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意味のない茶番

 意識を起こした万姫は、意識的に敵意を放ちながら雨生を睨んでいた。けれど、もう襲いはしない。別に怖気ついたわけではない。ただ冷静に敵の動きを見ようと思っただけだ。

 未だ、この飛行機でどこに向かおうとしてるのか分かっていない以上、下手に動くのは得策ではないだろう。

 するとずっとこっちを無視していた雨生が溜息を吐いて、こっちに向いてきた。

「口があるだろ? 黙ったままこっちを見てないでちゃんと話したらどうだ?」

「……じゃあ、訊くわ。この飛行機で一体どこに向かってるのかしら?」

「香港だ」

 雨生からの思いがけない言葉に万姫は一瞬目を見開いた。

「香港? 何? とうとう自棄になって単身で武家に挑む気にでもなったわけ?」

「どう思っても良いけどな……別に、武家と深く関わるつもりはない。むしろ俺が手を下さずとも武家の栄光は衰退の一途を辿ってるじゃないか」

「寝言は寝て言ってよね。武家が衰退するはずないじゃない。まっ、アンタの王家は衰退しちゃってるみたいだけど」

 万姫が鼻を鳴らしながらそう言うと、雨生が少し苦い表情を浮かべてきた。その表情を見て万姫も反射的に喉を詰まらせる。

 別に自分が気にする必要なんてない。そうだ。自分は本当のことを言ったまでなのだから。

 しかし妙に沈黙させると、微妙な気持ちになってくる。こう黙られるよりは皮肉の一つでも飛ばされた方がまだマシだ。

 ああ、早くいつもみたいに皮肉を飛ばして来なさいよ。

 もし雨生が皮肉の一つでも自分に言ってくれば、話を上手く逸らせる。

 けれどそんな万姫の思惑は外れた。

「そうか。衰退したか。だが俺は自分の家が衰退しようが知ったことじゃない。俺はあの家を捨てたんだからな」

「捨てたね……。前から思ってたけど、何でトゥレイターなんて組織にいるのよ? いくら何でも自棄を起こしすぎだわ」

「自棄を起こしたわけじゃない。最初からトゥレイターに入ってた訳でもないしな。ただ俺は雪華の死を蔑ろにして、武家と張り合いに固執する家にほとほと愛想が尽きただけだ」

「本当によく言うわ。自分で雪華姉さんを殺したくせに」

 短刀を持って雪華の部屋から出てきた雨生を思い返しながら、万姫は強く拳を握りしめる。

 内側から再び怒りが込み上げてくる。

「どうして、雪華姉さんを殺したのよ? 私にとって雪華姉さんは本当の姐だったのに」

 無意識に口調が涙声になり、目元に涙がじんわり滲む。

 こんなもう自分の兄ではなくなった奴の前でなんて、泣きたくないのに。

 自分の中で優しく強かった王雨生はもういない。死んでしまったのだ。

 目の前にいるのは偽物の雨生。万姫はこの間見たときからずっとそう思ってる。

「……何故、俺が雪華を殺したと思ってるのかは、よく分からないが……俺は雪華を殺したりはしてない」

「嘘よ! だってあたしと煌飛兄さんは、アンタが雪華姉さんを殺した瞬間を見てるのよ!! それなのに、見え透いた嘘つくのは止して!!」

 呼吸が荒くなり頬に熱いものが流れ出る。けれど万姫は気にならなかった。

 ただ怒りなのか、悲しみなのか、よく分からない感情が湧き水の如く溢れ出てくるだけだ。

 しかしそんな万姫を見ていた雨生が、訝しげに眉を潜ませてきた。

「どんなに怒鳴られて、泣かれようと……本当に俺は身に覚えがない。俺は雪華を心から愛していた。そんな恋人を手にかける理由がない。むしろ雪華は武家の継承者が持つ干将を胸に突き刺して死んでいた。だからこそ、俺は……」

「待って。ちょっと、それってどういうことよ? まさか……」

 熱くなっていた頭にさらに動揺が継ぎ足され、万姫は思わず両手で頭を抱え込んだ。

 確かに干将は武家が持つ宝剣で、煌飛が継承している。

 けれど、煌飛が雪華を殺すはずないではないか。

「違うわ。だって煌飛兄さんだって雪華姉さんのことを愛していたもの」

「そんなこと言われずとも知ってたさ。俺とアイツは付き合いが長かったからな。けど、だからこそ、煌飛が雪華を殺したと思った要因の一つだ。あのとき、雪華は俺との関係を煌飛に話すと言っていたから」

 混乱しながらも雨生の方を見ると、幾分雨生も自分と同じく混乱しているようにも見えた。混乱しているのは自分だけではない。

 そう思うと万姫の気持ちも少しだけ落ち着きが戻ってくる。

 けれど万姫の気持ちがすっきりすることはない。むしろ、これ以上、自分はこの男と関わらない方が良いのではないか? そう思ってしまう。

 ああ、でもっ!

