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序章と動揺

 建物が大きく揺さぶられた。一面の窓ガラスの先には数十メートル先で轟々と燃える炎と黒い煙……そして人々の阿鼻叫喚が荒々しく聞こえてくる。

「爆発? 一体、何故? どういうことですか?」

 訳が分からない様子で、浩然が万姫とガラスの向こうに広がる世界を交互に見ていた。訊かれたって自分にわかるはずないではないか。

 しかし浩然は万姫の気持ちなど察する様子もなく、自分からの答えを待っている。

「ここで愚図ついてもいられないわ。あたしは爆発現場まで向かう。もしかしたら……あの男も関わってる可能性もあるし。セット・アップ」

 席から立ち上がった万姫がBRVを復元し、窓側へと立った。

「万姫様。もしかして……」

「そのまさかよ。エレベーターなんて混雑して遅いだけだもの」

 如意棒をバトンのようにクルクルと回し、躊躇いなく窓ガラスを叩く。厚みのある強化ガラスは因子も何も通していない如意棒では、微かなひび割れが入るだけだ。

 さらにもう一打を加える。今度は因子を込めて。すると厚い強化ガラスも勢いよく外へと弾け跳ぶ。

「ま、万姫様。下に通りかかった通行人にガラスの破片が落ちたらどうするんですか?」

「ふん。大丈夫よ。アンタに言われなくてもちゃんとそのくらい確認してから」

 鼻を鳴らした万姫に浩然が安堵したかのように、胸を撫で下ろしてきた。

 こんなときに他人の心配をしてるなんて……めでたい男だ。

 内心で肩透かしをくらった気分の万姫は、割れた窓から入り込んでくる風を感じながら浩然へと苦笑を浮かべた。

「あたしと一緒に来る、来ないわ、自分で決めなさい。ただし、付いて来るんだったらあたしに頼らないでよね。あたしは勝手に選択したアンタの面倒を見るつもりなんて、サラサラないんだから」

 驚いたように目を見開いた浩然から、再び視線を外へと戻しそのまま一気に跳躍した。

 風が万姫の長い黒髪を大きく棚引かせ、着ていた服をはためかせる。ちゃんとした正装には北京についた時に着替えようと思っていたため、花柄で白生地の肩を出したオフショルシャツにジーンズ生地のタイトスカートという格好だ。店に入る前に浩然に「その格好はこの店に入るとなると、ラフすぎませんか?」と言われたが、持ち前の美貌が合わさればどんな服装だって、様になってしまうものだ。

 万姫の思ったとおり、万姫が店のウェイターに優雅に微笑むと何も言わず眺めの綺麗なテーブルを用意してくれた。

 やはり、選ばれし者はどんなことをしても許されるのだ。

 数十メートルの高さから一気に地上に降りた万姫は、煙と炎が上がる場所を見た。辺りには景色を霞ませるほどの砂埃が散漫し、大小ことなる建物の破片が道の至るところに転がっている。辺りに人の姿はない。ほとんどが離れた所に退避したのだろう。

 万姫はすぐさま現場へと疾駆した。

 近づけば近づくほど空気に汚れていて、少し息を吸い込んだだけでも咳き込んでしまうレベルだ。万姫は目を細めながらその中へと突撃した。

 炎と煙の中には、一瞬のうちに丸焦げとなったタクシーやら乗用車などがひっくり返っており、巻き込まれた住民の死体が無造作に置かれていた。

 奇跡的に助かったなどという者もいない。

 爆発の規模も相当なもので、爆発が起きた中心には大きなクレーターがぽっかりと空いている。クレーターの中には、近くにあった建物の残骸などが埋まっていた。

 どうやらこの建物は、南寧市に中国軍が置いている中国軍の支部だったようだ。その証拠に全壊した建物の瓦礫に押し潰されるように、何十台もの軍車があり……下半身が瓦礫に埋もれたままになっている死体は、中国軍の軍服を身に纏っている。別の場所にも同じ服装の兵士たちが瓦礫に埋もれて死んでいた。

 中国軍が何者かによって爆弾テロを仕掛けられたということだろうか?

 もし今、中国軍に攻撃を加えるとしたら、武家が率いるアストライヤー関係ではある。けれどもしそうだとしたら、自分に何の連絡がないのはあまりにも不自然だ。

 漂う砂埃を煙たがりながら万姫が目を細めさせる。

 一瞬外部犯によるテロにも見えるが、もしかしたらこれは自爆なのではないか? 万姫の脳裏にそんな一種の可能性が思い浮かぶ。

 これが自爆行為だとするなら、この感に触るきな臭さにも頷ける。

 けれど黙考していた万姫の思考が一気に現実に引き戻された。背後から気配。咄嗟に振り向くと、自分の額、首元、身体の何ヶ所かに赤外線レーザーの光点が当てられている。

 濛々と立ち込める砂埃を掻きわけて、マスクを被り特殊スーツに身を包んだ兵士六人ほどが、光点を万姫に当てながら、ジリジリと万姫に近寄ってきた。

 身のこなしを考えると広州軍区の特殊部隊、華南之剣の兵士だろう。

 ちょっと前に襲ってきた兵士たちよりはグレードが上がったってことかしら?

