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弱気者の底意地

 綾芽による開会宣言も終わり、各チームにフラッグが渡されると、生徒たちはそれぞれグラウンドにばらけ散る。狼と季凛はグラウンドの隅にあるシュエルターに陣をかまえることにした。

「シェルター一つは確保したけど、やっぱり人数が少ないって不利だよな・・・」

 狼が眉を寄せて、弱音を吐くとポンポンと季凛が肩を叩いてきた。

「大丈夫。私に良い作戦があるから任せて」

 そう言って、季凛が片目を瞑る。

「うん、わかった。季凛に任せるよ」

 と狼が季凛に答えた、ちょうどその時、サマー・スノウ宣戦の開始ブザーがグラウンド内に響き渡る。そしてその音を合図に爆音が轟き、大量の雪が空中に飛び散る。

「うわっ!」

「始まったみたいだね。じゃあ、狼くん、私の足手まといにならない程度に頑張ってね」

 足手まといって・・・

 早くも狼は季凛とチームを組んだことに、後悔を感じる。

 だが、それでもデンのメンバーの所に行こうとは思わない。狼にだって意地はある。その意地を貫きとおす為には、文句を言っている場合ではない。

「そうだ、証明しないと。ちゃんとみんながいなくても戦えるってことを。・・・蜂須賀さん、悪いけど蜂須賀さんはここでフラッグを守ってて。セット・アップ」

 狼はそう決心して、イザナギを復元しグラウンドの中心で戦禍を広げている九条綾芽の元に駆け出そうと足を踏みしめる。だがその足は季凛によって止められた。

「はいはい。最初から勇敢にラスボスに立ち向かおうとしなくても、いいからね。そんなこと期待してないし。今の狼くんだと、ゴミみたいに負けちゃうよ?」

「そうかもしれないけど・・・受け身になってもいられないじゃないか」

「だから、最初は弱い人たちから倒してこうよ」

 そう言って、季凛が指を指したのは、狼と同じ二軍生のチームだ。そのチームの中には、狼の見慣れた人の姿ある様に見える。

「誰だろ?」

 狼が目を凝らしていると、相手も狼に気づいたのか手を振ってきた。

「おーい、黒樹。おまえそんな端でなにしてんだよ?」

 大声でそう叫んできたのは、同じ二軍の男子寮にいる二年の久保俊樹だ。

「久保先輩!」

 狼が返事をして俊樹がいる場所に行くと、俊樹と同じく二年の稲葉瞬や小嶋沙希、それと不満たっぷりの表情をしている三田奈緒が狼の方を向いてきた。

「あれー?黒ちゃん、どうして一人なの?」

 と奈緒が狼の腕を掴んで訊ねてくる。

「まぁ、色々ありまして・・・。それに一人ってわけじゃなくて、同じクラスの蜂須賀さんもいますよ」

 と誤魔化してから、後ろにいる季凛を紹介すると、奈緒は興味なさそうに「ふーん」とだけ、答えた。

「うわぁ、また黒樹ばっか良い思いしてんのかよ・・・しかも今度は可愛い系の巨乳ちゃんなんて、羨ましすぎるだろ。なぁ、久保」

「うんうん。そうだよな。俺たちにもそのハーレム世界を分けて欲しいもんだよ。ということで黒樹、おまえ、いっぺん死んで来い」

「さらっと、人の悪口言うなっ」

 普通の会話を装いつつ、悪口を言ってくる瞬と俊樹に狼が突っ込むと、瞬と俊樹から肩を組まれた。

「黒樹、いいか。よく聞けよ。俺たちはおまえが嫌いとかじゃなくて、女子にモテる奴が嫌いなだけなんだ。それを勘違いするな」

「そうだぞ、黒樹。たとえおまえが、普段からレベルの高い女子と一緒にいるからって、俺と瞬は醜い嫉妬をしてるわけじゃないんだ。わかるだろ?」

「なんか、僕、どう反応していいか困ってるんですけど・・・」

「はは。なにおもしろい事言ってんだよ?俺たちはただ単に、こんな後輩思いの良い先輩が可愛い後輩の悪口なんて言うわけないってことだ」

「そうそう」

 瞬の言葉に俊樹がコクコクと頷いている。そんな瞬と俊樹に、狼の隣にいた季凛が

「あはっ。見るからに狼くんを妬んでて、すっごく惨めな先輩たちだね。だから女の子にモテないんじゃないかな?」

 といつもの毒舌で、季凛は瞬と俊樹に止めを刺している。止めを刺された瞬と俊樹はがくっと膝を折り、地面に座り込んだ。

 そして

「モテない奴のどこがいけないんだ、妬みのどこがいけないんだ・・・くそ、モテる奴なんてみんな爆発しろ」

 とぶつぶつ呟いている。

 狼が奈緒や沙希に「いいんですか?」と訊くと、女子の先輩たちは「ほっとけば、立ち直るから大丈夫」、「おもしろいからいいんじゃない?」と等閑な返事が返ってきた。

 狼は呆気に取られながら、話題を別の方へと変えることにした。

「そんな話はともかく、先輩たち、こんなところで油を売ってていいんですか?」

 狼が目を眇めながら訊くと、すくっと瞬と俊樹が立ち上がり、フーッと息を吐いて、首を横に振った。

「俺たちを見くびるなよ?俺たちがこんなとこでぼけーっと突っ立てるわけないだろ。俺たちは敵の偵察に向かわせたメンバーを待ってるんだよ」

「敵の偵察?」

「ああ、そうだ。しかもその偵察をしている奴は、俺らと同じ二軍生で如月(きさらぎ)加夜(かよ)って言うんだけど、実力は一軍にいる柾三郎に匹敵するくらい強い奴なんだ」