 万姫の中に知りたい気持ちがある。もっと話したい気持ちがある。なにせ、この話は実の兄である煌飛とも安易な気持ちですることはできなかった。

 煌飛は雪華と雨生の話をすると、心底怒るか悲しげな表情を見せるかのどちらかだったからだ。それは煌飛が雪華を愛的人(アイデレン)、雨生を朋友(パンヤオ)と思っていたからだ。だからこそ、あの場面を自分と見た煌飛は、かつてないほど動揺し固まっていた。後に涙を流してさえいた。

 普段は屈強な強さを目指す兄が涙を流す姿など、妹の万姫は見た事がなかった。もちろん、煌飛が涙を見せたのは、そのときだけだ。

 けれどだからこそ万姫の中で、その時の煌飛の姿が脳裏にはっきりと記憶している。

 だからこそ、自分と兄を騙して失望させた雨生を許すことはできないと思ったのだ。

「ねぇ、王雨生……あたしは真実が知りたいのよ。だって、あたしは雪華姉さんが殺される前まで、すごく幸せだったんだもの」

 努めて落ち着いた声で雨生に語りかける。

「……俺もだよ。俺も真実が知りたい。雪華を殺したのが煌飛ではないとすると、誰が殺したんだ? ああ、これは罰だな」

「罰? また意味が分からない事を言うのはやめてよ」

「そうだな。少し分かりにくかったか。飛躍しすぎた。じゃあ最初の結論から言おう」

 雨生がそう言って、一度言葉を切る。

 話すことは決まっているが、上手い言葉が見つからない。そんな顔だ。だからこそ、万姫はやや眉を潜めながらも、次の雨生の言葉を待つ。

 すると雨生が少し肩を揺らしてから、口を紡ぎ始めた。

「今さらこんな事を言っても遅いが、俺たちは憎み合う必要はなかった。正直、俺たちの憎み合いなんて……意味のない茶番だった。この意味が分かるか?」

「馬鹿にしないで。……わかるわ」

 最初は雨生を力強く睨んだものの、語尾の最後は萎むような声だった。

 なにせ、雨生の言った言葉は万姫の中にも少なからず過っていた可能性だからだ。けれどもしそうなら、本当に自分たちは馬鹿みたいだ。

 愚か者にはなりたくない。だからこそ自分の考えに首を横に振りたい気持ちと、この男の言葉に頷きたい気持ちが衝突しながら混ざり合う。

 すると頭を俯かせた万姫に、雨生が口を開いた。

「おまえの気持ちはわからなくもない。だから、俺たちはもう以前のようには戻れないだろう。けど、お互いに彼女の死をなすり付け合うのは止そう。それこそ不毛だ」

 おかしな事を言う。万姫は鼓膜を微かに震わすエンジン音を聞きながらそう思った。飛行機の中は照明をつけていないため薄暗い。

 けれど今はそれが凄く有り難かった。

 この暗さで俯いていれば、雨生に今の自分の顔を見られずに済む。そう思ったからだ。

 こんな顔……死んでもこの男に見られたくはない。

 強くそう思った万姫の表情には、微かな笑みが浮かんでいた。自分でもそれが分かるからこそ、雨生に見られたくなかったのだ。

 胸は少し隙間風が吹いたような冷たさを確かに感じるのに、どこかほっとしている自分もいる。何なんだろう? この言葉に言い表せない妙な気持ちは?

 突き放されながら、救われたようなそんな気持ちだ。

 だからこそ……

「別にそれでいいわ。あたしだって昔に戻れるとは思ってないもの」

 いつも通りの強気な口調で、強気な瞳でそう言い切った。

「なら安心だな」

 雨生からの短い返事に万姫は静かに息を吐く。きっと今のこの妙な空気を分かち合えるのは、今の自分たちだけだろう。随分と皮肉なもんだ。

「……話を最初に戻しましょう。どうして香港に行く気なの?」

「気になることが出来たからだ。いや今の時点で重要事項に掏り替わったと言っても過言じゃない」

「どういうこと?」

「今から雪華を殺した真犯人を見つけ出しに行くだけだ」

 雨生の言葉に万姫は思わず目を見張った。突然意味の分からない事を言うなと(そし)ることもできない。なにせそれを許さぬほど雨生の表情は真剣だったからだ。

 だからかもしれない。

 次の言葉が飛び出したのは。

「王雨生。さっきも言った通り……あたしたちはこれからも今と同じ関係よ。けど、アンタの考えが正しいかどうか、それだけ確認させて貰うわ」

「別にそうしたいなら、そうすればいい。俺は別に厭わない」

「なによ? 随分とあっさり頷くのね」

「本心を言ったまでだ。俺は自分の目的を果たせれば良いからな」

 少しは嫌な顔をされると思ったのだが、拍子抜けした気分だ。だが変に話が拗れるよりは良いかもしれない。

 万姫が機内の椅子に座り直しながら、そんな事を考えていると……

「それに、万姫。おまえが居た方が香港で色々と動きやすいだろうからな」

 人を啓発するような笑みを浮かべてきた雨生に、万姫は口を無造作に動かした。

 ほんの一ミリくらいの信頼は置いてやっても良いかな? と一瞬でも血迷った自分が馬鹿だった。やっぱり、この男は腹の奥底で腹黒いことを考えているに違いない。

 やっぱりこの男の事は、油断せずに監視を続けるしかないわね。

 万姫は横目で雨生を見ながら、そう固く決意した。


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