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大哥

 これはどんな因縁なんだろうか?

 華南之剣の兵士から奪った兵装を身に纏い、まだ使える軍車を運転しながら雨生は気絶している万姫を見た。

 きっと万姫が起きれば、煩く喚き散らし暴れ始めるのがオチだろう。

 この状況でそんな事に時間を取られたくない。できればこのまま眠った状態の万姫をどこかに、置いて行きたいくらいだ。しかしそんな事を思いつつも、自分は万姫をあそこに置いていかなったのは自分。

「俺もまだまだ甘いな」

 自分自身に雨生は辟易とした溜息を吐いた。

 あそこに放置していれば、万姫は確実に後から到着した軍の援軍に、武家との交渉材料として捕虜になっていたはずだ。

 自爆テロをあたかも万姫が引き起こしたということにして。中国では真実を見え見えの嘘で隠蔽することはよくあることだ。

 中国は栄枯盛衰の歴史を幾度となく繰り返してきた。文字や宗教など他の国よりも卓越した文化を持ち、様々な国からの従者たちがその文化を自国に持ち帰るなど、文化の中心と言っても過言ではなかった。しかしその一方で失敗の歴史も数多くある。

 大躍進(だいやくしん)政策(せいさく)のときには、アメリカやイギリスの産業を追い越すことだけを考えた結果、農工を営む多くの民衆を餓死へと追い込んでしまったし、一人っ子政策で黒孩子(ヘイハイズ)という戸籍を持たぬ子供が増え、病院などの医療機関にかかれず死んでしまった子供だっている。

 けれど政策の失敗はどこの国にも存在することだ。

 一番問題なのは白と黒の歴史土壌の中で培われてしまった、利他精神を欠いた保守行動。

 今回の南寧市で起こった爆発は、風通しの悪い中国の情報流通でもすぐに全国に流された。そのため中国市民の中で、自国のアストライヤーに対する不満が早くも出て来ている。

 さて、この荒れ狂う波を武家はどう対処するのだろうか?

 見物といえば見物だ。今まで自分たちの意見が捻じ曲げられたことなどないに等しい。武家は中国という国で自分たちの強さを見せつけてきた。

 武家の強さは本物だった。だからこそ中国は武家の横暴な振る舞いを看過してきた。

 きっと日本を始めとする各国が動き出さなければ、この栄華もこれからあと数十年は確実に続いていただろう。

 しかし状況は変化してしまった。

 もう持て囃される状況は急流の如くどこかへ流されてしまった。その急流に流され、広い海に流される。そこに今までの栄華はないのだ。

 都市部にも関わらず、人通りは少ない。車もバイクも一つとして通っていない。まるで人に見捨てられ無人と化してしまったようだ。

 雨生はそんな南寧市の綺麗に整備された道を走行しながら、ハンドルを強く握っていた。為入らなくアクセルを強く踏む。

 向かっている場所は、今まで閉鎖されていた南寧にある空港だ。

 空港には昨日、東京から飛ばした飛行機を置いてある。あとはその飛行機に乗り込んでここから離れればいい。

 空港にはやはり、中国軍の兵士たちがライフル銃を片手に厳重警備を張っていた。始末損ねた万姫が南寧市から出ないようにするためだろう。

 空港には軍人だけでなく、元々空港から出れず足止めをくらってしまった民間人の姿もある。

 どの顔も不安げな表情だ。

 まぁ、無理もないだろう。いきなり、空港に着いたと思ったらターミナルから出してもらえず、ライフル銃を持っている兵士たちがうろついているのだから。

 雨生は兵士から奪ったID情報を、警備している男に提示し……そのまま空港の滑走路の方へと車を移動させる。警戒している割にチェックは甘い。

 この空港の利用価値はすでに失われているのかもしれないな。

 訝しげに目を細めながら、雨生はそう思った。けれど自分からすればそれは好都合だ。

 端末からすでに機内に待機させていた右京に連絡を入れる。

 するとすぐに右京から、『いつでも動き出せる』と返ってきた。そのため雨生はすぐさまターミナルの一番端に停止しているB787の中型旅客機へと向かった。

 雨生たちの軍車が近づくと、前方の扉がゆっくりと開く。雨生は辺りに見周りの兵士がいないかを一応確認してから、気絶する万姫を抱え飛行機に飛び乗った。

 扉が閉じられるのを確認すると、万姫を一番近くの席に置き操縦室へと入った。

「貴様が不要な土産を持って来るのは珍しいな」

「待たされて、怒ったか?」

 すでに操縦席に座って動き出す準備をしていた右京に雨生が訊ねる。すると右京が肩を上下させてきた。

「いや。俺はおまえに皮肉を言いたかったわけじゃない。ただ純粋に気になっただけだ」

「純粋に気になっただけか……」

「野暮だったか?」

 ゆっくりと機体を動かし始めた右京が横目で自分の顔を窺ってきた。いつもなら軽く返事をすることができただろう。けれど雨生はそれができなかった。

 自分でもよく分からない。

 何故だろう? ただ普通に「昔の情が少し働いただけだ」そう言えば済む話だ。現に自分はだからこそ、あの場からあの男から助けてやったのではないのか?

