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死の淵からの技

 この男は何を知っているというのだろう?

 貫手を相手の首元へと突き出しながら、雨生は目を細めさせた。極限まで高めた速度は、その刃が敵の肉を切り裂かずとも、空気の振動刃で相手の肉を切り裂く。

 浩然の首から細い血飛沫が跳んだ。

 だがその瞬間に浩然による、強靭な肉体による足刀が左横から繰り出される。

 雨生はその蹴りを、後ろに宙返りをしながら、避ける。浩然から感嘆の声が漏れた。

「さすがは王雨生。いくら私が豊様の元で鍛錬に励もうとも……天性の強さを持つ貴方には敵いませんね。けれど今回の場合、貴方の分が悪い」

「どうかな? 確かに俺はおまえから聞きたいことが山ほどある。それこそ、さっきの口ぶりからすると、雪華が自殺した理由も知っている。そうだろ?」

「勿論」

 浩然が雨生の言葉に頷く。浩然が雨生の顔面を肘で打つ。雨生が受け止め、そのまま足蹴り。相手の骨の悲鳴が聞こえる。

 けれど構わず、蹴り払い遠くへと飛ばす。

 八極拳技 極剣

 吹き飛ばした浩然を追うように雨生が跳躍する。そして見えぬ剣を纏った右手を浩然へと払い、浩然の身体を瞬時に切り刻む。

 けれど浩然も、簡単に肉塊になるような相手ではない。微妙に自身の位置をずらし、致命傷は避けている。むしろ身を回転させながら屋上の床へと着地した浩然が、恐れることなく雨生へと疾駆し拳打を放ってきた。

 浩然からの拳を雨生がかわす。避けたものの、雨生の頬にビリビリと拳打に籠る衝撃の余波が伝わってきた。

「やっぱり、なかなかの腕前だな」

「どうも」

 雨生の言葉に浩然が苦笑を零してきた。その仕草が少しだけ雪華の面影も被らなくもない。

 しかし、雨生はこれまで雪華に兄がいるという話は聞いたことなかった。万姫の驚きようからしても、誰にも話してなかったのだろう。

 顔自体は似ていない。けれど言われてみれば見えてくる、彼女とこの男の共通点が節々にあるのも確かだ。雨生はこの直感を気のせいとは思えなかった。むしろ、真実だろうという確信すら持っている。