 と自分の事でもないのに、俊樹が胸を張りながら自慢をしている。

「へぇー、それなのに何で二軍なんですか?」

 そう訊いてから、狼はサバイバルの演習で聞いた根津の話が思い浮かんだ。もしかしたら、その人も家柄で二軍に降格したのかもしれない。狼はそう思い険しい表情になるが、俊樹がそれを払拭した。

「あー、そんな難しい表情するような理由で、あいつが二軍になったってわけじゃないから安心しろよ。あいつは、昇格テストがある日ばっか、体調を崩して休むから、それで二軍になってるんだ。あいつもとことん不運な奴だよなぁ」

 そう言って俊樹が苦笑いを浮かべている。

 本人的には、苦笑いレベルでは済まないだろうに。と狼は内心そう思った。

「あーあ、ホントにもったいねぇーな」

 とグラウンドの中心の方を見ている瞬が声を上げた。

「なにがですが?」

 狼がそう聞き返しながら、俊樹と共に瞬の隣に立つ。すると、瞬は狼と俊樹を一瞥してから再びグラウンドへと目線を戻す。

「久保、そして黒樹。よく考えろよ。こんな見事な雪原があるのに、女子たちは戦いに身を投じている。まったく色気がない。だがな、それは気持ち、考えの持ちようなんだ。ほら、考えてみろ。ここは学校のグランドじゃなくて、そう銀世界のゲレンデ。そして、みんなが、いや女子が持っているのはBRVではなく、スノボーやスキー板。そして、飲み物には暖かいココア。上げている声は勇ましい声じゃなくて、可愛らしい黄色声。そう、ここを冬の出会いの場、そう愛の桃源郷と思え。そうすれば、この色気のないグラウンドも少しはマシになるもんだ」

 と自分の頭の中の妄想を力説してくる瞬。狼にはそんな思考についていけず、ドン引きしてしまう。だが隣にいた俊樹は違った。

「ああ、見える、見えるぞ、稲葉。俺にも冬のユートピアが。そう思えば、今グランドの中心で暴れ回ってる九条会長が、雪原に現れた美しい雪女に思える」

 え、雪女・・・。それって、褒め言葉なのかな?狼は怪訝な表情で瞬と俊樹を見る。二人は満足そうな笑みを浮かべながら、まるで絶景を見る登山者のようにグランドを眺めている。

 そんな二人を見て、狼はどうしてこの二人が二軍生なのか、分かった気がした。

 しかも後ろでは、そんな瞬と俊樹を季凛が「えー、超気持ち悪い」と笑顔で呟いている。沙希と奈緒は、もはや二人を視界に入れず、雑談を始めてしまっている。

 そんな先輩たちの姿に、すっかりやる気を削がれてしまった狼は、溜息と共に肩を落とした。



 狼がすっかり、やる気を失っている中、根津が率いるデンメンバーはグラウンド中心付近で敵と応戦していた。

 応戦と言っても、普段の戦闘よりもやりにくい戦いだ。はっきりいって、雪の上での戦闘になれていない。中等部から恒例となったサマー・スノウ宣戦でも、それは年に一度の物であり、常に行う演習とはわけが違う。しかも、ただ相手の攻撃を避けて戦うだけではなく、四方八方からいつ飛んでくるかも分からない雪玉にも注意しなければならないのだ。

 そんな最悪なコンディションが悪い中、一年~三年、一軍と二軍という隔てなど、関係なく戦うのがこの「サマー・スノウ宣戦」だ。

 根津は横から飛んでくる雪玉を避けながら、目線をグランドの隅へと移動させる。そこには、二軍の先輩と何かを話している狼の姿がある。

 まったく、あいつあんなとこで何やってるのよ?

