのも手なんだぜ?」

 ベルバルトがそう言うと、ホルシアが肩をすくめて店の奥の角の席へと進んでいく。

「やれやれ、つれねぇな」

 ホルシアの後を追いながらベルバルトが席の方に視線を向けると、そこには非常に嫌な奴の顔があった。しかもウザいことに、別の席にいる女子の視線を集めている。

 席に座る男は一人で優雅にコーヒーを飲んでいた。

「悪いな。昨日、俺は寝るのが遅くて嫌な幻覚が見えてるらしい。ホルシア、確認のために訊きたいんだが、あの席に座ってる胸糞悪い金髪の男は?」

「イギリスのアーサー・ガウェインだ。丁度貴様はロンドンでテロを起こそうとしている女性を調べているのだろう?」

 名前を聞いた瞬間、ベルバルトの口許が引き攣った。

 どんな美女に頼まれても、一緒にいたくないナンバーワンの男だというのに。

「つまり、ホルシアはあのクソブリテン野郎と待ち合わせしてたってことか? 俺的にはかなり妬けるんだけどな」

「好きに言え」

 あっさりとしたホルシアの返しを聞きながら、渋々アーサーが座る席に腰を下ろした。

 しかも気に入らないことに、ホルシアが隣の席に自分の荷物を置いてしまったために、必然的に自分はアーサーの隣に座らないといけないという事態。

 けれど女性の荷物を勝手に退かすなんてことは、ベルバルトにはできやしない。女性の荷物はベルバルトにとって、神聖な物なのだ。

「これは驚きだ。まさかホルシアと共にベルバルト・アマルフィーが来るとはね」

「言ってろ。俺はおまえみたいなキザブリテン野郎と同じ空気を吸ってるだけで、昨日の酒が回ってきそうなんだからな」

「それはお気の毒に。じゃあ、さっそく本題に入ろうか?」

 なに、テメェが仕切ってんだよ? とアーサーを睨む。けれどアーサーは涼しい顔を崩しはしない。

 クソ。こんな最悪のオチがあるんだったら、俺が香港かアメリカに行って、雨生かオースティンをこっちに来させれば良かったぜ。

 ベルバルトがそんな事を考えている間にもアーサーがこれまでに掴んだテロリストの情報をホルシアに伝えている。

「首謀はフランス陸軍とイギリス空軍の部隊。狙われているのはパリ行政の8区にある国際防衛連盟のパリ支部とロンドン支部を狙うということだが、もしかするとその範囲が狭まる可能性があるらしい」

「範囲が狭まるということは、パリかロンドンのどちらかになるということか?」

「そういうことになる。今、国際防衛連盟の方もドイツでの暴動と日本の国防軍が出した声明もあって警備を厳重にしているからな。二つ一気にというのを諦めて一つに絞ろうとしたようだ。そこで一つ君に訊きたいんだが、どちらの件にも少なからずトゥレイターが関わっているという情報を耳にしたんだが?」

 アーサーが横目でベルバルトを見てきた。そんなアーサーにベルバルトが溜息を吐いた。

「あー、まぁー、そうだな。関わってるなぁー。でも俺、もうトゥレイターのナンバーズじゃないからさ、その件については黙秘する。俺は過去を振り返らないタイプなんだ」

「ふざけるな。真面目に答えろ」

「いいぜ。俺がとってるホテルの部屋でブルゴーニュ産のワインを片手に二人きりなら」

「貴様はこの場で顔を引き裂かれたいらしい」

 ホルシアが殺気を帯びた視線をベルバルトに向けていると、ベルバルトがウェイターに注文しておいたチキンのクラブサンドウィッチが運ばれてきた。

 一瞬だけ殺気を解いたホルシアにベルバルトが再び口を開く。

「俺の過去を知りたいなら、まず自分の過去を話したらどうなんだ? そっちの方がずっと……」

 カリッと表面が焼かれたクラブサンドを一齧り。

「……合理的だろ? 情報集積としては。むしろキザ野郎もそこまで情報を掴んでるなら、メリーヌ・ローレンの情報も入ってんだろ?」

 ベルバルトがしてやったりの顔でアーサーを見る。するとアーサーが軽く息を吐いた。

「その名前なら知ってるよ。容疑者リストに名前が載ってたからな。けど私が知ってるのはそのくらいの程度だ。まさか、私のプライベートな過去を知りたくはないだろ?」

「ああ、そうだな」

 ベルバルトが付いてきたフライドポテトを食べて、次にホルシアを見た。

 するとホルシアが辟易とした息を吐いてから、口を開いた。

「彼女は昔、私と同じくフランスの代表候補に入っていた。けれどある時から成績が不振になったんだ。それで彼女は代表候補から落ちて……軍の諜報部隊に転属したときいた。私が知っているのはそれだけだ。それでだが……私も少し調べたいことができた。失礼する」

 ホルシアがそう言うと、席からすっと立ち上がってきた。

「おいおい、ホルシア。まさか俺とこのブリテン野郎を二人きりにさせる気か? 勘弁してくれよ。なんなら家まで送るぜ?」

 ベルバルトが目を眇めながら、そう言ってみたが、ホルシアは振り返りもせず足早に店を立ち去ってしまった。

「つれないねぇ……」

 立ち去って行くホルシアを見ながらベルバルトが、小さく呟く。そしてそんなベルバルトの横でアーサーがホルシアの後ろ姿を見ながら、目を細めてさせていた。

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