「……面白くなかっただけだ。こんな形で俺は武家と決着をつけたかったわけじゃないからな」

 動揺を表情にはおくびにも出さず、雨生が答える。期待はすでに滑走路を加速し機体を宙に浮かべようとしていた。

 勝手に離陸し始める飛行機に慌てだす中国軍兵士。けれど元々やる気が散漫していた兵士たちは、手に持っている銃を向けることもなく慌てた様子で叫んでいるだけだ。

 止まらない機体はあっという間にどんどん高度を上げて行く。機体がガタガタと揺れる。

 操縦席から空を覆う厚い雲との距離が接近し、そのまま雲の中へと入り込む。視界が灰色の雲に覆われる。

 機体は暫く揺れながらも、厚い雲を抜け一気に成層圏へと到達する。するとそこで右京が口を開いてきた。

「面白くないか……気持ちはわかる。俺もおまえと同じ気持ちだったからな。……きっとここにカリンがいたら苦笑を浮かべていただろうに」

 右京の言葉に雨生は溜息を吐いた。

「気持ちがわかると言いながら、俺の言葉を否定しているように聞こえるのは気のせいか?」

「気の所為だろう? それより今から自動操縦に切り替える。おまえは勝手につれてきた女が暴れ出さないように見張ってろ。さすがにこの機内で暴れられるのは面倒だからな」

「……了解(リャオチェ)

 溜息に近い息を吐きながら、雨生は右京に促されるまま客室へと向かった。

 客室に向かうと、まだ万姫は気絶したままだった。

 傷口からは弾を取り除き、薬を塗っておいた。そのためこれ以上ひどくなることはないだろう。だからこのまま放置しても問題はない。

 気絶してまま眠っている万姫は、五年前と何も変わっていないように見える。

 我儘で世話の焼ける妹のような存在だった。いつも自分や煌飛や雪華にくっついて、遊んでいたものだ。

『楽しかった思い出があるなら、あたしのようにならない方が良いわよ。絶対にね』

 以前、カリンが自分に言ってきた言葉だ。

 あのときは、少し彼女にからかわれたように思ったが……もしかすると彼女なりの忠告だったのかもしれない。

 だがしかし雨生は、まだその忠告を自分の中で上手く処理できそうになかった。




 大きな轟音が耳に聞こえてきた。

 まさかこの音は死体を焼く炎の音ではないだろう。でもじゃあ、自分は今どこにいるのだろう?

「ここ……どこ? 飛行機?」

 もしかしてさっきのは全て移動中に見ていた夢だったのだろうか? けれどそんな微かに寝ぼけた万姫に微かな痛みが走った。痛みの中心は横腹。そこに手を当て視線を向けると、そこの服が赤く染まり、破れていた。

「夢じゃ……ない。じゃあ……」

「起きたみたいだな」

 はっとして、万姫は声がした方へと視線を向ける。するとそこには不敵な笑みを浮かべた雨生が足を組み、近くの席に座っていた。

「アンタ! ちょっと、これどういうことよ!?」

 混乱したまま、浮かんできた言葉を雨生に投げつける。すると雨生が腹立つことに嘲笑を自分へと向けてきた。

「せっかく助けてやったのに、随分な態度だな? まさかその態度で礼を言ってるわけじゃないだろ?」

「馬鹿にしないで。あたしは自分を襲った相手に礼を言う趣味はないわ。セットアップ!」

 雨生を鋭く睨みながら、万姫はBRVを復元した。すると雨生が一瞬だけ驚いた顔をしてから……辟易とした溜息を吐いてきた。

 またその態度が馬鹿にされているようで癪に障る。

「随分と余裕じゃない? まさかあたしに何をされても平気とか高をくくってるんじゃないでしょうね?」

「嗤嗤。随分と面白いことを言うな? 俺はおまえの兄と違って自惚れ屋ではないが……おまえに負けるほどヘマはしない」

「な、なんですって?」

「いい加減、子供のように喚くのは止せ。それとも、本当に死にたいのか?」

 座席の上に立ちいきり立った自分に、雨生からの鋭い殺気が襲いかかってきた。万姫の身体が知らぬ間に強張る。額から脂汗が出る。

 本物だ。万姫は生唾を静かに呑み込みながらそう思った。

 恐怖はあるものの、悔しさもある。だから表情は鋭くしたまま雨生の様子を窺う。

 しかし雨生は万姫に殺気を放つのをやめ、素知らぬ顔で前を向いている。

 きっとこの男は自分が襲ってこないと踏んでるに違いない。

 万姫が雨生に向かっていく。

「まったく、こういう時にターシャがいればと強く思うな」

「あたしを甘く見るのもいい加減にしなさいよ!」

 怒りが爆発する。けれど万姫の怒りが因子となって雨生に降り掛かることはなかった。なにせ万姫が因子を放出するよりも早く……雨生が万姫の腕を掴み、自分の方へ勢いよく引っ張ると、そのまま掴んだ腕を後ろに捻り、機内の床に万姫を抑えつけてきたからだ。

 まずい。けれどそう思ったところで遅すぎる。

 動きを封じ込めただけでは万姫が止まらないことを知っている雨生は、流れるような綺麗な動きで万姫の後ろ首に手刀を降ろしてきた。

 痛みも感じぬまま倒れ込む。

雨生(ユーシェン)大哥(兄さん)……」

 最悪。

 明滅する意識で不覚にもそう呼んでしまった。けれどその言葉は、予想外にも雨生に動揺を走らせたらしく、驚いた顔を浮かべてきた。

 久しぶりに見たそんな雨生の表情を見ながら、万姫は再び眠りに落ちるように意識を失うのだった。

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