 根津は歯痒さ噛みしめながら、目線を元の場所に戻す。そこでは雪が生徒たちの戦闘によって、吹かれ地面へとばら撒かれている。

「はっ。温い!この程度の非力さでこの九条、落とさせると思うなああああああ!!」

 と叫びながら綾芽が鋼のような拳を揮い、刃のような足刀を繰り広げる。その攻撃の規模は、計り知れないほど、大きい。そのため、直接攻撃を受けていない生徒たちも無残に吹き飛ばされ、グラウンドに倒れ伏している。

「ぶへっ」

 そんな声を上げたのは、鳩子だ。

 鳩子は顔面に雪玉を喰らい、顔を押さえている。このサマー・スノウ宣戦では、身体に雪玉が当たっても失格となるが、頭部はセーフとなっている。

「こんな堅い雪玉を乙女の顔に当てるなんて、非道すぎじゃない」

 と鳩子が不機嫌そうに文句を言っている。

「もう頭来た!!メイっち、ネズミちゃんガンガンせめていくよっ!はい、後方から三人、この動きから推測して、雪玉投擲まで三秒!」

「了解・・・」

 鳩子の情報を聞きながら、名莉はすでに後方三人へと銃弾を発射していた。そして、その銃弾が次々と三人の肩を掠めていき、雪玉が地面へと落ちて行く。

「ナイス!メイっち。そのまま雪玉を当てちゃって」

 そう言って鳩子が名莉に雪玉を渡し、名莉はその雪玉で肩を押さえている三人に当てて行く。

 名莉たちが三人の生徒を撃退している間にも、色々な場所で雪玉やらBRVから繰り出される攻撃やらが飛び交っている。

「ここは、雪原・・・私に敵う者なしよ」

 そう高らかに宣言しているのは、真紘のチームにいる希沙樹だ。

 希沙樹は、自分の周りの雪を頭上で掻き集め、そこから鋭く尖った氷柱が周りにいる生徒たちに襲いかかる。

 複数の生徒はそれで倒れているが、根津たちを含め何人かの生徒たちはそれを避ける。

「あたしたちも負けてられないわ」

 根津はそう呟いてから青龍偃月刀構え、希沙樹の前にいる真紘へと斬りかかる。

 真紘は黙ったまま、イザナミでそれを受け止める。

 刃と刃が交叉し、真紘と根津の目線が合う。

「はあああああああああああああ」

 という雄叫びが真紘から上がる。

 風が吹雪を起こす。

 根津はその凍てつく風に吹き飛ばされながらも、根津は身を翻し体制を整え、着地する。

「ネズミちゃん、メイっち、早く真上に高く跳んで!」

 名莉や根津がいる場所より、後方で観察していた鳩子がそう叫ぶ。名莉も根津も返事することなく、言われたとおり真上へと跳ぶ。

 そして、上空から見えた光景は、正義の拳が地面へと突かれ、それにより巨大な雪崩が起きている光景だった。

 それに一歩遅れて気づいた生徒は、それに呑まれていく。

 その光景を見て、根津は思わず絶句した。

 こんな平地で雪崩とは、思いもしなかった。

 だが、目の前で起こったことだ。受け入れるしかない。正義や綾芽のように自分自身の肉体を使う格闘タイプは、武器としてのBRVを持っていない。だがしかしその代わりに、肉体を他の者よりも極限に高めるための、摂取型BRVを体内に含んでいる。

 摂取型BRVとは、一般的なBRVと違い有形ではない。摂取型は無形だ。だが体内に服用し、自分の体内に流れさせる。

 無論、摂取型BRVを服用した物は、有形型BRVを持つことはできない。つまり、自分の身体を武器にするということだ。

 それはどんな攻撃も自分の身体で防ぎ、自分の身体一つで戦いに行くということ。攻撃に耐えられなければ、単にBRVが壊れるというわけではなく、即死を意味する。

 そのリスクを考えると、少し躊躇ってしまうものだが、正義や綾芽はそれを好んで使用している。極限に自分自身の強さを求める姿とも言える。

「ふむ。派手にやっているようだな。だが、そのような攻撃で拙者は倒せん」

 雪崩を避けた二年の柾三郎はそう言いながら、まるで印を組むような仕草をしながら。手の平を地面へとつける。すると柾三郎の手から黒い影のような物が伸び、その影が雪崩を呑みこむ。そしてその影は正義の身体へと伸び、正義をそのまま地面へと引きづり込んでいく。

「うおっ、やべぇ!」

 という声を上げながら、正義が黒い影を振り払おうと足掻くがそれが無為に終わって行く。そしてそのまま、影に呑まれてしまった。

「正義!!」

 地面へと吸い込まれた友人を見ながら、真紘が叫ぶ。そしてそのまま柾三郎を睨み、柾三郎に肉薄する。イザナミの細刀を柾三郎へと薙ぎ払う。

 柾三郎は素早い反射神経で、後ろに跳びその攻撃を躱す。

 真紘が柾三郎と向かい合いながら、間合いを取っていると、グラウンド中心、九条綾芽がいる場所の方から、決意にも似た声が聞こえてきた。

「綾芽っ!友達だからって容赦はしないわ。どうやって、例の物を入手したかわからないけど、あたしはそれを何が何でも取り戻すっ!!」

 そう叫んだのは、二軍の女子寮長でもある前原みゆきだった。

 二軍生が明蘭学園最強の九条綾芽に挑むというのが、無謀にも思えるが、みゆきの目は本気だ。

「ほう。やはりあれを入手してよかった。どれ、見せてみよ。弱気者たちが見せる底意地を」

 と言いながら、妖狐のような笑みを浮かべた。


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