 万姫は銃口を突き付ける兵士たちを見ながら、因子の熱を上げ始める。

 ただ下手にこんな砂埃が宙に漂っている所で、炎技を使わない方が良いだろう。運悪く粉塵爆発を引き起こすわけにもいかないからだ。

 万姫は両足を縦に開き、微かに身を低くし構える。さすが特殊部隊だけあって、万姫が体勢を変えたにも関わらず光点の位置は一ミリもずれていない。

 万姫が動く。その瞬間相手の銃口から銃弾が飛び出す。万姫は一斉に向かってきた銃弾を、因子を孕んだ如意棒を軽やかに回し、自分へと飛んでくる銃弾を弾くように粉砕していく。

 第一射撃から第二射撃までの、タイムロスはなかった。

 今までの慎重さが嘘のように消え、兵士たちが万姫に向け一斉射撃を行ってきた。

 兵士たちも位置を変え、後方、横、斜めの方向から自分に銃弾が向かってくる。

 けれどどれも、工夫のないただの実弾。飛んでくる数は多いものの、脅威ではない。跳ね返された銃弾の破片は、まるで跳ね虫のように地面を跳ねている。

 万姫は数ばかりが増えて行く銃弾に目を細めながら、執拗に引金を引き続ける兵士たちへと肉薄する。

 しつこいのよ。

 砂埃を吸いたくはないため、口には出さない。けれどその怒りを込めた視線で兵士を睨み、その胴を如意棒で勢いよく殴打する。するとマスクの内側が赤く染まった。

 万姫はよろけた男をそのまま蹴り倒す。仲間の一人がやられたことで士気が一気に下がったように銃弾が静まる。

 しかしこれは事態の序章が終わったに過ぎなかった。兵士を蹴り飛ばした直後、これが本題かというように、万姫の横腹に一発の銃弾が撃ち込まれた。撃ち込まれた弾は最悪なことにダムダム弾。しかも中国軍の兵器開発部が改良した因子を含む銃弾だ。

 弾に内服されていた因子が内臓を焼き、回転する弾が肉を突き刺してくる。

 銃弾が撃ち込まれたのは、斜め上の方向からだ。

 きっとここから少しだけ離れたビルの屋上や建物に潜伏していた狙撃手が放ってきたに違いない。迂闊だった。

 万姫は血に染まる脇腹を片手で抑え、憎々しげに下唇を噛む。動きを止めた万姫に再び、上の方向から銃弾が撃たれる。

 しかも今度は後方からだ。

 万姫は後ろから飛来する銃弾を如意棒で弾く。弾く、弾く、弾く……。

 こんなにも狙撃手に囲まれてたとはね。

 万姫はどんどん飛んでくる銃弾を弾き避けながら、地上にいる特殊兵士たちをまず片付けて行く。止血をしたとはいえ、傷はかなり痛む。弾の破片が自分の身体の中にあると思うと、気分が悪い。気分が下がる。士気に斑が出てくる。

 ああ、こんなとき自分の得意技を放てればどれだけ楽に片付けることができるだろう。

 いっそ起こり得る危険を無視して、技を行使してしまおうか?

 そうだ。そうしてしまおう。自分は不覚にも傷を負ったのだし、こんな口を開く事さえ躊躇うような埃舞う環境下で戦い続ける必要などないはずだ。

 特殊部隊の兵士と言っても、先ほどのように油断してなければ自分の敵ではないのだから。

 あっ、でもそんな必要もないわね。

 斑の生じた思考の中から現実へと自我を連れ戻す。気づけば地上にいる特殊部隊の兵士は、眼前に捉えた一人のみとなっていた。他の兵士は万姫の攻撃によって地面に倒れている。

 こいつを倒せば、あとは上にいる狙撃手を根絶やしにして終わりだ。

 万姫が因子を練り始める。だがその瞬間、万姫に予想外なことが起きた。額に冷たい銃口がぴったりと当てられている。

 ライフルの引金に指を添える兵士の指と、趣味の悪いマスクが万姫の視界に広がる。

 落ち着け。こいつが引金を引くよりも早く自分がアクションを起こせば良い。そしたら自分が死ぬよりも早く、こいつを殺せるではないか。

 だが何故だろう。

 万姫の身体が気持ちに反して動かない。まるで蛇に睨まれた蛙のように動けずにいる。何故だ? まるで筋肉に指示を出す脳からの信号が切断されてしまったかのようだ。

 額から冷たい汗が流れる。

 マスクの内にある瞳と目が合う。

 呼吸が止まるかと思った。何故? 一瞬だけ思考回路が遮断されたかのような気持ちになった。

「何でよ……?」

 小さい声で呟いた瞬間、万姫の全身を強い衝撃が襲ってきた。

 万姫を襲った衝撃は、銃口から飛び出した銃弾などではない。この技は、あの男が得意とする技だ。

 八極拳技、死穿鳥(しせんちょう)という振動破壊を引き起こす技。王雨生が編み出した技の一つ。

 けれど、だが、ああ……思考が暗闇の中へと引きずり込まれる。

 万姫の意識が大きく揺らめき、そのまま遠のいた。

 意識が遠のく寸前、

「俺はおまえたちを許しはしない」

 万姫が聞いたのは、揺るがぬ私怨が籠った男の声が聞こえたような気がした。


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