 浩然からの掌手が雨生へと向かってくる。それを雨生が後ろに跳躍し避ける……が、衝撃が空気を伝い、雨生を襲ってきた。

 肺が圧迫される感覚に、雨生の身体が僅かに体勢を崩し咳き込む。

 威力的な部分で本物には到達していないが、この技は紛れもない煌飛が使う拳衝波(けんしょうは)という技だ。掌手自体の威力に強い衝撃波を合わせた、二重攻撃。

 最初の掌手を交しても、次の瞬間に衝撃波が襲ってくる厄介な技だ。

「……私の能力が豊様と同じだったら、もっと容易く貴方をあの世へ送れたのでしょうね」

「そうだな。おかげで肺が潰されずに済んだ」

 雨生が冗談混じりの言葉をかけると、微かに浩然が表情に微かに怒りを浮かべてきた。

「冗談は嫌いなタイプだったか?」

 雨生が言葉を発しながら、胴回し回転蹴りを浩然の頭に叩き込む。浩然も腕を立て受け止めるが、そのまま横に吹き飛ぶ。

 しかしそれは、相手が自分と距離を取り体勢を整えるものだという事も分かっている。

 さっきの蹴りの威力は完全に受け止められていたし、空気に漂う因子の熱が上がったのが分かったからだ。

 デカい技でも放ってくるつもりだろうか? 自分を一発で殺せる技を。

 だったら、答えてやる。そしてそのときがこの男が倒れるときだ。

 雨生は空中で回りながら体勢を整える浩然を正面に見、八極拳の構えを取る。身体に流した因子の熱を上げる。

 浩然の足下が床に着いた。

 その瞬間、床に大きな亀裂が入った。雨生が自分へと向かってきた亀裂を避けるように、真上に跳躍する。

 浩然が跳躍した雨生を射るように正視してきた。

 次の瞬間には雨生の前に浩然がいた。拳打が襲ってきた。間隙なく足技を跳び出してくる。

 雨生がそれらを受け止める。驚くほどの衝撃が雨生を襲ってきた。少し触れただけでも、皮膚が裂け、骨が軋む。

 身体が揺さぶられる。この威力は予想外だった。

 似たような技を使う日本の姫がいた。姫と呼ぶには少し荒々しさを持つ少女だ。

 雨生が彼女を見たのは、一年くらい前。密かに武家を訪問していた少女が煌飛を相手に挑んでいたのを、トゥレイターの香港支部にいるときに見かけたのだ。

 あの技は、己の身体を極限にまで高める技。各々の名前はあるにしても、そういう技だ。

 技自体は至ってシンプルだ。接種型の因子持ちならば誰もができる。

 けれど本当に難しくなってくるのは、そこからだ。

 己の身体を極限に高めるということは、自分自身との戦い。その戦いによっては、同じ技であるにも関わらず、強弱の差がありありとついてしまう。

 日本の少女がどこまでのレベルに辿り着いたのかは分からない。ただそこに煌飛とも通じる獣染みた、強さへの執着が見て取れた。

 けれど前にいる浩然は、その二人とは違うものを感じる。勿論、強さへの執着はあるのだろう。でなければ、雨生を驚かせるほどの威力を引きだす身体にはなれないはずだ。

 しかし二人とは違うのだ。簡単に煌飛たちの執着を、純粋な執着だといえば、この男の執着は下心の執着なのだ。

 純粋な執着と下心の執着では、どちらの方が貪欲なのだろうか? 一見、下心ありきの方が貪欲に感じるが、果たしてその考えは正しいのだろうか?

 下心の執着に終わりは速い。下心には終着点がある。けれど純粋な執着に終わりはあるのか? どうなのか?

 そして自分はどちらの分類に入るのか? 今となっては分からない。

 ただ、戦うことに対し面白さを感じてる部分はある。だからこそ、自分は戦いから逃れられず、逃げもしないのだ。

 浩然の膝が雨生の顎先へと繰り出される。顔を後ろに逸らし避ける。空気を揺らす圧力が雨生の顔を撫でてきた。その威圧を吹き飛ばすように相手の首元に貫手を突き出す。

 連続で貫手を突き出す。時には手刀で相手の動脈を切ることを考える。

 けれどその程度の攻撃では相手に避けられ、反撃の隙を与えてしまう。相手の手刀が雨生の左肩を引き裂く。それと同時に雨生の貫手が相手の頬肉をえぐり取る。

 だがどれも、これも決定打ではない。

 浩然は未だに自分を仕留めるタイミングを見計らっている素振りがある。

「随分と慎重じゃないか?」

「それは当然ですよ。なにせ相手が貴方なのですから。私は貴方を妹のために殺さなければならない」

「雪華のために、俺を殺す? 何故?」

「妹が貴方を愛していたからです。まぁ……それ故に妹は死を選んでしまったわけですが……」

 浩然の言葉で雨生の動きに僅かな隙が生じた。その突きを突かれた。跳躍した浩然の横蹴りが雨生の頭部を直撃し、雨生は横へと吹き飛ぶ。

 口の中が切れ、耳からも血が流れる。鼓膜が破れたのか右耳の方から音が拾えない。

 浩然が何かを言っている気がする。けれど、上手く聞きとれない。

 宙へと投げ出された雨生へと浩然が肉薄してきた。肉薄してきた浩然が迷いなく雨生へと連続連打を仕掛けてくる。

 全身を無数の衝撃が襲ってきて、どこが痛むのかさえ判別ができない。

「まさか、貴方が隙を作ってくれるとは思いませんでした。ですがこれは私にとってまたとない机会(チャンス)ですから」

 小さい浩然の声が左耳から入ってきた。

 そして……浩然の因子が一気に爆発するように膨れ上がった。この男は次の技に全身全霊でぶつかってくる気だ。

 しかしそれが判っても、雨生の中に残っている衝撃の痛みが次の行動への障壁になってくる。

 八極拳技 縊鬼(いき)

「王雨生! こんな所で負けたら一生、ずーっと、恨むわよ!!」

 浩然が技を放った瞬間、雨生の耳に万姫の怒声が響いた。

 左耳しか聞こえないっていうのに……どんな大声だ?

 雨生の口許に小さな笑みが浮かんだ。

 痛みが残る身体から一気に因子を放出する。目の前には浩然が放った霧のような衝撃波が雨生を包み込んでいる。

 この衝撃波は相手の身体に入り込み、入り込んだ者を地獄へと誘う。

 この霧が完全に身体に入り込めば、簡単にはその縛から逃れることはできない。雨生の身体がゆっくりと雨生の手が自分の首へと近づく。

 手には因子による刃、極剣を纏っている。己の刃が自分を斬首せんと近寄ってくる。

「自分の技で死に向かう気持ちは、どうでしょう? 奇妙なものですよね? 私もこの技を手に入れるために、死の淵を体験しましたが……嫌な澱が堪ってしまうものです」

 血飛沫が雨生の顔に飛び散る。

 刃が首の皮を引き裂き始めたのだ。万姫が堪えなくなったように、走り出そうとしている。けれど雨生はそれを止めた。そして笑みを浮かべた。

 八極拳技 鳳凰

 因子が全身から金色に輝く因子が体中から放出された。その瞬間、雨生の手が己の首を切り裂いた。

 浩然の目がカッと見開かれる。

 首を切ったはずの雨生の姿が消えた。

「残滓か……」

「ご名答」

 雨生の声は浩然の背後から降り掛かり、絶対的な破壊力の籠った足刀が浩然から二本の足を消滅させた。

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